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「ヒヨッコ医師でも年収2000万円超」美容外科クリニックに腕利き外科医や有望新人が年200人流出の国家的危機

プレジデントオンライン / 2024年9月12日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang

「直美」と呼ばれる若手の医師が医療業界で問題になっている。医師国家試験合格者は2年間の研修を受けた後、専攻の診療科に進むのが通例だが、美容外科クリニックに直接就職するケースが年200人出ているという。なぜなのか。医師の筒井冨美さんは「一般病院の医師の報酬や待遇が悪く、やりがいも失っている人が増えている。今後、女医が増えるのが確実な中、厚労省は早急に対策を立てるべき」という――。

■厚労省を悩ませる「直美(ちょくび)医師」の正体

「直美(ちょくび)」と呼ばれる若手医師が厚生労働省や医大幹部たちを悩ませている。

医学部を卒業し医師国家試験に合格した人は通常、法律で義務付けられている2年間の初期(総合)研修を修了した後、眼科・外科・精神科など19の専攻医コースのいずれかを選択して3~5年間のトレーニングを受け、専門医資格(眼科専門医など)を取得する。この流れが、医師が一人前になるためのスタンダードである。

ところが、2018年度から始まった新専門医制度、そして2020年からのコロナ禍を経て、若手医師の意識は大きく変化しつつある。

「初期研修終了後に直接美容外科クリニックに就職」する医師が急増している。これが「直美(ちょくび)」と呼ばれており、「年間200人程度」と、ある医大教授がインタビューで回答している。

医師偏在是正を目的に、2016年に東北医科薬科大、2017年に国際医療福祉大と医学部新設が相次いだが、これら医大2校分(各1学年約100人)に相当する人数の人材が美容分野に“流出”する事態となっているのだ。

医学部生を医師にするまでにかかるコスト(施設費や人件費などを含む)は1人当たり約1億円と言われている。そこには当然、国からの支援も含まれている。美容外科クリニックは病気を治すのが主眼の機関ではない。その意味で、厚労省や医大幹部は大きな損失を毎年していることになる。

■若手のみならず医大教授も美容転職

美容外科を全国展開する「TCB東京中央美容外科」では2022年医師採用実績119人と公表されている。この数字は、大学病院研修医採用数ベスト3の東大病院(97人)、東京医科歯科大(94人)、京大(75人)を軽く超えている。

また、若手医師のみならず心臓外科医や脳外科医など、以前は「花形」「院内ヒエラルキーの頂点」と呼ばれたベテラン医師の転職も目立つ。医大外科主任教授が大手美容外科に転職するケースも出現した。

■医師が美容医療に流れる理由

美容医療が多くの医師を惹きつける理由を挙げてみた。

1:高給

筆頭に挙がるのは何といっても高給だろう。医師専門求人サイトを検索すると、前述の直美医師についても「年収2000万円」を提示する病院が多い。医師=高給のイメージがあるが、それは成功した開業医などに限られる。勤務医の平均年収は1500万円程度と推測され、ふつうの会社員に比べれば高額ではあるが、税金と社会保険料の高さ、各種手当金の所得制限、後述する仕事内容の過酷さを考えると、必ずしも「おいしい仕事」とは言えない、と多くの医師は考えているはずだ。

その意味で、20代の就職初年度から2000万円~という報酬の高さは魅力的だ。ただ、コロナ禍以前は同条件で「年収3000万円」を提示する病院もあったことを考えると、人数増加と反比例して給与水準が下降トレンドであることも窺える。

2:労働条件

次に挙がるのは労働条件だろう。多くの美容外科では当直業務がないことは、「月8回」のような過酷な勤務医生活に疲れた中堅医師には特に魅力的である。

2024年度から始まった「医師の働き方改革」では、「医師の時間外労働は年間960時間以内」に規制されるようになった。医師の労働環境が改善された部分もあるが、実質は逆効果のケースもある。実は、少なくない数の病院が医師の時間外労働を「自己研鑽」と扱って「(書類上の)労働時間(有償)を月80時間以内」しか認めないようになり、「それ以上はタダ働き」という構造になってしまったのだ。

