「平均1250円」名古屋の高額弁当店に全国から客が続々…女性店長が"300万円自腹"で大繁盛の裏に「大谷翔平」
プレジデントオンライン / 2024年9月3日 10時15分
■なぜ、名古屋の小さな弁当店が人気爆発しているのか
「今日は、(テレビの)ロケ現場に50個配達してきました」
「みちのり弁当」(名古屋市西区)の店長・岡村菜穂子さん(54)は満面の笑顔で語る。
黒酢チキン南蛮弁当、鰆の西京焼き弁当、米粉の唐揚げ弁当……。いずれもおいしそうなラインナップだが、一見普通のお店に見える。だが、市内で飲食店を展開する会社テマトジカンが2023年1月にオープンして以降、大口の注文が頻繁に入るようになった。
店は繁華街ではなく、市内の住宅街にある。築60年の一軒家の1階をリノベーションし、厨房は5.5坪とかなり手狭だが、日々着実に利益を生み出している。周囲に弁当店がないわけではない。価格は平均1250円と周辺店の平均500円に比べ2〜3倍と高額だ。それにもかかわらず、1日最大150個が完売するなど飛ぶように売れている。客は地元の人だけではない。
「ご近所の方はもちろん、テレビ番組などに出演する俳優やタレントさん、スポーツ選手の他、わざわざ北海道や沖縄など遠方から訪れるお客さまもいらっしゃいますし、最近は外国人観光客も情報を聞きつけて買いに来てくれます」(岡村さん、以下同)
オープンから1年半、後発で不利な立地にもかかわらず、近いうちに東京上陸を視野に入れているというほどの順調なスタートを切れたのはなぜか。取材をすると、岡村さんがオープンまでに何度も大きな挫折に襲われつつもそれを乗り越えたからこそ見い出せた大繁盛の法則があった。
■専業主婦からラーメン店店主へ
岡村さんはもともと専業主婦だった。長女が先天性心疾患を持って生まれ、育児と通院の目まぐるしい日々を送った。2年後に長男を出産。長女の容体が落ち着いた頃、働き始めた。パン屋でのパート勤務だったが、ある日、油そば専門店「歌志軒」のパート募集に応募して即採用決定。持ち前のコミュニケーション力を接客に活かした。
2年後、店を運営する会社内で動物性食材不使用のラーメンとカフェを融合した新店出店計画が浮上する。岡村さんは新店で働きたいと懇願するが、正社員になるのが必須条件だった。育児との両立が不安の種だったが、夫の後押しもあり正社員に。晴れて新店の店長に決まった。
■突然発症した、重度の小麦アレルギー
2015年4月に新店がオープンした。場所は、市内の主要なJR駅前一等地。斬新な店舗スタイルは注目を集め、テレビや雑誌に数多く紹介され、話題になった。しかし、日に日に客足は落ち、食材廃棄が続く。毎月の家賃代65万円と人件費、コンサルティング費用は支払わなければならない。赤字続きに岡村さんは頭を抱えた。
肝心の集客はコンサルに一任。岡村さんはオペレーションで手いっぱい、現場でできる集客は、駅前でチラシ配布するのみだった。
当時の岡村さんのITスキルは、スマホの電話とLINEだけ。そのため、何のSNSを使い、誰をターゲットに、どんな発信をしているのか、全くわからなかったと話す。
「Webマーケティングの知識が私に圧倒的に不足していたため、コンサルの提案が適切かどうかを判断できませんでした。日々の業務をこなすのに精一杯。結果的にコンサルに任せきりになり、自ら集客の知識を学ぶ必要性に気づけなかったんです」
さらに悲劇が起こる。
仕込みの最中に突然倒れてしまったのだ。ただ事ではないことは誰に目にも明らかだった。顔がパンパンに、真っ赤に腫れ上がった。呼吸さえもままならない。ビクビクと体は痙攣し、嘔吐を繰り返す。次第に意識もなくなった。居合わせたスタッフも命の危機を感じる状況だった。
救急車で病院に運ばれ、処置を経て幸い2時間ほどで症状が寛解。後日詳しい検査をし、医師から病名を告知された。「重度の小麦アレルギー」で、店内でのあの症状はアナフィラキシーショックだった。今後、口にしたものの中に小麦粉が“混入”していたら、最悪の場合、死ぬかもしれないのだ。
「ラーメン店で働いているのに、一生小麦を食べられない。すごいショックでした。退院後に世の中の食べ物を調べると、想像以上に小麦が含まれていると知り、絶望しました」
アドレナリン自己注射薬「エピペン」(※医師の治療を受けるまでのアナフィラキシー症状のショックを防ぐ補助治療剤)を常に2本持ち歩き、発症した際、意識がなくなる前に自己注射で症状を抑える。命の危険と常に隣り合わせの生活に激変した。
