同棲をはじめて1カ月で婚約破棄&家賃滞納…引きこもりになった38歳男性とその両親が直面する"残酷な未来"
プレジデントオンライン / 2024年9月4日 9時15分
■家賃滞納の現場で見た「8050問題」の萌芽
関西地方の郊外に立つ駐車場付きの新築賃貸マンション。駅からも徒歩圏内の好立地で、共働きのご夫婦が多く入居しています。近所にはスーパーや広い公園もあり、お子さんを望む若い世代には打ってつけの物件です。
今回紹介する家賃滞納の事例は、この一室を借りる塗装業の男性(38歳)です。約1年前に書かれた入居申込書には、24歳の婚約者の名前が記載されていました。間取りは2DKの46m2で、対面キッチン。ここで料理を作り、一緒に食事をとる、微笑ましい新婚生活の様子が浮かんできます。
家賃は9万2000円。このエリアでは少々高めです。新生活をスタートさせる時は財布の紐も緩むもの。少し無理して借りたのかな、と思いました。なぜなら入居申込書に書かれた男性の年収は280万円、婚約者の欄には職業の記載が無かったからです。共働きなら大丈夫でしょうが、男性の収入だけならこの家賃はかなり高い印象です。
男性は入居の翌々月から家賃を滞納し始めていました。もともと借りる際に初期費用として翌月分も納めているので、最初の支払いから滞ったことになります。
■大家は「あまりせっつきたくなくてさ」と語った
普通に考えれば、新生活はワクワクの連続だったでしょう。ところが男性は、最初の半年で家賃1カ月分にも満たない額を納めただけでした。その後は1円も支払われた形跡がありません。1度入金していることから、振込先が分からない訳ではなさそうです。
大家さんは「新婚だからね、あまりせっつきたくなくてさ」と督促に消極的でした。人が良すぎたのでしょうか。本来払ってもらうべき家賃を「払って」とお願いするのは、ストレスのかかる作業です。
ただ放置すればするほど、賃借人に借金を積み重ねさせることになります。本当は入金が確認できなければすぐに督促すべきで、実際にすでに100万円近く滞納額が膨らんでいました。
こうなると人が良すぎると言っていられません。大家さんは「裁判でも何でもいいから、払えないなら出ていってほしい」と、私に依頼をしてきました。
私は訴訟準備のため、この男性宅に内容証明郵便を送りました。すると連帯保証人である男性の父親(70代、元会社員の年金受給者)から「会って話したい」と連絡がありました。私としても滞納者の情報を得られる好機であるため、その申し出を断る理由はありません。
こうして男性宅に、滞納者である男性と両親、私が集まって話をすることになったのです。
■男性宅に伺ってみると、新妻はいなかった
室内は新婚家庭そのものでした。真新しい家具や家電が並び、婚約者の感性が眩しいと感じられるほどでした。しかし、その場に婚約者の女性はいません。少し重たい内容の話なので、席を外しているだけかもしれないと思い、私は気にせず話を始めました。
男性は滞納しているにもかかわらず、悪びれる様子はありません。「仕事がうまくいかないから、払えないだけ」と開き直った印象です。「ごめんなさい」もなければ「がんばって払います」の言葉もありません。
私は仕方なく、訴訟の流れを伝えました。退去までの段取りに役立ててもらおうと、今後のスケジュールを明確に示しました。その上で「間違いなく明け渡しの判決が言い渡されるので、(強制退去させられる前に)できるだけ早く任意で退去したほうが夫妻のためだと思います」と伝えました。
すると、それまで黙っていた父親が声を荒げたのです。
「まだ籍も入れる前に出て行ったからアイツには関係ない!」
一瞬でその場の空気は、凍りつきました。
アイツとは、男性の婚約者のことでした。婚約を破棄され、女性は家を出ていったようです。私はうすうす感じていたため驚きはありませんでしたが、男性ではなく父親が怒り出したことにびっくりしました。
婚約者からすれば家賃も払えず、悪びれもしない男性と、入籍する前に別れられて良かったはずです。しかし、父親にとっては「息子を見捨てた悪い存在」なのでしょう。男性は終始不機嫌な顔つきで、私と目を合わせようともしません。両親は男性に気遣ってか、オロオロするばかりでした。
■婚約破棄になった原因
「出ていきゃいいんだろ。払う金ないから、出ていくしかないわな」
男性はそう吐き捨てると、部屋から出て行ってしまいました。
残された両親と私。父親は連帯保証人でもあるので、訴訟となれば被告のひとりになります。父親の意向を把握するために私は話を進めました。
男性が居なくなって、父親は話しやすくなったのかもしれません。声を荒げたことを詫び、思いを語り始めました。
婚約破棄となったのは、男性の経済力が原因でした。就いた仕事はすべて長続きせず、やっと塗装業で独立したと思ったら、うまくいかず精神的に追い詰められ、婚約者に当たってしまったというのです。
「本来息子は優しい人柄で、仕事さえうまくいけば問題はない」
「彼女には、もっと息子を支えて欲しかった」
「自分が援助をしたいが、年金暮らしでそれほど余裕がある訳ではない」
「彼女が出た後、息子はショックで部屋に籠ってゲームしているだけ。親として不憫でならない。自分は、可愛い息子を全力で応援するつもりだ」
父親は、懸命に息子を庇っているように感じました。
■息子をかばう親、悪びれない息子
でも息子は38歳の立派な大人。親の援助云々ではありません。もっと安い物件に引っ越すか、思い切って実家に戻る選択肢だってあります。もし自営が難しいなら働きに出ればいい。まずはこの先の人生を立て直すことが先決です。
このままだと「どうせ親が払うのだから」と、男性は自発的に動こうとしないでしょう。完全に引きこもってしまう恐れすらあります。
「実家に戻ってきてもらうのは困ります……」
消えそうな声が母親から漏れました。
婚約を機に実家を出て行った息子が戻ってくれば、ご近所からどのような目で見られるか分からない――。この両親は、息子が可愛いと言いつつも、彼の人生を立て直すことより世間体を気にしているようでした。
