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トランプ大統領になっても「日本製鉄いじめ」は終わらない…窮地の日本に残された「たった一つの逆転シナリオ」

プレジデントオンライン / 2025年2月5日 9時15分

日本製鉄、USスチール買収への不当介入に対し訴訟を提起。写真は、会見する橋本英二 会長兼CEO。=2025(令和7)年1月7日、東京都内 - 写真=日刊工業新聞/共同通信イメージズ

日本製鉄による米USスチールの買収計画をめぐり、日鉄がジョー・バイデン前大統領を訴えた裁判は、2月3日から書面でのやりとりが始まった。早稲田大学公共政策研究所の渡瀬裕哉さんは「日本側にはドナルド・トランプ新大統領の政治決断に期待する声もあるが、極めて難しい状況だ。しかし、トランプ政権にとって『魅力的な提案』ができれば、可能性はゼロではない」という――。

■筆者が現地で感じた「トランプ新政権」の空気感

筆者はトランプ大統領就任後のアメリカの空気感を探るため、1月末から2月頭までの間ワシントンD.C.に渡米し、共和党保守派やMAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)系のシンクタンクや団体などを訪ねてまわった。

その際、D.C.での訪問先は私が日本人であることは先刻承知であるため、最初の話題は日本製鉄によるUSスチール買収問題となることが多い。ただし、日本製鉄によるUSスチール買収問題自体は米国ではそれほど大きな話題ではない。おそらく日本政府・企業関係の駐米スタッフがその話題について何度もヒアリングに来るため、日本人の相手をするアメリカ人にとってはお腹一杯の話題であるようだった。

実際、トランプ政権に影響力を持つ人物を訪ねた際、彼はまだこちらが何も話を切り出していないにもかかわらず、初対面の筆者に対してUSスチール買収問題から会話を始めた。

「当面の間は状況が好転することは難しいが、トランプ政権においては何らかのタイミングで状況が好転することもある。個人的には何の問題もないと思っている」

これは体の良い日本人向けのリップサービスのようなものであることは明らかだった。たしかに、トランプ大統領の政治決断がある可能性はわずかに残っていることは事実だが、その可能性は非常に低いことが示唆されていたように思う。

■「あり得ないタイミングの、あり得ない買収」

同面談を行ったビルの受付は訪問台帳を誰でも見られるセキュリティの甘さがあり、筆者が入室時に同台帳にさりげなく目を通すと、いくつかの日本企業関係者の訪問記録が目についた。そのため、先方は筆者が同様の日本人駐在員のようなものだと勘違いしており、適当にお茶を濁しておこうと考えていることがわかった。他の日本人がどのように日本本国に報告しているかは知らないが、少なくとも筆者には同件について前向きな印象は得られなかった。

今回の訪米で面談した、保守派の組織、ロビイスト、シンクタンクの人々の中に、同買収の見通しについて、前向きな見解を示した人間はいなかった。最初は筆者が日本人であるために気を遣った発言をしているものの、筆者が率直に「大統領選挙前後にUSスチールを買収する行為は政治的にナンセンスだ。馬鹿げている」と述べると、彼らは一様に「お前の言うとおりだ」と本音で話すようになり、筆者に同意する発言を繰り返した。

「あり得ないタイミングで、あり得ない買収を仕掛け、そしてバイデンがそれを否定しただけの話である上に、トランプ大統領はバイデン政権の判断をワザワザ覆す必然性がない」というのが彼らの共通見解であった。つまり、彼らの見立てとしては、日本人に対してはバツが悪いものの、「すでにUSスチール買収問題はほとんど終わった話」でしかないということだ。

■トランプ氏に嫌われた「失策」とは

筆者の友人の一人である自由貿易・自由投資を推進するロビイストだけが「あー、日本製鉄は○○というロビー会社を雇っているみたいだが、俺もこの問題に対して何か協力ができることがあるか?」と関心がありそうな口ぶりを示してきた。ただし、彼の発言は興味本位に過ぎず、この難しい状況を覆せるとは微塵も思っていないようだった。

さらに、これらのヒアリングを経た結果、同買収問題はバイデン政権下の特有の問題ではなく、共和党内の政局を踏まえた複雑な問題でもあることがわかった。

特に毎回指摘されたことは、「日本製鉄がマイク・ポンペオ元国務長官を顧問に雇ったことは失策だった」ということだ(大統領選挙中にラストベルトの鉄鋼企業を買収するという政治センスのなさは改めて言うまでもない)。

2019年8月4日、オーストラリア・シドニーのニューサウスウェールズ州議事堂で記者会見するマイク・ポンペオ米国務長官(当時)
2019年8月4日、オーストラリア・シドニーのニューサウスウェールズ州議事堂で記者会見するマイク・ポンペオ米国務長官(当時)(写真=アメリカ国防総省/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

