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日本のインフラ老朽化が止まらない…「埼玉八潮の道路陥没は氷山の一角」対策が先送りされてしまう政治的理由

プレジデントオンライン / 2025年2月5日 10時15分

県道が陥没しトラックが転落した事故現場。右下から中央に向けて整備したスロープに加え、新たに左の道路付近から穴に向け2本目のスロープの整備を始める=2025年2月3日午後1時3分、埼玉県八潮市(共同通信社ヘリから) - 写真提供=共同通信社

■実は頻繁に起きている陥没事故

2025年1月28日、埼玉県八潮市で県道が突然陥没し、走行中のトラックが転落する事故が起きた。道路に空いた穴にトラックが落ちる瞬間の映像がテレビに流れるなど、国民は悲惨な事故を目の当たりにすることになった。老朽化した下水道管が損傷してそこに地中の土砂が流れ込み、大きな空洞が生まれて、一気に地盤が沈み込んだためと見られている。

その後も下水の流入が続いたためだろう。陥没は見る見る間に大きくなって、トラックの運転手を発見するまで何日も要する事態になっている。周辺住民に避難や、下水道の利用制限を呼びかけるなど、大混乱に陥った。下水道のような直接目に触れない場所での設備の老朽化に関心が向くことは稀だ。だが、こうした設備の老朽化に伴う陥没事故は実は頻繁に起きている。

国土交通省の調査を報じた読売新聞の記事によると、こうした下水道管に起因する道路陥没は、2022年度だけでも2607件も発生しているという。大半は深さ50センチ未満の小規模なものだが、1メートルを超える規模の陥没も50件以上発生しているという。

■「耐用年数50年」=「50年間安全」ではない

国交省は2010年前後から、下水道設備の老朽化対策を計画的に行う「ストックマネジメント」を掲げている。2017年度末のデータでは47万キロにのぼる全国の地下管路のうち、財務省などが定めた「耐用年数」である50年を経過したとされるものは全体の4%にあたる1.7万キロにのぼる。しかし、50年という耐用年数は会計での経費計算や税金計算に使う「机上の理屈」で、実際に50年間、安全だというわけではない。

実際、議論が始まった初期の2011年の審議会の資料には「下水道の管路施設は、布設後約30年を経過すると道路陥没などの事故を起こす割合が急激に増加することがわかってきている」としていた。前出の2017年時点のデータで、30年を経過した管渠は、15万キロにのぼるとしており、これは全体の32%に相当する。つまり、全国いたるところで老朽化した下水道を原因とした道路陥没事故が急増してくることは、すでに予測されていたことだったのだ。

家庭や工場などから排出される汚水を集める下水道は「公共下水道」と呼ばれ、主として市町村が建設、管理している。下水道を使う住民や事業所から使用料を徴収して汚水処理の経費に充てている。また、複数市町村の公共下水道の下水を集め、まとめて処理する広域的な下水道を「流域下水道」と呼び、こちらは主に都道府県が建設して管理する。八潮市で起きた陥没はこの流域下水道だったと見られている。

■埼玉県ですら下水道事業は赤字

埼玉県がまとめた「埼玉の下水道2023 安心・安全支える下水道」によると、汚水の処理にかかっている経費は公共下水道分だけで年間761億円。このうち使用料で712億円が賄われている。埼玉県のような人口が密集している地域でも、下水道事業は赤字なのだ。つまり、利用料では賄えない分を税金で賄っているわけだ。

下水道の利用料計算には設備が老朽化していく分を経費計上する「減価償却費」が加えられている。だが、この計算の前提は法律などで決まった「耐用年数」が基本で、下水道の場合は50年になっている。だが、前述のように実際には50年より前に設備の限界がやってくるケースが多いので、減価償却費を積み立てたもので新しい管路に交換する資金が賄えるわけではない。そうなると都道府県や市町村の財政支出に頼ることになる。

2022年度の埼玉県内の下水道建設事業費は638億円、1998年には1800億円近くが使われてきたが、ここ20年は600億円から800億円で推移している。地域財政が厳しさを増す中で、下水道の設備投資に潤沢な予算を投じる余裕がどこの自治体もなくなっているわけだ。

