「物価上昇を上回る賃上げ」はどうなるのか…自民党総裁選「次期首相」に岸田首相が残した"重すぎる置き土産"
プレジデントオンライン / 2024年9月14日 16時15分
■自民党の歴史上最多の9人が立候補
自民党の総裁選挙が9月12日、告示された。現職の岸田文雄首相が立候補を見送ったため、事実上、次の首相を選ぶ選挙となる。自民党の歴史始まって以来最多の9人が立候補。高市早苗、小林鷹之、林芳正、小泉進次郎、上川陽子、加藤勝信、河野太郎、石破茂、茂木敏充の各氏が名を連ねた。国会議員1人1票の「国会議員票」と、同数の「党員票」の合計で争われ、9月27日に新総裁が決定する。
告示後にはさっそく9人による立会演説会が行われ、それぞれの候補が、自身が目指す国家観や政策について語った。NHKがまとめた各候補の発言の「見出し」は以下だ。
◇ 高市氏「安全で 働く場所がある 強い日本列島をつくる」
◇ 小林氏「経済政策に注力 世界をリードする日本をつくる」
◇ 林氏「不安を解決 これまでの経験と実績を使い切りたい」
◇ 小泉氏「生き方や働き方の変化に合わせ 人生の選択肢を増やす」
◇ 上川氏「覚悟を持って困難に立ち向かう 新たな日本を築く」
◇ 加藤氏「所得倍増を成し遂げ 改革を加速化する」
◇ 河野氏「物価高や老後の不安に向き合い 1つ1つ解決したい」
◇ 石破氏「どう地域の平和と安全を守るか根幹から考え直す」
◇ 茂木氏「新たな財源を確保し 増税ゼロでの政策を推進する」
果たして、誰の主張が自民党員・党友や、所属国会議員に響き、誰が総裁、つまり次の首相に決まるのだろうか。
■「タブー」の重要政策に踏み込んだ岸田首相
岸田首相が残すことになる「置き土産」は相当に重い。支持率の低下に苦しんだ岸田首相は、これまでタブーとされてきた重要政策にも踏み込んだ。立候補を断念した後になって、「支持率は低くなったが、首相としては中々の成果を残した」といった評価の声が出たのも、そうした果敢な「政策転換」とも言える方針表明が背景にある。だが、その多くが具体的に実現・実行されたわけではなく、「口約束」の域を出ない。次の首相はこうした岸田首相の約束を実行する役回りを担うことになるが、その荷は決して軽くない。
まずは「防衛増税」である。防衛費を5年間で43兆円に大幅増額するという出費増は決めたものの、その財源として示されている増税の実施時期は先送りされたままだ。
■「増税」に早々に決着を付けなければならない
岸田内閣は2022年末、2023年度から27年度の防衛費の総額を43兆円程度と定め、それに必要な追加の財源が14兆6000億円にのぼると見込んだ。そのうえで、財源として、法人税と所得税、たばこ税の3つを増税することで、2027年度までに1兆円強を賄うとしている。法人税の現行税率に4.0%から4.5%上乗せする付加税を課すほか、所得税も税額に1%の付加税を課す。一方で、現在付加されている「復興特別所得税」の税率を1%引き下げて実質的な負担増を無くすとしているが、2037年までと決まっていた復興特別所得税の課税期間をさらに延長する方針。また、たばこ税は1本当たり3円相当を段階的に引き上げるとしている。
ところが、増税には自民党内からも反発する声が強く、2022年末の与党の税制改正大綱にも防衛増税の実施を盛り込めなかった。「2027年度に向けて複数年かけて」増税するとされ、「2024年以降の適切な時期」に増税を開始するとされ、事実上、増税の実施は先送りされている。次の首相はこれに早々に決着を付けなければならない。
■「解散総選挙の日程」と「増税日程」の板挟みになる
焦点は今年末の税制改革対抗に実施時期を明記できるかどうかだが、来年秋までに解散総選挙を実施しなければならないタイミングで、増税議論はできないというムードが強い。財務省の中堅幹部も「今年の大綱にも盛り込めないのではないか。2026年度の実施すら難しい」と見ており、解散総選挙後まで増税議論は封印される、という見方が多い。
実際、候補者の多くが増税に批判的な主張をしている。岸田内閣を党側から支えてきたはずの茂木氏が「経済成長で財源は確保できる」として防衛増税ゼロを主張。高市氏も「今は反対」と述べている。誰が首相になっても、解散総選挙の日程と増税日程の板挟みになるのは間違いない。