日本製鉄はマイク・ポンペオ元国務長官を2024年7月に顧問として雇ったが、現在から振り返ると、これは大きな政治的なギャンブルとなっていたようだ。アメリカでは共和党内に限らず、ポンペオ氏は「非常に野心的な人物である」という評価が定着している。そのため、大統領選挙当時、副大統領候補者であったJ.D.ヴァンスとの間で影響力争いがあり、トランプ氏がポンペオの野心の強さを嫌って遠ざけた、ということは、共和党保守派内での共通認識となっているようであった。

■日本製鉄に「一縷の望み」があるとしたら…

実際、トランプ氏は政敵であったニッキー・ヘイリー氏とともに、ポンペオ氏の政権入りがない旨をSNS上で公表しており、いまやトランプ―ポンペオ間にはかなり溝が広がっていることは明らかだ。

そして、日本製鉄のUSスチール買収のライバル企業のクリーブランド・クリフスの本社は、J.D.ヴァンス副大統領の地元であるオハイオ州にある。さらに、同買収に強く反対してきた鉄鋼労働組合のトップは同社の労組関係者でもある。

上記のポンペオ氏に対する評価と同買収の背景にあるファクトを考慮すると、やはりトランプ政権下においても同買収中止をひっくり返すことは茨の道だと言えそうだ。

日本製鉄がポンペオを選ぶという政治的な賭けに失敗したことには同情せざるを得ない。しかし、政治は結果論であるため、そうなってしまった以上は仕方のないことだろう。

このような状況下で、日本製鉄に一縷の望みがあるとしたら、石破首相による粘り強いトランプ大統領への働きかけだけだ。ただし、それを実現するためには、トランプ政権にとって魅力的な提案を行う必要がある。

■「Win-Winの関係」を構築するための取引材料

今回の訪米を通じて、筆者はいくつか共和党保守派およびMAGA関係者の琴線に触れるポイントを知ることができた。特に反応が良かったのは、アメリカからのエネルギー資源の輸入拡大だ。特にアラスカ開発に関しては積極的な議論を行うことができた。これが本当に実現できるならば、トランプ大統領と取引を行うための有力な材料となることは間違いない。日本にとってもエネルギー安全保障を強化することになり、エネルギー輸出を掲げるトランプ政権との間ではWin-Winの関係を構築することができる。

また、アラスカ開発から得られる富はトランプ政権にとっては極めて重要な意味を持つ。アラスカ州選出のリサ・マコウスキー上院議員は、保守的な重要法案等で反対票を入れる名ばかり共和党員として知られる。そのため、同州の開発案件はトランプ政権としても同議員との交渉カードとなるため、円滑な議会運営を目指すトランプ政権に対する米国内の政局的な動機も働く。

日本ではトランプ大統領のパリ協定からの離脱などが注目されているが、日本政府や日本国民は米国が変わったことを認識しなくてはならない。その上で、対米関係については根本から考え方を見直す必要がある。一言で述べるなら「共和党保守派やMAGAの人々の関心事を真に理解すること」に尽きる。

多くの日本人は「リベラル色」が強すぎるため、共和党関係者と本音で話せていない。

2025年1月20日、ワシントンD.C.のキャピタル・ワン・アリーナで行われた第60代大統領就任式で、就任パレード後に演説するドナルド・トランプ大統領
2025年1月20日、ワシントンD.C.のキャピタル・ワン・アリーナで行われた第60代大統領就任式で、就任パレード後に演説するドナルド・トランプ大統領(写真=アメリカ合衆国軍/Danny Gonzalez/PD US Military/Wikimedia Commons)

■石破外交に求められているもの

今回の訪米時、筆者が面談した共和党保守派の要人の一人は、「日本は大学、メディア、政府などのあらゆる対米政策関係者が本音ではリベラルであり、共和党保守やトランプ政権を理解するために、日本国民とそれらによるバイアスを通さない情報交換が盛んになることが必要だ」と伝えてきた。なぜなら、「トランプ政権も含めた共和党政権に関する情報が日本に歪めて伝えられており、日本の世論に影響が出て良好な日米関係を築く障害となっているからだ」という。彼は過去の共和党政権における幹部の一人であり、彼の見解は必ずしも一個人の見解とは言えない示唆が含まれていると言えよう。

アラスカ州のエネルギー資源開発は地球温暖化や生物多様性保護というリベラルなポリコレには反するが、そのようなポリコレを盲信する言論の蔓延によって、自国の国力を意味もなく低下させる時代は日米両国ともに終わったのだ。

既存の「リベラル・バイアス」を通すことなく、トランプ政権や共和党保守派の優先順位を理解すれば、石破政権はトランプ大統領も納得するWin-Winの提案をすることは必ずできる。石破外交の米国理解やセンスがどの程度のものか、一人の国民としては非常に興味深いものがある。

また、既存のリベラル・バイアスがかかった情報源に頼るだけではなく、日本の政治関係者には共和党保守派やMAGAの人々の間に入り、彼らと忌憚なく意見を交わすことを大切にしてほしい。特に若い世代の日本の政治家には、今後共和党政権が長期化することも視野に入れながら、新しい視点を持つことをお勧めしたい。

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)
早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員
パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。

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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)

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