性風俗の求人宣伝車が平然と街を走る…外国人が目を丸くするクールジャパンならぬ"ポルノジャパン"の黙示録
プレジデントオンライン / 2024年9月8日 9時16分
■ごった返す渋谷駅前を走行する性風俗求人サイトの宣伝カー
日本には2兆~6兆円ともいわれる性風俗産業があり、その存在や「風俗は浮気ではない」とSNSで女性が無邪気に発信していることで、世界中から日本へセックスツーリズムにやってくるインバウンド客が後を絶たないといった現状を前編で述べた。
問題はそれだけにとどまらない。こうした空気は性産業に従事することに対するハードルを著しく低くしている。
8月下旬、筆者が渋谷駅前を歩いていたら、性風俗専門とした求人情報「バニラ」のティッシュを渡された。ティッシュには求人サイトのQRコードが載っており、女性だけではなく男性の求人も宣伝されていた。そして、ふと顔をあげると駅前を風俗求人サイト「ガールズヘブン」の宣伝カーが2台ゆっくりと走っていたのである。
夏休みで小中高生など未成年の男女でごった返す街中。2つの性風俗求人サイトの広告が目に飛び込んできたことに衝撃を受けたが、筆者以外の人はその宣伝カーに特段気を取られていなかった。それほど普通の風景ということなのだろうか。
このような性産業を促進するような広告が、子どもの目にも入る公共の場所で展開されてもよいのか。他国の例を見てみよう。
■イギリスと日本の広告規制の違い
イギリスには、広告業界の団体が運営する広告基準協議会(ASA)が存在し、有害な性的表現やジェンダーステレオタイプを描く広告(看板サイト、新聞、ポスター、オンラインなど)を調査・規制している。
例えば、イギリスでは買春が違法(売春者は社会的弱者として守られるべき立場であるから罰せられない)であることから、東京の繁華街を練るように走っているバニラやガールズヘブンのような性産業を促進する広告カーは規制対象になる。
また、過度な性的表現や、女性が料理する傍ら男性はくつろぐといった役割分業で性別を表現する広告もイギリスでは明らかに調査対象となる。
日本でこれまで女性蔑視ではないかと炎上してきた、日赤献血ポスターの「宇崎ちゃん」、「温泉むすめ」、日経新聞広告「月曜日のたわわ」など、幼い少女にデフォルメされた大きな乳房や、「今日こそは夜這いがあるかもとドキドキする」などと描かれたご当地温泉むすめキャラなども、たとえそれが2次元のイラストでも確実に撤去対象となり得る。
広告コンサルタントを経て、SNSで炎上広告チェッカーとして活動し、広告倫理に関する講演やワークショップを行う中村ホールデン梨華さん(炎上から学ぶ社会をめざすAD-LAMP代表)によると「これらの広告は、広告自体の表現が性的であるだけでなく、広告に使っているコンテンツがもともと未成年の目にふれるべきでないコンテンツだから、イギリスでは審査対象となり、禁止されると思います」と推測する。
一方、日本でも同様に民間の自主規制機関・日本広告審査機構(JARO)があるが、イギリスのASAとは大きな違いがある。前述の中村さんは、「JAROとASAの大きな違いは、文化表象の取り扱いの有無だと認識しています。JAROは規制対象が誇大広告など法的なもの、ASAはジェンダーやステレオタイプなど文化表象についても対象とします」と説明する。
つまり、日本のJAROは法を破るような詐欺まがいの誇大広告は規制するが、社会意識に大きな影響を与えるジェンダーステレオタイプや性的表現に関しては、目をつぶっているということだ。
興味深いことに、ASAは昨年2023年の11月に中国のショッピングアプリ「Temu」に掲載されている広告を複数禁止した。そのひとつは8~11歳と見られる女の子が腰に手を当ててポーズをとっている広告で、「その年齢にはそぐわないアダルトなポーズ」として、「子どもを性的に表現することは社会的に無責任だ」と禁止したという。
日本のJAROもASAのように、広告業界の価値観をアップデートする役割を果たすべきではないか。なぜなら、日本人は自分たちが刷り込まれたアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を海外にも発信してしまうからだ。その一例をあげよう。
■下着を見せる女性の人形をカンヌへ送り込んだ日本
