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セブンが「宅配ピザ」に参入するのは「7NOW」普及のためだけではない…デリバリーの先にある"本当の目的"

プレジデントオンライン / 2024年9月5日 16時15分

セブン‐イレブン・ジャパンの宅配ピザのデモンストレーション=2024年7月4日、東京都千代田区 - 写真=共同通信社

セブン‐イレブン・ジャパンが店内で焼いたピザを宅配するサービスを始めている。何が目的なのか。経営コンサルタントの鈴木貴博さんは「デリバリーサービス『7NOW』の売上を伸ばす戦略があることが伺える。だが、その先にある“本命”はオムニチャネルビジネスの成功だ」という――。

■ドミノやピザーラがあるのになぜピザなのか

セブン‐イレブン・ジャパンが宅配ピザサービスに本腰を入れるようです。これまで首都圏約30店舗で試験販売していたものを、この8月に全国約200店舗に拡大すると発表しました。

マルゲリータ(780円)と照り焼きチキン(880円)の2種類の冷凍ピザを店内のオーブンで焼き上げて、注文から最短20分で自宅に届けてくれる新サービスです。

ピザ自体はおいしそうですが、読者の皆さんは、

「ドミノピザやピザーラがあるのに、いまさらなぜセブンがこの市場に参入するの?」

と疑問に感じるかもしれません。実はこの新サービス、企業戦略を学ぶための格好の教材になる話題です。このニュースがセブンの戦略とどうつながるのか、企業戦略の専門家の視点から3つの切り口で解説したいと思います。

■戦略の根底にある「7NOW」

1.ユーザーニーズで捉えた「ピザの意味」

今回のピザ参入、セブン‐イレブンの発表をベースに理解すると、今年の春頃から力を入れ始めたコンビニデリバリーサービスである「7NOW」が戦略の根底にあることがわかります。

セブン‐イレブンの店頭では今年の春から夏にかけ、女性が頭をかきながら「あっ! 買いに行けない。」と言っているポスターが貼られています。「朝・昼・夜いつでもお届けします」というキャッチコピーの7NOWという宅配サービスの宣伝です。

このサービスはセブン‐イレブンの商品をスマホで注文するとセブンの店員ないしはウーバーの配達員が自宅まで届けてくれるサービスです。

便利なのですが、配達料に加えて商品価格が店頭価格よりも少し割高に設定されていて、店頭で1000円程度で購入できる商品を7NOWで配達してもらうと、だいたい1.5倍くらいの支払い総額になります。

■デリバリーの成長には「少し高くても利用する理由」が必要

さて、セブン‐イレブンを運営するセブン&アイは上場企業です。この規模の企業が株価を上げていくためには基本的に売上を成長させる必要があります。国内に関して言えば、店舗数がそろそろ頭打ちという事情から、店内の売上だけでなくデリバリーの売上も増やすという戦略には魅力があります。

しかし店内の商品をデリバリーで届けるためには追加の配送コストがかかります。結果として7NOWの利用者の支払額が店舗で買う場合の約1.5倍になるのは、コスト構造上仕方ありません。その前提でデリバリーの売上を伸ばすためには、ユーザーが少しぐらい高くても7NOWを利用する理由が必要です。

そこで「ユーザーを拡大するにはピザが武器になる」という発想が生まれたのでしょう。実は宅配デリバリーの領域では、ピザを注文する人はそれほど価格を気にしない傾向があることがわかっています。

宅配ピザを食べようする人たち
写真=iStock.com/Vadym Petrochenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vadym Petrochenko

■ポテトチップスもカフェラテも一緒に買える

そもそもコロナ禍でデリバリービジネスが誕生するずっと以前から宅配ピザのサービスは続いていました。その宅配ピザをよく利用する人は人口のだいたい10%程度です。シチュエーションとしては夜、仲間が集まっているとか、ふたりで映画の配信サービスを楽しむとか、コストよりもその場の体験価値を重視する場合に宅配ピザを注文します。

