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2015年の新語・流行語大賞にノミネート「ミニマリスト」…そのブームから10年で変わった"日本人の価値観"

プレジデントオンライン / 2025年1月9日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

2015年に「ミニマリスト」という言葉がユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。それから10年、ミニマリストの価値観は広まったのか。生活史研究家の阿古真理さんは「日本人の価値観は変わりつつある。それは近年の消費トレンドに表れている」という――。

■ミニマリストは「過去の流行」ではない

今から10年前、2015年に刊行された『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(佐々木典士、ワニブックス)は、「ミニマリスト」をその年のユーキャン新語・流行語大賞にノミネートさせるほどヒットした本。現在でも、世界累計60万部のロングセラーとなっている。年末にモノを捨てた人も、捨てられなかった人もいるだろうが、モノを持たないミニマリストについてこの機会に改めて注目したい。

真造圭伍『ひらやすみ』(ビッグコミックス)
真造圭伍『ひらやすみ』(ビッグコミックス)

ミニマリストは過去の流行とも言えない。自宅を公開するユーチューバーやテレビの住宅建築番組を観ていると、最近はモノトーンで統一するなどシンプルに整え、ホテルライクな暮らしが流行していることがわかる。生活感をできるだけ排除した、そうした「憧れ」の暮らしも、ミニマリストのバリエーションに見える。

『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)の人気マンガ作品『ひらやすみ』(真造圭伍、小学館)にも、ミニマリストのキャラクターが登場する。同作は、東京・阿佐ヶ谷で独り暮らしの老婦人から平屋を譲り受けたアラサーのフリーター、生田ヒロトを中心にささやかな暮らしを描く人情豊かな物語である。

■ミニマリストに向けてしまう「視線」

その家を管理する不動産屋で、営業職の立花よもぎが案内した客の1人、直木賞作家の石川リョウが、ミニマリスト。ひょんなことから家に来たよもぎが、「まだ引っ越し途中ですか?」と聞いてしまうほど、部屋にはモノがない。よもぎの部屋は汚部屋状態だ。生活感を出したくないリョウは、ティッシュとテレビのリモコンを、それぞれ強力磁石でテーブルの裏に貼り付けている。どうやら彼は、東日本大震災で汚部屋状態だった生活が虚しくなったようだ。スランプ気味の小説家が、片づけられない女のよもぎに一目ぼれし、少しずつ変わっていく。この物語でミニマリストは、やがて完璧でない自分を受け入れ、モノを増やしていきそうな気配がある。

ミニマリストという存在に対し、モノに囲まれた生活を送る私たちは、つい「そんな生活は楽しいの?」などと批判的な視線を向けがちだ。そんな視線には、すねた憧れも混じっているように思う。

モノが多ければ、スペースを確保するため住居費が上がり、掃除の手間や片づけなどの家事も増える。特に不動産価格が高騰しているこの数年、住居費の負担がこれまで以上に大きくのしかかる都会人は多い。

■広い部屋をあきらめ、トランクルームを利用する都会の住人

町で見かけるトランクルームも増えた。2024年7月3日の日経MJ記事「トランクルーム市場770億円、23年最多58万室、家賃高騰映す」によれば、トランクルーム市場は15年連続で拡大中で、ファミレスの店舗数より多い。拡大の要因は居住面積の狭小化で、延べ室数の約4割が東京23区に集中している。

日本経済新聞電子版の2024年6月24日記事「トランクルーム市場、15年連続で拡大 民間調査」によると、国交省が定める1人暮らしに最低限必要な面積は25平方メートルだが、都心で若者が求めるのは10~20平方メートルの物件。私は昨年刊行した『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)で、元デベロッパー勤務のKさんから「昔は3LDKは七〇平方メートルないと厳しいと言われていたのに、今は五〇平方メートル」と、ファミリー物件についての業界事情を聞いている。

都会の住人の中には、部屋を広げることを断念し、あふれたモノはトランクルームに収納しやりくりする人が増えているのだ。そもそも広い賃貸物件が少ないのに加え、首都圏では家賃に2年ごとに加わる更新料がトランクルームにないので割安、という側面もある。

■ミニマリストを目指す動機は何か

ミニマリストになれば、そうした悩みとは無縁になりそうだ。『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』と、当事者に取材した『ミニマリストという生き方』(辰巳渚、宝島社)で実状を確認しよう。会社員の編集者だった前者の著者、佐々木は、モノがあふれる生活をしていた過去は、かっこつけようとモノを持っていただけと自己分析している。大量の本もカメラのコレクションもギターも手放し、思い出の手紙や写真はスキャンして現物を捨てた。その結果、機敏な行動力と健康的な生活、自分に何が必要か見定める姿勢を手に入れ、日々幸せを感じているそうだ。

段ボール箱を梱包
写真=iStock.com/sankai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sankai