■挫折を機に心血注いだWebマーケティング
2016年3月、岡村さんが店長を務めた店は、1年たらずで廃業した。原因は、「私に経営全般に関する知識がなかったから」。必死の立て直し策を打つものの、経営状態は改善されなかった。
人生初の挫折。店舗はなくなり目標を失った。会社を辞めることも考えた。
ところが、会社からは岡村さんをとがめる言葉は一切出なかった。店舗切り盛りに必死な姿を知っていたからだ。スタッフからは「岡村さんと一緒に働けてとても幸せでした」と感謝の言葉をかけられる。
それでも本人は自分の不甲斐なさで打ちのめされそうになった。プロジェクトを台なしにしたこと、結果的にスタッフの職を奪ったことなど、自分を責め続けた。
後日、岡村さんは別のラーメン店の店長に任命される。挽回のチャンスを与えられたのだ。
「落ち込んでいる暇はない、Webマーケティングを学ばなければ」
岡村さんはビジネス塾に通うことを決意。集客を学ぶスクールの門を叩いた。気になるセミナーはすべて受講、新幹線に乗って東京と大阪に何十回も通った。費用はその都度、給料や貯金からまかなった。
投資額は5年間で総額300万円を超えた。経営を他人任せにできない一心からだった。
店長としても毎日現場に立つ。メガネとマスクは常に装着し、皮膚の保護のため長袖を着用。小麦成分が体内に入らないよう万全の対策をとった。
■小麦アレルギーの人たちの“孤食”を解消したい
小麦アレルギー発症後は、孤独に悩むようになった。
小麦含有の食材が多く、家族や仕事仲間と一緒の食事ができないからだ。パンやパスタなど、いつも食べていたものは全く口にできない。醤油などの調味料にも小麦は使用されている。微量でも小麦成分が体内に入れば、アナフィラキシーを起こす可能性がある。
しかし多くの人は、その不便さを知ることはない。例えば、加工食品の原材料表示は義務化されているが、飲食店ですぐに提供される料理には表示する必要はない。そのため外食時には、原材料に何が使われているのか、調味料にいたるまで店員に詳しく聞かなければならない。食事をするだけで命の危険と紙一重なのだ。
「ちょっとなら食べられるでしょ?」
「好き嫌いが多いんだね」
まわりから、悪気なくこんな言葉をかけられる。つらさを訴えても正しく伝わらず、次第に諦めるようになった。小さなストレスが蓄積し、ついには1人きりで食事を摂るようになる。
孤独を解消するべく、岡村さんは小麦アレルギーの情報収集をした。しかし、子供の情報しかなく大人に特化した内容は見つからない。
「大人の小麦アレルギー持ちの人が知りたいと思う情報を当事者に届けたいと思い、ブログとインスタグラムをはじめました」
毎日投稿するも、1年間はほとんど何の反応もなかった。それでもやめなかったのは、特別な才能もない、器用にこなせるタイプでもない、と自己分析できていたから。「継続だけが自分にできることだ」と毎日発信することを心がけた。
すると「私も大人になって小麦アレルギーを発症しました」とぽつりぽつりとコメントが寄せられるようになる。同志の存在に励まされた岡村さんに胸にある目標ができた。
「グルテンフリーの店をつくりたい」
自分と同じ小麦アレルギーの人が集える場所をつくろう、いやつくらなければならない。そう強く決心したのだ。
■インスタグラム毎日投稿、1.4万人のフォロワー獲得
岡村さんは目標を公言するようになる。しかし、特に飲食店に関わる人たちからは「名古屋では絶対に無理」と鼻で笑われた。過去に店をひとつ廃業に追いやった黒歴史も足を引っ張った。
それならばと長期目線でとらえて、構想段階から“思い”を発信しよう。未来を見据えた集客に繋げるため、SNSでの発信力を加速させるべく奮起した。
まず、個人で大人の小麦アレルギーの人限定のコミュニティをオンライン上につくった。次に全国にあるグルテンフリーの食情報を毎日投稿した。
グルテンフリーの”地味”で”美味しくない”イメージを一新するため、雑誌のようなおしゃれなデザインを意識した。紹介する商品は岡村さんが本当に美味しいと思うものだけ。実際に訪れた店数は300軒以上、投稿数は500件を超え、フォロワーは1万4000人に達した(2024年8月現在)。
■コンタミネーションを徹底排除する当事者目線の店舗設計
