社名を一切出さずに「天才エンジニア」の採用に成功…グーグルが「採用広告」に掲げた"謎の文字列"
プレジデントオンライン / 2024年10月9日 9時15分
※本稿は、嶋浩一郎『「あたりまえ」のつくり方』(NewsPicksパブリッシング)の一部を再編集したものです。
■人間は欲望を言語化できない生き物
ビジネスパーソンのみなさんなら、「インサイト」という言葉を聞いたことがあるはずです。
端的に言えば、人間の潜在的欲望、つまり「隠れた欲望」と考えたほうがいいでしょう。
なぜ「隠れている」のかと言えば、人間は不器用なので、自らの欲望の大半を「何がほしい」「何をしたい」と具体的に言語化できないからです。
人間の欲望は氷山のようです。言語化できている、つまり顕在化した欲望は水面上の少しの部分でしかありません。大半は水面下にかくれた言語化できていない潜在的な欲望です。
そう、多くの人はモヤモヤとしているだけなんです。だから、「インサイト」を探し当てるのはなかなか至難の業です。
しかし、「インサイト」をとらえることは、新しい「あたりまえ」を推進することに不可欠と言っていいくらい重要なのです。
■刺さる企画はすべて「人間の欲望」をとらえている
マーケティングや広告やコンテンツの企画書には「インサイト」の文字が躍っています。人々はこんな欲望を持っているから、こんな商品を開発しましょうとか、こんな広告を打ったら刺さるはずですとか、このドラマはヒットするはずだとか。
ビジネスで意思決定をする場で、「インサイト」がその根拠の決め手になることがあるわけですが、そもそもその「インサイト」自体があっているのか? と疑問に思うことが多々あります。というかはっきり言いまして、インサイトが企画の後づけになっているケースはザラにあります。
ぼくはそういうインサイトを「捏造インサイト」と呼んでいます。ヒットするすべての企画はインサイトをとらえているわけですが、逆に言えばインサイトをとらえていないモノには、人は見向きもしないのです。それは、新しい「あたりまえ」も同じことです。
新しいコンテンツ、新しいファッション、新しい商品・サービスでも、潜在的な欲求が形になったものが、眼の前に現れた途端、人は「そうそうこれがほしかった」「そうそうそれがしたかったの」と直感的に恋に落ち、飛びつきます。
■人間の心理を深く掘り下げてはじめて見えてくるもの
つまり、「あたりまえ」が実現する未来を示したとき、人々の潜在的欲望が「そうそうそうなってほしかったの」と反応してもらわなくてはなりません。
ビジネスパーソンとしてのみなさんが描く未来像は、人々のインサイトをとらえていますか?
それは自分勝手な未来像になっていませんか?
そう、私たちはもっと徹底的にインサイトに向き合うべきなんです。
インサイトは直訳すると「洞察」です。そもそもインサイトは、表層的な言葉や態度からはわかりません。人間の心理を見つめ、深く掘り下げなくてはわからないのです。
でも、インサイトが発見できれば、あとはシンプルにその欲望を実現する方法を提供してあげればいいのです。そう、インサイトは100%優しく抱きしめてあげればいいのです。
正しいインサイトが見つかっていないから、人は企画をこねくり回してしまうのです。
■グーグルが「インサイト」を巧みに利用したケース
インサイトを見つけるのはなかなか難しいわけですが、それを見事にやってのけている事例をご紹介します。
2004年、アメリカのグーグルはMITやスタンフォードなどを卒業したスーパーブレインズといわれる優秀な理系人材を求めていました。その採用促進をクリエイティブエージェンシーであるクリスピンポーター・アンド・ボガスキーに依頼しました。
普通のアドエージェンシーであれば、スーパーブレインズがどんなメディアを見るか調べて、そこに採用広告を出稿するわけですが、彼らはまったくちがうやり方でこのミッションを達成したのです。
名門理系大学の付近の看板に大きく奇妙なメッセージを掲げたのです。
そこには、「{first 10-digit prime found in consecutive digits of e}」と書いてありました。看板や横断幕にはグーグルについてはひと言も書かれていませんでした。
■「俺がこの難問を解いてやる」というインサイト
日本語に訳すと「自然対数の底eの中から連続する10桁の素数」。数学に疎い自分にはちんぷんかんぷんの表記です。
しかし、スーパーブレインズにとってこのメッセージはとてつもなく刺さるものでした。
彼らはどう反応すると思いますか?
