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「手取りを増やすつもりはない」と言っているのと同じ…「103万円の壁」で国民民主がハマった自民・財務省の罠

プレジデントオンライン / 2024年12月24日 18時15分

2025年度の与党税制改正大綱を決定し、記者会見で撮影に応じる自民党の宮沢洋一税調会長(右)と公明党の赤羽一嘉税調会長=2024年12月20日午後、国会 - 写真提供=共同通信社

国民民主党が掲げる「手取りを増やす」政策は本当に実現するのか。ジャーナリストの須田慎一郎氏は「12月11日に自民、公明、国民民主三党が幹事長会談を開き、所得税の基礎控除額は178万円を目指して、来年度から引き上げると合意した。だが実際に提示された額は123万円で、同時に進んでいる社会保険料の値上がりを合算すると、ほぼゼロ回答の状態だ。補正予算反対という切り札を失った国民民主党は、財務省にいいようにやられてしまった」という――。

■延長戦に突入した「103万円の壁」問題

どうやら「103万円の壁」を巡る問題の決着は、年明けにずれ込むことが確実な情勢となった。

この問題を巡る与党自民・公明両党と国民民主党との協議、交渉は、政治スケジュールに大きく引きずられていた側面が極めて強い。

改めて指摘するまでもなく、与党が国民民主党の要求(「103万円の壁」の上限引き上げ)に応じるということは、現行の税制を改正することを意味する。そして2025年から国民民主党の要求を実行に移すためには、例年12月中旬に決定される与党税制大綱にそのことを盛り込む必要がある。

これを受けて政府は大綱を12月中に閣議決定し、すぐさま関連法案の策定に動くことになる。来年1月に召集される予定の通常国会に、この法案を提出し、これを可決させなければ2025年から国民民主党の要求に応えることは現実問題として不可能となるからだ。

そもそも税制改正に関する関連法案は、次年度予算案と対の関係を成すものだ。年度予算は財政の出(歳出)の部分を成し、年度税制は財政の入(歳入)の大半を占めることとなる税収を決定づけるものとなるからだ。そうした意味で言えば、税制改正法案が確定していない中での予算案は実効性を持たないものとなってしまう。

「103万円の壁」を巡る与野党交渉の本質を正しく理解する上で、前述のタイムスケジュールや税制と予算の関係性を押さえておくことが、まず大前提になると言っていいだろう。この点を理解しておかないと、この問題の本質が見えてこないのだ。

■異例ずくめだった「2025年度税制改正大綱」決定

実を言うと12月に入って、企業会計、税制の現場は、ちょっとした混乱状態に陥っていた。それと言うのも、2025年度の税制の詳細がまったく伝わってこなかったからだ。改めて指摘するまでもなく、税制年度は1月1日から始まり12月31日まで。

つまり年が明ければ新しい税制年度に入っていくにもかかわらず、具体的な改正内容がまったく示されていなかったのだ。

「税制改正の具体的な内容については、政府与党から、地域の商工会議所や商工会、あるいは税理士会などを通じて11月ぐらいに伝えられるのが通例なのですが、今年に関しては12月に入ってもまったくの梨の礫(つぶて)、こちらとしても会員企業に改正税制の周知徹底を図ることができずに、困っていたのです。ようやく税制改正大綱が決定し、改正税制の詳細が伝えられてきましたが、こんなことは異例中の異例です」(日本商工会議所税制担当)

■密室で決められてきた日本の税制

それではなぜ、そんな「異例中の異例」なことが起こってしまったのか。

その理由を一言で言ってしまえば、与党が税制改正大綱を策定するにあたって、国民民主党という異分子が入ってきてしまったからに他ならない。

そもそも税制とは、政府の活動資金を確保するために個人(家計)と企業から強制的に租税として徴収する仕組みのことを言う。

そしてその税制は、経済、社会情勢の変化を受けて、毎年のように修正が施されるのが通例で、その具体的な変更点が与党税制改正大綱に示される。しかし与党税制改正大綱と言ってみたところで、これを策定、決定する権限を握っているのは自民党だ。しかも良く知られているように、こと税制改正に関する限り、自民党内部で通常行われている政策決定プロセスは通らない。党組織上は、自民党政務調査会を構成する一調査会でしかない。

「しかしその税制調査会における意思決定については、総裁ですら口を挟むことはできないのです。しかも税制調査会が決定することは、『インナー』と呼ばれる非公式幹部会にすべて委ねられているのです」(大臣経験のある自民党幹部)

つまり国民生活に直結する税制について言えば、ごくごく一部の自民党国会議員が、まさに密室でいいように決めてきたのが、これまでの手法だった。

電気のついていない会議室
写真=iStock.com/Pgiam
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pgiam

