なぜ若い世代の意見を徹底的に無視するのか…"夫婦同姓"強要で未婚率上昇→人口減少→国衰退の最悪シナリオ
プレジデントオンライン / 2024年9月10日 10時15分
■「別姓だと家族の絆や一体性が弱まる」は本当か
9月の自民党総裁選で、結婚の際に夫婦が同姓か別姓かを選べるようにする「選択的夫婦別姓」が、大きな争点のひとつとなっている。賛成派は、結婚で姓が選べないことの不利益を強調する一方で、反対派は、家族の一体性を示す姓は残すべきと主張する。
こうした問題が、事実上の総理を決める与党の総裁選のテーマとなるのは珍しい。法務省によれば、夫婦が同じ姓でなければならない制度の国は日本以外にはないという。世界では家族のあり方に関しては、同性婚の是非がむしろ大きな争点だが、それと比べて日本の現状は周回遅れといえる。
この問題は、とかく夫婦が同姓(氏)であるべきか、それとも別姓であるべきかの意見対立の構図で見られてしまっている。
しかし少し前のデータだが、「仮に結婚の際に姓の選択ができるようになればどうするか」を聞いた平成13(2001)年の世論調査では、「夫婦同姓を希望する」との答えが50%であり、「別姓希望者」は18%だった。仮に今後、別姓が選択可能になっても、実質的にはほとんど変化は生じないかもしれない。
だからといって、現状のままでよいというわけにはならない。
重要なのは、あくまで「夫婦別姓を選択したい」という意見を持つ人が一定数存在するということだ。そうした人々の希望を禁止しなければならないほどの「公益性」が、現在の夫婦同姓制度にあるのか。それこそが真の争点となるべきだ。
本来の民主主義社会では、他人に迷惑を及ぼさない限り、個人の自由度はできる限り尊重されるべきだ。選択したい人には選択させるべき、というのが筆者の考えだ。
最近のNHKの調査では、夫婦別姓選択への賛成理由としては、「選択肢が多いほうがいい」「(結婚などで)名字が変わると仕事や生活で支障がある」「女性が名字を変えるケースが多く不平等」「自分の名字に愛着がある」などであった。
他方で反対理由としては、「夫婦が別の名字では家族の絆や一体感が弱まる」「子どもに好ましくない影響」「別の名字にすると、まわりの人が混乱」「旧姓のまま使える機会が増えている」などであった。
これらは、いずれも自分自身の選択肢としての回答であり、「なぜ他人(社会)に夫婦同姓を強制しなければならないのか」という質問への十分な答えにはなっていない。
夫婦が同姓であることは、家族単位の社会活動をする自営業や専業主婦世帯が大部分を占めていた時代には当り前のことであったかもしれない。
しかし、現在では、夫婦がそれぞれ個人として独立した社会活動を行うことが一般的になりつつある。このため、公的資格の保有者や研究者など、結婚や離婚をしても変わらない、個人として連続性のある姓が必要な場合が多い。
職場などでは、結婚前の旧姓を通称として利用する選択肢もある。単に、それを広げれば良いという意見もある。その一方、氏名は個人を識別する重要なデータであり、それが複数あることは問題だ。例えば外部から法律上の名前で問い合わせがあった場合に、本人だけでなく、職場の関係者にも混乱をもたらす可能性はある。そうしたデメリットも含め、社会に夫婦同姓が絶対に必要か否かを検討しなければならない。
■子どもへの影響
前出のNHK調査にもあったように、夫婦別姓選択に反対する人々は「夫婦が別姓になれば、家族の一体性が損なわれる」と主張する。その結果、子どもが犠牲になるという見方もある。しかし、「損なわれる・犠牲になる」という判断を誰が行うのかが大きな問題だ。これを個々の家族ではなく、国が判断し、規制すべきというのは全体主義だろう。
もちろん、児童虐待を行うような親に対しては、政府による児童保護策が必要だが、そうした親と夫婦別姓を選択する夫婦を同列に扱い、自分の子どもの利益を損なっていると言えるだろうか。親と子どもの姓が異なると、非嫡出子と間違えられて子どもがいじめられるという意見もあるが、それは話が別だ。いじめは、いじめ自体を止めさせる対策を別個立てればいい案件で、別姓OKかNGかを国が国民(各家庭)に干渉する権利はない。
■別姓選択は規制緩和
夫婦同姓制度の現状を重視する論者には夫婦別姓選択がイエ制度を壊すための女性運動家の主張という前提があると思われる。
しかし、少子化社会では、一人っ子同士が結婚すると、いずれかのイエが絶えてしまう場合も少なくない。長年続いていた家系を自分の代で失うことは先祖に申し訳ないと考える当事者にとって、ひとつの解決策は、夫婦別姓を選択し、複数の孫にそれぞれの家を継いでもらうことだ。
そうした意味で、夫婦別姓選択制度の実現を待ち望んでいる人もいる。このように、イエ制度の存続を望む人々と否定する人々の双方に役立つことが、夫婦別姓選択とも言えるのである。
■世論調査の動向
内閣府の「家族の法制に関する世論調査〔令和3(2021)年12月〕」では、選択的別姓制度導入のための法改正の是非を聞いている。結果はこうだ。
旧姓を通称制度として設ける(現行夫婦同姓制度を前提)42%
夫婦別姓選択制度の導入29%
これに対して、本年7月に、日経新聞などが実施した世論調査では、通称制度の選択肢を除いた選択的夫婦別姓について、69%が「賛成」、23%が「反対」で、自民党の支持層に限っても6割弱が賛成という。
なお、この法改正には女性が積極的で男性が消極的というイメージがあるが、性別よりもむしろ世代間で、若年層は賛成、高齢層は反対との差のほうが大きい。これは高齢層ほど現状維持の傾向が強いこともあるが、何よりもこれから結婚する当事者である若年世代の意見が、より重視されるべきではないか。
現在の少子化問題は未婚化問題に起因する。
男女の所得格差が大きかった時代には、女性にとって結婚が社会的地位向上の重要な手段であり、夫の姓になることはメリットが大きかった。しかし近年は、若年層の女性と男性との給与差が縮まる傾向がある中、女性にとって結婚することで失う自由というコストも大きくなる。平等であるべき結婚なのに、なぜ女性の95%が姓を変えなければならないのかという疑問が生じたとしても何も不思議ではない。
保守層にとって伝統的な家族の形骸化を危惧することは当然だろうが、ふるい家族制度に固守することで、新しい家族の形成が損なわれること、ひいてはそれが少子化に拍車をかけるのではないか、という視点も必要だろう。
娘に結婚して、子孫を残してもらえたら――。そんな気持ちがあるのなら、親世代が別姓選択制度の導入に関して妥協する懐の広さがあってもいいのかもしれない。
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経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。
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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)
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