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石破首相は「世界に誇れる制度」を壊している…「"高額療養費見直し"は実は現役世代が危ない」と医師が懸念する理由

プレジデントオンライン / 2025年2月5日 17時15分

衆院予算委で答弁する石破首相=2025年1月31日午後 - 写真提供=共同通信社

入院などで医療費が高額になった患者の自己負担を一定に抑える「高額療養費制度」について、政府は今年8月より負担額を引き上げる方針を決めた。石破茂首相は「現役世代の保険料負担を軽減するため」と説明するが、高齢者の在宅医療に従事する医師の木村知さんは「今回の『改悪』で被害を受けるのは高齢者よりも現役世代だ」という――。

■世界に誇るべき制度の危機

ことは緊急事態である。よって本稿では「小難しい理屈」をクドクドこねるつもりはない。いや、理屈をこねるまでもなく、この国に生きている人すべてが、とりあえず緊急に反対の声を上げるべき大問題が、今勃発している。

それは、昨年末に石破政権が閣議決定した「高額療養費見直し」のことだ。すでにSNSをはじめネットでも大きな話題となっているので、ここでは制度の詳細を説明することは割愛し、「見直し」の概略を簡単に述べるにとどめる。

わが国には、国民皆保険制度にくわえて高額療養費制度という、万が一、病気になったときでも、かかる医療費の自己負担額を軽減するための、世界に誇るべき制度がある。

しかし政府は、医療費が高額になった患者さんの自己負担を一定に抑えるセーフティーネット機能をもつ「高額療養費制度」を見直し、今年8月から2027年8月までに年収区分を細分化して段階的に引き上げる方針を示したのである。

もしこの政策が強行されれば、平均的な年収区分(約370万~770万円)で最も負担が重くなるケースでは、現行の月約8万円が13万9000円と、なんと約6万円もひと月の負担が跳ね上がることになる。

■治療費の増加は新たな病気を引き起こす

がん患者さんをはじめとした継続的な治療が必要な人にとって、これは文字どおり「死活問題」だ。現行制度のもとでさえ、疾患そのものの負担にくわえて、治療費と生活費双方の負担が重くのしかかっている患者さんに、さらなる追い討ちをかける今回の「見直し」は、制度本来の意義を踏みにじる「改悪」と呼ぶべきだろう。

今以上に治療にかかる費用が増えることになれば、それを工面するために、食費をはじめとした生活費を削らねばならなくなる。かりにそれでなんとか治療を継続できても、食生活や生活環境の悪化は必至。むしろ新たな病気を生み出してしまうことにさえなりかねない。

この当然の理屈を理解できない人など、よもやいるまい。

「全国がん患者団体連合会」が今月17日~19日におこなった緊急アンケートには、読むだけで思わず息が詰まる切実な声が寄せられている(東京新聞、1月29日付より抜粋)

■「高齢者医療費の削減」が目的ではない

・手取りは月20万円ほど。半分が毎月飛び、生活はすでにカツカツ(20代女性患者)
・小学生、未就学児の子どもがいる。子どものためのお金を優先させ、治療を断念する可能性もある(30代男性患者)
・ひとり親で、下の子は8歳。両親も兄弟もおらず、子どもの成人まで生きる必要があるが、治療を諦めざるを得なくなる(40代女性患者)
・母は「学生の親」兼「患者」。学費を優先して治療を諦めることで死んだら困る(10代男性・患者家族)

当然ながらSNSでもこの政府方針にたいして批判が沸騰、ネットでの緊急署名活動でも多くの賛同者が名乗りを上げたが、石破首相は1月28日の国会答弁において、方針変更はしない考えを示した。まさに「カネのない病人」には生きる権利は認めないと言っているのと、まったく同じ。石破首相には、悲痛な叫びがまったく聞こえなかったようだ。

私はこれまで、高齢者にかかる医療・介護費を削減するために延命処置を見直すべきなどとする「経済的優生論者」の政治家やインフルエンサーの言説にたいする批判を寄稿してきたが、これらの記事には少なからぬ読者から、若者の負担を減らすため高齢者医療費は削減すべきとの意見が寄せられてきた。だが今回の「改悪」は、実は「高齢者医療費の削減」を主眼としたものではない。

