宮崎駿、神山健治…"手描きアニメ"は廃れるのか「コスト10分の1の2025年生成AI元年」業界大激変の予兆
プレジデントオンライン / 2025年1月14日 10時15分
カンテレがフル生成AIアニメのプレスリリースを出した。
筆者の知る限りでは、テレビ局が制作した世界初の作品となる。今回はまだ10分弱のミニ番組だが、シリーズ化され、順次発表する予定だという。近い将来、30分サイズのフルAIアニメも登場するだろう。
実は去年から今年にかけて、生成AIアニメの動きが活発だ。
アニメのプロダクションが、制作プロセスの一部を生成AIで行うと発表した。また「日本を代表するAIアニメーションスタジオを作る」と宣言した社も出てきた。
生成AIの活用でアニメ界がどう進化するのかを考えてみた。
■フル生成AIアニメ
カンテレが制作したのは「八雲とセツの怪談事件簿」。主人公の八雲とセツがさまざまな難問・奇問に遭遇し、力を合わせてその謎を解き明かすショートミステリーだ(1月14日20時からYouTube「関西テレビアナウンサーチャンネル」で配信開始、全10話の予定)。
新人アナウンサーの2人が主人公を演じる様子を、グリーンバックのスタジオで撮影し、その映像を生成AIで瞬時にキャラクター化している。キービジュアル作成には「人」が必要だが、背景画像やキャラクター動作やアングルなどを生成AIによって自由自在に演出している。
主題歌の作詞作曲でも生成AIが使われた。つまり映像・音声・音楽など全てに生成AIが関わっているという意味で、テレビ局が制作する世界初のフルAIコンテンツと言えそうだ。
■大多社長の野望
実はこの新人アナ2人が主人公を務めたフル生成AIの制作は、カンテレ社長の大号令で始まった。系列のフジテレビ時代に一世を風靡したトレンディドラマを確立したプロデューサーのひとり、大多亮氏は、2024年6月にカンテレの代表取締役社長に就任した。
その際に「AIコンテンツで日本初を連発するようなイノベーティブな会社にする」と宣言した。そして社長就任初日の全社員集会でAIの可能性を強調し、自らがキービジュアルとして登場するショートAIアニメを披露した。
その作品のラストには、「coming soon on your screen」の文字があったが、今回はまさに公約通りに実行されたものだった。いわば社長から新人まで、全社をあげて挑戦するプロジェクトが本格的に稼働し始めたのである。
その意気込みは、大多社長の今回のコメントにも表れている。「当社はこのプロジェクトを、生成AIを活用した番組制作の第一歩、映像制作の未来を切り開くミッションとして位置づけています。ここで得られた知見を、クリエイティブ現場に対する新たなサポート手段に繋げ、放送にも活かしていきたいと考えています」。つまり「coming soon on your TV」も遠くないかもしれない。
■2025年はフル生成AIアニメ元年
実はカンテレ以外にも、生成AIアニメに積極的に動き出している社がある。いずれも都内にオフィスがあるフロンティアワークスとKaKa Creation。TikTokやYouTubeで活動するTikToker「ツインズひなひま」の新作アニメで、生成AIを制作のプロセスに活用し、2025年春ごろの公開を予定するとした(アニメ「ツインズひなひま」ティザーメイキングPV)。
双子の女子高生が、TikTokへの動画投稿でバズることを夢見て、ダンスの他にPVが伸びそうなネタをかたっぱしから撮影していく中で、次第におかしな世界へ足を踏み入れていくという物語だ。
この2社は、「AIはあくまでクリエイターの創作活動のための補助ツール」と位置づけた。恐らく業界関係者の反発や懸念を意識した発言だ。ただしアニメ制作の人材不足や業務時間の肥大化という現実は否定できない。また新しい表現の模索という面からも、生成AIと向き合う必要性を認識したのだろう。
AIを活用した音声生成プラットフォームを運営する会社もある。にじボイスだ。経営トップは2025年の目標を「日本を代表するAIアニメーションスタジオを作る」と新年早々に宣言した。
米国で開催される最先端技術の見本市CES。開幕にあわせた今月7日の記者発表会で、パナソニックの経営トップは「10年後までにグループ売上の3割をAI事業(AIを活用した製品やソリューション事業)にする新戦略」を発表した。
「AIは人間のツール」から、AIと人間が補完し合いながら共創する関係に進化すると予測する専門家が多い。こうした時代状況を受け、アニメ制作の場でも生成AIを無視できなくなっている。
■日本アニメの未来
では生成AIでアニメを制作すると、どんな状況が出てくるだろうか。もちろんプラスとマイナスの両面があるだろう。
○ 法的問題
まず法的な問題などが顕在化する。著作権をめぐる争いは、米国ではテキストや音楽の世界ですでに起こっているが、アニメでも同様の問題が起こり得る。また著作権以外にも、肖像権やパブリシティ権の侵害なども出てくる可能性は否定できない。
なにしろ登場したばかりの新技術だ。対応する法律は十分に整備されていない。また国内では判決に至った訴訟もない。つまり法的リスクはゼロではない。ただし生成AIコンテンツに挑むテレビ局などは、今回のカンテレのように、キービジュアルを自社職員で作成したり、背景映像などもアーカイブから応用したりするなど、一定の配慮と武装をして取り組めばリスクは限りなくゼロになる。