それと同じユーザーニーズに関して「セブンでもピザが注文できる」ことの意味は何かというと、品揃えがピザだけではないことです。セブンならピザに加えてポテトチップスもからあげ棒もカップ麺もスタバのチルドカップのカフェラテも、ついでにたばこも選ぶことができます。

これまで長い時間をかけて宅配ピザチェーン各社が宅配ピザ市場を広げてきてくれたおかげで、セブンもそのユーザーニーズに相乗りできるし、しかも宅配ピザ専業の競争相手と比べると違った価値が提供できる。だからピザは7NOWを拡大する際の武器になるということです。

しかし、この考え方、事業戦略として捉えると、まだまだ山と谷が存在するのです。

■「7NOW」が最初にターゲットにしていたユーザー像

2.新事業分野の戦略定石「ピボット」で考える意味

ここまでお話ししたのは、これまで自宅で宅配ピザを注文していた顧客を対象に考えると、セブン‐イレブンが焼きたてのピザをデリバリーすることは「ありかも?」という話でした。

しかしこの「ありかも?」というのは、どれくらいありそうなのでしょうか? ここが事業戦略を実行するにあたっての大きな課題です。ありそうなユーザーニーズというものは、実際に試してみても、あったりなかったり、あまり確率が高くはないものなのです。

そもそもセブン‐イレブンの今年春ごろの7NOWのサービスを紹介する画面を見ると、「あっ! 会議でランチ行けない!」「あっ! リモコンの電池がない!」「あっ! 間食のストックがない!」と困った顔で頭をかくひとたちの画像が見られました。サービスを開始した直後のターゲットユーザーはこの3つのケースだったのでしょう。

皿に盛られたポテトチップスやビスケットなどのお菓子
写真=iStock.com/shironagasukujira
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironagasukujira

その日の仕事が忙しくてコンビニにも行けない人、急に何かが足りなくなって早く自宅までもってきてほしい人、そしてちょっとお腹が空いたのだけど家を出られない人。そういった人がたくさんいると思って始めた7NOWのサービスですが、やり始めてみるとその対象だけでは十分な売上が立たなかったとします。

■全国約200店舗への拡大は「まだ実験途中」

ここは外部からはわからないところなのですが、新規事業では往々にして、いけるかなと思った新サービスが思ったようには伸びない状況というものがよく起きます。そのときの戦略定石に「ピボット」があります。

ピボットとはもともとはバスケットボールの用語で、ボールを持ちながら軸足を動かさずに、もう一方の足を動かして方向を変えることを意味します。

それと同じで新規事業でのピボットとは、大きな軸足は変えずに、少しずつ戦略の方向を変更してみることを意味します。この例で言えば、当初設定した3つのユーザーシーンとは別に、4つめのユーザーシーンとしてこれまで宅配ピザを注文してきたひとたちが、宅配ピザチェーンではなく7NOWを使うようになるという仮説です。

こういったピボット仮説はうまく当たる場合もあれば、当たらない場合もあります。ですから最初は小さく始めます。まず首都圏の約30店舗で始めたというのはそのセオリー通りの動きです。

それが、そこそこ手ごたえがあったのでしょう、今度は全国約200店舗に広げるというのが今回の発表です。この段階についても定石をもとにお話しすると、まだピボットの実験途中です。全国約200店に広げることの意味は、地域差があるとどう違うのかとか、都心と郊外で需要が違うのかとか、いろいろと実験をしてみたいことがまだあるということです。

■別の新しいサービスが発表される可能性もある

さらに言えば、「このピボットは失敗だ」と思ったら企業は何度でも別のことを試します。この先、ピザを扱う店舗数が増えてくれば成功ですが、そうではなく別の新しいサービスが発表されるかもしれません。それはセブンから見れば失敗ではなく「ひとつ新しいことがわかった」ということで、これも新規事業にとっては前進なのです。

