「私はENFJ-Aです」で自己紹介が成立する…若者たちがハマる「MBTI性格診断」の"落とし穴"
プレジデントオンライン / 2024年12月15日 7時15分
※本稿は、毛内拡『心は存在しない 不合理な「脳」の正体を科学でひもとく』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■小説家が提唱した信憑性の低い性格診断
流行している性格診断や、血液型占いなどというものは、実に本質主義の典型例のようなものです。
ちなみに、若者の間で流行しているMBTI性格診断は、ユングのタイプ論をもとにした、世界45カ国以上で活用されている国際規格に基づいた性格検査とされていますが、提唱したのは学者ではなく小説家で、その科学的根拠は薄いという批判があります。学問的には採用するのが難しい類いのものです。どうやら、韓国のアイドルが取り上げたことでSNSを中心に火がついたそうです。
この診断について知らない人向けに簡単に解説すると、93問の設問に対して、できるだけ直感で答える、制限時間は12分。1問当たり約8秒しかかけられない計算になります。設問の例は、たとえば「他の人が泣いているのを見ると、すぐに自分も泣きたくなる。」に対して、同意する・同意しないをそれぞれ0から3でつけていく。
■「当たってる!」と思う人がハマる
そうすると、基本的には四つのカテゴリー(興味関心の方向、ものの見方、判断のしかた、外部との接し方)に対して、相反する性質(外向型・内向型、感覚型・直観型、思考型・感情型、判断型・知覚型)と、すなわち16個のどれかに必ず分類されます。グラデーションはなく、どちらかに必ず白黒つけられるのです。
その時点で、おかしいじゃないか! と怒り出す人はいなくて、それをそういうものかと受け入れる人が大多数であるのが現状です。多くの人に受け入れられているのは、少なからずそれが当たっていると本人が思うからでしょうね。
ちなみに興味本位で私もやってみたので、どうぞ煮るなり焼くなり、ご自由にご利用ください。どうです、私という人間がどういう人かわかっていただけましたか?
■友達になるかどうかを決める「名刺」に
これがどれくらい流行っているかという例をご紹介しましょう。自己紹介をする時にまずは名前を名乗るのは普通ですが、最近の学生を観察していると、その次に何を言うかと思えば、自分がMBTI診断で何タイプだったかを述べるのです。このENFJ-Aなどの記号の部分です。まるで呪文のようです。
そうすると、相手も「ははん、なるほど、君はそういうタイプの人間なのね」と納得して、そこからコミュニケーションが始まります。あるいは、自分とは合わないとわかった時点でコミュニケーションを閉ざしてしまいます。これは決して誇張ではなく、実際私はその場面を目撃して、度肝を抜かれました。
私が子供の頃は、社会人になったら名刺を渡しながら「こういうものです」と言って自己紹介するらしいよと、小バカにしていたものです。社会人ごっこと称して「こういうものです」だけで自己紹介を済ませるコントなどをやっていました。
自分の名前も名乗らずに、どこどこの会社のどういう役職です、というのが自分そのものであるかのように語る。それをどうしてバカにしていたかというと、そんなものは、自分の属性でしかなく、「自分」ではないだろうと誰もが思っていたからです。そういうことがあったので、大人になってからも名刺を渡す時でさえ、所属や肩書きを言う前に、まず名前を名乗ると心に決めています。
■16タイプの特性を暗記するすごい芸当
しかし、時代はさらにその先を行っていました。自分がどういうタイプの人か、ある特定の時期に、たった数問の設問に答えて割り出された(しかも信憑性の低い)性格診断の結果を交換し合う。
それを聞くと、暗に、相手はこういうタイプで、このタイプと相性が良く、このタイプとは相容(あいい)れない、ということが頭に入っているので(すごい)、この人とはどういうコミュニケーションを取ればいいか、あるいは関わらない方がいいかということを瞬時に計算する。ものすごい芸当だと思いませんか。
生物学を学んでいるような学生でさえ、そのような診断結果を真に受けて、相手がどういう人かを判断してしまっているくらいですから、現代社会が「心」というものに対して、いかほど混乱して屈折してしまっているか。おわかりいただけるのではないでしょうか。
■都合のいい情報だけ選ぶ「確証バイアス」
そもそも、なぜ私たちは占いや性格診断を信じてしまうのでしょうか。あるいは、多くの人が似たような傾向があり、「人間は何種類かに分類される」と思えるのでしょうか。
その謎を解く鍵も、脳の持つヘンテコな性質にあります。これは一般的に「確証バイアス」と呼ばれているもので、脳は、自分の仮説を支持する証拠だけに注目し、反証する情報を「わざと」見過ごす傾向にあります。このバイアスというのは、「思考のショートカット」とでもいうべき現象で、これは脳が省エネのために発明してきた便利な方法です。
たとえば、一卵性の双子というと、「似ている」というイメージが強いかと思います。もちろん原理的には、持っている遺伝子のセットは同じですので、ある意味でクローン人間と言うことができます。
しかし、私もこれまでの人生で一卵性の双子を何組か見てきた経験から感じるのですが、実際いうほど似ていないのではないでしょうか?
