九九や漢字を覚えなくても人生何とかなる…「小学校にまったく通わなかった私」のとっておきの勉強法
プレジデントオンライン / 2024年10月12日 16時15分
※本稿は、内田拓海『不登校クエスト』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■教科書はなく、安いドリルは面白くない…
私は勉強も両親から教わってはいませんでした。
正確に言うと、7歳くらいまでは母が勉強をみてくれてはいました。“みていた”とは言っても、小学校で使っている教科書も手元になく、教材は100円ショップで買ってきた“ドリル”だけ。
でも、こういう言い方は失礼かもしれませんが、100円ショップのドリルや問題集は正直、面白くありません。コスト的に仕方がない部分なのだろうと思いますが、ドリルを開くと問題がただただ並んでいるだけ。面白いイラストや解説なども載っていませんし、私としてはちっとも楽しめません。
そして、教えてくれる母にも、あまり納得がいっていませんでした。
母への不満をわかりやすく言えば、教材の中身に対する関心のなさ。「なんでもいいから適当に買ってやらせよう」というような考えに、子どもながらに勉強のやる気をなくしてしまったのです。
■親が子どもに教えるスタイルには限界がある
大人になった今考えれば、母も働いていただけでなくちょうど妹も生まれたばかりで、私だけに時間や労力、お金を割く余裕がなかったことはよく理解できます。
ただ、「人に教える」という行為は、問題集をやらせたり教科書を解説するだけでは不十分だとも思うのです。私自身が教える側として、藝大、音大の受験生や子どもたちに関わるようになったことで、よりそれを考えるようになりました。
もし何かを人に教えるのであれば、最低条件として、教える内容についての知識や経験を自分の言葉で語ることのできる理解と実感を持ちながら、相手に対して愛情と忍耐を持って接することができるだけの総合的な人間力は必要だと思うのです。
ただ、それを親や家族に求めることはなかなか難しい。ホームスクーリングに限ったことではありませんが、親が先生、子どもが生徒となって教えるスタイルは、何を教えるにしても家族であるがゆえに、お互い感情が入ってしまって上手くいかないケースも少なくないと思います。
■「なんで暗記しないといけないの?」に回答なし
私の場合も、7歳で、掛け算の“九九”が発端で母とケンカして、師弟関係が決裂しました。
「なんで“九九”って暗記しないといけないの?」
そう尋ねた私に対して、母から納得できる答えが返ってきませんでした。納得できないことは、進んでやれません。私は母にこう反論しました。
「掛け算なんて覚えなくても、足し算だけでもできると思うけどね」
例えば7×7の答えは49。九九を覚えておけば、たしかにすぐに答えが出ますが、足し算と引き算しか知らない私が編み出した計算式は、こうです。
7が2つで7+7=14。これが3つで14+14+14=42。これで7が6つ分ということだから、そこにもうひとつ7を足して答えは49。
まどろっこしいですが、私がその時持っていた知識だけでも解ける。しかも計算を速くすれば、そんなにスピードでも劣らずに答えが出せる。そうなると、
「“九九”はやらなくていい」
それを聞いた母は「この子の考え方は私の想像を超えているから、もう教えられない」と、完全に匙を投げたそうです。
「いつかタイミングがくる時まで放っておこう」
■難しいことはデバイスに任せる手がある
それ以来、私は勉強についても完全に両親からは放っておかれるようになりました。私も徹底的に母から教わることをやめました。
パソコンを使って、ネットで勉強のサイトを探して、ポチポチポチ……と自分で“百マス計算”をやったり。そうこうするうちに、こんな考えにたどり着きました。
「十分なデータも入力されていて、計算も速く正確にやってくれるデバイスがある以上、すべての知識を丸暗記する必要はどこにあるんだろう?」
この頃から、簡単なものはもちろん自分で処理すればいいけれど、自分の知識や処理範囲を超えるものはデバイスに任せる手もある、という考えを持つようになりました。
ですから私は、今でも“九九”を覚えていません。でも、それでも何とかなっています。少なくとも日常生活を送る上では、まったく問題ありません。
■漢字を教えてくれた「先生」は本だった