世界3大映画祭のなかでもより品格を重視するカンヌ国際映画祭で、2015年にクールジャパン戦略の一部として経産省のコンテンツ海外展開促進事業が映画にはまったく関係ない、熊本県PRマスコットキャラクター「くまモン」を送り込んだのを覚えている人もいるだろう。
実は、この年に送り込まれたのは、くまモンだけではなかった。「カンパイ・ナイト」と称した日本パビリオン主催のパーティーでは、「美少女アンドロイドASUNAちゃん」や「コップのフチ子」という人形が展示されていたと、映画プロデューサーのヒロ・マスダさんが著書『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理』(光文社新書)の中で記している。
美少女アンドロイドは「私は顔しかないので、将来の夢はセクシーボディを手に入れること」と謳い、「コップのフチ子」は短いスカートの事務制服を着た女性キャラクターが、逆立ちや開脚をして下着を見せている人形だったそうだ。ちなみに、この玩具は2018年に内閣府知的財産戦略推進事業局が取りまとめたクールジャパン戦略資料のなかで紹介されていることから、政府を挙げて宣伝をしている商品だと言えるだろう。
食、アニメ、ポップカルチャーなど「クール(かっこいい)」と捉えられる日本の魅力を世界中に広めていこうと、国策として進められている「クールジャパン」戦略。なんと、クールジャパン戦略の一環である官民ファンドのクールジャパン機構の累積赤字は356億円に達しているという。赤字を出し続けているクールジャパン機構はカンヌ事業とは関係ないが、世界各国の文化人が訪れるカンヌ映画祭で女性蔑視的な商品を展示するという失態を演じたのはお粗末な話だ
そんなボロボロのクールジャパンを、日本政府は今年の6月にリブート(再起動)すると発表したのだが、大丈夫なのだろうか。
■表現の自由と社会的責任のバランス
日本では前述したような広告が炎上するたびに、一部の文化人や政治家が「表現の自由」の名のもとにかばおうとする、外国では確実に規制される案件は、「別にいいんじゃないか」とスルーされ、日本における性的に表現する表象やジェンダーステレオタイプに対する規制は進まない。
日本の性産業がグローバル化されてしまっている今、「表現の自由」と「性産業やメディアの倫理的・社会的責任」のバランスについて、私たちはもっと真面目に取り組むべきではないか。
もちろん、第2次世界大戦中に政府の言論統制が行われて日本国民が戦争に突っ走っていった失敗から、2度と戦争を起こさないためにも「表現の自由」を擁護したい気持ちは分かる。しかし、それと女性を性的モノ化する表象をいっしょの次元で語るのはおかしい。
現状を放置すると、日本の子どもたちに女性の価値観=若さ、美しさ、セックスだと無意識に洗脳してしまうことにもなりかねない。危惧されるのは、こうした環境に生きる女性たちの自己肯定感が低くなって自らの人生の選択肢を狭めてしまうこと、また男性にとっても女性が対等な相手に見えなくなってしまうおそれもある。その結果、日本における政治家、ビジネスリーダー、理系学部、大学院での女性の数が他の先進国と比較して圧倒的に少ない現象をさらに進めてしまえば、国益を大きく損なうことにもなる。
前編で詳述した性犯罪を模したAV、ゾーニングされていない性風俗店、日本の遅れたジェンダー観が世界に発信され続け、歪んだ日本人のステレオタイプが世界中にさらに拡散されていく。そして、それが犯罪グループやセックスインバウンドを日本に呼び込む。すると日本人に対するステレオタイプはますます再生産されていく。この負のループの被害を被るのは、日本の未来を背負う子どもたちであることは忘れてはいけない。
【取材協力】
中村ホールデン梨華
炎上から学ぶ社会をめざすAD-LAMP代表
広告コンサルタントを経てブリストル大学修士社会起業論課程在学中。SNSにて「広告炎上チェッカー」(@Enjocheck)として活動する。広告倫理に関する講演やワークショップを行い100以上の広告を分析。炎上広告の市民による代案を展示する「市民広告 Towards Change展」を英国で開催。
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ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 此花 わか)
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