海外ではこんな制度はありえない…「主婦年金」の廃止見送りで"3号主婦"本人を待ち受ける残酷な未来
プレジデントオンライン / 2024年12月18日 7時15分
■5年後の実現を目指す
経済同友会など経済団体を中心に主婦年金の廃止を求める声が高まっていましたが、厚生労働省は来年の通常国会で話し合われる年金法改正案には盛り込まない方針を固めました。5年後の実現を「目指す」ということです。「目指す」とあり、5年後に実現が確実という意味でもありません。
現在、日本では103万円の所得税の壁や130万円の社会保険料発生の壁などを見直し、働き控えをなくす議論が進んでいます。
それは、女性のキャリアアップにもつながることです。内閣府「男女共同参画白書 令和6年版」によると、2024年の共働き世帯は約75%と増加してきています。女性の昇進も増え、今後ますます活躍が期待されるからこそ壁の撤廃、第3号被保険者制度の廃止が議論されていたのです。
ところが、これが延期されるとなると、これを阻害することにもなりかねません。
主婦年金と呼ばれている第3号被保険者制度は、会社員や公務員の配偶者に扶養されている人が対象です。国民年金に加入しますが、保険料の負担なく、年金を受け取ることができます。年金給付のために必要な財源は厚生年金や共済年金であり、会社員や公務員全員の負担によって支えられています。それが不公平という声が上がっているのです。
出産や育児のためにどうしても働けない人、夫が高所得で自ら働く必要性がない人などが混在していて、一部の働けない人への配慮のために、得をし続ける、優遇されすぎる人が出ているのです。
■諸外国ではありえない制度
多くの諸外国では所得のある人だけが年金に加入するのが一般的で、日本のように、国民年金に加入が義務化されているということがありません。
そのうえで、厚労省「第3者被保険者制度2024」によると、加入者が保険料を納付した期間とみなすことで給付を保障する例としては、ドイツ、英国、フランス、スウェーデンなどの欧州の国があります。
例えば、未婚の母や離婚も多い英国では、税制や年金制度を個人単位で考えられており、妻またはシングルマザーが出産・育児期間に無収入、低所得の場合、保険料の納付期間とみなされ支給年金額に反映されます。
日本と違うのは、夫が会社員や公務員の場合だけ優遇されることはなく、何の職業に就いていても妻の年金の扱いは同じということです。そのため不平等であるという異論はありません。
※編集部註:初出時、欧米の年金制度について誤解を招く記述がありましたので訂正しました(12月18日17:30追記)
■3号の配偶者のほうが高年収なのに優遇される不公平
実は、共働き正社員夫婦と比較すると、第3号被保険者の夫のほうが所得が高い傾向がわかっています。夫の所得が1000万円以上の割合は、雇用保険の妻では約5%にとどまるのに対して、第3号被保険者の夫は10%を超えています。結果、所得が高い世帯の妻が優遇されるという現象もみられます。
国民年金への加入は全国民の義務ですが、毎月1万6980円の負担は大きく、2割近くが未納です。厚生年金より受給額も少なく、しかも、50%ずつ会社と折半で払い込んでいる厚生年金と異なり、100%自分で払わなければなりません。自営業など国民年金の加入者の中には、生活費を工面して一生懸命真面目に払い込んでいる人も多数います。彼らは自分の配偶者の分も支払っています。ところが第3号被保険者は、国民年金の保険料を自分で毎月払わなくても保険料納付期間として将来の年金額に反映されるのです。
■パート主婦も3号年金に反対
この第3号被保険者が優遇されていることへの批判は、人材不足に悩む企業や国民年金加入者、働く男女だけでなく、実は3号に留まることにこだわるパート主婦本人からも出ています。
「主婦年金のため130万円未満しか働かないようにしている」というのは小学校低学年の子ども2人がいる大川ひとみさん(37歳・仮名)です。130万円を超えると扶養を外れ、年金、健康保険料(月収の15%)を払わなければならなくなります。これにより出産手当金や傷病手当金が出ますが、もう出産することもないでしょうし、ケガした場合も自分で民間の損害保険に加入していますので、目先の手取り金額を増やすことのほうが大事と付け加えます。
一方で第3号被保険者制度(主婦年金)の廃止が見送られたことで、短時間正社員など女性が活躍しやすい勤務形態の募集が増えなくなるのではと心配しています。
大川さんはメーカーに正社員で入社、部長の優秀な秘書として注目され、やりがいを感じはじめていた時期に出産しました。育休から復帰後、しばらく働いていたのですが、急な仕事が多い部長の依頼やスケジュール管理でミスが増えて、出産前のように仕事をこなすことができなくなりました。
同じ部署に結婚・出産した女性社員はいません。時短勤務の制度はあるものの、残業免除を快く思わない女性や男性上司が多く、協力体制もなく、やむなく仕事を辞めることにしました。現在携わっている小売業のパートでは、大事な企画や経営の話には入れてくれないし、やりがいを感じません。たとえ小売業でも短時間正社員を募集する企業が増えれば、秘書業務の経験をいかせることもあるはずです。パート主婦のリーダーにもなれるかもしれません。ちょうど子どもに手がかからなくなってきた今なら、再びキャリアを積めるのではないかと期待していました。そのために資格取得にも前向きに取り組んでいたのです。