“九九”以外に、私が“完璧には覚えていない”ものというと、「漢字」があります。
私は、基本的にほとんどすべての漢字を「本を読んで」覚えました。
当時の私はファンタジー的な物語の世界が好きでした。ゲームの『ファイナルファンタジー』シリーズが好きだったこともあって、“剣と魔法の世界”にすごく親しみや憧れがあったんです。
そうした物語の本はたくさん読みました。韓国の作家、ジョン・ミンヒのファンタジー小説『ルーンの子供たち』は、オンラインゲームの原作にもなった作品です。重工でダークな世界観の中で、なんとか生きようともがきながら歩んでいく主人公たちが何とも魅力的でした。
■書けるか怪しい漢字はいまだに結構ある
そうした中でも、特に私がハマった1冊を選ぶとすれば、やはりJ・K・ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズ。説明するまでもない世界的な超ベストセラーです。ちょうど映画版が話題になり始めていたこともあって、初めて読んだ瞬間に夢中になり、これまで何度繰り返し読んだかわかりません。
『ハリー・ポッター』には、7歳の私では読めない漢字もたくさん出てくるのですが、ストーリーがとにかく面白いので多少わからない文字があっても、ぐんぐん引き込まれていく。そうやって物語に夢中になると、「わからない」よりも「読みたい」欲求が勝ちます。
何度も読み込むうちに、読めなかった漢字の意味も文脈で大体わかるようになってくるので、そこからネットで正確な読み方や言葉の意味まで調べたらもうOK。きちんと頭に入ります。
ただ、授業を受けていないので、例えば読書感想文を書いたり、漢字ドリルや書き取り練習といった「書く」ほうはあまりしていませんでした。ですから、読むほうはどんな漢字でもほぼ完璧に読めますが、書くほうは、4年生くらいに習う漢字ならさすがにスラッと書けますが、5、6年生、そして中学生で習う漢字になると、“怪しい”ものがいまだに結構あるんです。
例えば「災難」。「災」は書けるけれど、「難」が時折ちょっと怪しい。「闘う」も、門構えの内側は頭がボーッとしている時は思い出せないこともあります。
■文化的には重要だけど、日常的には支障ない
藝大、そして通っている大学院では手書きで漢字を書くという機会はほとんどありません。入試のための勉強漬けだった浪人時代はいざ知らず、それから7年以上のブランクがあるので“抜け”が多いのです。
漢字を正しく書けるということには、もちろん利点があると思いますし、日本の文化の中では「きれいな字を書く」――書道やペン習字の伝統や美学というものも、あると思います。そうしたものの芸術的、文化的価値も素晴らしいものだと思っていますし、日本の書く文化は継承されていくべきものです。
ただそれでも、情報を処理するという観点だけで見れば、すべての人に絶対にそれが必要だというわけではありません。現代社会においては、やはりデバイスの存在が良くも悪くも強過ぎるからです。
パソコンやスマホを使っていれば、私でなくとも文字を書く機会はそうそう多くありませんし、自分では書けない漢字も、打ち込みさえすればソフトやアプリが正しく変換してくれますから、日常的に支障がないことは、誰もが知っています。
こうしたことは何も計算や漢字に限ったことではなくて、やり方次第でどんな情報でも常に持ち合わせることができるという、現代の最大の特徴だと思います。
■7歳からインターネットの世界に触れていた
今の社会では、こんなふうに計算も漢字の学習も、何かを調べたり確認したりすることも、コミュニケーションでさえも、デバイスからネットにアクセスすることで行うことができます。
これは私のように学校に行っていない子どもにとって大きな利点です。もし環境が整っていなくても、1人でも、学習できる。ホームスクーリングできます。
私自身が意識してインターネットの世界に触れ出したのは、7歳くらいからです。
当時としては、これはかなり早いほうでした。もうその前から、5歳の頃には自宅には“ウィンドウズ98”が入ったパソコンがあって、数年後には、それが“XP”に切り替わっていましたから、両親もパソコンやネットというものにわりと理解があったのでしょう。
■ゲームや調べ物でブラインドタッチも習得