おそらく、弁護士や労働基準監督署に相談すれば、相応の時間外手当金が支給される可能性が高いが、そこに至るまでの手間ヒマや病院幹部と闘うエネルギーを考えると、「最初から当直がなく、働いた分は確実に支払われる美容外科に転職しよう」と考える医師が続出しても不思議ではない。

整形外科手術のための体にマーキングする
写真=iStock.com/ronstik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ronstik
3:「専門医シーリング」や「地域枠」からの脱出

前述したように2018年度から新専門医制度が始まり、初期研修を終えた若手医師は19の専攻医コースのいずれかを選択するようになった。同制度は「地方の医師不足」のみならず「診療科の偏在是正」も目的としており、眼科・皮膚科など、「生死に直接は関わらず、対応が比較的ラクで開業しやすい」と若手に人気だった専攻には「シーリング」と称する採用数の上限が定められ、東京都内は特に厳しく削減された。

厚労省は「東京都の眼科専攻医数を制限すれば、不人気の外科や地方に人がまわるだろう」と考えたのだろうが、「東京都の眼科シーリング」に不合格となった若手医師の中には、都市部に留まり、「二重まぶたクリニック」や「予防接種アルバイト」などに流れるケースが目立った。

難関の大学医学部の入試には「一般枠」とは別に、「地域枠」がある。これは主に、地方の医師不足対策として医師免許取得後に規定の期間(6~11年)を地方病院で働くことを出願条件にしている入試制度である。一般入試に比べて偏差値は低めで、奨学金が支給されるケースがほとんどだ。2021年度では(自治医大を除く)医大総定員9234人中1723人(18.7%)が地域枠で入学している。

しかしながら、地域枠の創設期には罰則制度がなかったため、入試面接で郷土愛をアピールして低めの偏差値で医大入学したものの、卒業後に奨学金を一括返済して都会に転職というケースもあった。これが「地域枠の義務放棄」と呼ばれ、厚労省に問題視されるようになった。

対抗策として厚労省は2021年度からは義務放棄した元地域枠医師は、「専門医研修を終えても専門医資格が得られない」と規則を変更した。その結果、都市部の基幹病院への就職が困難になった元地域枠医師の少なくない人数が、都市部の美容外科に流入していると推察されている。

■4:女医増加と美容指向

普通のビジネスマン向けの転職イベントなどがあるように、医師向けにもある。20~30代医師の女性率は3割程度なのに、美容医療の求人イベントでは、女性医師の参加率が過半数のことが多い。

女性が男性より美容に興味を持つのは自然なことかもしれない。近年の「ボトックス」「ヒアルロン酸注入」「レーザーでシミ取り」など美容皮膚科と呼ばれるメスを使わないソフト美容医療の拡大は、「メスを持つのは抵抗がある」という女医の美容医療参入を後押しした。

顔のシミやしわが心配な中年男性
写真=iStock.com/makotomo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/makotomo

「当直がない」「都会のきれいなクリニックで働ける」「給料も高い」という諸条件は、泥臭くない仕事を選びたい今どきの女医のハートを捉えてやまないのだろう。

2018年に一部医大の入試で発覚した「女性受験者の減点」はその後、厳禁となったことで2025年度以降の女医率急上昇(男性医師減少)は確定事項となっている。つまり、さらなる直美医師増加も確定視されている。

5:やりがいも美容が勝る?

「(前職より)やりがいがある」。美容外科に転職したある元ベテラン外科医は筆者にこう言った。

医師のやりがいと言えば、かつてなら「命を救う」「患者や家族に感謝される」「社会貢献できる」「人を笑顔にできる」などが挙げられた。

しかし、少子高齢化が進行した現在、「10人の受け持ち患者のうち、8人は認知症、4人は生活保護」のような状況が増えている。例えば、88歳・要介護認定3の認知症高齢者が夜中に腸閉塞の緊急手術で一命を取り留めても、本人は「家に帰せ!」と大騒ぎして中身の付いたオムツを投げる。家族に退院日程を相談しても「ウチは受験生がいるのでムリです!」と途中で電話を切られる。医師には献身性の高い人が多いが、それにも限界はある。