■2012年12月に起きた「笹子トンネル事故」

インフラの老朽化を懸念する声はこれまでも出ていた。2012年12月2日には山梨県の中央自動車道笹子トンネルで、天井板のコンクリート板が138メートルにわたって落下、走行中の車3台が下敷きになって9人が死亡するいたましい事故が起きた。原因は老朽化だけでなく、施工時からの強度不足や管理不足などが複合的に影響したとされたが、世の中の関心を「インフラ老朽化」に向けさせる大きなきっかけになった。

笹子トンネル通行止を知らせる電光掲示板。国道20号甲府市国母地区(2012年12月12日撮影)(写真=さかおり/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
笹子トンネル通行止を知らせる電光掲示板。国道20号甲府市国母地区(2012年12月12日撮影)(写真=さかおり/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

2012年12月26日に発足した第2次安倍晋三内閣では「国土強靭化担当大臣」が置かれた。2011年に起きた東日本大震災を教訓に事前防災の観点から国土の強靭化を推進するとされたが、発足直前に起きた笹子トンネル事故を契機に、インフラ老朽化への対策が検討されるようになった。

2013年に成立した国土強靭化基本法(「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱化基本法」)の基本方針では、今後の国の施策として次のような一文が入った。

「人口の減少等に起因する国民の需要の変化、社会資本の老朽化等を踏まえるとともに、財政資金の効率的な使用による当該施策の持続的な実施に配慮して、その重点化を図ること」

■インフラの老朽化対策は最大の課題になる

つまり、社会資本、社会インフラの老朽化に重点的に取り組むことが明記されたわけだ。これによって公共事業費を予算計上する論拠にはなっているが、新しい道路を作ったり、橋を架けることに目が向きがちで、古いインフラの更新という地味な作業にはなかなか資金が回らない。それこそ、耐用年数が迫ってきたり、設備の老朽化で事故が起きるなどの事態に直面しないと、先送りされがちになる。

選挙民からは、新しい橋を架けてほしいという要望は出ても、トンネルが古くなったので補修してほしいという要望はなかなか来ない。政治家も同様に、新しいモノを作ることは公約にしても、古い設備を補修しますというのは選挙民には受けない。自治体の首長にしても同じで、老朽インフラ対策が後手にまわりかねない事情はこんなところにある。

国土強靭化法制定から10年以上を経て起きた下水道陥没事故は、都市部の人口集積地のインフラでも老朽化が進み、事態が深刻度を増していることを示した。

「中長期的に見ると、インフラの老朽化対策が最大の課題になってくると思います」と首都圏の政令指定都市の幹部は言う。人口減少が本格化する中で税収も増える見込みが立たず、老朽インフラに投じる資金捻出が難しくなると見ているのだ。

右に行くほど少なくなるコインの上に置かれた砂時計
写真=iStock.com/CalypsoArt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CalypsoArt

■このままでは日本の都市部でもインフラ崩壊が次々起きる

2022年1月、米ペンシルベニア州ピッツバーグで道路橋が突然崩落する事故が起きた。路線バスなど計6台の車が巻き込まれ、10人が負傷する事故が起きた。橋は1970年に建設されたもので、50年以上が経過、崩落は老朽化が原因だった。

米国にある橋の4分の1は1960年以前に建設されたものだとされ、補修が必要なものが多い。また、近年の異常気象による急激な温度変化を設計時に想定しておらず、鋼鉄製橋梁の劣化が進んでいるとされる。2050年までに鋼鉄製橋梁の4分の1が崩壊するという研究もある。米国では、インフラの老朽化が深刻な問題になっているのだ。バイデン政権の2021年には1兆ドルに及ぶインフラ投資予算が設けられたが、老朽化した施設の更新は進んでいないのが実情だ。

そんな、インフラ崩壊が、このままでは日本の都市部で次々と起きかねない。そんな予兆を下水道陥没事故は示していると言っていいだろう。今後は、新しい設備の建設よりも、これまでに作ったインフラをどう維持していくか、更新していくかが課題になる。人口過疎が急激に進んでいる地方の山間部にあるトンネルや橋梁などの老朽化が限界に来た時、それを更新していく力がこれからの日本にあるのだろうか。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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