マウスをカチカチッとクリックするだけで、あらゆる知識に触れたり世界中の人と繋がることができますし、ネットの世界にいったん入ってしまえば、そこには小学校も中学校もありません。年齢も、さらに言えば性別もそれほど関係ない“情報の海”が広がっています。
私自身、「学ぼう」と思えば、どんなことも学ぶことができました。
「学びたい」「知りたい」という意欲があれば、新しい知識や学びを手に入れるために誰でも一生懸命に勉強します。その中で、読解やリサーチに必要な言語能力については、ネットを上手く利用すればかなり早い段階である程度のところまでは持っていけると思います。
パソコン操作に必要なタイピングも自分で練習しました。やったことがある人も多いと思いますが、ゲームをしながらタイピングを習得できるサイトやアプリがたくさんあります。誰かに教わらなくとも、ゲームを進めるうちに、あるいは調べ物をするうちに、いつの間にかブラインドタッチもできるようになりました。
■「知らないことを見つけられる」面白い場所
年齢が上がっていくにつれて、絵を描いたりする時間よりも、インターネットをしている時間のほうが長くなっていきました。
そちらのほうが面白かったからです。
今振り返っても、2000年代のネットの世界は混沌としていました。個人WEBサイト文化が盛んになっていった頃で、自作の小説やイラストを公開している人はごまんといましたし、ネット掲示板“2ちゃんねる(現5ちゃんねる)”で、“のまネコ”などのアスキーアートが流行ったり、恋愛小説『電車男』が話題になって映画化されたりもしていた時代です。
ネット自体や、そこから生まれてくるネット文化に強い偏見があって、今よりもずっとアンダーグラウンドなものだ、という認識や自覚がありましたが、ただ、それでも私にとっては、「知らないことを見つけられる」場所でした。
■歴史の年号を暗記しても必ず正しいとは限らない
ネット空間が普及したことで、誰でも、いつでも、簡単に莫大な情報にアクセスすることができる。一方で、そのアーカイブの量と比べれば、人間が覚えていられる知識には限界があるでしょう。
そもそも、私は“教養絶対主義”とでもいうような、知識がないということだけでその人を軽蔑してしまうような風潮が嫌いです。
歴史の年号を暗記して、周りが言うところの表面的な教養や知識を身に付けてみたところで、それが必ず正しいかと言われればそんなことはありません。
20年前まで、きっと日本中の学生誰もが覚えていたであろう“1192つくろう鎌倉幕府”が、現在では、「鎌倉幕府が成立したのは1185年」が一般的になっていますし、アメリカ大陸を発見した冒険家・コロンブスも少し前までは英雄視されていましたが、現代ではその評価は一変しています。
そうしたことは常に起きるのですから、教養も常識でさえも長い時間の中で変わる可能性があるものです。親から、教師から教えてもらったことだから絶対に間違いなく未来永劫正しい、ということはあり得ません。
間違っているかもしれない知識なのに、ただ「知っている」か「知らない」かだけで、その人の能力や人格までは決めつけてしまうような風潮や価値観自体、間違いだと思っています。
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作曲家・アーティスト
1997年生まれ。神奈川県藤沢市出身。東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻在学中。6歳の時、「自分は学校へは行かない!」と宣言し、小・中学校の9年間をホームスクーラーとして過ごす。通信制県立高校に進学後、一念発起。音楽経験がほぼゼロの状態からピアノと作曲の勉強を始め、2浪の末、東京藝術大学音楽学部作曲科へ進学。自身が不登校で過ごした経験から、鑑賞者にとっての“居場所”となれるアートの探求、創作活動を行っている。受賞歴に、令和5年度奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門第3位、東京藝大アートフェス2023 東京藝術大学長賞(グランプリ)などほか多数。
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(作曲家・アーティスト 内田 拓海)
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