滅ぼし滅ぼされの歴史は日本にも…慈悲と寛容と平和を“宗教”が国家対立の中で暴走するワケ
プレジデントオンライン / 2024年12月24日 10時15分
■2024年は戦争拡大の年 背景にある「宗教」
この1年は、世界が戦争拡大への不安に包まれた年であった。イスラエルによるパレスチナ侵攻が続き、ウクライナ戦争は泥沼の様相を呈している。そこに宗教が密接に絡み合い、問題を複雑化させている。
本来、宗教とは平和や慈悲を希求するもの。進んで殺戮を仕掛けるような教えはない。だが、有史以来、宗教の名の下に戦争の惨禍が止むことはない。なぜ、宗教が戦争を引き起こすのか。その構造を解きほぐす必要がありそうだ。
宗教戦争の歴史は古くて、長い。
11世紀末以降に展開され、キリスト教勢力によるイスラム教の聖地エルサレム奪還を目的にした「十字軍の遠征」は有名だ。16世紀の宗教改革では、カトリックとプロテスタントが対立。キリスト教同士で大規模な宗教戦争に発展した。
■日本国内の宗教対立の歴史
わが国に目を転じれば、6世紀の仏教導入をめぐる争いは、神道側が反発した図式である。この内戦こそ、わが国における、宗教戦争の最初であった。つまり、仏教受容をめぐる争いは宗教的な論争にとどまらず、政治的な権力闘争へと発展したのである。仏教を国教に取り込み、仏教の力で国を収めようとする権力に対し、古来からの神の世界を守ろうとする権力とが対峙した。最終的には587年の丁未(ていび)の乱へと発展する。
丁未の乱では、朝廷における政治的な最高権力者である蘇我馬子と、祭祀の最高権力者の物部守屋が交戦した。聖徳太子(厩戸皇子)は蘇我勢に加わり、最終決戦の前夜に白膠木(ぬるで)で四天王像を彫り上げ、「この戦いに勝った暁には、四天王を祀る寺を建てることをお約束します」と発願し、結果、蘇我氏が勝利した。あえなく物部氏は滅ぼされ、仏教がわが国に根を下ろした。
時はくだって17世紀の島原の乱でも、宗教戦争の様相を呈した。構造としては、幕府が日本人を皆仏教徒にする政策「寺請制度」を敷く中で、キリスト教の弾圧を目的にした戦いが繰り広げられた。結果は、幕府軍が勝利し、鎖国政策の強化とキリスト教の徹底排除へと舵を切っていく。
■聖地エルサレムを巡る衝突
現在、世界情勢を左右する戦争は主に2つ。
ひとつは長年、武力衝突を繰り返してきたパレスチナとイスラエルとの戦いであり、もうひとつは2022年以降のロシアとウクライナの戦争だ。いずれも土地や権益を巡る争いであり、宗教自体が戦争の引き金になっているわけではない。しかし、そこに宗教が入ることで、争いを複雑化させている。
まずパレスチナ問題。パレスチナには、世界を代表する宗教の聖地エルサレムがある。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教、この3つの宗教の信者にとってエルサレムは、かけがえのない聖地である。
イスラム教にとっての聖地とは、ムハンマドが昇天したと伝えられる場所に建つ「岩のドーム」。メッカ、メディナに次ぐ第3の聖地としての位置付けである。
ユダヤ教は、かつての神殿の一部であった「嘆きの壁」が、世界最大の聖地になっている。神殿には「モーセの十戒」が刻まれた石板が収められた「契約の櫃」があったとされるが、紀元前にローマ軍によって神殿が破壊された。
キリスト教にとっては、イエスが十字架に架けられ、処刑された場所に建てた聖墳墓教会がある。
この地域の歴史を紐解くと2000年前、パレスチナはユダヤ人の王国であった。それがローマ帝国に滅ぼされると各地に逃れた。のちにパレスチナにはアラブ人が暮らすようになる。ユダヤ王国に生まれたイエスは、神の福音を伝えるために宗教活動を始める。だが、ユダヤ人聖職者らによって処刑されてしまう。
イエスの死後、教えはヨーロッパに広がっていく。だが、イエスの処刑を恨む人々によってユダヤ人への迫害が起きる。19世紀末になってパレスチナにユダヤ国家を建設しようとするシオニズム(祖国復帰)運動が展開される。
ユダヤ人はさまざまな迫害の歴史を経て、第二次世界大戦後、この地に国家を樹立した。それがイスラエルである。だが今度はアラブ人が反発し、泥沼の中東戦争へと発展。1993年のオスロ合意に基づき、ヨルダン川西岸とガザでのパレスチナ自治が始まった。