持っている遺伝子のセットこそ同じですが、生後の経験によって、どの遺伝子をオンにしてオフにするかというのが変化するエピジェネティックな調節も存在しますし、脳の回路は経験によって書き換わる柔軟性を持っているので、さらに違うものです。したがって、クローン人間だとしても、その性質はまったく違うものになって当然なはずです。
■双子の似ていないところは見逃される
映画『エリザベス∞エクスペリメント』(2018年)や『月に囚われた男』(2009年)では、クローン技術が発展した近未来で、作製したクローン人間がそれぞれ異なる人格を持つことによって生まれる苦悩や葛藤を描いています。エヴァンゲリオンシリーズの有名なセリフのように、「たぶん、あなたは3人目だと思うから」と言われたらどうでしょうか。
そもそも、双子だから、クローンだから似ていると思い込んでしまっているのです。実は、その思い込みも確証バイアスなのです。つまり、無意識のうちに似ているところを探してしまって、似ていないところを見逃してしまっているのです。本気になって探してみたら、似ていないところの方が多いはずです。
初めて会う人なのに、この前に会ったあの人に似ているというあの感覚も、この「無意識に似ているところだけを探す」ということによって生じる錯覚です。かつては私も、この錯覚に基づいて、案外人間はいくつかに分類できるのかもしれないな、などと思っていましたが、これも「似ていないところもある」という当たり前の事実を完全に見逃し、「似ている部分」だけを探していたことから来る勘違いだったのです。
■「性格=心」は脳内物質の放出と受容で決まる
では実際、私たちの性格(=心)はどういうしくみで決まっているのでしょうか。これも、脳の活動の賜物(たまもの)であるとすれば、それはどう整理すればいいのでしょうか。
脳がどのように動作しているかをかいつまんで説明すると、脳を構成している脳細胞が神経伝達物質と呼ばれる化学物質を、シナプスと呼ばれる軸索と樹状突起の接合部で隣の脳細胞に受け渡すことで情報伝達をするという単純作業の連続です。
脳の中では、シナプス小胞に含まれる神経伝達物質を放出する“送り手”と、それを受け取る“受け手”がリレーをしています。受け手側の細胞には、受容体と呼ばれるタンパク質があって、その種類や多寡によって伝達効率や情報の質が変化します。
■「幸せ」も「つらい」も化学物質の影響
いわゆる「幸せホルモン」であるセロトニンや、「快楽ホルモン」であるドーパミンという言葉もだいぶ市民権を得てきたように感じます。
厳密には、セロトニンは「幸せホルモン」ではないし、ドーパミンも「快楽ホルモン」ではないのですが、その正確性はさておき、脳がこういう化学物質で動作していて、その結果として「幸せ」や「快楽」などの精神的な活動が生じ、それが不足すると結果として「心のはたらき」が不調になるんだということが普及してきたのも事実です。このようにわかりやすい言葉でもって啓蒙し布教してきた先人たちの知恵と苦労に感謝します。
その認識の是正はこれからの課題だとして、次にみなさんに覚えておいてほしいのは、これらの物質はただ放出されるだけでは不十分で、それを受け取る必要があるということです。ここで、重要となるのが受容体です。受容体は、細胞膜の海に浮かぶ「はたらくタンパク質」です。
はたらくタンパク質には、他にもこれらの物質を運んで除去するトランスポーターや、細胞の内外の通り道のはたらきをするイオンチャネル、さらにこれらの物質を分解する酵素なども含まれています。これが重要です。
■「性格は親から遺伝する」は一面的
遺伝子というのはタンパク質の設計図であり、これに基づいて受容体を作るのか・作らないのか、どれくらい作るのかが決められています。
たとえば、ある種のセロトニントランスポーターを持たない家系の人は、家族性のうつ病にかかりやすいということが知られています。
私たちの気質や性格が、脳内物質の放出と受容で決まるとしたら、突き詰めると、それを受け取り、取り除く役目を負っているこれらタンパク質のはたらきが私たちの脳のはたらきを規定していると言うことができます。そういう意味では、性格も遺伝するというのは、完全に否定することはできない事実です。
しかし、遺伝子の転写・翻訳は生後の環境によって変化することもわかっているため、一概に“生まれ”だけで決まるとも言い難いのです。
さらに、脳の神経回路は生後の経験によって柔軟に書き換わったり、受容体の発現パターンを自由自在に書き換えたりする「可塑性」という性質を持っています。そのため、とある遺伝子をたくさん持っているから、あるいは持っていないからといって、それが結果としてその人の性質を決めていると考えるのは非常に危険な考え方と言えます。
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脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984 年、北海道函館市生まれ。2008 年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013 年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員などを経て2018 年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。主な著書に、第37 回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『「頭がいい」とはどういうことか–脳科学から考える』(筑摩書房)、共著に『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)などがある。
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(脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教 毛内 拡)
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