やっぱり無茶な目標だった…原発をやめたドイツ、風力を猛プッシュしたEUが目を背ける"脱炭素の末路"
プレジデントオンライン / 2025年1月17日 7時15分
2024年12月18日、ベルギー・ブリュッセルにある欧州理事会本部で開催されたEU・西バルカン首脳会議に先立ち、フィンランドのオルポ首相(左)、欧州委員会のフォンデアライエン委員長(右)、モンテネグロのミラトビッチ大統領、コスタ欧州理事会議長(右)が集う - 写真提供=© Wiktor Dabkowski/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
■昨年の風力発電の新設容量は目標の半分未満
ヨーロッパで風力発電の普及が足踏みしている。風力発電の業界団体ウインドヨーロッパが1月10日にリリースした資料によると、欧州連合(EU)域内で2024年に新設された風力発電の設備容量は約13ギガワットと、目標となる30ギガワットを大きく下回った。うち陸上風力が11.4ギガワットであり、洋上風力が1.4ギガワットという。
EUの執行部局である欧州委員会は、2023年に定めた行動計画で、30年までに風力発電の能力を、当時の204ギガワットから500ギガワットまで引き上げる必要があるとの試算を示した。この目標を達成するためには、風力発電を年間40ギガワット程度も新設する必要があるが、24年の実績はその半分にも満たなかったということになる。
ウインドヨーロッパは風力発電の普及が足踏みしている理由として、EUの定めた風力発電の新たな許認可ルールの各国での適用が遅れていること、送配電網の整備が遅れていること、電化そのものが遅れていること、の三点を挙げている。つまり、こうした阻害要因を取り除かなければ、風力発電の普及は計画通りには進まないというわけだ。
つまり、ウインドヨーロッパは、こうした阻害要因を取り除くための公的な支援を訴えているわけである。見方を変えると、欧州委員会は野心的な目標を掲げているにもかかわらず、風力発電の事業者に対して適切な支援を施していないわけだ。同時に、そうした支援がなければ、風力発電の普及がスピードアップなどしない現実も浮き彫りになる。
2035年までの新車の100%ZEV化(走行時に温室効果ガスを排出しない自動車、現実的には電気自動車であるEVを意味する)にも共通するところだが、欧州委員会には、極めて野心的な戦略目標を掲げる一方で、その実現のための戦術が甘いという特徴がある。実績の積み重ねより、高い目標にまずは参加者を誘導することを重視するためだ。
■着実に強まる風力発電への逆風
欧州委員会は風力発電の普及を重視しているし、業界団体も当然それを求めている。とはいえ、風力発電への逆風は強まっている。例えば、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)のアリス・ワイデル共同党首は、2月23日に実施される総選挙に向けた公約の一つとして、ドイツ国内にある全ての風力発電を撤去することを掲げた。
ドイツ連邦統計局によると、風力発電は2023年時点でドイツの電源構成の26.8%を占めている。これを撤去するというワイデル共同党首の公約は荒唐無稽である一方で、ドイツ国民の中で風力発電に対する不信感が高まっていることを良く示している。同時にワイデル共同党首は、原発の再稼働や石炭火力の維持、ロシア産ガスの輸入再開を掲げた。
ドイツだけの問題ではないが、ヨーロッパの電気料金は高止まりしており、ユーロスタットによると、EU27カ国の家庭用電力料金(税金含むベース)は最新2024年前半で0.29ユーロ/kwhと、エネルギーショックが起きる前の21年前半(0.21ユーロ)と比べて3割近くも高いままだ(図表1)。当然、各国の有権者は不満を強めている。
電気料金が高止まりしている理由としては、何よりパイプライン経由で輸入されたロシア産天然ガスが利用できなくなったことが大きい。しかし同時に、EUが再エネ、特に風力の普及を進めたことも大きい。ウインドヨーロッパは風力の発電コストは安いと主張しているが、一般的に、化石燃料や原子力に比べれば、風力の発電コストは高くつく。
■右派回帰・反EUの象徴としての反風力発電
それに、有権者の風力発電への反発は、価格の問題ばかりではないようだ。AfDのワイデル共同党首は「森を取り戻す」と主張しているが、風力発電の設置に当たる環境負荷は相応に大きい。温室効果ガスを削減できても環境が破壊されれば元も子もないというわけであるが、こうした主張に理解を示す有権者も増えているように見受けられる。
加えて、各国で強まる右派回帰の流れも、風力発電に対する逆風となっていると考えられる。いずれの国でも国政選挙で右派政党が躍進しているが、それは同時に、EUがこれまで推し進めてきた政策運営に対して有権者が反発を強めていることの表れでもある。風力発電の普及はEUが推進する政策そのものであるため、反発の対象となるわけだ。
ドイツでは東部のAfDの支持者を中心に、風力発電に対する反発が拡がっているが、これも右派回帰・反EUの流れに位置付けて差し支えないだろう。やや古い調査となるが、ドイツの主要経済研究所の一つであるケルン経済研究所(IW)が24年8月15日にリリースした資料では、AfD支持者の51%が風力発電の拡大に反対していたという。
ドイツ東部、特にザクセン州やブランデンブルク州には風力発電機が多く設置されており、そこでドイツ西部に向けて発電が行われていることも、ドイツ東部の国民の反発につながっているようだ。ドイツ東部の国民は、依然として埋まらない西部との所得格差に対しても強い不満を持つ。AfDは、そうした国民の民意を巧みに吸収している。
■曖昧なままで終わりそうな風力発電の普及計画
こうした状況の下でも、欧州委員会がなお風力発電の普及を目指すなら、EUとしてウインドヨーロッパが指摘するようなボトルネック要因を解消するように、政策介入に努める必要があるだろう。とはいえ、財政規律を重視する欧州委員会に、潤沢な財政出動を施すだけの意思決定は難しいと考えられる。それでは風力発電の普及は進まない。
他方で、欧州委員会が風力発電の普及に努めるということは、右派回帰と反EUの機運を強める民意を刺激することにもつながる。それがEUの政策運営にとって望ましいことでないことは明らかだ。それでもなお、欧州委員会が、風力発電の普及は必要であるとして、不退転の決意でそれに臨むという展開も、非現実的なシナリオといえよう。
100%ZEV化(EVシフト)にも言えることだが、12月に2期目を迎えたばかりのウルズラ・フォンデアライエン委員長が、自らが立てた錦の御旗を下せるわけがない。高過ぎる目標を掲げたままに、時間をかけて有耶無耶にしていく展開が、最も現実的なシナリオではないだろうか。少なくとも、風力発電の普及が加速する展望は描けない。
最後に、外部の一観察者から、素朴な疑問を呈したい。一昨年と昨年で、筆者は3回、ヨーロッパを訪問している。特にドイツやオーストリアでは、風力発電機の急増が端的に確認できた。すでに設置し易い場所には、風力発電機は設置されているのが現状ではないか。ここから一段の普及を目指すのは、素人目にも困難ではと思える次第である。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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