そう、彼らは「この問題は俺が解く」と思うのです。メッセージの最後に.comという表記があるのでウェブサイトが存在することがわかります。彼らはこの超難問(なんだそうです)に挑戦したくなってこのウェブサイトを訪れるのです。
するとそこでもグーグルの表記はないまま、さらなる問題が提示され、正解を入力しつづけると、「あなたを採用します」というグーグルからのメッセージが表示されるのです。そう、これはグーグルの研究開発部門の採用試験そのものだったんですね。
グーグルはこのキャンペーンで優秀なエンジニアを採用したそうですが、ここで重要なことは、「正解を出してグーグルから採用通知をもらった人でさえ、自分に『難問を解きたい』という欲望があることを自覚的に意識していない」ということです。多くのスーパーブレインズが、自分の欲望に気づかないまま、せっせと問題を解いて採用通知をもらっていたのです。
それくらい、人間は自分の欲望について無自覚なのです。人間は自分の欲望を言語化して意識することができないのです。
しかし、クリスピンポーター・アンド・ボガスキーの企画者は、「彼らはきっと自分の能力をひけらかすために、難問を解くにちがいない」とスーパーブレインズのインサイトを発見していたのです。
■インサイトの見つけ方
人の欲望は、日々、新たに生まれています。
フェイスブックが登場すれば、いいね! をほしがる承認欲求が生まれ、インスタグラムが登場すれば、盛れてるセルフィーを撮りたいという欲求が生まれ、動画配信サービスで倍速再生機能が登場すれば、1.5倍速でタイパをよくしたいという欲求が生まれます。
でも、街ゆく人に「あなたが本当にほしいものはなんですか?」と尋ねても、人は自分の欲望を予め言語化できません。
では、どうやってそんな隠れた欲望「インサイト」を見つければいいのでしょうか?
■「路上飲み」をする若者に覚えた違和感
インサイトの発見の仕方はさまざまな手法があります。自分自身のインサイトにじっと向き合うのも手かもしれませんが、ぼくは日常風景の中で「違和感」を発見することがインサイトを見つける早道だと思っています。
人間は不器用なので、自分の欲望をなかなか言語化できないと書きましたが、同じように、他人に説明できないまま自分の欲望を実現する行動に出てしまうことがあります。それが、自らのインサイトに敏感なファーストペンギンたちです。
「あ、あの人たち、今までの価値観だとちょっと説明できない行動をしているな」と違和感を覚えたら、それは新しい「あたりまえ」を実践する人たちの行動である可能性があるのです。
旅行や食事といえば、家族や友人、職場の同僚など複数で行くのがあたりまえだった時代に、「わたしは今、1人でご飯が食べたいの」と思って、1人で高級レストランに行った人は、きっとレストランのシェフに「1人で来客するなんてめずらしい客だなあ」という違和感を覚えさせたでしょう。
そして、そういった客が連続すると、「もしかすると、1人で来客したいと思っている人は最近増えているのかな?」と思うようになるわけで、それが「おひとりさま」というインサイトの発見へと至ります。
最近「ワン缶」といって、缶を片手に路上や公園で飲酒をする若者が多く見られるようになりました。今まで、なかった行動をしている人たちです。
あれ、以前にこの道で、お酒を飲んでる人なんて見たことなかったのに、昨日も今日も、お酒片手に飲んでいる人がいるなんて、ちょっと引っかかるな……。
というような違和感です。
彼らは居酒屋で飲むのを、お金がもったいないなと考えているんでしょうか? どちらかの家で宅飲みをするほどでもない関係なんでしょうか? ちょっとした隙間時間に、気軽にリラックスしたいんでしょうか?
■新しい「あたりまえ」の最初の行動を発見する
違和感のある行動をする人たちは、どんな潜在意識でその行動をおこすのでしょうか?
このように日常生活で感じるちょっとした異変や、昨日までは考えられなかった人間の行動に覚える違和感の背後には、新しい「あたりまえ」を渇望するインサイトが潜んでいる可能性があるのです。
たとえ、それが偶然の例外的な行動だったとしても、その背後にインサイトがあると思って一旦は向き合ったほうがインサイトハンターとしてはいいのではないかとぼくは思います。
かなり長いこと、博報堂の新入社員研修でタウンウォッチングというものをやっていました。クリエイティブ配属の新人が街に出て、「違和感のある行動をしている人」を見つけて発表するんです。
インスタグラムに足の先だけの写真をあげている人たち、カフェでPCを広げてイヤホンをしながらひそひそと会議をしている人たち、昼間のカラオケボックスに集まるお年寄りの人たち……。
「あ、今までの価値観だとちょっと説明できない行動をしているな」と違和感を覚えたら、それは新しい「あたりまえ」を実践する人たちの最初の行動なのかもしれません。
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博報堂執行役員エグゼクティブクリエイティブディレクター・博報堂ケトルファウンダー
1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年PR発想でクライアントや社会の課題を解決する「博報堂ケトル」を木村健太郎と設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『Childlends』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』松井剛と共著(集英社)、『アイデアはあさっての方向からやってくる』(日経BP)など。日本PR協会主催「PRアワードグランプリ」の審査委員長、カンヌ・クリエイティビティ・フェスティバルのPR部門審査員など国内外のアワードで多数の審査経験を有する。
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(博報堂執行役員エグゼクティブクリエイティブディレクター・博報堂ケトルファウンダー 嶋 浩一郎)
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