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「自分と同じ思いを社員にさせたくない」KDDI初の女性社内取締役が高熱の娘と仕事の狭間で涙した日

プレジデントオンライン / 2024年9月10日 10時15分

KDDI 取締役執行役員常務 CFO コーポレート統括本部長 最勝寺奈苗さん - 撮影=遠藤素子

今年6月、KDDIで初となる女性の社内取締役が誕生した。CFO(最高財務責任者)、コーポレート統括本部長の最勝寺奈苗さんだ。これまで担った役職の多くに同社女性初がつく。中でも、30年以上前、育休制度が整っていなかった時代に出産し職場復帰した経験は、その後のマネジメントスタイルと社内改革に大きな影響を与えたという――。

■新たなポジションから見える風景に感動

最勝寺さんの経歴は“社内初”“女性初”で彩られている。

一般職から総合職へ転換したのが社内初。

育児休業の取得も社内初。

職歴ではグループリーダー、部長、理事(役員)が女性初。

KDDIの女性活躍を象徴するようにポジションを駆けのぼってきたことがわかる。

社内取締役についても「女性第一号は彼女をおいてほかにない」という声が聞こえてきたのは当然だろう。しかし最勝寺さん自身は、今回の就任を打診されたとき、正直不安もあったという。

「実力も経験もまだ足りないと思っていましたから。ただ、女性の社内取締役が会社に必要であることは間違いありませんし、私はコーポレート統括本部長として女性活躍を推進してきた立場です。尻込みしている場合じゃない、と頭を切り替えました。これまでも役位が上がるたびに責務の重さにプレッシャーを感じる一方、新しいポジションから見える風景の広がりに感動し、やりがいを覚えたことを思い出しました」

■女性の総合職転換第1号

社内で女性のトップランナーとして走りつづけてきた最勝寺さん。しかし入社した頃から高みを目指していたわけではない。

最勝寺さんは1987年に同志社大学文学部の英文学科を卒業後、出版社に就職して経済誌の編集業務に携わった。第二電電(現・KDDI)に転職したのは1年後。転職先に選んだのは、出版社の知人から「この会社がいいんじゃない?」とすすめられたのがきっかけだった。事業内容などはあまり意識しないまま採用試験を受けて合格。電話で内定の連絡を受けたとき「経営管理部に配属されます」と言われ、「軽管理部? 軽い管理部かな」と勘違いしたほど暢気な新入社員だった。

女性は結婚や出産のタイミングで会社を辞めるのが当たり前の時代。2年後に総合職へ転換したのも、上司からの勧めがあったから。制度はあったが前例はなく、面接を受けたのは最勝寺さんひとりだった。

経営管理部では、部門別の採算管理や経営計画の作成を担当。米モトローラと第二電電、京セラが出資した衛星通信サービスの日本イリジウムに3年間兼務出向し、経営管理のほか料金シミュレーション、スポンサーシップなど幅広い業務分野を経験した。2000年のDDI、KDD、IDOとの3社合併にも携わり、2003年からIR室長を8️年間務め、経営管理本部財務・経理部長を経て、2014年に女性初の理事(役員)となった。

■精神的につらかった仕事と子育ての両立

育児休業を取得したのも、最勝寺さんが社内初だった。1993年7月に女の子を出産したときのことだ。

出産後に職場復帰するケースが少なかった時代。産休の制度はあっても育休はなく、各職場の対応に任されていた。復帰できるのは親と同居しているなど、誰かに子どもを託せる人がほとんどだった。

「外線電話が鳴ることが珍しい部署で、電話が鳴るときはたいてい保育園からだった」と語る最勝寺さん。
撮影=遠藤素子
「外線電話が鳴ることが珍しい部署で、電話が鳴るときはたいてい保育園からだった」と語る最勝寺さん - 撮影=遠藤素子

最勝寺さんは出産を数カ月後に控えた頃、会社に育休制度をつくるように頼んだ。職場に復帰したのは翌年4月。しかし、仕事と子育てを両立する苦労は並大抵ではなかった。

最勝寺さんがいた経営管理部の外線電話が鳴ることは珍しい。鳴るとたいてい保育園からで、子どもが熱を出したから迎えにきてほしいといった内容だった。

「職場を出るときは同僚たちに申し訳なくて罪悪感でいっぱい。あんなに気をつけて頑張っていたのにどうして熱なんか出すの……と思いながら保育園に着くと、顔を真っ赤にしたわが子が私を見た途端に泣きながら手を伸ばしてくる。子どもと荷物を抱えながら帰るときは涙がボロボロ出ました。こんどは子どもに申し訳なかったという罪悪感でいっぱいでした」

思い出すたびに胸をしめつけられるが、社内の女性活躍推進を考えるうえで貴重な体験となった。

■自分が味わった罪悪感を社員に経験させたくない

近年SNSでは、子育て中の従業員が「子持ち様」と呼ばれて話題となった。子どもが急に熱を出して休んだときなど、業務が増えた周囲の人が「子持ち様のお子が熱を出して本日また突休」と皮肉をこめて投稿するケースだ。共感する側と批判する側の論争に発展したこともある。子育てと仕事の両立に悩む従業員と、業務が増えて迷惑を被ったと感じる同僚の軋轢が露わになった。

