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これを知らないと単なる風邪でも危険な目に遭う…「雨乞い」と同じくらい非科学的な治療が行われるワケ

プレジデントオンライン / 2024年12月25日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/apomares

薬を飲んで病気が治ると、反射的に「薬が効いた」と思うだろう。しかし、内科医の名取宏さんは「『使った』『治った』『効いた』という前後関係だけで因果関係があると決めつけることを『三た論法』というが、とても非科学的な考え方で、さまざまな弊害があるので気をつけてほしい」という――。

■「雨乞い」が必ず雨を降らせる理由

昔の人は干ばつが起こると、雨が降るまでずっと火を焚いたり太鼓を叩いたりして祈る「雨乞いの儀式」を続けたとされています。結果として「雨乞いの儀式をした」あとに「雨が降った」ので「雨乞いが効いた」ということになるわけです。現代人からみると単なる迷信ですが、ある出来事(雨乞いの儀式)が起きたあとに別の出来事(雨が降ったこと)が起きたとき、単なる前後関係なのに、因果関係があると考えてしまうのは人間がよく陥る心理的な間違いの一つです。

昔は医学においても同様の間違いが多々ありました。例えば、19世紀ごろまで広く行われていた「瀉血(しゃけつ)」もそうです。病気の原因はよどんだ血液だという考え方に基づき、わざと腕などを小さく切って血液を排出することで病気を治そうとしました。病気は瀉血をしようとすまいと自然に治ったり、症状が軽くなったりします。しかし、当時の医者は、自然治癒した症例を「瀉血した」あとに「病気が治った」のだから「瀉血が効いた」と誤認していたのです。

現代では、赤血球が異常に増える「多血症」といったごく一部の病気を除き、瀉血によって病気を治すことはできないとわかっています。瀉血では病気が治らないどころか、かえって害になることもあるのです。有名なところでは、アメリカ合衆国の初代大統領であるジョージ・ワシントンが大量の瀉血をされ、寿命を縮めたといわれています。

■普通の風邪に抗菌薬を出してはいけない

現代ではこうした誤解はなくなったと思われるかもしれません。しかし残念なことに、そうでもないのです。昔に比べれば少なくなったとはいえ、今もよくあることです。

例えば、いまだに医療機関で、普通の風邪に対して「抗菌薬(抗生物質)」が処方されることがあります。普通の風邪は細菌ではなくウイルスによるものがほとんどで、いずれにせよ自然治癒するため、抗菌薬は必要ありません。不要な抗菌薬の使用は、ただ効かないだけでなく、胃のむかつきや下痢などの「副作用」、抗菌薬が効かない「耐性菌の発生」といった有害な影響だけをもたらすことがわかっているのに、どうしてでしょうか。

それは「抗菌薬を服用した」あとに「風邪が治った」のだから「抗菌薬が効いた」という誤解をしてしまうからでしょう。普通の風邪は抗菌薬を飲んでも飲まなくても、割と早く自然治癒しますが、それを抗菌薬の効果だと思ってしまうのです。

もちろん、患者さんが誤解するのは仕方がありませんが、病気の専門家である医師までもが誤解するようでは困ります。医師は、抗菌薬が必要な「細菌性肺炎」などの病気でもない普通の風邪に抗菌薬を処方すべきではありません。

■効果を判定するには「適切な比較」が必要

こうした「薬を使った」「病気が治った」「薬が効いた」といった前後関係だけで、因果関係――つまり原因と結果だと断定する論法を「三た論法」と呼びます。

薬の効果を正確に判定するには、「三た論法」ではなく、臨床試験による比較が必要です。ある薬で病気が治るかどうかは、薬の服用以外の条件をできる限り一致させたうえで、<薬を飲んだ集団>と<薬を飲んでいない集団>にランダムに分け、それぞれの集団のうち病気が治った人の数を数えて比較する臨床試験を行えばわかります。当然、薬を飲んでも病気が治らない人、薬を飲まずに病気が治った人もいますが、集団全体で比較して薬を飲んだ集団のほうが病気が治った人が多ければ、薬は効くと判定できるのです。

ただし、新しい感染症やきわめてめずらしい疾患では十分な比較ができないため、やむを得ず緊急避難的に既存の薬を使うことがあります。例えば「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)」の流行初期には効果的な薬がなかったので、抗インフルエンザ薬の「アビガン」、抗寄生虫薬の「イベルメクチン」といった既存の薬が使われました。

COVID-19もまた、自然治癒することがある病気です。アビガンやイベルメクチンを使ったあとに治ったという事例はたくさんありましたが、そうした事例を集めただけで薬が効いたと判断するのは「三た論法」であり、不正確です。のちに行われた質の高い臨床試験では、COVID-19に対するアビガンやイベルメクチンの効果を確認できませんでした。

COVID-19治療用の薬瓶
写真=iStock.com/Sergio Yoneda
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sergio Yoneda