○ アニメ業界の今後
業界にはどんなインパクトを与えるだろうか。懸念のひとつは、生成AIが低コストで迅速に作品を作ることで、『君たちはどう生きるか』で2024年アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞した宮崎駿氏を筆頭としたジブリなどの作品・作風などが大きな影響を受けるのではないかという点だ。しかし、業界関係者はそれほど心配していないという。
NHKはニュース番組「おはよう日本」(1月7日放映)内のコーナーで、特集「“手描き”の力 ハリウッドが注目する日本の手描きアニメ」を取り上げた。
この中で、ハリウッド映画『ロード・オブ・ザ・リング』のシリーズの続編となる最新作(2024年12月から日本を含めた世界40か国以上で公開)の監督にアニメーション監督に抜てきされた神山健治氏(※)がインタビューに答えた。神山氏は宮崎氏など同じく、海外でも絶大な人気があるアニメ監督だ。
※アニメ『AKIRA』の背景制作担当のほか、監督作品として『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』『東のエデン』など多数
神山氏にオファーしたプロデューサーによれば、制作会社のワーナーアニメーション社長直々に続編を「日本のアニメの作画(手描き)にしてほしい」という要望があったという。
神山氏は番組でこう答えている。
「手描きはローテクではありますが、あの緻密な絵を1枚1枚たくさん描いて動かしていくこと自体がもはやマジックです。そこに魂が宿るわけで無意識に画面を通じて伝わるものがあるのだと思います。実はCGの映像もコンピューターの前で人が四苦八苦していることでは同じなのですが、CGにはその苦労がなかなか映りません。でも作画のアニメはそれがダイレクトに観る人に伝わっていく。今回の作品でもそれを一番生かしていこうというのはありました」
国内外にはこうした手描きアニメに根強いファンがおり、今後もビジネス的にヒットを飛ばし続けると見られている。
ただ、アニメ界全体とすれば、生成AIが低コストで迅速に制作できることにより制作スタイルが大きく影響を受けるのは間違いない。一説には、コストは10分の1以下となると言われる。それが実現すると、これまでオリジナルのアニメ作品をあまり出せなかったテレビのローカル局やケーブルテレビ局も独自に挑戦できる可能性が出てくる。政府が注力する地域創生という追い風もある。要は新たな作り手たちによる新たなアニメ領域が生まれるかもしれなのだ。
■SNS旋風の教訓
2024年は、いくつかの選挙でSNSの存在が投票結果に大きな影響力を与えた1年だった。この教訓は映像コンテンツにも当てはまる可能性が高い。すでにYouTube全体では、テレビのどのチャンネルより多く見られている。つまり多くのプレイヤーが関わる多様なコンテンツ群は、従来の大手メディアによる作品群を凌駕する可能性が出てきている。
また生成AIは地域を再起動する可能性がある。これまでは「カネなし・ヒトなし・ノウハウなし」だった地域メディアも、アニメやドラマを制作できるようになる。ヒットするか否かはアイデア次第なのである。
■カンテレがめざす未来
では、冒頭で触れたカンテレは生成AIで何をやろうとしているのか。実は在阪の準キー4局を比較すると、放送収入では各局大差ないが、放送外収入ではカンテレだけが極端に少ない。
テレビ広告費はどの局も減少の一途だ。このマイナスを補うために、放送外収入増は喫緊の課題。そこで有効なのはアニメやドラマを強化し、ヒット作品を世に出すことによりライツビジネスで営業利益を伸ばせれば、収入につながる。
同局はまさにこれで、4局の中で唯一放送枠のなかったアニメを強化しようとしている。その際に生成AIで従来と異なるアニメワールドが構築できるのなら、強力な武器になるはずだ。
さらにドラマでも可能性がある。同局はドラマに定評があるが、過去の名作に生成AIを絡めて新たな付加価値をつけられたら、経営的に大きなプラスになる可能性がある。
大多社長はミッションとして「映像制作の未来を切り開く」とコメントしている。社長就任時には「日本初を連発するようなイノベーティブな会社にする」とも言っていた。その手段として生成AIをどう使いこなすのか。これは単にカンテレの未来だけでなく、ローカルメディアの今後も左右する可能性があると言えよう。
2025年は生成AIアニメ元年となると筆者は考えている。
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次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。
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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)
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