「CM起用を続けます」そんな会社は見たことない…吉沢亮の泥酔騒動を不問にしたアイリスオーヤマの判断力
プレジデントオンライン / 2025年1月17日 18時15分
■「契約続投」のアイリスオーヤマに称賛の声
家電・生活用品大手のアイリスオーヤマは、1月14日に公式サイトを更新し、酒に酔って自宅マンションの隣室に侵入したことで問題となっていた、俳優の吉沢亮さんのタレント契約の継続決定を発表した。
この発表は、SNS上で称賛を浴び、批判的な意見は少数派に留まった。通常、タレントが不祥事を起こした場合は、契約は打ち切られることが多い。
実際、吉沢さんを広告に起用しているアサヒビールは、このたびの問題を受けて1月7日に契約解除を発表。花王の薬用ハミガキ「ピュオーラ」も、同月9日に吉沢さんが出演するCM動画を公式サイトから削除している。
さらに、吉沢さんが主演する映画の公開の延期も発表されている。アイリスオーヤマは、他社とは異なった決定を行ったことになる。
■なぜ称賛の声が集まったのか
問題を起こしたタレントを起用し続けている企業は批判を受けやすい。だからこそ、企業側も契約継続の判断はしづらい。
ただ、アイリスオーヤマは契約の継続を発表し、賞賛を集めることができた。なぜ、このような結果になったのだろうか?
理由としては、下記の3点が考えられる。
2. 吉沢さんと所属事務所の事後対応が適切であった
3. 吉沢さんに対する批判や処罰が厳しすぎると考え、吉沢さんに同情する人が少なからずいた
アイリスオーヤマ側も、このように考えて契約継続を決定したのではないかと思われる。
■アサヒビールの「打ち切り」も適切な判断だった
アサヒビールが早々に契約解除を発表したのは、吉沢さんが出演するのがビールの広告であり、吉沢さんのトラブルが飲酒がらみであった点が大きい。アルコールの広告でなくとも、官公庁や教育系など、公共性の高い企業、テーマの広告であれば、契約解除になる可能性は高い。花王「ピュオーラ」も、子供も利用する商品であることを考えると、広告の取り下げは適切な判断だったと言える。
では、アイリスオーヤマの契約継続は不適切だったのだろうか? そうとも言えないのが実際のところだ。先述の2社と比べると、業態面でも厳しい対応を求められる企業ではない。非上場企業であり、自社で物流ネットワークも抱えていることから、株主や取引先の顔色をうかがう必要性も、相対的に低いと言えるだろう。
問題の大きさという点ではどうだろう? 不法侵入は違法行為であるから、決して小さいとは言えない。しかし、所属事務所によると相手先とは示談が成立しているし、大きな被害を与えたわけでもない。吉沢さん自身も事態を重くとらえて、反省の意を表明している。
これまでの吉沢さんはスキャンダルもほとんどなく、「誠実な好青年」というイメージを確立している。故意に問題行動を起こしたのであれば、「イメージが崩れた」と失望されたのだろうが、そうではなかった可能性が高く、あくまでも「過失」として捉えられるに留まっている。
■批判が集まった香川照之との違い
対照的なのは、2022年に銀座高級クラブのホステスとのトラブルが報じられた香川照之さんのケースだ。香川さんを広告に起用している7社のうち、6社が契約を終了。唯一残ったのが、「大日本除虫菊」、すなわち「キンチョー」だった。
同社は契約期間中の打ち切りはしないと表明したが、称賛の声は少なく、批判の声が優勢だった。その後、契約の更新はなく、現時点で香川さんが同社のCMに登場する機会はなくなっている。
酒に酔っての問題行動であるという点、トラブルの相手と和解が成立しているという点においては、香川さんも同じ状況だった。しかしながら、香川さんが起こしたのは、性加害という深刻な問題であり、他の問題行動も報道されており、イメージダウンは免れ得なかったし、世論も寛容にはなれなかった。
契約する側にとっても、再発の懸念はなくとも、批判が続いたり、余罪が掘り返されたりする可能性があれば、継続はしづらいのが実際のところだ。
■旧ジャニーズタレントを起用し続けたP&G
ジャニー喜多川氏の性加害が発覚した際に、P&Gはジャニーズ事務所所属タレントの起用を継続したが、こちらは大きな問題にはならず、ファンからは賞賛の声を得るに至った。ただし、途中で事務所を介さずに、タレントと直接契約する形態に切り替えたが。
批判を回避できたのは、「タレントに非はない」「活動が制限されてかわいそう」という共通認識があったからだ。
当然といえば当然のことなのだが、起用する相手がどのような人物で、起こした行動がどのくらい深刻なことなのか――というのが、最も重要な点である。
メディアやSNSの論調や、他社の動向は重要ではあるのだが、それに過剰に反応することもないし、盲目的に追随することもない。
投資と同様、「逆張り」をすることで成功するケースもあるのだ(もちろん、そうでないケースもあるので難しいのだが……)。
■アイリスオーヤマの世論を読み切った「戦略」
今回、アイリスオーヤマ社が自ら吉沢さんの契約継続を発表したのも興味深い点だ。契約の打ち切りを発表するならまだわかるのだが、継続を自主的に発表するというケースは、筆者が知る限りあまり多くはない。メディアの取材を受けたら回答するといった、消極的な対応を行うのが一般的だ。
アイリスオーヤマの契約継続表明は、吉沢さん側からのコメントが発表された直後に出されている。タイミングを見計らって出されたものに違いない。
同社は、継続表明に加えて、下記のような表明も行っている。
「吉沢亮さんは、アイリスオーヤマのブランドアンバサダーの一人として、卓越した表現力と幅広い支持層を持つ俳優です。これまで多くのお客様に当社の魅力を伝えていただきました。その存在感は、ブランド価値の向上にも大きく貢献していただいております」
「今回の契約継続は、吉沢亮さんの今後の挑戦を応援し、共に頑張っていきたいという当社の決意を示すものです」
この文章は、周到に考えて作成されたもののように見受けられる。アイリスオーヤマは、世論の動向を読み切った上で、このようなメッセージを戦略的に発信したのだと筆者は考えている。
人々から賞賛を得たのみならず、吉沢さんと所属事務所のアミューズにも恩を売ることができたという点で、アイリスオーヤマ社は契約終了よりも大きな果実を得ることができたと言える。
ただし、それができたのは、洞察力と戦略性を兼ね備えていたからで、誰でも簡単にできることではない。
メディアの報道や一部の批判的な声に流されることなく、事象の是非を中立的に判断することは、タレント契約に限らず重要なことであり、アイリスオーヤマの判断から学ぶべき点は多い。
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マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。
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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)
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