「子持ち様という言葉は初めて知りました。当社ではクローズアップされませんが、潜在的にないとはいえない問題です。子育て支援の制度はかなり拡充され、休暇や早帰りは権利になっています。かつての私みたいに職場と子どもの双方に罪悪感を覚えて悩む社員を減らしたいと思います。

ただ、業務をカバーする側も人間ですから負担感は当然ある。相応の配慮と感謝の気持ちは必要で、同じことは男性にも、介護をする人にもいえます。家庭内と同様に、職場にも互いに助け合う風土を醸成することは重要ですし、業務の過度な皺寄せが発生したり、休暇が取りにくい状況になったりするのを防ぐために、人手不足に対応していくことは会社にとっての課題です」

■課題は成功体験がある男性の意識

会社としては業務効率化、働き方改革、業務バックアップのしくみ、評価制度といった全方位で取り組むことになる。会社として制度を整備する一方、職場では助け合う風土を醸成する。とくに女性活躍について理解を深めるなど、意識改革への取り組みは欠かせない。

「成功体験がある男性の意識を変えるのは時間がかかるがいずれ変化する」と前向きにDE&Iに取り組む。
撮影=遠藤素子
「成功体験がある男性の意識を変えるのは時間がかかるがいずれ変化する」と前向きにDE&Iに取り組む - 撮影=遠藤素子

「男女を問わず、意識面の課題はあると思います。意識は急に変わらないので、少しずつ少しずつ進めていくしかないですね。年代による考え方の違いもあります。30代前半までの人たちは、男女はほぼイコールという意識が染みついている。課題は、成功体験がある男性の意識。おそらく時間はかかるでしょうが、いずれ変化すると思います。日本経済の成長という観点からも、ダイバーシティ エクイティ&インクルージョン(DE&I)は真剣に取り組む必要があると考えています」

■マネジメントは子育てと同じ

育児経験が仕事に役立つ場面はほかにもある。「部下が育つ上司」「部下想い」と評される最勝寺さんのマネジメントスタイルには、子どもへの愛情に似たマインドが色濃く出ている。

「自分の子どもと同じだと考えるとわかりやすいんです。自分が産んだ子でも別人格だし、親の所有物みたいに扱うと失敗する。子どもが悪さをすれば、親は相手のところへ謝りにいく。子どもと同じだと思えば、部下のために謝ることも平気です。なにより成長が楽しみなのも同じ。長所は伸ばしたいと思うし、欠点を注意するのも成長が楽しみだからです」

最勝寺さんはもちろん、部下が失敗してもパワハラまがいに大声で怒鳴るようなことはない。ただ、教育的な指導とパワハラの線引きが難しい時代になったという思いはある。

「娘が3歳の頃、一緒にスーパーから帰ってきたら、買った覚えのないアクセサリーを持っていたんです。きれいだから持ってきたと。すぐ娘とスーパーへ戻って謝ると、店員さんは『わざわざ返しにきてくださってありがとうございます』とお礼を言われたんです。私は娘を叱ってほしかった。幼い子が悪気なくやったことだし、商品を返して謝っているのだからきつく言うことができないのはわかります。ただ娘のためには、親だけでなく、店員さんからも叱ってほしかったんですね。これも時代なのかなと思う一方、会社でも部下を指導できない風潮が広がるのはよくないと心配になりました」

自分の子と同じなら、部下をしっかり指導できる。成長を望んで指導するのと、自分の感情を爆発させるパワハラとの違いだ。社内の人づくりや教育について考えるうえでも、子育ての経験は役立っている。

■「前にもやったがダメだった」社内からあふれたネガティブな声

粘り強いコミュニケーションで部下を率いるマネジメントスタイルは、子育て期を終えてからさらに洗練されていった。

女性初の理事になった頃、長期にわたるプロジェクトで責任者を務めた。会計と購買の新システム移行を中心とした業務改革のプロジェクトだ。新システムの導入を機に会計と購買の部署で業務プロセスやルールを見直し、さらにシステム開発だけでも2年はかかる規模だった。

過去の基幹系システムは、システム部門に依頼してゼロから構築するスクラッチ開発で進めていた。業務に合わせて独自のシステムを開発する形だ。

しかし今回は、世界的に実績があるERPパッケージ(経営資源や実績情報を共通化する仕組み)を導入することにした。ベストプラクティスに合わせた業務変革が第一の目的。

通信業界は競争が激化し、KDDIは新サービスを数多く導入していた。国内外でM&Aを進める場合も多く、いつまでも手作業に頼っているわけにはいかない。財務会計・管理会計では国際財務報告基準(IFRS)の適用など環境が一変していた。環境変化に対応するために業務プロセスの刷新を迫られていた。

ERPパッケージへの業務Fit率目標は90%超と定めた。つまり、自社に合わせてカスタマイズするのは10%未満だ。会計、購買の現場からは「業務プロセスの見直しなんてやってもムダ」「前にもやって失敗した」「どうせ途中で諦めることになる」とネガティブな意見ばかりが聞こえてきた。

