図書館に行くよりもずっと集中できる…齋藤孝が「1日に平均2回」は立ち寄る"最強の作業スペース"
プレジデントオンライン / 2024年12月22日 18時15分
※本稿は、齋藤孝『「気づき」の快感』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■美術館でわが子のセンスを養う一言
気づき力を高めるためには、身銭を切る習慣を持つことも大切です。
子どもが小さかった頃、家族で美術館に行ったとき、私は次のように声をかけてから館内に入ることがありました。
「ここに飾ってある絵の中から、どれか3枚買ってあげるよといわれたら、どれを選ぶ?」
何もいわれなければただ絵を見るだけですが、「3枚買ってもらえる」といわれると、子どもは真剣な目で作品を見るようになります。真剣に見る中で、自分の好みやセンスを培っていきます。
「買うとしたら」という想定だけでも、見る目が変わります。
美術館では、展示スペースを出たところにミュージアムショップが併設されています。私は3枚の絵を買うわけにはいかないので、子どもが選んだ3枚の絵をモチーフにしたマグカップやTシャツを購入しました。
本に関しても、高校時代にお小遣いを貯めて手に入れた文庫本の内容は、今でも強く脳に刻まれています。図書館で本を借りるのもよいですが、身銭を切ると、本との関わりが深くなるのは間違いありません。
そもそも私自身は、図書館で借りてきた本を読むことがうまくできません。図書館でしか借りられない資料もあるので、図書館の存在はありがたいと感じています。でも、借りた資料はすべてコピーしてからでないと、どうしても読めないのです。借りた本が読めない理由の一つは、本に書き込みをする習慣があるからです。でも、それ以上に、借りた本を返すと、読んだ記憶が失われてしまうような感覚があります。本を自分の所有物にしないと、心が落ち着かないのです。
■あえてBlu-rayやCDを購入するワケ
本を読むにはそれなりのエネルギーを要します。自分なりに解釈すると、エネルギーを使った分、読んだという事実を記念する品を求めているのだと思います。
文庫本なら1冊せいぜい数百円ですから、数百円で記念品が手に入ると思えば安いものです。購入して自由に線を引き、自分の物にしたほうがいいに決まっています。
また、身銭を切るわけですから、買うときにかなり本を吟味します。そして、買ったからには損をしたくないと思い、本の内容を自分の血肉にしようと、真剣に読むはずです。借りた本では発揮できない集中力でもって読破できるはずです。
ですから、私は国語の教師を目指す学生に向けて、次のようにアドバイスしています。「図書館で本を借りるのもいいよ。でも、国語教師を目指すなら『論語』の文庫本くらいは1冊購入してもいいんじゃないかな。そのくらいの覚悟を持つことが大事だよ」
今は、映画や音楽もサブスク(サブスクリプション)で見放題・聴き放題の環境が整っています。私もサブスクサービスを利用しており、大変便利だと感じています。でも、作品によってはあえてBlu-rayやCDを購入しています。映画や音楽の内容を自分に刻み込むには、所有物にすることも大切なのです。
■カフェほど「気づき」が多く生まれる場所はない
ここで気づきと環境についてお話ししてみましょう。
気づきの回数を増やすには、思考する時間を増やすことが不可欠です。
思考する場所として私がおすすめしたいのは、街中にあるカフェです。私は1日に平均2回程度はカフェに入る生活を続けており、学生時代からの習慣となっています。
カフェでは毎回1時間程度を過ごすのですが、その1時間の生産性の高さには目を見張るものがあります。
「落ち着いて思考するなら、図書館などが向いているのでは?」と思われるかもしれませんが、私にとって、図書館は思考に不向きな空間です。
図書館は世間から隔絶していて、なんとなく地に足が着かなくなる感覚があります。また、静かすぎて時間感覚が失われてしまいます。
東京大学の総合図書館などは、立派な建築で、貴重な資料も多数所蔵しているのですが、一歩入ると、異世界に入り込んだような気分になります。100年以上前から時間も空気も止まっているみたいで、しばらくいると、とてつもない睡魔に襲われるのです。
その点、カフェなら眠くなる心配はありません。いろいろな人が思い思いの時間を過ごしており、資本主義社会のただ中にいるというか、この世を生きているという実感が得られる空間なのです。
■自分が「考える葦である」ことを生々しく実感する
私が主に利用するのは、よくあるカフェチェーンのお店です。コーヒーは1杯300円程度で、テーブルも座席も狭く、体を押し込むようにして席に着きます。そんな限られた空間で利用客のさざめきを聞いていると、不思議と思考に集中できます。
あるときはローマ皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』を読みながら、名言を選ぶ作業に没頭しました。この作業は『図解 自省録 人生を考え続ける力』(ウェッジ)という本に結実しました。『自省録』にある約500の名言・箴言から80編をピックアップし、解説を加えるという企画です。
こういう作業は、カフェのほうが圧倒的にはかどります。『自省録』の哲学思想を現代に結びつけるという感覚が得やすいからだと思います。
フランスの哲学者パスカルは「人間は考える葦である」という名言を残しました。葦は水辺に育つ、か弱い植物です。「人間は考える葦である」には、「人間は自然の中で葦のように弱い存在である。しかし、頭を使って考える素晴らしい力を持っている」という意味が込められています。