■有害かどうかも「適切な比較」をもとに判断

薬の効果だけでなく、何が有害であるかも「三た論法」ではなく、適切な比較によって判断すべきです。タバコが肺がんの原因であることは「タバコを吸った」「肺がんになった」「タバコが肺がんを引き起こした」という「三た論法」では証明できません。できるだけ他の条件を一致させた<タバコを吸う集団>と<タバコを吸わない集団>を長期間にわたって追跡調査し、肺がんにかかる人の数を数えて比較する必要があります。その結果、タバコを吸う集団のほうが肺がんにかかる人が多いとわかり、タバコが肺がんの原因であることが示されました。

もちろん、タバコを吸っても肺がんにならない人もいれば、タバコを吸っていなくても肺がんになる人もいます。タバコ以外にも肺がんの原因はありますし、タバコを吸わなければ絶対に肺がんにならないというわけでもありません。ただ、肺がんにかかる可能性を減らしたいならタバコは吸わないほうがいいでしょう。

なお、一部で「喫煙率が減少しているのに肺がん死亡率は上昇しているから、タバコは肺がんの原因ではない」といった誤解がみられますが、肺がん死亡率の上昇の主因は高齢化で、その影響を補正した「年齢調整肺がん死亡率」は喫煙率のピークから20~30年のタイムラグを経て減少しつつあります。タバコ以外の肺がんのリスク因子や治療法の進歩などの影響を受けるため、これだけでは断言できませんが、他の多くの疫学的証拠と同様に肺がん死亡率の推移も、喫煙が肺がんの原因であることを示しています。

■「三た論法」は抗がん剤の誤情報の一因

さて、「三た論法」は思わぬ誤情報を広める原因にもなります。例えば「抗がん剤は寿命を縮めるだけ。抗がん剤を使用しているのは世界で日本だけ」といった誤情報が広まっているのをご存じでしょうか。確かに抗がん剤に副作用はありますが、命を縮めるだけというのは大間違いです。

抗がん剤は生存期間を延長したり、術後の再発を抑制したりすることが臨床試験により確認されていて、もちろん海外でも標準治療に使用されています。手術後にがんが再発したり、手術ができないほど進行したがんに対して抗がん剤治療が行われた場合、一時的にがんを縮小させることはできても、がんを完治させることはほぼできませんが、生存期間の延長や腫瘍の縮小による生活の質の改善を期待して使われるのです。

しかし、そうして抗がん剤を使うことで生存期間を6カ月間から9カ月間に伸ばしたとしても、抗がん剤を使ったあとに患者さんが亡くなれば、抗がん剤が死亡の原因だという誤解が生じてしまいます。このような誤解を避けるため、医師は治療の目的や限界について丁寧に説明することが不可欠でしょう。近年、抗がん剤の治療成績や副作用対策が格段に進歩しているので、今後は誤情報を信じる人が少なくなっていくだろうとも思います。

■ワクチンに関する誤解の裏にも「三た論法」

ワクチンに関する誤解も「三た論法」によって生じています。例えば、HPVワクチンは接種後の激しいけいれんや全身の痛み、運動障害といった多様な症状が報告されたため、日本では2013年に積極的勧奨が差し控えられました。ワクチン接種後にそうした症状が起きた場合、ワクチンが原因である可能性を疑うのは当然のことです。

ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン
写真=iStock.com/Manjurul
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Manjurul

また、原則として健康な人に接種するワクチンには高い安全性が求められ、疑いがある以上、積極的勧奨の差し控えもやむを得ない一面があります。COVID-19に対して、アビガンやイベルメクチンが使用されたのと似た緊急避難的な措置です。

しかし一方で、「HPVワクチンを接種した」「多様な症状が出た」「HPVワクチンが症状を引き起こした」と決めつけるのは、単なる「三た論法」であり、誤りです。今では、HPVワクチンの重篤な副作用だとされた多様な症状は、ワクチンを接種していない人にも起きることがわかっています。国内外の多くの比較研究ではワクチンと諸症状の関連は示されず、HPVワクチンは十分に安全だというのが国際的なコンセンサスです。

■「科学的思考」が健やかな未来を築く

私たちは、科学の進歩によって「三た論法」による誤解を避けるための方法を手に入れました。前後関係だけで因果関係を断定するのではなく、適切な比較やデータに基づく検証を重ねることで、治療や予防策の本当の価値を見極めることができるのです。

それなのに、いまだに「三た論法」が世の中に悪影響を与えています。例えば、HPVワクチンの積極的勧奨が約8年も差し控えられたために、将来、子宮頸がんによって亡くなる女性が5000人も増えるという推計があります。HPVワクチンを接種していれば避けられたことなので、残念だという感想では済みません。

日本と同様にデンマークやアイルランドなどの他国でも、HPVワクチンに否定的な報道などの影響で接種率が一時的に下がった時期はありますが、保健当局のすばやい対応により接種率は速やかに回復しました。一時的な差し控えは仕方ないにせよ、積極的勧奨の再開まで8年間という長い時間がかかったことは大きな問題です。

医療現場ではもちろんのこと、私たち一人ひとりが健康に関する情報を受け取る際にも、こうした視点を持つことが重要です。「三た論法」に惑わされるのではなく、「科学的思考」を行うことで、より健やかな未来を築きましょう。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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