後者の本は、2000年に『「捨てる!」技術』(宝島社)で一世を風靡し、モノを減らす片づけ術を初めて紹介した辰巳渚が取材している。取材相手には、「ときめくかどうか」を基準にする片づけ術で一世を風靡した近藤麻理恵(こんまり)に影響を受け、ミニマリストになった人が目立つ。

佐々木は著書で、自分がモノを捨て始めたきっかけは書いていない。しかし、「汚部屋からの反動ミニマリスト」と記し、一般的な動機として「モノのせいで人生が狂っていく様子を間近に見た人、いくらモノを集めてもちっとも幸せでなかった大金持ちの人、引っ越しが多くて徐々に荷物を減らした人、鬱病からの脱却を図った人、もともとモノに執着がない人、震災を経て考え方が変わった人」を挙げている。同書によれば、ミニマリストとは単にモノを持たない人ではなく、「自分に必要なモノがわかっている人」「大事なもののために減らす人」だ。

■家族が同居していても「モノを持たない暮らし」はできる

辰巳がインタビューした例はどうか。ミニマリストを最初に提唱した1人は、肘という1人暮らしの男性証券ディーラー。消費社会への批判精神がベースにある。もともとモノに対する執着が少なく、お互いのペースを守るために別居していた両親もモノをあまり持たない人たちだった。

震災をきっかけに、「旅するように暮らしたい」、とミニマリストになったのは、恋人と同棲するみどり。芸人の小島よしおは、友人とシェア生活をするに当たり掃除をしようと読んだ、こんまりの本に影響を受けた。しかしミニマリストという言葉は、辰巳に取材されるまで知らなかった。

夫婦2人暮らしのおふみは、仕事がうまくいかず、運をよくしようとインターネットで検索して断捨離の概念を知り、掃除に力を入れ始めた。やがて、「いつでもどこでも行けるくらい身軽になりたい」と移住し仕事も変えている。モノを持たない暮らしは、家族が同居していてもできるようだ。最後に登場する会社員の共働き夫婦は、家事が得意な夫がリードしてモノをあまり持たずに暮らすが、6歳と4歳の子どもがいる。

夫が掃除機でリビングルームを掃除、ソファに座ってリラックスした妻
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

■片付けは生き方を変えることが多い

辰巳が定義したミニマリストは、「モノを減らすことを通して、人生に漕ぎ出す準備をしている人」で「人生に向き合う」ことがその目的だ。

こんまりや、断捨離を提唱するやましたひでこの実践や書籍によれば、モノを手放すことを含めた片づけは生き方を変えることが多い。徹底した片づけは、自分の価値観を見定めていく過程でもある。ミニマリストの一部が、自分の生き方を見つけようとモノを捨て始めたのは、いわば必然だ。ミニマリストの佐々木はフリーランスになったし、辰巳の本に出てくる人たちにも転職経験者はいる。

私たちは、「これを買えば幸せになれる」と宣伝する広告に囲まれて暮らしている。消費社会はそもそも、無駄を含めた大量消費が行われる前提で回っているからだ。しかし捨てるトレンドが始まって四半世紀経った今、日本人の価値観はすでに変わり始めてもいる。

■「モノよりコト」の消費トレンドに通じる

なぜなら、近年の消費のトレンドは、モノよりコトで、それはミニマリストたちが大切にする価値観でもある。自動車や住まい、職場などのシェアビジネスが発達した結果、持たなくても生活で困らない環境も整いつつある。モノは飽きやすく不要、あるいは邪魔になることもあるが、思い出は心に残るだけだ。冒頭で挙げたホテルライクな暮らしもそうだが、すでにミニマリストに親和性が高い価値観が、現代社会には浸透してきている。

しかし、執着があるモノを捨てられないのも、必ずしも非難されることではない。今でもおそらく、多数派は管理しきれないモノを持つ人たちだろう。モノに囲まれる安心感も大切だし、いざというときに役に立つモノもある。佐々木も非常用品は持っていたほうがよい、と書いている。何をどれだけ持つのか、それは住居費に見合ったモノなのか、捨てた人も捨てられなかった人も、年の初めに改めて検討してもよいかもしれない。そして同居人がいる人の場合、モノを捨てる行為を強要しないことも、関係を良好に保つために忘れてはならないポイントである。

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阿古 真理(あこ・まり)
生活史研究家
1968年生まれ。兵庫県出身。くらし文化研究所主宰。食のトレンドと生活史、ジェンダー、写真などのジャンルで執筆。著書に『母と娘はなぜ対立するのか』『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『「和食」って何?』(以上、筑摩書房)、『小林カツ代と栗原はるみ』『料理は女の義務ですか』(以上、新潮社)、『パクチーとアジア飯』(中央公論新社)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)などがある。

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(生活史研究家 阿古 真理)

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