後期高齢者に約500万円分のがん治療費を使っても高額療養費制度の恩恵を受け自己負担は2万5000円というケースは珍しくない。差額は、現役世代の社会保障費負担となる。それは患者の権利だが、医師も人の子だ。自分の医療行為によって「誰の笑顔も見ていない」ことに気付き、絶望感を抱いてしまうのだ。

それならば「二重まぶた」「豊胸手術」などの手術のほうが、「患者に喜んでもらえるし、社会貢献もできる(少なくとも迷惑をかけない)」と感じて、美容に転じた外科医は少なくない。

■日本医療の未来はサッチャー英国? それとも韓国?

マーガレット・サッチャー元英国首相は生前、「金持ちを貧乏にしても、貧乏な人が豊かになるわけではない」という言葉を残した。サッチャー政権は国営企業の大胆な自由化などで英国経済をV字回復させた。

厚労省は長きにわたって「外科医や地方医師が不足している」と問題視しているが、その解決法として、不足分野の医師全体の待遇を高めようという考えはないようだ。むしろ「働き方改革」と称する労働時間規制でサービス残業を“黙認”して労働環境をより悪化させている。結果、腕利きのベテラン外科医を美容医療に流出させている。

2024年8月には「医師偏在是正として2027年から大都市での開業抑制」が提案されているが、これが実現されたら「2026年までに基幹病院を辞めて、駆け込み開業する医師」が大量発生するリスクが高い。

厚労省は2024年6月には「超音波を照射してシワやたるみを取るHIFU(ハイフ)を施術できるのは医師のみ」という通達を出したが、これも美容医療にビジネスチャンスを増やす結果となるだろう。「HIFU」は医師が担当すれば「合併症がない」というわけではない。誰が当てても低い確率だが合併症がある施術なのだ。そのため、施術結果が思わしくない状況に陥った際は、ほとんどの美容クリニックでは返金のみの対応で、患者自身が一般病院を探したり、救急車を呼んでいるのが現状である。ゆえに、施術を医師に限定しても後遺症の発生率は変わらないだろう。

美容大国の韓国では、日本以上に大都市美容クリニックに医師が偏在し、基幹病院や地方病院の医師不足が深刻化しており、政府は大学医学部の入学定員を拡大すると発表した。これを受け競争が激化し、収入が減少することを懸念した基幹病院の医師たちが今冬に3カ月に及ぶ大規模ストライキを起こす騒ぎも起きた。“現金”なのは一部の日本の医師だけでないのだ。

『週刊文春』9月12日号が「大手美容外科グループの大量リストラ」を報じるなど、美容医療も安泰ではない。それでも今後も、若手医師の「直美」化は止められないだろう。

ボトックストリートメント
写真=iStock.com/vitapix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vitapix

人材維持・確保のため、厚労省は何をしたらいいのか。以下、筆者の私見だが、美容医療への医師流入を阻止するには、2つの作戦がある。

ひとつ目は、医療現場の規制を緩和して「(美容外科などでの)顔面の施術は歯科医師も可」「美容皮膚科の一部は看護師も可」「比較的安全な処置はエステサロン可」などとする方法だ。施術の“供給者”を増やしてコストダウンを誘導することで、美容医師の待遇を一般医師に近づけるのである。人材流出は一定程度食い止められるだろう。

だが、人材維持・確保のためもっと大きな効果が持てるのは真っ当な勤務医の待遇向上である。まず、昭和的な年功序列給与を卒業し、美容外科グループのように労働時間や患者数に応じた報酬を保証する(窓際医師は減給となる)。

そして、病院と医師は個人事業主契約をして働いた分は確実に時間外手当金を出す、また大胆に労働条件の自由化をして「1カ月働けば翌月は完全オフになる地方病院勤務」といった働き方も認めていき、「医師を集めたい職場」の魅力を上げる。

そうすれば現状、不人気な分野にも人材が移動しやすくなるかもしれない。「直美」対策にも功を奏するのではないだろうか。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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