「親なし、カネなし」の若者がなぜ江戸の出版王になれたのか…NHK大河が10倍楽しくなる松村邦洋さんの背景解説
プレジデントオンライン / 2025年1月12日 8時15分
※本稿は、松村邦洋『松村邦洋懲りずに「べらぼう」を語る』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■すぐれた商人だった江戸のプロデューサー
さあ、いよいよ1月5日(日)から始まりましたね、2025年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』。
主人公が横浜流星さん演じる蔦屋(つたや)重三郎。戯作(フィクション系の読みもの全般)や狂歌(大流行した短歌のパロディ)の人気作家のベストセラーを出したり、喜多川歌麿、東洲斎写楽ら浮世絵界の超大物絵師を発掘した敏腕プロデューサー。言ってみれば「江戸のメディア王」ですね。
名前がちょっと長いから、ここからは重三郎を蔦重(つたじゅう)と呼ぶことにします。
「親なし、カネなし、画才なし」と言われてたそうですから、蔦重本人に文章や絵の才能はなかった代わりに、同じようにカネはないが才能はある有望株を見つけ出して、「こいつにこんなのをやらせたら面白え」というアイデアを出して実現していくところがすごかったんだと思います。
「べらぼう」の元の意味は穀潰し、つまり働かざるけど食っちゃ寝してる人のことであり、「このドあほ!」みたいに他人を怒鳴りつける言葉でもあります。劇中では先輩から「べらぼうめ!」と叱られる生意気な流星蔦重や、逆に才能はある若い無名の「べらぼう」たちを叱咤激励する流星蔦重が見られるんじゃないでしょうか。
もっとも、蔦重には色んな顏がありまして、単にアイデア一つで「生き馬の目を抜く」と言われるエグい出版業界を渡り歩いただけじゃありません。それ以前に優れたあきんど、商人だったんです。がっちり手堅い稼ぎ口で足元を固めてから、ド派手な企画を次々とブチ上げたんですよ。
■まず、手堅い貸本屋からスタート
蔦重は1750(寛延3)年正月七日、江戸の吉原で生まれました。生まれも育ちも遊郭・吉原ってわけです。数えで7歳のときに両親が離婚して、地元のお茶屋さんに養子に入ります。ここ、『べらぼう』では名前を駿河屋――主が高橋克実さん、妻のふじが飯島直子さん――に変えてますね。
親なし、カネなしの蔦重がまず何から始めたかと言うと、貸本屋なんです。今の人が想像する、書棚のずらりとならんだ店舗に借り手が訪ねてくるのではなく、業者が風呂敷か何かで包んだ本を抱えて、お得意さん宅に出向いて届けてました。
TSUTAYAだからレンタルってわけじゃなくて、あの頃は色んなもの、例えば鍋とか釜とかの調理の道具や掛け軸、晴れ着や羽織なんかもみんな損料屋さんからの借り物ですませてたんです。
江戸は火事が名物って言うくらい木造建築ばっかりですから、誰もが焼け出される危険と隣り合わせ。ですから、必要なときだけ借りればいいや、というのがあの頃の感覚だったんでしょうね[TSUTAYAブランドのカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を立ち上げた方々とは、血縁とかの関係はないそうです]。
本も同じで、安くはなかったんです。蔦重の時代の100年くらい前、元禄時代に出た井原西鶴『好色一代男』は1冊が今でいうと数千円はしたそうです。一般庶民ではなかなか手に入りませんし、火事で燃えちゃったらおしまい。じゃあ書き写そうかといってもそんなヒマはないし、コピー機もないからめんどくさい。借りるのが一番割がいいわけです。
しかも、貸本屋は江戸中にありました。蔦重が亡くなったちょっと後の1800年代始め頃には、貸本屋の組合が12もあって、650人以上の貸本業者がいたそうです。しかも一つ一つの業者にはお得意さんが百数十軒。読者は江戸全体で何と約10万人!もいたんだそうです。最初に本をそろえるのにちょっと元手がかかりそうですが、まあ手堅い商売だったんですね。
■遊郭・吉原の「ガイドブック」販売でデビュー
で、蔦重は1772(安永元)年、新吉原大門口の五十間道の左側に「耕書堂」っていう書店を開きます。今の住所だと台東区千束(せんぞく)だそうですね。そしてそこで、日本橋――今の大伝馬町あたり――の地本問屋「鱗形屋(うろこがたや)」が手がけていた吉原のガイドブック『吉原細見(さいけん)』を売り始めます。吉原の入り口でガイドブック。新宿・歌舞伎町の入り口で風俗情報誌を売る感じでしょうか。
