トランプ大統領に見放される…「戦争を続けるカネがない」プーチンがそれでも戦争をやめないロシアの特殊事情
プレジデントオンライン / 2025年2月5日 10時15分
■トランプ氏が「馬鹿げた戦争」停止を要求、経済制裁も示唆
ワシントン・ポスト紙によると、ウクライナ戦争の終結を巡り、アメリカのドナルド・トランプ大統領とロシアが正反対の立場を示している。
トランプ氏は戦争の即時終結を強く求め、自身が運営するSNSプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」に「経済が失敗しているロシアとプーチン大統領に大きな恩恵を与えよう。今すぐ解決して、この馬鹿げた戦争を止めろ! 事態は悪化するだけだ」と投稿。
さらに、プーチン大統領がウクライナとの和平合意に応じない場合、「ロシアからアメリカに輸入されるすべての品目に高水準の税金、関税、制裁を課す」と警告し、経済制裁による圧力をかける姿勢を明確にした。トランプ氏は珍しくプーチン氏を表だって批判し、ウクライナ戦争によって「ロシアを破壊している」と指摘している。
これに対し、ロシア側は一歩も譲らない構えだ。ロシア大統領府の上級補佐官であるウシャコフ氏は「一時的な停戦や休戦ではなく、我々の正当な利益を尊重した永続的な平和でなければならない」と反論。ロシアの要求は、ウクライナのNATO加盟断念と非軍事化、併合した領土の保持、欧米の安全保障体制の見直し、NATOの東部国境からの軍事施設撤退など、極めて広範かつ強硬な内容となっている。
■ロシア国内は人手不足、物価高騰の経済苦
だが、ロシアのウクライナ侵攻から3年。プーチン政権は、深刻な経済危機と国内世論の変化という二つの課題に直面している。米外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』のリポートによれば、ロシアの労働力不足は約480万人に達している。
2022年以降、戦争を避けて国外に逃れる人々が増加し、さらに大規模な兵力動員も重なったことで、労働力は急激に目減りした。その影響は教育現場にも及び、教員の不足数は約50万人に上るなど、社会の基盤が揺らぎ始めている。
深刻な人手不足は、経済全体を停滞させている。建設業界では資材価格が2021年から2024年の間に64%も高騰し、新規住宅建設が大幅に減速。運輸、鉱物採掘、農業などの基幹産業も軒並み不振が続いている。
さらに市民生活を直撃しているのが、急激な物価上昇だ。2024年の公式インフレ率は9.52%に達し、特に生活必需品の値上がりが著しい。果物・野菜が22.1%、バターが36.2%も値上がりしたほか、ガソリンが11.1%、医薬品が10.6%上昇するなど、家計は日増しに圧迫されている。
ロイター通信によると、ウクライナ侵攻後から2年の間は、ロシアは石油、ガス、鉱物の輸出に支えられ、力強い経済成長を維持してきた。しかし今年1月までの数カ月は様相が一変。人手不足に加え、膨れ上がる軍事費がインフレを招いている。その対策として高金利政策が導入されたが、これにより国内経済は急速に冷え込んでいる。
■もう「平時の体制」には戻せない…
こうした経済の混乱は、戦争に対する国民の見方を大きく変えつつある。ロシアの独立系世論調査機関レバダ・センターの調査では、平和交渉を支持すると回答したロシア国民が2024年11月には57%まで上昇。12月にはやや低下して54%となったものの、反対派は37%にとどまり、戦争継続を疑問視する声が多数派となっているという。
和平を求める声は、政権中枢にも広がりつつある。ロイター通信が接触したクレムリンの内情に詳しい複数の情報筋は、ロシアのエリート層の間でも「戦争は交渉で解決すべきだ」との考えが強まっていると証言している。
元ロシア中央銀行副総裁のオレグ・ヴューギン氏も、経済面からの懸念を示す。同氏はロイター通信の取材に対し、軍事費の急増が経済の歪みを生んでおり、この問題を解消するためにも、ロシアは外交による解決に関心を持たざるを得ないと指摘している。
だが、フォーリン・アフェアーズ誌は、プーチン政権が簡単には戦争を終えられない理由もあると分析する。すでに軍需産業を中心とした経済構造が定着しており、これを平時の体制に戻すことは、プーチン政権の権力基盤そのものを揺るがしかねないためだ。戦争を継続するにせよ終結するにせよ、いずれにしてもプーチン政権にとって大きなリスクを伴う状況だ。
■戦費調達スキームに潜むデフォルトの罠
経済危機が深まるロシアで、金融システムの歪みは限界に近づいている。米CNNは、戦時経済がもたらす構造的な問題について警鐘を鳴らす。
最も大きな問題として指摘されているのが、ロシアが戦費調達のために構築した特殊な金融システムだ。ハーバード大学デービス・ロシア・ユーラシア研究センターのアソシエイト、クレイグ・ケネディ氏の新しい報告によると、ロシアは「オフバジェット金融スキーム」と呼ばれる手法で戦費の実態を隠蔽しているという。この仕組みは、予算に計上されない形で資金を調達することで、実質的な戦費の規模を見えにくくしている。