■「宮沢会長のバックには財務官僚が控えています」

そしてその自民党税制調査会のトップに君臨しているのが、党税調会長の職にある宮沢洋一参議院議員だ。

そして注目すべきなのは、前述したインナーのメンバーに森山裕自民党幹事長が名前を連ねているという点だ。つまり総裁に次いで党ナンバー2の立場にあるはずの森山幹事長が、党税調の中では宮沢会長よりも格下の扱いになっているのだ。このことは、極めて重要なポイントなのでぜひご記憶にとどめていただきたい。

そして党税調を理解する上で、もう一点重要なポイントがある。この党税調には、オブザーバーとして財務省と総務省(旧自治省)の官僚が参加しているのだ。

そのことを念頭に置いた上で、以下のコメントに注目して欲しい。

財務省の元キャリア官僚がこう言う。

自民党の参議院議員 宮沢 洋一(みやざわ・よういち) 自民党HPより
自民党の参議院議員 宮沢 洋一(みやざわ・よういち) 写真=自民党HPより

「そもそも宮沢氏は、元財務官僚であることは間違いないが、主税畑ではない。税制法案は書いたことはないはずだ」

つまり宮沢会長は税調会長ではあるけれども、税制のスペシャリストではないと指摘しているのだ。

元財務省キャリア官僚が続けてこう指摘する。

「今回の『103万円の壁』を巡る、自民党と国民民主党の協議では宮沢会長がある種の抵抗勢力の中心人物として捉えられ、国民世論から厳しい批判が集中していますが、それは少々的外れなような気がします。宮沢会長のバックには間違いなく財務官僚が控えています。それだからこそ、自民党税調は国民民主党の要求に対して徹底抗戦を貫いたのです」

■「国民民主」と「維新」を両天秤にかけていた

従来だったら、自民党税調は国民民主党の要求など歯牙にも掛けなかったはずだ。しかし先の総選挙で与党が大敗し、衆院で過半数を大きく下回る議席しか獲得できなかったため、事態は一変した。野党の協力無しには、一本の法案も可決することが出来ない状況に追い込まれてしまったのだ。

特に焦点となったのは、秋の臨時国会に提出された今年度補正予算案を成立させるにあたって、どのような形で野党の協力を取り付けるかだった。

年末の臨時国会会期末までに補正予算案を成立させなくてはならないという時間的制約を抱える自民党にとって、協力を取り付ける交渉相手として最も計算がつく相手が国民民主党だったと言える。なぜなら、「103万円の壁」を巡る国民民主党の要求に一定程度応じたならば、補正予算案に賛成することを国民民主党サイドは明言していたからだ。

ところが自民党執行部の交渉相手は、何も国民民主党だけというわけではなかったのである。

「森山裕自民党幹事長は密かに、日本維新の会の遠藤敬衆院議員と接触を図り、協力を取り付けたのです。この11月まで国対委員長の職にあった遠藤議員なだけに、自民党国対族のドンである森山幹事長とはまさに昵懇の仲なのです。森山幹事長は、維新の求める教育無償化の実現を確約することで補正予算案の賛成を取り付けたのです」(大臣経験のある自民党国会議員)

つまり自民党は、今年度補正予算案の成立を確実なものとするために、国民民主党と日本維新の会の両党を両天秤に掛けていたのである。

■「隠れ増税」を是正したいだけなのに…

そもそも「103万円の壁」を巡る問題の議論は、自民、公明、国民民主三党の税制の実務者、つまり三党の税制調査会会長が中心となる形で協議が行われてきた。

改めて指摘するまでもないと思うが、国民民主党は先の衆院選で、所得税の非課税枠である年収103万円という上限を年収178万円への引き上げを図る、とする選挙公約を掲げたことが有権者から大きな共感を呼び、大躍進を実現した。

衆院選挙後、与党大敗を受けて前述の国民民主党の選挙公約の実現が現実味を帯びてくると、なぜか不思議なことに政府サイドから以下のような「試算」が流れてきた。

いわく「上限を178万円まで引き上げると、年間7兆〜8兆円の税収減につながる」と。

そもそも「年収103万円の壁」を巡る問題の本質は、「働き控え」や「人手不足」解消のためと言われているが、そこではない。

その本質は「給与所得者の手取りを増やすための減税策」なのである。もっとストレートな物言いをさせていただくならば、これは「ブラケット・クリープ(隠れ増税)」と称される状況を、正常な状態に戻そうということに他ならない。

良く知られているように、基礎控除および給与所得控除の合計である103万円は、1995年以来今日まで据え置かれたままである。しかしその一方で物価や賃金水準が上がっていくなかで、いつのまにか実質的な税率は上がっていってしまう。こうした現象を、前述した「ブラケット・クリープ」と称するのである。

