ジェネリック薬1錠は飴より安い価格でつくらされる…日本で薬が深刻な不足に陥っている理由
プレジデントオンライン / 2024年12月28日 16時15分
■「薬がない」というニュース
最近、「薬がない」というニュースをよく見ませんか? 市販薬ではなく、病院やクリニックから出される処方薬のほうです。薬局に処方箋を持っていくと、薬剤師から「うちの薬局には在庫がありません」と言われたり、「今この薬は取り寄せもできないので、処方した医師に確認したところ、同じような作用の別の薬に変わりました」と説明されたりすることが増えたと思います。
私は小児科医ですが、製薬会社や卸会社からなんらかの薬が「出荷調整になります」というお知らせが来たり、薬局からなんらかの薬が「現在、在庫が少なくなりました」「在庫がありません」などと連絡が来たりするのが常態化しています。
なんと新型コロナウイルス感染症の蔓延下に不足していた「鎮咳薬」や「解熱薬」は、今も品薄状態が続いています。5歳以上の子どもであれば解熱剤はイブプロフェンも使えますが、5歳未満だとアセトアミノフェンしか使えません。また子どもの場合、安全性などを考慮するとアセトアミノフェンが第一選択薬なので、日本小児科学会は成人の患者さんへはなるべく他の薬を処方するようお願いしていました(※1)。これは現在も変わりません。アセトアミノフェンのような以前からある一般的で高価でない薬が足りなくなるのは、今までになかったことです。
※1 日本小児科学会「アセトアミノフェン製剤の在庫逼迫に伴う、成人患者への解熱鎮痛薬処方時のご配慮のお願い」
■医薬品の26%が不足している
今では、基本的な抗菌薬も不足しています。例えば「溶連菌感染症」の第一選択薬であるペニシリン系がなくなったり、「マイコプラズマ感染症」の第一選択薬であるクラリスロマイシンが一時出荷制限になったりして、代わりの抗菌薬にせざるを得なくなりました。現在もマイコプラズマ感染症の変異型が増えている中で、小児に使える抗菌薬がなくて困ることがあります。
さらには小児科・内科ともに患者さんのいる「てんかん」の治療薬も不足して支障をきたしています。普段使っている薬が入手できなくなったために成分の異なる代替品を使わざるを得なくなり、効果が不十分で疾病のコントロールが悪くなったり、副作用が出たりしたことが報告されています(※2)。
大人の内科でも抗菌薬全般が足りなくなり、去痰薬や鎮咳薬、アレルギーの薬も不足。産婦人科では不妊治療の薬が足りなくなって治療を中断しなくてはいけなくなったり、局所麻酔薬が入荷しないために外科的な処置ができないといった状況になりました。
日本製薬団体連合会の調査によると、現在では1万8612品目の医薬品のうちの4629品目(26%)が不足しています(※3)。まさに異常事態です。誰しもどんな薬がいつ必要になるかはわかりませんし、今後もどんな薬がいつまで不足するのかわかりませんから、他人事ではありませんね。
※2 日本てんかん学会「抗てんかん薬供給不足問題に関するアンケート調査 結果報告書」
※3 全国保険医団体連合会「【医薬品不足】医薬品の供給不安定を国の責任で改善することを求める」
■厚労省も対策はとっているが
日本がこういった状態になったのは2020年末から。厚生労働省は早くも2020年から「医療用医薬品の安定確保に関する関係者会議」を始め、その後も開催しています。2022年からは日本製薬団体連合会と共にどの薬が供給不足になっているかを調査し、2023年4月からは毎月発表しているのです。
また、2022年からは「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」で問題を分析し、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」を作り、安定供給ができるような対策を取っています。
他にも厚労省は、製薬会社に増産を要請したり、薬の偏在のためにこうなっているという考えなのか医療機関や薬局に一度に購入する量を制限するよう指導したりしています。薬の原材料を中国、インドなど海外に頼っていることも一因なので、製薬会社に原材料の国内調達も指示しています。輸入に頼ると為替相場の影響を強く受けますし、急な供給減少や価格高騰もあり得るからです。しかし、国内で原材料を見つけ、国内に製造工場を作り、薬が増産されるまではまだまだ時間がかかります。
■薬価を下げすぎたことが大きな原因
こうした薬不足の要因は複合的ですが、薬価を下げすぎたことが大きいでしょう。日本では医療機関が保険診療内の診察・検査・治療などの医療行為を行なった際に支払われる対価――つまり保険点数が決まっているので、どこで医療を受けてもほぼ同じ値段になります。同様に処方薬も国が価格を決めているので、製薬会社や薬局が自由に値段を変えることはできません。