小麦アレルギー発症から5年の2022年、ついにグルテンフリー専門店(みちのり弁当)のオープン実現に向けて動き出す。ニッチな分野でも会社が最終的にGOサインを出したのは、5年間の日々の仕事への熱心な取り組みと、ブランディング・マーケティングを継続的に勉強し、SNS集客スキルも身につけたことへの評価からのことだった。
事業内容は、コロナ禍の情勢下と他店との差別化を図るため、テイクアウトの弁当店に決定した。テナント料金は都心に比べて3分の1、厨房の広さは5.5坪と、固定費や光熱費を抑えた。
徹底したのは、麦類の排除だ。店で売る弁当の揚げ物やスイーツ(どら焼きなど)は小麦粉ではなく米粉を使う。グルテンフリー=「美味しくない」「パサついて味がない」「地味」といった印象が、根強い。だからこそ「誰が食べても美味しい弁当づくり」にこだわった。
調味料も小麦不使用のものにして、メリハリある味付けを意識する。肉魚のメインおかずは作り置きをせず、注文が入ってからその都度スチームコンベクションで焼き上げるから、肉質がふっくら柔らか。米粉の唐揚げは1粒が大きく、衣は、カリカリ肉質はジューシーで食べ応えがある。
加えて、弁当製造の際に麦類(小麦、大麦、ライ麦、オーツ麦)が入り込まないよう厳重管理した。調理機器は成分付着を避けるため、すべて新品で揃えた。岡村さんは当事者だからこそ、食への安心安全要素に手を抜くことはしない。
■成功するか、黒歴史を重ねるのか…オープンの日がやってきた
岡村さんは万全の準備をした。できる限りのことはした。だが、食ビジネスは難しい。成功するとは限らない。以前のラーメン店のように失敗して黒歴史を重ねてしまう可能性もあった。
2023年1月にオープンすると、インスタグラムのフォロワーが東京、大阪、北海道、沖縄など、全国から駆けつけた。岡村さんの努力が功を奏したのだ。弁当だけでなく、通販で販売している惣菜・ラーメン(いずれもグルテンフリー)のほうも好調だ。
毎日大繁盛になっている最大の勝因は、やはり潜在的なグルテンフリー消費者の存在だった。
「すごくおいしいお弁当で値段もそこまで高くない。完全グルテンフリーなのがすごい!」
「小麦アレルギーだとなかなかこういうお弁当を食べられない。遠方から来る人が多いのもわかる」
そんな書き込みも多い。
また、追い風もあった。店の存在を健康志向の芸能人やプロ野球選手、Jリーガーなどスポーツ選手が知り、クチコミなどで拡散してくれたのだ。ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手もパフォーマンス向上のため、自分にマッチする食べ物しない食べ物を徹底的に分析した結果、卵やグルテンを摂取しない食事法を導入していると明かすなど(参考)、人々の食生活の中にじわじわとグルテンフリーは浸透してきた。
■次は東京出店、そして世界へ
勢いに乗った岡村さんは2024年5月にグルテンフリーバイキングを企画した。昼と夜の2部制で、募集開始5分で46席が即完売した。
味の素(米粉でつくったギョーザ)、ケンミン食品(お米100%ビーフン他)、ファンケル(OKOME BAKERY/グルテンフリーベーグル)など大手食品会社を含めた12社すべてが、岡村さんの企画趣旨に賛同してグルテンフリー食材を無償で協賛した。
「アレルギーの有無に関係なく、誰もが同じ料理を分かち合える場をつくる」。岡村さんが5年間掲げてきた揺るぎない志は大企業をも動かしたのだ。
8月下旬にはグルテンフリーバイキング第2弾「米粉パンパーティー」を開催、両日ともに大盛況のうちにイベントが終了した。
11月には、グルテンフリー2号店の定食屋「みちのり亭」が名古屋市中村区にオープン予定だ。まずは「名古屋をグルテンフリーの街へ」を叶えるため、愛知県内にあるグルテンフリーの飲食店と連携しながら奔走する。
タイミングを見計らって東京出店することも視野に入れ、ゆくゆくは海外出店と、岡村さんの夢は膨らむ。岡村さんの”安心で、美味しいグルテンフリーへのみちのり”は、まだまだ始まったばかりだ。
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フリーランスライター
1979年生まれ。ジャンルレスで地域のヒト・モノ・コトの魅力を伝えるフリーライターとして活動中。兵庫県在住。
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(フリーランスライター 野内 菜々)
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