さてここまでお話しすると、

「わかった。要するにセブンにとっては宅配ピザデリバリーが新規事業で、それがうまくいけば成功だし、うまくいかなくてもがっかりすることはないということだね」

とお感じになるかもしれません。

それはそうなのですが、この話、戦略論として考えるともう少し深くて重要な話が根底にあります。それを3番目の視点としてお話ししたいと思います。

■オムニチャネルの成功で業績を伸ばすウォルマート

3.新事業投資に必要な「長期」の意味すること

企業戦略の本当の根本のところをお話しすると、その定石は「高い確率で成長しそうだと考える市場に、先行して長期投資をし続けること」だと言えます。この高い確率で成長しそうだと考える市場というのが、ピボットで言う「軸足」のことです。

そしてセブンの場合、その軸足は実はデリバリービジネスではありません。本当に軸足だと考えている市場はもう一歩俯瞰した「オムニチャネル」なのです。

「OMNICHANNEL」と書かれたジグソーパズルのピース
写真=iStock.com/kemalbas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kemalbas

ネットで注文して店舗で受け取ったり、店舗で購入した経験があるものをネット注文してデリバリーしてもらったりと、多様なチャネルでの多様な購買体験が広がることを総称してオムニチャネルといいます。あらゆる小売業がこのオムニチャネルの方向に進化していくと予想されるのですが、それが日本ではやや紆余曲折が起きています。

簡単に言うと、日本ではオムニチャネルよりもインターネット通販のほうがはるかに成長しているのです。

この日本の状況とやや様相が異なるのがアメリカです。アメリカではもちろんアマゾンも成長しているのですが、ネットで注文して店舗で受け取るオムニチャネル市場もコロナ禍で大いに成長しました。このオムニチャネルの成功でここ数年業績を伸ばしているのがウォルマートです。

■日本でもオムニチャネル復活の可能性は十分ある

日本とアメリカでこのような差が生まれているひとつの理由が、アメリカでは宅配便がそれほど便利でも安価でもないという事情です。日本のようにヤマトと佐川と日本郵政があって翌日に自宅に確実に届くというわけではないし、アマゾンプライムの年会費も日本よりも桁違いに高いのです。そのことからアメリカの庶民レベルの消費者はネットで注文してウォルマートで受け取るほうが早いと考えているのです。

一方でインターネット通販が大成長した日本ではオムニチャネルはオワコンなのかというと、実は最近の事情はそうでもありません。2024年問題で運送業界全体の運送キャパシティに限界が来ている関係で、この先はインターネット通販のコストがさらに値上がりしていくと予想されるのです。

その事情から近い将来、オムニチャネルがまた復活する可能性が十分にあります。宅配コストが上昇して、消費者が今のようには配送料無料を楽しめなくなる未来を想像すると、その上昇したコストでこれから有利になるビジネスモデルがふたつ考えられます。

1 家まで配達するのではなく、店舗までの大口配送に載せることで物流コストを節約する
2 店舗までの大口で配送された商品を、自宅まで配達してもらうことで物流コストを節約する

前者がBOPIS(buy online, pick-up in store)というビジネス形態で、後者がいうまでもなく7NOWのような宅配サービスです。

道路を走るトラック
写真=iStock.com/RistoArnaudov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RistoArnaudov

■セブンがチャレンジを続けている本命はオムニチャネル

セブン‐イレブンがこのようなオムニチャネルビジネスに投資を始めてもう20年の歳月がたつはずです。そう考えると長い長い年月がたったように感じますが、実は企業の新規事業が育つまでにはそれくらいの年月は普通に覚悟すべき長さでもあります。

その間に消費者の意識も変わり、技術も進化し、経済の構造も変化するため「いつかその日がくるはずだ」と信じて超長期の投資をしてきた事業がついに花開く日がくる。そういったことを大企業の経営者はなんどもなんども経験しています。

このように説明すると、セブンの宅配ピザ参入について3つめの理由がはっきり理解できることと思います。ピザ参入はあくまでひとつの打ち手であって、セブンが執念をもってチャレンジを続けている本命は、ビジネスチャンスがオムニチャネルに広がる未来だということなのです。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』『「AIクソ上司」の脅威』など。

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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)

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