「習近平政権終了」へのカウントダウンが始まった…失速する中国経済と"進撃のトランプ"という二重苦
プレジデントオンライン / 2025年2月5日 17時15分
左=習近平総書記(写真=米国連邦政府/米国大統領執務室のファイル/Wikimedia Commons)、右=ドナルド・トランプ大統領(写真=Daniel Torok/PD-author/Wikimedia Commons)
■「前のめり」な対中外交の結果
1月21日、自民党が党本部で開いた外交部会と外交調査会の合同会議。「石破政権はあまりにも中国に前のめりだ」とする批判が噴出し、「対中傾斜」を強める政府の外交姿勢をめぐり荒れに荒れた。
「前のめり」というのは、政府が昨年11月、観光目的で来日する中国人向けの短期滞在ビザ(査証)の緩和措置を決めたこと、そして、岩屋毅外相が昨年暮れ、アメリカ・トランプ政権との首脳会談や外相会談も開かれないうちに北京を訪問し、李強首相や王毅外相と会談したことを指す。
特にビザの緩和に踏み切った効果はてき面で、延べ90億人が移動したと見られる中国の旧正月「春節」では、渡航先人気ランキング1位が「日本」となった。
■「明日が心配だから爆買いなんて無理」
滋賀の大学で教鞭を執っている筆者は、週の半分を京都で過ごしているが、「早い!」が売りの1つである吉野家やマクドナルドですら、中国人観光客がキャリーバッグを引いたまま列を作るため前に進めず、支払いでも手間取るため、30分待ちという状況が続いた。
京都駅近くのとんかつ店で、店員と日本語で流暢に会話している中国人に話しかけてみた。
「成都から来ました。中国は今、経済的に大変で、近場で安上がりと思って京都に来ました。習近平総書記ですか? 大変だと思いますよ。景気を良くしなくちゃいけないですから。私はエンジニアをしていますが、アメリカのトランプ大統領が高い関税をかけてくると、勤めている会社も大変です。明日が心配ですから爆買いなんて無理です。だから今、爆食しています(笑)」
日本には「天網」と呼ばれるAIを用いた監視カメラがないため、本音で語ってくれたのだろう。わずか3分程度の会話で、中国経済の一端を知ることができた。
■真っ暗闇の将来を嘆く上海の大学生
実際、1人当たりのGDPが19万元(約408万円)と、中国国内でもっとも豊かな都市の1つとされる上海ですら、不動産バブルが弾けて以降、未曽有の景気後退に苦しんでいる。
「上海の宿泊飲食業は前年同月比で5%以上、売り上げがダウン。高級品を扱うことで人気のスーパーは廃業に追い込まれました。その背景には、富裕層の支出引き締めがあります」(上海在住・テレビプロデューサー)
「就職難にあえぐ大学生は、論文を書く際、『私たちはなぜ、この時代に生まれてしまったのか?』というテーマで書くありさま。若い世代は将来への不安から子どもを作らず、上海の合計特殊出生率は0.7まで落ち込んでいます」(同)
事実、若者世代の失業率は特に高く、2024年11月の調査では、16.1%と高い水準にある。職を得た若者も、宅配やライドシェアの運転手といった単発仕事で生計を立てている現状だ。
1杯500円前後の星巴克(スターバックス)のコーヒーですら手が出ず、200円程度の格安店に変えたり、子どもの留学先もアメリカから円安の日本に変更したりするなど、何かにつけてダウングレードを余儀なくされているのが今の中国だ。
■習近平の前の立ちふさがるトランプ大統領
習近平氏からすれば、こうした状況を改善させない限り、2027年10月ごろに予定される中国共産党大会で、総書記としての4選に黄信号が灯る。
そうなれば、2012年11月、総書記というトップの地位に就いて以降、主張し続けてきた「中国の偉大なる復興」(国家の繫栄と台湾統一)も難しくなる。
今、習近平指導部がもっとも恐れるのが「トランプリスク」だ。「アメリカファースト」に加え「反中国」を前面に掲げるトランプ政権は、早速、中国からの輸入品に10%の追加関税を課し、これに反発した中国も、アメリカから輸入する石炭や液化天然ガスに15%、排気量の大きい自動車などに10%の報復関税を課すと発表している。
この動きは、トランプ氏が主張してきた「60%の関税」を回避するためのけん制、もっと言えば、トランプ政権がパナマに対し、交通の要衝であるパナマ運河の返還を求め、中国の影響力を削ぐ行動に出たことへの警告でもあったと筆者は見る。
米中の緊張は、首脳による電話協議が開催されても根本的な解決には至らず、習近平氏は、中国経済がこれ以上悪化しないよう、親中的な石破政権と良好な関係を築いておく必要性に迫られることになる。
■「日本抱き付き大作戦」が始まっている
石破政権の「対中傾斜」の話に戻せば、「中国と建設的かつ安定的な関係を構築したい」という石破首相の考え方は、習近平指導部にとって好都合だ。
今年の箱根駅伝で連覇を果たした青山学院大学・原晋監督の「○○大作戦」になぞらえて言うなら、石破首相は、習近平氏が中国としてのプライドを維持しながら、「日本抱きつき大作戦」を実行しやすい相手である。その例を挙げてみよう。
(1)日中両国がビザの免除や緩和を決定
2024年11月15日、石破首相が訪問先のペルーで習近平氏と会談し、両手で握手を交わしていたころ、北京で両国の外務省高官による極秘交渉が行われ、「一時、決裂寸前となった」(外務省関係者)のが、1週間後、中国が日本からの渡航者に対するビザ免除措置を、また日本も中国からの渡航者に対してビザ発給要件を大幅に緩和した。これは、中国にとってプラス材料だ。