『細見』には吉原の妓楼――キャバクラみたいにお客さんが遊女と遊ぶ場――と、何というか遊女名鑑って言うんでしょうかね、そこにいる遊女たちの名前が細かく書かれています。もちろん写真はついてませんが、新しいのを正月、7月と年に2回出していました。吉原に出入りする人には必須のアイテムで、ここに来る人がいなくならない限り売れ続けるんですから、おいしい商売ですよね。
その『細見』を、蔦重はただ売るだけじゃなくて中身の編集作業もやっていました。生まれも育ちも吉原っていう地縁・血縁をフル回転させて、あちこちを取材して最新の情報を手に入れたり、冊子のページのつくりのアイデアを考えたり……
ボクがまだ若かった90年代は『ナイタイマガジン』とか『シティプレス』とかその類似雑誌は、風俗店の現場に行かなくても、コンビニで売ってましたよ。今では信じられないかもしれないですけど。買ってページを開いて、「あ、きれいだな」「この人に会えるんだ」ってパッと行ってみる。便利でありがたかったですよ。
■蔦重を雇った片岡愛之助さん=「鱗形屋」
この頃の鱗形屋を経営してたのは、3代目鱗形屋孫兵衛。今回演じるのは片岡愛之助さんですね。蔦重流星は出版という商売の基礎を、この大先輩を見て学んでいくわけです。
鱗形屋は当時、江戸でナンバーワンの地本問屋でした。地本っていうのは、例えば挿絵入りの小説のような草双紙とか、遊郭でのイキな遊び方やゴシップなんかが書いてある洒落本とか、江戸で出版された庶民の人たちが気楽に読める書物のことです。
1775(安永4)年に鱗形屋が出した『金々(きんきん)先生栄花夢(えいがのゆめ)』という草双紙が「黄表紙」という新ジャンルを生んだ画期的な本で、そんなこんなで地本ではブッちぎりのナンバーワン版元(出版社)になったんですよ。
蔦重はそんな鱗形屋でいろんなことを学びながら、あるスキャンダルをきっかけに孫兵衛の弟子からライバルに、そして独立して鱗形屋を大きく追い越していくことになります。そのときのカギになるのが、まずこの『吉原細見』と黄表紙なんですね。
■出版物の点数で、江戸が京・大阪を追い越した!
江戸時代は「町人の文化が栄えた」って教科書では習いますけど、さっきお話しした元禄時代の『好色一代男』の井原西鶴や浄瑠璃『国性爺合戦』の近松門左衛門が活躍したのは大坂や京都でして、江戸の出版界は上方のそれより一段低く見られてました。上方の出版物を、許可をもらってから売ったりしてて、オリジナルの出版物の数はずっと少なかったんです。
そもそも地本の「地」は地酒の「地」と同じで、上方から見ればまだ一地方に過ぎなかった江戸の人が卑下した呼び名が「地本」だったんだそうですよ。
そんな西と東の関係が逆転して、オリジナルの出版物の点数で江戸が上方をブッちぎるのが、ちょうど孫兵衛や蔦重が活躍した頃なんです。そんな活気にあふれた時代の若い版元や作家、絵師たちのエネルギッシュな創作活動、それに吉原という別世界でのドンチャン騒ぎぶりを、『べらぼう』がどう描いていくんでしょうかね。ボクはすごく楽しみにしています!
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タレント
大学生の頃、バイト先のTV局で片岡鶴太郎に認められ芸能界入りし、斬新な生体模写で一躍有名に。ビートたけし、半沢直樹、“1人アウトレイジ”、阪神・掛布雅之、故野村克也監督など多彩なレパートリーを誇り、バラエティ、ドラマ、ラジオなどで活躍中。筋金入りの阪神タイガースファン。芸能界きっての歴史通であり、YouTubeで日本史全般を網羅する『松村邦洋のタメにならないチャンネル』を開設。特にNHKの歴代「大河ドラマ」とそれにまつわる知識が豊富。著書に『松村邦洋懲りずに「べらぼう」を語る』『松村邦洋まさかの「光る君へ」を語る』『松村邦洋今度は「どうする家康」を語る』『松村邦洋「鎌倉殿の13人」を語る』がある。
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(タレント 松村 邦洋)
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