男性に自立してもらうため、訴訟手続きを進めていくことに決めました。ただ途中で連帯保証人が家賃滞納分を払ってしまうと、明け渡しの判決が得られにくくなります。金額によっては、訴訟を取り下げなければなりません。
そこで、両親と訴訟手続きが終わるまでの約束事を決めました。
・絶対に滞納分を男性に代わって支払わないこと
・男性自身が自発的に動き出すように促すこと
・連帯保証人として支払った分は男性から回収すること。分割でも構わない
・今ここで話したことは、男性には言わないこと
そう話し合った後、母親は台所に立ち料理を始めました。
働かず、部屋にこもってゲームばかりしている息子を「可愛い」と連発する父親と、食事を準備する母親……。このままでは男性が自立する機会を奪われてしまう。私はそんな印象を受けたのです。
■裁判の当日に起きた事
期日までに男性が任意退去することもなく、裁判の日が来てしまいました。父子が揃って出廷。母親は傍聴席で二人を見守ります。
裁判官が「訴状で間違っていることはありますか?」と男性に問いかけると、先に父親がこう答えました。
「間違っているところはありませんが、今日までの滞納額を全額持ってきました。このまま賃貸借契約を継続してほしいと思います」
裁判官も驚いた様子でしたが、私もその発言にびっくりしました。
あれだけ「援助できない」「息子には自立してほしい」と言っていたからです。
裁判官に促され和解室に入ったものの、そこでも男性は一言も話さず、父親が「息子が住み続けたいと言っているし、自分が連帯保証人として絶対に責任を持ち続けます」と言う熱弁に耳を傾けるのみでした。
結局、家主が「誰が払ってくれてもいい」と決断したことから、契約継続の和解を締結することになりました。
裁判官の「本日和解した内容を反故にすれば、原告は強制執行することができます。しっかり払っていってくださいね」の言葉に、反応したのは父親だけ。男性は「どうせ親父が払うんだろ」と言う表情で、自分が賃借人なのにまるで他人事でした。
■子供を自立させないと親も共倒れになる
38歳の男性家族を今回取り上げた理由は、「この親子は近い将来必ず破綻し、再び家賃滞納を繰り返すことになる」と確信したからです。
両親は賃貸住まいの年金受給者。今は貯金で何とか38歳の息子を経済的に支えることができても、貯金が尽きるのは時間の問題です。私は司法書士として家賃滞納の現場を多く見てきましたが、子供が自立できず、両親まで共倒れしてしまうケースはとても多いのです。
例えば、専業主婦だった妻が、夫に先立たれたとします。年金受給額が減り、生活は一気に行き詰まります。親子で家賃滞納→生活保護というルートが待ち構えています。
「老人ホームに入るカネを使ってしまった」
「このままでは介護も受けられない」
と嘆く人たちを大勢見てきました。
必ず限界が来る、貯金が尽きるのは目に見えている――。でも、多くの人が対策を講じることなく放置しているのが現状です。自分が80歳になった時に動いても遅いのです。
■「息子さんが死ぬまで面倒みられますか?」と伝えたい
内閣府が2023年3月に公表した調査結果によると、15~64歳で引きこもり状態にある人は推計146万人にのぼります。子供から中高年までの全世代の推計が明らかになったのは初めてのことです。
不登校も同じでしょうが、人は1週間社会生活から離れると、どんどん引き籠りがちになります。学校を休んだら行けなくなる。仕事を休んだら続けられなくなる。だからこそ部屋から出ることが、最初の一歩だと言われています。
今回取り上げた38歳の男性は安い物件に引越し、自分のお金で生活を成り立たせることが先決でした。人生は何歳からでもやり直せると言っても、就職するにはギリギリの年齢かもしれません。でも自分で働いて自分で家賃を払って生活していくには、いま立ち上がらなければなりません。そうでなければ、この先もっと自立は厳しくなります。
「息子さんが死ぬまで面倒みられますか?」
私が両親に言いたかった言葉です。
このまま親が息子の生活費を負担し続けることは、ますます子供の生きる意欲を削いでしまいます。息子への愛情なのかもしれませんが、長期的に見れば不幸の入り口となります。そして両親の家計は、いずれ破綻します。「もう払えない」となったら、さらに年を重ねた子供はその先どう生きていけばいいのでしょうか。
■子供への愛情が、子供と自分自身を苦しめる
払うべきは息子の生活費ではなく、専門家への相談料です。共倒れの未来にこのまま突き進むか、息子を自宅に戻して再起させるか、家族で小さな家に引っ越して家賃を抑えながら暮らしていく――そんな選択肢もあります。
家族の中だけで解決しようとせず、現実からも逃げてはいけません。体力のあるうちにできる対策を講じることが「8050問題」を避ける方法だと感じています。
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司法書士
専業主婦だった30歳のときに、乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。これまで延べ3000件近くの家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。家主および不動産管理会社向けに「賃貸トラブル対策」や、おひとりさま・高齢者に向けて「終活」に関する講演も行い、会場は立ち見が出るほどの人気講師でもある。著書に『老後に住める家がない! 明日は我が身の“漂流老人”問題』(ポプラ新書)、『あなたが独りで倒れて困ること30 1億「総おひとりさま時代」を生き抜くヒント』(ポプラ社)などがある。
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(司法書士 太田垣 章子)
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