この金融システムは、戦争開始直後に整備された。CNNによると、ウクライナへの全面侵攻開始から2日目の2022年2月25日、ロシア政府は重要な法改正を行った。これにより政府は、戦争関連の物資やサービスを提供する企業への融資を、銀行に対して強制できるようになった。
制度の導入以降、ロシアの金融システムに急激な変化が生じている。2022年半ばから2024年後半にかけて、民間融資は71%という異常な伸びを記録し、その規模はGDPの19.4%にまで膨らんだ。ケネディ氏の分析によれば、これらの融資の最大60%(2490億ドル[約38兆5000億円]相当)が戦争関連企業向けだという。さらに問題なのは、これらが「国家の強制力によって、信用力の低い企業に優遇条件で提供された融資」だという点だ。
■専門家「コカインで走り回っているようなもの」
こうした異常な経済成長の実態について、専門家は強い警戒感を示している。ピーターソン国際経済研究所のシニアフェロー、エリーナ・リバコバ氏はCNNの取材に対し、「『ステロイド』による成長と言えばまだ聞こえは良いが、それでも(本物のステロイドの一種であれば)筋肉を作り出します。しかし、これは筋肉とは呼べません。コカインで走り回っているようなものです」と述べ、ロシアの成長は持続不可能であると指摘している。
さらに深刻なのは、この強引な資金調達方式がロシアの金融システム全体を危うくする可能性だ。ケネディ氏は、信用力の低い戦争関連企業への強制的な融資が、今後長期間を経てデフォルトを引き起こす可能性があると指摘する。その結果、銀行システム全体が多量の不良債権に耐えきれない事態が考えられるとの見解だ。
■「年末までに資金が底をつく」急速に枯渇するプーチンの戦費
こうした金融システムの綻びが表面化しているにもかかわらず、プーチン氏は楽観的な姿勢を崩していない。英フィナンシャル・タイムズ紙は、プーチン氏が「金融不安や国民負担を生まずに戦費を調達できる」という現実離れした認識を持っていると指摘する。
戦費を支える国家福祉基金の残高は、急速に減少している。米フォーチュン誌の報道によると、ロシアの石油・天然ガス収入を原資とする同基金の流動資産は、ウクライナ侵攻開始前の1170億ドル(約18兆円)から310億ドル(約4兆8000億円)まで急減した。
経済学者のアンデルス・オースルンド氏は「残っている資金では2025年の財政赤字の4分の3しか賄えない」と指摘する。同氏によると、2025年秋には流動性準備金が底をつき、大規模な予算削減が避けられなくなるという。タイム誌は、石油収入が制裁で断たれれば、プーチン政権は年末までに戦費の支出に妥協を迫られるか、資金が底をつく可能性があると分析している。
だが、それでもプーチン氏は引く気配を見せない。軍事侵攻が4年目に入る2025年、トランプ氏が主張する制裁政策は、実効力ある打開策となるか。米政府が運営する国際放送局のVOA(ボイス・オブ・アメリカ)は、モスクワ高等経済学院の元副学長であり、現在はシカゴ大学ハリス公共政策大学院の特別教授を務めるコンスタンチン・ソーニン氏に見解を求めた。
ソーニン氏は、制裁には限界があると指摘する。「ロシアとアメリカの貿易額は年間30億ドル(約4640億円)に満たない極めて小規模なものです。このため、アメリカ企業によるロシアとの取引を全面的に禁止したとしても、ロシアへの打撃は限られたものになるでしょう」
■プーチンは侵攻の出口を見いだせていない
そこでソーニン氏が提案するのが、国際的な石油生産量の拡大を通じた世界の石油価格引き下げだ。「直接的な経済制裁がなくても、石油価格を下落させることでロシアの収入を減らすことができます」と分析し、これによってロシアのウクライナ侵攻を資金面から制限できる可能性を指摘する。
ただし、この戦略の実現にはハードルもある。ソーニン氏は「トランプ氏はサウジアラビアと良好な関係を保っているものの、サウジアラビアが彼の要請だけで石油価格の引き下げに応じる可能性は低い」と慎重な見方を示す。それでも「価格引き下げに向けた外交努力の余地は残されている」と付け加えた。
ロシアの歪んだ経済構造は、すでに限界点に達しつつある。異常な金融スキームによる戦費調達は、まさに「コカイン経済」の様相を呈している。市民生活の疲弊と相まって、国内からの反戦の声は確実に高まっている。
それでもなお、プーチン氏が強気の姿勢を崩さないのは、戦時経済からの出口戦略を描けない弱さの裏返しでもある。引くに引けなくなった政権は、どこに落とし所を見いだすか。年末までに戦費が底をつくとの観測もあり、判断の期限は刻々と迫っている。
経済合理性を無視した強引な戦争継続か、それとも体制への打撃を覚悟した上での和平交渉か。いずれにせよ、ロシア国内の経済状況を鑑みるに、今後年単位で侵攻を継続することは極めて困難だと言えよう。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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