カフェという限定された時間と空間の中で思考していると、自分が考える葦であることを生々しく実感します。考えて気づきを生み出す行為こそが人生の醍醐味であり、カフェの中でそれを再認識することは、この上なく有意義な時間なのです。
■B'zの『LOVE PHANTOM』を4時間リピートすることも
カフェではたいてい、ウォークマン(ポータブルオーディオプレーヤー)で音楽を聴きながら思考します。音楽を聴くと、集中できる感覚があるからです。
ちなみに、ウォークマンにはCD数百枚分の楽曲を取り込んでいます。私はCDの購入がアーティストの創作活動への貢献であると考え、令和の今もせっせとCDを購入する人間です。外でも音楽を楽しめるよう、所蔵しているCDをパソコンに取り込み、わざわざウォークマンへと転送しているのです。
カフェで過ごす1時間、しばしばリピートするのがB'zの『LOVE PHANTOM』という楽曲です。新幹線で移動する際は、4時間近くリピートすることもあります。
1曲を3時間も4時間もリピートするのは、ちょっとやりすぎかもしれません。けれども、同じ曲をリピートしたほうが、明らかに集中しやすいのです。
■思考のリズムが整い、集中のゾーンに入る
たくさんの曲を聴くと、曲が変わるたびに音楽のほうに意識が向き、どうしても思考が疎かになりがちです。一方で、同じ曲を繰り返すと、音楽が自分の思考を引っ張ってくれるような感覚がもたらされます。
たとえていうなら、マラソンでペースメーカーのすぐ後ろを走っているような感じでしょうか。自分であれこれ考えずとも、音楽にしたがうだけで思考のリズムが整い、集中のゾーンに入ることができるのです。
特に『LOVE PHANTOM』には音楽として精度の高さと緊張感があり、より思考を引っ張ってくれる印象があります。音楽が響いている限りは思考が続き、音楽が途切れたとたんに思考も途切れてしまうくらいです。
もちろん、『LOVE PHANTOM』でなければダメというわけではありません。音楽を聴きながら思考しようとする人は、自分にフィットする曲を見つければよいのです。フィットする曲が見つかれば、私が語っている感覚をきっと理解してもらえるはずです。
■「俯瞰視点」を持つと気づきやすい
気づきの習慣と関連して、気づきやすい視点について触れておきましょう。
少し前に、サッカー日本代表の試合を中継で見ていて、もどかしい思いをしたことがあります。画面には、ある選手が疲れすぎたのか、足がもつれている様子が映っていました。
相手チームはその選手を狙って攻撃を仕かけてくるのですが、まったく対応できません。すぐに選手を交代しなければ、失点するのは時間の問題です。
でも、なぜか監督は選手を代えません。結局、チームはズルズルと失点を重ね、そのまま敗北してしまいました。
私のような一般のサッカーファンが問題に気づいたのですから、中継を見ていた人のほぼ全員が同じように気づいていたと思います。では、なぜ選手交代が行われなかったのでしょうか。
もちろん、我々にはわからないチーム事情があったのかもしれません。監督にもっと深い意図があった可能性も考えられます。
でも、最大の理由は、私たちが気づきの起きやすい環境下で試合を見ていたことにあると思います。テレビ中継の視聴者は、試合を俯瞰視点で見ています。プレーの振り返りをVTRで確認することもできます。そこで修正ポイントに気づくことが多いのですが、実際のピッチに立つと視点が限定されるので、気づかないことが多いのです。
■井上尚弥選手の試合で「特等席」を入手したが…
私には、ボクシング世界3階級制覇王者である井上尚弥選手の試合を生で観戦したという、ちょっとした自慢があります。何しろ井上選手は、日本ボクシング史上最高傑作ともいわれる逸材です。この目にファイトを焼きつけたいと考え、思い切って大枚をはたき、リングサイドのチケットを購入したのです。
当日、指定された席に着いてすぐに気づきました。私の席は位置が低すぎて、リングの反対方向が見えません。むしろ、もう少し安価な席のほうが、リングから多少離れる代わりに上から見下ろす形になり、全体が見やすいのです。
「ちょっと、向こう側が見づらいな……」
そう思いつつ観戦していた私に悲劇が訪れます。井上選手がKOパンチを繰り出したのですが、それは私がいるリングサイドとは反対側でした。なんと、決定的瞬間を見ることができなかったのです。
KO直後、会場全体が大きく揺れ、地鳴りのような歓声が起こりました。その盛り上がりには感動しましたし、井上選手の勝利には大満足でした。けれども、なんとも消化不良のまま会場を後にすることになりました。
帰宅後、配信の映像を見て、「なんだ、こっちのほうが全然見やすいじゃないか」と思ったのでした。
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明治大学文学部教授
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書に『孤独を生きる』(PHP新書)、『50歳からの孤独入門』(朝日新書)、『孤独のチカラ』(新潮文庫)、『友だちってひつようなの?』(PHP研究所)、『友だちって何だろう?』(誠文堂新光社)、『リア王症候群にならない 脱!不機嫌オヤジ』(徳間書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。
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(明治大学文学部教授 齋藤 孝)
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