スーパーの野菜売り場でスマホをチェックしながらレタスを選ぶビジネスマン
写真=iStock.com/Shelyna Long
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Shelyna Long

「はっきり言って財務省は、そうした事態が起こっていることは百も承知です。知っていながら、見て見ぬふりをしたのです」(国税庁幹部)

■「控除額」を巡る攻防

だとしたらそうした隠れ増税を解消するためには、一体どの程度控除額を拡大したなら事足りるのか、という点で議論すべきであろう。国民民主党の主張としては、1995年当時と2024年時点を比べてみると最低賃金は1.73倍に増えている、従って103万円×1.73で178万円というのがその根拠だ。

しかし国民民主党の主張通りに178万円に引き上げてしまうと税収は7兆〜8兆円減ってしまう、その財源はどうするのか、とするのが政府サイドの反応だ。まったく議論が噛み合っていないと言えよう。

この「103万円の壁」を巡る問題の最大の焦点は、いったいどの程度の引き上げ水準で自民党と国民民主党が折り合うのか、という点に他ならない。まさに神経戦の様相を呈していたと言っていいだろう。

交渉の最前線となったのは、自民、公明、国民民主三党の税制調査会会長による協議だった。しかし補正予算案の衆院での採決が迫っているにもかかわらず、前述の協議は腹の探り合いが続き、一向に結論が出てこなかった。そうした中、自民党の森山幹事長が動いた。

■国民民主は「補正予算案反対」の切り札を失った

12月11日に自民、公明、国民民主三党が幹事長会談を開き、以下の内容に関して合意し、その内容を記した合意書に署名したのである。

この合意書の最大のポイントは、「いわゆる『103万円の壁』は、国民民主党の主張する178万円を目指して、来年から引き上げる」というところにある。

この合意書が交わされた事で、国民民主党は補正予算案への賛成を決断し、翌12日に無事衆院を通過することとなったのである。年内に補正予算案を成立させるためには、まさにギリギリのタイミングだったと言えよう。

「自民党税調のドン、宮沢会長は三党合意について苦虫を噛み潰したかのような表情で、『釈然としないものがある』と言ってみせたが、内心はほくそ笑んでいたんではないか。森山幹事長と宮沢税調会長は、『国民民主党の好きにはさせない』という点で完全に一致していた。だからこそその後の国民民主党との協議に関しては、『宮沢会長一任』を党税調インナーから取り付けていたのです」(自民党有力議員)

令和7年度与党税制改正大綱
令和7年度与党税制改正大綱(クリックでPDFファイルにジャンプします)

そうした状況の中、補正予算案が衆院を通過した翌日の13日、三党税調会長による協議が行われたが、そこで宮沢会長が示した引き上げ案は、「123万円」という極めて低いレベルのものだった。

もはや時すでに遅し。補正予算案への反対というカードを失ってしまった国民民主党にとって、これを押し返すだけの材料は何も残っていなかったのである。

「結局のところ国民民主党は、森山、宮沢という老獪な政治家にいいようにあしらわれてしまったのです。にもかかわらず、まだ交渉を続けようというのですから、おめでたい政党ですよ」(前述の自民党有力議員)

■減税に関しては実質「ゼロ回答」

「現在、社会保険料改革の作業が進んでいて、週20時間以上働いた場合には収入の15%の社会保険料を収める方向で決着を見ることになりそうです。年収123万円だとすると、15%の社会保険料は18万4500円。つまり非課税枠を増やした分とほぼ同額が社会保険料として持っていかれるのです。一般会計と特別会計の違いはあるにせよ財政全体で見れば、財務省としては許容範囲となるのでしょう」(自民党税制調査会に所属する議員)

どうやらまたしても財務省に上手くしてやられてしまったようだ。

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須田 慎一郎(すだ・しんいちろう)
ジャーナリスト
1961年東京生まれ。日本大学経済学部を卒業後、金融専門紙、経済誌記者などを経てフリージャーナリストとなる。民主党、自民党、財務省、金融庁、日本銀行、メガバンク、法務検察、警察など政官財を網羅する豊富な人脈を駆使した取材活動を続けている。週刊誌、経済誌への寄稿の他、TV「サンデー!スクランブル」、「ワイド!スクランブル」、「たかじんのそこまで言って委員会」など、YouTubeチャンネル「別冊!ニューソク通信」「真相深入り! 虎ノ門ニュース」など、多方面に活躍。『ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む』(新潮文庫)、『内需衰退 百貨店、総合スーパー、ファミレスが日本から消え去る日』(扶桑社)、『サラ金殲滅』(宝島社)など著書多数。

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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)

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