「高い品質、ブランド力、優れた販売力」だけでは生き残れない…"名門企業ワコール"業績低迷3つの理由
プレジデントオンライン / 2024年12月25日 7時15分
■創業以来最大の危機
創業者の塚本幸一氏は、第二次世界大戦のインパール作戦を戦い抜き、戦後まもない1946年に京都でワコールを創業した。女性の社会進出とともに成長し、高い品質とブランド力により、ワコールを女性用インナーウェア(ファンデーション、ランジェリー、ナイトウェア及びリトルインナー)の国内トップ企業に押し上げた立身出世の人物だ。
その京都の名門企業「ワコール」が、創業以来初の2期連続赤字と業績不振に陥っている。3度目の希望退職募集をはじめ、経営再建に力を入れている。
持ち株会社ワコールホールディングス(HD)は2023年3月期、中核事業会社のワコールの業績不振などにより、1946年の創業以来77年で初となる最終損益17億円の赤字に転落した。2022年11月には希望退職募集を行うと発表し、155人が応募している。創業来最大の危機に際し、経営責任をとって、ワコールHDとワコールの社長は各々交代となり、現在、ワコールHDは矢島昌明社長、ワコールは川西啓介社長がそれぞれ陣頭指揮を執っている。
翌期の2024年3月期も、連結売上収益が1872億円と前年比0.7%減少し、米国事業での減損処理もあり、最終損益は86億円の赤字となった。
2023年11月には、店舗の閉鎖や不採算事業からの撤退を柱とした中期経営計画(リバイズ)を発表した。2024年2月には2度目の希望退職募集を行い、215人が応募している。
■3度目の希望退職募集に資産売却も進める
ワコールHDでは、中期経営計画(リバイズ)において「アセットライト化の推進」として、①在庫の圧縮②政策保有株式の縮減③保有不動産の整理を掲げ、推し進めている。
その一環として、2024年11月から、新潟と熊本の工場閉鎖に伴い、約230人の希望退職募集を開始している。国内で3度目の希望退職募集だ。
また、今期(2025年3月期)は、保有する浅草橋ビルの売却益14億と旧福岡事業所跡地の売却益77億円の計91億円の売却益を計上している。
保有不動産だけでなく、政策保有株の売却も進めている。24年3月期にはKDDIなどの上場株を171億円で売却した。2025年3月期は200億円分を売却する予定だ。
こうしたなりふり構わぬ虎の子の保有資産売却で、2026年3月期までの3年間で約800億円の現金を確保するという。
この結果、2025年3月期の連結最終損益は45億円の黒字予想となっている。このまま予定通り着地すれば、3期連続赤字は免れそうだ。しかし、それは本業である女性用インナーウェア事業が回復したからではなく、保有不動産や保有株式の売却による利益の計上によるものに過ぎない。
■業績低迷を招いた「3つの理由」
2期連続赤字に3回目の早期退職募集に加え、保有する不動産や株式売却を進めるほど、苦境に陥っているワコール。筆者は、その苦境には、①ライフスタイルの変化②ECの遅れ③ブランドの乱立の3つの根本的な原因があるとみている。
①ライフスタイルの変化
ワコールは、主力の国内女性用インナーウェア市場において、優れた縫製技術に裏打ちされたデザインと製品力を持ち、日本人の体型に合った商品ラインナップを用意し、百貨店などで自社専門販売員による対面販売をすることで、価格競争力とブランド力を維持できたことが、強さの源泉だったといえよう。
しかし、長引くデフレによる消費者購買力の低下や、コロナ禍で在宅勤務や自宅で過ごす時間が増えたこともあり、若年層からシニア層に至るまで、デザインやファッション性よりも、着心地の良さやより安い価格を求めるようになった。
こうした消費者の変化を先取りしながらシェアを拡大してきたのが、ユニクロの「ブラトップ」に代表される「カップ付きインナー」などだ。ユニクロやしまむらによるこれらの商品は、大量生産により低価格化を実現しており、高価格帯を得意とするワコールには逆風が続いているのだ。
■国内市場は減少傾向で海外市場も苦戦