当時はちょうどDXが注目されだした頃。DXの必要性は理解できても、ハードウェア重視のハコ発想や組織の壁、人的資本への投資不足、古い意識や価値観などが組織変革のボトルネックとして大きかった。

【図表1】当時の職場が抱えていた問題点

■「失敗したら私が責任を取ります」

パッケージ導入とはいえ、基幹システムの開発は情報システム部門の協力が必要になる。プロジェクトへの参加を求めると「どの部門がシステム開発の責任を持つのか?」と聞かれた。

スクラッチ開発では情報システム部門が責任部門になる。しかし今回はパッケージ導入だから、トラブルになったら責任が取れないというのだ。最勝寺さんが「失敗したら責任は私が取ります」と言うと、「本当に取るんだね」と念を押された。「はい、取ります」と答えた瞬間、あ、言わされたと気がついた。システム開発を含め、プロジェクト全体の責任を取る立場になっていた。

■失敗は許されない

莫大なコストをかけるプロジェクトに失敗は許されない。ただシステムを入れ替えるのでなく、業務改革で高い成果を出すのがプロジェクトの最終ゴールだった。

「意識改革が最も重要で高いハードルでした。現状にとどまらず、新しいことにチャレンジする。ここで取り組まなければ他社はどんどん先へ進み、当社は経営の意思決定が遅れかねない。全員で危機感を共有するところからスタートしようと、ものすごく時間をかけて説明しました」

■小さな成功を重ねて社内のムードが激変した

長期戦の業務改革プロジェクト。途中で活動疲れが出ると予想された。モチベーションを下げないために「Quick-Win」と呼ぶ短期的な改善施策を順次実施し、成果を実感しながら進むように心がけた。

意識の高まりが見えだすと手応えを感じた。ネガティブな意見は聞こえなくなり、メンバーから「私がやります」「変えましょう」「システムで無理なら運用でカバーします!」とポジティブな発言が聞かれるようになった。

「小さな成功を積み重ねる中で、社員の意識は変わって行った」と最勝寺さん
撮影=遠藤素子
「小さな成功を積み重ねる中で、社員の意識は変わっていった」と最勝寺さん - 撮影=遠藤素子

「責任者は私でしたが、実際に進めたのは優秀な推進リーダーたち。メンバーが一丸になって取り組んだ結果です。みんなの原動力はやはり、現状のままではいずれ窮地に陥るという危機感でした」

2019年4月に新システムがリリースされたあとも、DXへの取り組みは継続された。一気に進んだのは、2020年初頭から広がったコロナ禍への対応だ。リモートワークの環境が整備され、できるだけ出社を控える状況で年度末を迎えた。

「東日本大震災やコロナ禍のような大きな危機が第4四半期に起こると会計部門は大変です。何が起ころうと、スケジュール通りに決算を締めなくてはいけない。みんな必死でした。コロナ禍が広がった2020年に、システムの重要性は一気に高まったと思います」

■財務価値と非財務価値をともに高める

最勝寺さんは2023年からCFO、コーポレート統括本部長に就いている。主に財務と組織について考える立場だ。

「CFOとコーポレート統括本部長のミッションは、会社の財務価値と非財務価値をともに向上させること。かつて企業は業績の向上が第一義とされましたが、現在ではそれだけでは足りません。株主の方たちをはじめとして、ステークホルダーは非財務価値も同時に求めている。企業価値の向上にはどちらも必要な時代だということです」

■ロールモデルは必要ない

KDDIでは人財ファースト企業への変革も進めている。女性活躍推進については、髙橋誠社長と各管掌のトップが参加する「女性人財開発会議」が定期的に開かれ、議論を重ねている。同会議で、経営基幹職(管理職層)における女性比率の目標は、15%で掲げている。各管掌の課題や好事例を共有し、ボードメンバーの意識を合わせる場だ。

女性の取締役は、社内と社外を合わせて現在3名で25%に当たる。

最勝寺さんは「誰もが主人公の時代、ロールモデルは必要ない」と言い切る
撮影=遠藤素子
最勝寺さんは「誰もが主人公の時代、ロールモデルは必要ない」と言い切る - 撮影=遠藤素子

社内取締役となった最勝寺さんは、KDDIの女性活躍推進でロールモデルの1人とされて当然だろう。しかし、最勝寺さん本人はロールモデルについてこう考えている。

「女性活躍推進でロールモデルが重要といった話を聞きます。しかし私自身は必要ないと考えています。私がリスペクトしてきた人たちはそれぞれに優れた点がありますが、完璧というわけではありません。だから、いいところだけを盗む。仕事の進め方が素晴らしいとか、対人関係がうまいとか、ちょっとずつつまみ食いする。多様性の時代ですから、誰もが主役だと考えれば、ロールモデルとして1人を選ぶ必要はないと思うんですよね」

多様なタイプがいるから組織は強くなる。“社内初”“女性初”に彩られたキャリアも最勝寺さんの個性あっての結果といえそうだ。

(ライター 伊田 欣司)

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