だが、双方の武力衝突は止むことはなく、現在、イスラエルとパレスチナ武装組織ハマスの間で報復の連鎖が続いている。この紛争は、聖地の支配権を巡る宗教的な対立と、民族的な怨嗟、欧米を中心とする第三国の思惑などが、複雑に絡み合う構造になっている。
■ロシアとウクライナの対立を複雑化させるウクライナ内の宗教間対立
ウクライナ戦争も、宗教対立の要素も多分に含んでいる。ウクライナとロシアの国教は同じキリスト教のグループ、正教会同士である。正教会は1国に1つの教団を置くことを原則にしている。
ソ連時代には共産主義による無神化が広がっていく。迫害にさらされたロシア正教会だが、ソ連崩壊後には蘇った。現在、ロシア人の7割強が入信していると言われ、事実上の国教となっている。プーチン大統領もロシア正教会の敬虔な信者である。
他方、ウクライナの宗教構造は複雑だ。大きく分けるとウクライナ正教およびカトリック教の勢力が強い。ウクライナにおける正教会は、ロシア正教会からの独立を目指してきた歴史があり、現在は3つに分裂している。
ウクライナ大使館によれば、ひとつはプーチン政権に近いロシア正教会モスクワ聖庁の権威を認めるウクライナ正教会。2つ目は、そこから独立し、ウクライナ政府を後ろ盾とするウクライナ正教会。さらに、ウクライナ独自のウクライナ自治独立正教会がある。両国の対立をより複雑なものにしている一側面として、ウクライナの中での宗教間対立がある。
■日本を含む多くの国家がアイデンティティ形成に宗教を利用
以上のように宗教と、国家のアイデンティティは密接に結びついている。宗教は、個人や集団のアイデンティティを形成するのに不可欠な要素だ。したがって、多くの国家が、アイデンティティ形成に宗教を利用してきた歴史があるのだ。
わが国の近代でも同様である。明治維新時、岩倉使節団が欧米の宗教視察を実施。キリスト教支配の国家構造を、取り入れようとし、結果的に国家神道体制がつくられた。これは、まさに国家が宗教的アイデンティティを利用した例であった。
ゆえに、ひとたび国家同士が対立し始めると、宗教は暴走を始める。多くの宗教は、自らの教えを絶対的真理と考える傾向があるため、対立構造の中では妥協を許さない。
普段は信者らに「寛容」を求める宗教が、一転して他の集団に対する「不寛容」の連鎖となって熱狂をつくる。そこに政治的指導者たちによる権力の保持や、富の獲得などの思惑も入り込み、人々は戦争を正当化しだす。
しかし、宗教そのものが戦争を引き起こすわけでは決してない。これまで述べてきたように、あくまでも領土や資源といった経済的利益の追求や、個々の権力者の欲望の実現、特定のイデオロギーをもつ集団の熱狂などが戦争の根源である。むしろ、宗教は戦争の口実として利用されてきたと言える。
■宗教を利用することを抑制する仕組み
したがって、「慈悲」「寛容」「平和の実現」「平等」といった宗教に通底する理念を、政治利用されない仕組みづくりが必要になる。翻って、宗教の本質に立ち返りさえすれば、紛争の解決への道を見出せる、ともいえる。
そのためには、異なる宗教間の国際対話の場がとても重要になってくる。相互理解を深めるとともに、宗教指導者や政治家が宗教を利用することを抑制する仕組みを構築しなければならない。
宗教間の国際対話の場としては、世界宗教者平和会議(WCRP)がある。これは1970年に京都で発足した世界最大の諸宗教間対話組織である。この会議は、宗教を超えた対話を促進し、平和のための宗教協力を目的にしている。2024年7月には国際会合が広島で開催された。だが、世間一般でWCRPの存在はほとんど知られていない。認知度を高めていく努力が必要だ。
宗教戦争の歴史は長く、その原因や構造を理解することは難しい。しかし、先にも述べたが宗教の本質的な教えに立ち返れば、平和的共存の道を見出すことができるはず。宗教が持つ平和と慈悲の精神を活かす、新たな仕組みづくりが求められる。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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