こうした低価格商品の広がりもあり、矢野経済研究所によると、2022年の女性用インナーウェアの小売市場規模は、前年比99.2%の5535億円に減少し厳しい状況が続いている。2023年のレディスインナーウェア小売市場規模でも、前年比100.1%の5540億円とほぼ横ばいに留まると予測されている。
国内市場が縮小傾向にあるなか、ワコールは海外市場も強化してきた。しかしながら、米国、中国、欧州とも競争環境は激しく、ワコールのブランド力やマーケティング力などが国内ほど生かせていない。実際のところ、米国では一部事業撤退に伴う減損処理を実施しており、中国では事業計画を見直し中だ。また、2024年9月に、新たに約85億円で買収した英国の女性用インナーウェア企業もこの先、どこまで収益貢献するかはまだ不透明な状況だ。
■長年培ってきた「対面での販売」という強み
②EC化の遅れ
ワコール苦境の原因の2つ目は、電子商取引(EC)の遅れだ。
体系化した販売教育を受けた約3500人(全世界約8000人)のビューティー・アドバイザー(BA)による百貨店や量販店での対面での販売スタイルは、ワコールが長年顧客とともに培ってきた強みだ。
収益力も高く、BA一人当たりの店頭売上高(年間)は、百貨店で約2600万円、量販店でも約2300万円に及ぶという。
しかし、こうした百貨店や量販店といった有人店舗での営業員による販売手法は、女性用インナーウェアに限らず、あらゆる業種で、コストやスピードの面から従来の規模を維持することが困難となってきている。
いまや、ECの利用やSNSでの情報収集などが、若い世代向けだけでなく、シニアや富裕層を含めた全ての年代層に、急速に浸透してきている。また、楽天やアマゾンなどによる、ポイント獲得や優良顧客の会員化といった囲い込みも進んでいる。
ワコールも対策をとってはいる。例えば、自社による公式通販サイト「ワコールウェブストア」や、購入、試着、採寸履歴をアプリ内に残すことができる公式アプリ「ワコールカルネ」もあるが、「知らなかった」「使ったことはない」という声も多く認知度は低い。
■把握するのも難しいほど多数のブランドが展開
③ブランドの乱立
ワコール苦境の根本的原因の3つ目は、ブランドの乱立だ。
例えば、女性用インナーウェアにおいては、基幹ブランドの「ワコール」だけでなく、「ウイング」「アンフィ」など多種多様なブランドを展開している。2019年秋冬シーズンのブランド数は47だ。
利用者は無論、いまや、社員であってもブランド商品群の全てや相関関係を的確に把握できる者はほとんどいないのではないだろうか。
新製品・新ブランドの乱発は、開発費や販売費用の負担、商品ターゲット重複による顧客の奪い合いなども招くことになる。
こうした状況を踏まえ、ワコールでは、選択と集中の一環としてブランド群の整理統廃合を急ピッチで進めてはいる。
ブランド集約を経て2024年秋冬は11ブランド展開となり、品番集約は25年秋冬までに2000品番以下へ集約を目指す方針で、まだ緒についたばかりだ。
現在ワコールHD傘下にある子会社49社及び関連会社8社で、インナーウェア、アウターウェア、スポーツウェアなどに加え、飲食・文化・サービス等の事業が展開されている。女性用インナーウェアにおけるブランドの統廃合だけでなく、他の事業でのブランドの統廃合も必要となろう。また、不採算事業そのものの統廃合に加え、そうした不採算事業を運営する子会社・関連会社の統廃合や売却なども必要となってこよう。
■シンガポールの「物言う株主」が筆頭株主に
こうしたなか、ワコールはさらなる「試練」に直面している。アクティビスト(物言う株主)として名高いシンガポールの投資会社3Dインベストメント・パートナーズが、今年に入ってワコールHD株を買い進め、2024年11月時点で、10.77%を取得し、筆頭株主となっているのだ。
3Dインベストメントは、「純投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為を行う」ことを保有目的としており、株主還元を含めた企業価値向上策や不採算部門の売却などで、ワコール経営陣に圧力をかけてくるとみられている。