患者と看護師
写真=iStock.com/itakayuki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itakayuki

■むしろ“まだ働ける年齢層”が狙い撃ちされている

私の勤務先では主として在宅医療をおこなっているが、その機能ゆえに患者さんの多くは高齢者だ。そして治療についても、抗がん治療をはじめとした高度な医療はおこなわない(おこなえない)し、高価な薬剤を使うこともまずない。したがって今回の「高額療養費改悪案」についていえば、直接大きな被害を受ける人はほぼいない。

つまり逆に言えば、今回の「改悪案」は70歳未満の病気を抱えた人を狙い撃ちにしたものと言えるのだ。年齢という属性によって命の軽重を差別する意見を野放しにしていると、そのうちその対象は、高齢者から障害者や病人という「社会にとってお荷物」とのレッテルを貼り付けられた人へと広がっていく。これも過去何度も私が指摘してきたことだが、まさにそれが現実のものとなりつつあるのだ。

先に示したアンケートでもわかるとおり、今回のターゲットは老若男女関係ない。もちろん右や左といったイデオロギーこそ、まったく関係ない問題である。疾患を抱える当事者はもちろんのこと、その家族までも追い詰め、まさにこの国に生きる全世代の命と生活に大きな負の影響をおよぼすことになる。「社会が崩壊する」といっても、けっして大袈裟ではないだろう。

■民間医療保険の負担がのしかかる

もはや他人事ではない。持病がなくとも、なんらかの事故に遭い継続的な医療を要する身体になるかもしれない。いくら健康に気をつけていても、その「危険」は自分の意思と努力だけで避けられるものとはかぎらないのである。今、当事者でなくとも、いつかは必ず自分も当事者になると考えるべきだろう。

それでも、もしかしたら「私には関係ないわ」と思う人もいるかもしれない。「十分な蓄えがあるから、病気や怪我で長期休業や失職してもなんら困らないよ」とか「いざという場合のために手厚い民間医療保険に入っているから自己負担が増えても全然平気」という人もいるかもしれない。

だがこうした財力と余裕のある人は、いったいこの国にどれだけいるだろうか。

民間医療保険といえば、わが国では、国民皆保険と高額療養費制度そして混合診療の原則禁止によって、これまではその役割が限定的であったといえる。それが今回の「改悪」によって公的給付が削減されれば、民間医療保険の市場拡大につながるだろう。万が一の保障を民間医療保険に委ねようと考える人の増加が「期待」されるからだ。

だがこうした保障のためにさらなる保険料を支払える人は、いったいこの国にどれだけいるだろうか。

■あす突然「持たざる者」になってしまうかもしれない

そもそも今回の「改悪」によって、どのくらいの人たちにどれほど負の影響がおよぶことになるのか、精緻な試算はなされたのだろうか。予想以上の反発を受けてか、福岡資麿厚生労働相は患者団体への意見聴取を新たに検討する意向を示しているが、命と生活が脅かされる当事者にたいして、石破首相をはじめとした本案に賛成の議員たちは、いったいどんな言葉をかけるつもりだろうか。

どんなに負担が増えても困らないごく一部の大金持ちと、新たな市場拡大による利権獲得を心待ちにしている一部の企業経営者、この2者に該当しない、その他のこの国に生きる大多数の人たちは、ぜひ「自分ごと」として大反対の声をあげてほしい。

今は生活に困っていない人でも、それなりに裕福な暮らしをしている人でさえも、病気を抱えた瞬間から一気に「持たざる者」になる可能性はある。もし自分がその境遇になったときに、病気を満足に治療することも、最低限の生活を営むことも、許してもらえない国になってもいいのか。

石破首相はやっと過ちに気づいたのか、4日の衆院予算委員会で政府方針を再考する意向を示したようだが、さらに声を高めて「白紙撤回」にまでもっていかねばならない。それだけでなく、政府がこのような改悪案を二度と出してくることのないよう、この際、徹底的に議論し尽くそうではないか。

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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。10年間、外科医として大学病院などに勤務した後、現在は在宅医療を中心に、多くの患者さんの診療、看取りを行っている。加えて臨床研修医指導にも従事し、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。2024年3月8日、角川新書より最新刊『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』発刊。医学博士、臨床研修指導医、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。

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(医師 木村 知)

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