もう1つの岸田首相の「置き土産」が「原発政策」だ。いま、経済産業省の総合資源エネルギー調査会で、「第7次エネルギー基本計画」の策定に向けた議論が進んでいる。
■「原発政策」も次の政権に託された
原発については「重要なベースロード電源」という位置付けで「安全性が確認されたものから再稼働する」というのが自民党政権のこれまでの見解だったが、一方で「原発依存度を下げる」という目標も掲げている。
ところが岸田首相は昨年、これまで「タブー」として封印されてきた「原発の新増設」について検討するよう指示。産業界などが求めてきた「原発拡大」に舵を切る姿勢を見せた。現在、原発の稼働期間の延長などを行っているものの、新増設に踏み切らなければいずれ原発はゼロになる。どこかのタイミングで、廃炉になる原子炉を作り替える「リプレイス」も含めた「新増設」を行うことが必要になるが、安倍晋三内閣や菅義偉内閣はその議論自体を封じてきた。国民を二分する議論になることが分かっている難題には踏み込まない、という姿勢だった。
そこに岸田首相は果敢にも挑んだわけだが、これも、岸田氏自身が決着したわけではなく、次の首相に託されることになった。まずはエネルギー基本計画に原発の「新増税」を書き入れることになるのかが焦点だが、これも解散総選挙を戦うことになる次の首相にとっては大きな足かせとなる。
■賃上げが物価上昇に追いついていない
そして最大の問題が「物価高対策」だ。
岸田首相は就任以来、「物価上昇を上回る賃上げ」を掲げ続け、物価上昇は容認する一方で、賃上げを誘導すれば、それがデフレから脱却することにつながる、という見方を取り続けてきた。円安による輸入物価の上昇が国内消費者物価も押し上げ続けているが、岸田首相は「円安容認」とも言える政策を取り続けてきた。
典型は、ガソリン価格や電気・ガス料金への補助金で、すでに予算の累計額は11兆円超にのぼっている。こうした補助金によるエネルギー価格の引き下げは、国の財政を悪化させるという見方につながることから、さらなる円安につながることになる。もちろん、円安が進めば、さらに円建ての輸入物価は上昇するから、庶民生活を直撃することになる。そこで、賃上げが重要なのだが、いつまで経っても物価上昇に追いつかず、本格的な実質賃金の増加につながっていない。
■円安容認政策を続けるか、利上げを容認するか
実質賃金のマイナスが長く続いたことから、ここへきて消費にも陰りが見える。物価が上がっているので一見、消費額が増えているように見えるが、物価上昇分を差し引いた「実質消費」がマイナスになっているのだ。このままでは不景気なのに物価上昇が続くという「スタグフレーション」に陥りかねない。
7月末に日本銀行が金利の引き上げを決めたことで、8月頭に株価が大暴落した。円安を止めるためには、日米の金利差を縮小させるために日本が利上げすることが求められるが、ここ1年の株高は、円安によって円建ての株価が上昇している面も強い。つまり、円が「劣化」した分、資産価格が上昇するという結果になってきた。だから逆に金利を引き上げることで円高方向に誘導しようとすれば、当然のごとく、株価が大きく下がるということになる。
次の首相が、岸田流の円安容認政策を採り続けるのか、逆に円安を止めるための利上げを容認するのかで、日本の経済情勢は大きく変わる。利上げを容認する政策をとれば、株価が大きく下げることにつながるわけで、これも総選挙を控えた次期首相が、それを受け入れられるかどうかは微妙だ。
■「改革」を掲げて選挙で戦えるのか
日本経済を根本から強くするためには構造改革が必要だという考え方から、小泉氏のように規制改革に取り組む姿勢を強調する候補もいる。「ライドシェアの全面解禁」や「解雇規制の緩和」は立憲民主党など野党が強く反対している政策で、これを総選挙で掲げれば、与野党対立は鮮明になる。一方で、物価上昇などで経済困窮が進んでいる国民に、改革の痛みを受け入れる余力があるか。つまり、改革を掲げて選挙で戦うことが本当にできるのか、という疑念もある。
岸田首相が残すことになる数々の難題を、強いリーダーシップで解決できる人材は誰なのか。日本の命運を担う自民党総裁選ということになる。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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