■第3号被保険者が働かない理由
第3号被保険者が働かない理由は「育児」が7割で、「介護」は1割程度、それ以外は病気などです。
子育て中7割のうち、末子が2歳以下は2割以下です。
待機児童が多くて問題になっていた時期もありましたが、今は保育所も増加しており待機児童も減少しています。ベビーシッター利用料にも助成金(1時間2500~3500円)が適用され、行政のホームページから簡単に申請できるようです。
人材不足で、産休や育児休暇、時短制度、在宅ワーク、企業内託児所などを導入したり、短時間正社員を募集する企業もでてきました。2025年度から300人以上の企業は男性の育休取得率の公表が義務化されます。また、同じく2025年度から政府は東証プライム上場企業の女性役員の比率を19%にする目標を掲げています。育児と両立しながら働く環境の整備はかなり改善されているのです。
そのため、大川さんは、さらに企業内での改善が進み、短時間正社員の募集も増えるかと期待してキャリアアップできると考えていました。
ところが、主婦年金の130万円の壁がある限り、夫の扶養から外れて年金を払わないように、働き控えをする主婦がかならず一定数います。今は自分もその一人です。103万円の所得税の壁が上げられて仮に国民民主党の主張する178万円になっても、第3号被保険者制度が廃止されなければ、扶養のまま保険料を払わなくてもいい130万円未満に働き控えをし続けるでしょう。
■企業にとっては3号でとどまってくれるパートは都合がいい
企業側も夫の扶養でおさまってくれれば社会保険料を払わなくてすみます。
今、パート社員の社会保険料の企業負担を5割以上に増やすなどの議論も進んでいます。企業にとってみると年金を含め社会保険料の負担を少しでも減らしたいところです。
いつまでも夫の扶養に入ってくれる第3号被保険者は、パートとしてとても貴重な存在であり、正社員にしようなどと思うはずがありません。
主婦年金のような一見主婦にとって有利な制度が残ることが、大川さんのように数年のブランクを経てキャリアに戻りたい女性にとっては有益ではないのです。
■“3号主婦”の行きつく先
現在、自営業などの国民保険加入者(第1号被保険者)は1431万人、厚生年金加入者(第2号被保険者)の4535万人と合わせて約6000万人に対して、第3号被保険者は1割弱の763万人います。1985年導入以降、その割合は減少していますが、50代は維持しています。
一人目を出産後、例えば20代、30代で正社員から専業主婦やパートになってしまうと、キャリアが遮断され給与は半分以下になります。数年から10年、自分のキャリアを忘れて育児をすることでスキルを維持できなくなります。その後、転職、正社員登用の機会を逃しているうちに介護要員にされてしまうといった昭和の主婦に後戻りしてしまいます。
■介護のために働けない“3号主婦”は増えていく
高齢者が増加する中、介護サービスは需要に追い付いていません。
2025年問題(団塊の世代800万人全員が75歳以上となり超高齢社会が訪れる)があり、病院通院、入院者、認知症患者、老人ホーム利用者の増加により介護ヘルパーや医療関係者、施設の不足から介護サービスの低下も懸念されています。介護料金は上がっているのに介護施設は不足しており、介護ヘルパーも不足しています。介護のため働けない第3号被保険者は今後増えていくかもしれません。
そういったことを配慮して、第3号被保険者制度の廃止を延期したのかもしれませんが、就労調整を長期間にわたって続けることは女性たちのキャリアにとって大きな痛手となります。
■夫の所得制限を設けたうえで働けない人には救済措置を
平等性のためには、夫の所得制限を設けるなどが必要でしょう。同時に介護で働けない主婦に対しては、介護ヘルパーなどの無料チケット配布や施設入所の優先順位を上げるなど別の形でさらなる配慮が必要です。
政府は女性活躍を推進してきているわけですから、税制も社会保障制度も、キャリアを積むこと、働くことにインセンティブを感じられる方向に改革していく必要があります。そのうえでどうしても働けない人、急には(あるいは今更)スキルアップや就職が難しい人には救済措置を考える。これが基本路線ではないでしょうか。
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生活経済ジャーナリスト、FP(ファイナンシャルプランナー)
1968年、神奈川県生まれ。NPO法人マネー・キャリアカウンセラー協会代表にて、年金、保険、資産運用をアドバイス。豪州ボンド大学大学院にて経営学修士(MBA)を取得後、育児中に桜美林大学大学院で博士号取得。国土交通省有識者会議メンバー。豪州留学後、米国企業勤務、香港にて英国企業(現中国系)勤務、中国留学を経て、シンガポールにて会社設立に携わる。嘉悦大学、城西国際大学大学院などで准教授(経営戦略、マーケティング、人的資源、キャリア)を経て、現在は立教大学経済学部特任教授。
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(生活経済ジャーナリスト、FP(ファイナンシャルプランナー) 柏木 理佳)
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