そうして現在は毎年、薬価の改定が行われていて、グラフのように年々安くなっているのです。後発医薬品(ジェネリック医薬品)は一錠あたり6円以下という飴よりも安い値段で薬を作ることを求められ、不採算を理由にした撤退も許されないようです(※4、5)。
薬価が下がり続けても、製薬会社は従業員にこれまで通りに賃金を支払わなくてはいけませんし、工場の維持にもお金がかかりますから、増産に積極的になれません。最近では光熱費や原材料費も上がり、物価が上昇しているのに、厚労省がさらに薬価を下げるかもしれないという話が伝わってきます。その上、国は製薬会社を含む従業員の賃金を上げるようにいっています。その原資が、いったいどこから出てくると思っているのでしょうか。
※4 Business Journal「ジェネリック薬メーカー社員『自分は使わない』4割超が不適切に製造と判明」
※5 毎日新聞「ジェネリックなど3000品目超が供給停滞 業界が抱える特殊事情」
■「長期収載品の選定療養化」
今年10月から始まった「長期収載品の選定療養化」という制度をご存じでしょうか(※6)。これは患者さんが薬局で先発医薬品を選んだ場合、後発医薬品との差額の一部を支払わなくてはいけないというもの。ほとんど周知されることなく開始され、病院やクリニックの医師にとっても、薬局の薬剤師にとってもあまりに急な決定でした。
医薬品の開発には、莫大な時間とお金がかかるもの。ですから一定期間は開発して特許を持つ製薬会社のみ製造することができます。これが先発医薬品です。しかし特許が切れたら、他の製薬会社も同じ有効成分の薬を作ることが可能になります。こうして作られるのが後発医薬品で、開発費用が先発品ほどかかっていませんから安価です。厚労省は医療費の増加を抑えるため、後発医薬品を使うよう誘導しているのです。
具体的には、後発医薬品が存在している場合、先発医薬品を使う正当な理由があると医師が判断しない限り、特別な料金(差額の4分の1+消費税)を支払うことになります。例えば「ヒルドイド」という血行を促進して皮膚を保護する先発医薬品の有効成分はヘパリン類似物質で、複数の会社が後発医薬品を出しています。そのため、「ヘパリン類似物質の軟膏(後発医薬品)」ではなく、「ヒルドイド軟膏(先発医薬品)」を患者さんが指定した場合、医療証のある小児でも自己負担が生じることがあるのです。
※6 厚生労働省「後発医薬品のある先発医薬品(長期収載品)の選定療養について」
■薬価を上げて不足を解消すべき
先発医薬品の多くが大会社の製造ラインで大量に作られるのに比べ、後発医薬品の多くは国内180社以上の小規模な会社で多品目かつ少数ずつ作られるのが特徴です。後発医薬品は同じラインで製造計画を立てて作られるので、急な増産はできません。特定の薬を作りすぎて残ると経営を圧迫しますが、同じ有効成分の薬を作る会社同士が生産量を相談して調整することは独占禁止法に引っかかる危険性があるためできません。
以上のような理由で特定の薬を多く作るインセンティブがありません。先に述べたように日本の後発医薬品を作る会社は海外に比べて規模が小さいため、さほどコストカットできないといわれています。にもかかわらず薬価は低く設定され、2〜3割の薬が価格よりも製造コストのほうが高いという状態だったため、2023年に不採算の医薬品1100品目の価格が一時的に是正されました。ただし、これは臨時措置なので、この先また下がらないという保証はありません。
こういった状態では、国内の製薬会社は設備や人材育成に投資したり、効率を高めるために合併するなどの努力をしづらいでしょう。また海外の後発医薬品の会社も日本に投資したり進出したりはしないと思います。先発医薬品の会社も、有用な薬を作ってもジェネリックが奨励されるうえ、先発医薬品が選ばれにくい制度があるため、開発等へ力を入れづらいでしょう。
「医療費の増大を抑えなくてはならない」という厚労省をはじめ、国としての方針は理解できます。しかし、医療費抑制のために国民が不健康のままでいるのを容認してはいけません。そもそも薬が不足して適切に治療できないと、経済活動にも支障をきたして税収が減るでしょう。医療費が減ったところで、所得税や法人税まで減ってしまえば本末転倒で、国や国民にとってよくありません。薬価を適切に設定して、薬不足が起こらないようにお願いしたいと思います。
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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