ここまでにみてきたように、今年に入ってからの3度目の希望退職募集や、保有不動産や株式の売却の加速などは、3Dインベストメントの動きに先んじた側面があるのかもしれない。
■アクティビストから圧力がかかる可能性
3Dインベストメントとしては、経営陣の入替や自社株買いのさらなる実施、配当引上げなどガバナンスや株価向上策に加え、事業そのものの刷新のため、従来のリストラ策に加え、BAを含むさらなる人員削減、直営店など店舗の統廃合に加え、京都や東京など優良拠点の売却、ブランドの統廃合、ピーチ・ジョンなどブランドの売却、海外事業からの撤退などを迫ることが考えられよう。
例えば、保有不動産においては、東京・南青山の超一等地にある商業施設「スパイラルビル」、東京本社機能を担う麹町ビル、京都のワコール本社、京都ビル、JR京都駅近くの新京都ビルなどが、売却候補になるかもしれない。
こうしたアクティビストの動き次第では、創業者一族によるMBO、新たなるスポンサー企業からの出資、他の企業との合従連衡なども考えられるが、いずれの施策も、ワコール経営陣による大胆な決断が必要となるだけでなく、ワコールの事業自体に魅力があり将来性がなければ、実現できないものともいえる。
京都の名門企業ワコールが本業不振により、2期連続赤字となり3度目の希望退職募集をする事態となっている。保有不動産や株式の売却など「アセットライト化」を進めるものの、業績は回復しても事業そのものがすぐに回復するものではない。
■他の国内ブランド企業でも起こり得る
業績不振の要因には、ライフスタイルの変化とユニクロなどの台頭、ECサイトの立ち遅れ、広がり過ぎたブランドと子会社に加え、中国・米国など海外事業の不振、重荷となる人員と店舗などが挙げられる。
こうした要因の多くは、ワコールに特有のものではなく、多くの日本の企業にも共通する悩みのはずだ。例えば、ブランドの乱立は、資生堂でもみられた(「『中国市場に頼りすぎていた』資生堂1500人早期退職募集で見えた“名門ブランド企業”3つの低迷理由 なぜ“優良ブランド”を抱えるのに活かせないのか」プレジデントオンライン)。
なぜこんなにブランドがごちゃごちゃとできてしまうのか。余程のことがない限り、雇用維持や生産設備維持を前提とした経営のため、組織が肥大化するなかで顧客や市場の変化についていけず、事業構成やブランド数だけが拡大してしまうという、日本企業の体質による側面もあろう。
「物言う株主」であるシンガポールの投資ファンドが筆頭株主となったことで、この先、より一層のリストラや事業整理が求められる可能性があるなか、軽量化・ブランド整理・デジタル化が、ワコールがこの先、復活するには必要なのかもしれない。
もっとも、海外の「物言う株主」に言われるまでもなく、上場する株式会社である以上、株式市場を意識した経営やガバナンスの強化は、ワコールだけでなく、全ての日本企業に課せられた課題といえよう。
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株式会社マリブジャパン 代表取締役
金融アナリスト、事業構想大学院大学 客員教授。三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。2013年に金融コンサルティング会社マリブジャパンを設立。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。映画「スター・ウォーズ」の著名コレクターでもある。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新聞出版)、『いまさら始める?個人不動産投資』(きんざい)、『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』(講談社)、『地銀消滅』(平凡社)など多数。
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(株式会社マリブジャパン 代表取締役 高橋 克英)
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