(2)7年2カ月ぶりに中国軍幹部が来日
1月13日、中国軍の代表団、それも日本や台湾を管轄する東部戦区の代表団が来日し、防衛省や自衛隊施設を視察できたことは、尖閣諸島周辺での偶発的な衝突を避ける意味で日中双方にプラス。中国からすれば、日米防衛協力体制を分断できるという効果もある。
(3)「近く会いたい」というラブコール
1月13日に訪中した自民党の森山裕幹事長と公明党の西田実仁幹事長らが、李強首相らと会談して石破首相の親書を手渡し、その後、習近平氏から「近いうちに日中首脳会談の開催をしたい」とする返書が首相宛てに届いたこと。これも「日本との関係強化」でトランプ氏を牽制したいという思いの表れだろう。
■まさに「敵なし」のトランプ政権
それほどまでに、習近平指導部にとって、トランプ氏の再登板は脅威だ。
2期目のトランプ政権は、議会の上下両院とも共和党が過半数を占め、党内に異論を唱える有力者もいないという大きなアドバンテージがある。
それどころか、トランプ政権には、嫌中派のマルコ・ルビオ国務長官をはじめ、スコット・ベッセント財務長官、ハワード・ラトニック商務長官、それにジェミソン・グリア通商代表部代表といった名うての保護貿易主義者が揃っている。
■中国からの輸入品全てが標的になると…
ただ、その反面、2026年11月に迫る中間選挙で共和党が民主党に敗れれば、「やりたい放題」ができなくなるため、トランプ氏としては早期に公約を実行し、一定の成果を有権者に「見える化」しなければならない。
そのため、トランプ氏は、すでに着手している不法移民強制送還をはじめ、高関税による中国への締めつけも実行に移しかねない。
振り返れば、バイデン政権時代の対中政策は、EV(電気自動車)や半導体など、対象品目を絞って制裁を与えていた。しかし、トランプ政権は違う。高関税をかけるなら輸入品全てに及ぶ可能性がある。
そうなれば、中国経済の全方面に影響が出て、不動産バブル崩壊どころか、EVや半導体バブルまで崩壊してしまうだろう。
■「中国離れドミノ」が加速するかもしれない
ただでさえ、中国国内では、規制強化、人件費高騰、台湾有事への懸念などから、生産拠点を中国から東南アジア諸国に移してアメリカへの輸出ルートを変える「中国離れドミノ」が起きている。
日系企業でも、ブリヂストン、日産自動車、三菱自動車、本田技研などが、この数年で生産拠点を縮小、もしくは撤退している。
「世界で100年に一度の大きな変局が加速する中、広い度量で対立や衝突を乗り越え、温かい思いやりをもって人類の運命を共に考えていく必要がある」
これは、習近平氏が、中国の国民に向けた新年のメッセージで語った言葉だが、「広い度量で」という部分に、アメリカとの貿易戦争を避け、むしろ協調して中国経済を好転させたいという思いが見てとれるようだ。
台湾有事を危惧してきた筆者からすれば、習近平指導部が国内経済の立て直しに追われ、軍事侵攻どころではなくなるとすれば歓迎すべき事態だ。景気悪化で訪日中国人旅行客が目減りすれば、日本各地の観光地でオーバーツーリズムも緩和されるに違いない。
■中国が減速すれば、日本も他人事ではない
とはいえ、内閣府「世界経済の潮流(2013年II)」では、中国のGDPが1%変化すれば、日本を含む主要5カ国の成長率も約0.5%変化するとの試算が示されている。
この試算から10年以上が経過し、中国経済の規模が当時よりはるかに拡大している今、中国経済がさらに減速すれば、日本に与える影響もより甚大になる点は懸念すべきである。
現在、日本と中国の間では、福島第1原発の処理水海洋放出を受けた日本産水産物の輸入全面禁止が解除されていない。
尖閣諸島周辺での領海侵犯は後を絶たず、日本の排他的経済水域には中国が設置した新たなブイも確認されている。加えて、中国当局による邦人拘束の問題も解決されていない。
■崖っぷちの習近平政権、これからどうなる?
そんな中、「対中傾斜」ともとられかねない石破政権の外交姿勢には、筆者も「?」をつけたいところだが、習近平氏も昨年7月、中国軍の機関紙「解放軍報」で、「今、党内政治生活が正常さを失い、鶴の一声で物事を決めるようなことが起きている」などと内部から批判され、「盤石の1強体制」とは言えない立場になりつつある。
その習近平氏は、トランプ氏が大統領に当選して以降、イギリスやオーストラリアなど主要国との関係改善にも動いている。内憂外患で崖っぷちなのだ。
日本に関しても、2月7日以降、日米首脳会談の成果を分析し、石破政権の今後を見ながら、習近平指導部が「トランプリスク」の回避に向け、どんな「日本抱きつき大作戦」に出てくるのか注視していきたい。
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政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。米国留学を経てキャスター、報道ワイド番組プロデューサー、大妻女子大学非常勤講師などを歴任。専門分野は現代政治、国際関係論、キャリア教育。著書は『日本有事』、『台湾有事』、『安倍政権の罠』、『ラジオ記者、走る』、『2025年大学入試大改革』ほか多数。
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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)
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