1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. プレスリリース

~DNAの高次構造はラン藻の転写制御の新たな視点~水素生産遺伝子を制御するラン藻のグローバル転写因子cyAbrB2は核様体結合タンパク質である

PR TIMES / 2024年9月6日 17時15分



明治大学農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室の仮屋園遼(明治大学研究・知財戦略機構客員研究員/日本学術振興会特別研究員-PD)と小山内崇准教授の研究グループは、ラン藻のモデル生物であるシネコシスティス(学名Synechocystis sp.)におけるDNA高次構造(注1)による転写制御の可能性を示しました。DNA高次構造による転写制御は、ラン藻では研究されていなかった新しい研究分野になります。

<研究成果のポイント>
- 水素生産遺伝子オペロン(hoxオペロン)が暗嫌気条件下で転写されるメカニズムの研究を行った。
- 暗嫌気条件下でcyAbrB2の局在パターンおよびhoxオペロン近傍のDNA高次構造が変化し、RNAポリメラーゼのサブユニットSigEがプロモータに結合してhoxオペロンの転写が活性化することが明らかになった。
- グローバル転写因子(注2)cyAbrB2はラン藻の核様体結合タンパク質(注3)であることが明らかになった。
- 本研究で示唆されたDNA高次構造が転写に関わる可能性は、ラン藻の応用、基礎研究の両方にとって重要である。

要旨
光合成を行う真正細菌であるラン藻は、暗嫌気条件下では嫌気発酵を行います。ラン藻は嫌気発酵の経路を複数持ち、主に水素、ジカルボン酸、乳酸、酢酸を同時に生産します。どの発酵経路をどれくらい使うか、のバランスは転写により調整可能です。
本研究では暗嫌気条件下の経時的なトランスクリプトーム解析(注4)を行い、水素生産遺伝子(hoxオペロン)の発現が、”一時的な発現上昇”という特徴的なパターンを示すことがわかりました。
さらに、hoxオペロンの転写を制御するグローバル転写因子cyAbrB2およびRNAポリメラーゼのシグマサブユニットSigEに着目し、トランスクリプトーム解析およびゲノム局在解析(注5)によってhoxオペロンの転写制御メカニズムを解析しました。
その結果、cyAbrB2は核様体結合タンパク質と呼ばれる、ゲノム全体に結合してDNAの高次構造を変化させるタイプの転写因子であることがわかりました。
cyAbrB2はhoxオペロンのプロモータ領域にも結合し、暗嫌気条件下ではhoxプロモータ領域への結合特異性が弱まることで、SigEがプロモータに結合できることがわかりました。この際、hoxオペロン領域のDNAの高次構造も変化することを示しました。
本研究は、明治大学農学部農芸化学科環境バイオテクノロジー研究室の小山内崇准教授と仮屋園遼(明治大学研究・知財戦略機構客員研究員/日本学術振興会特別研究員-PD)によって行われ、先端的低炭素化技術開発(ALCA, JPMJAL1306),科研費基盤B(20H02905),革新的GX技術創出事業(GteX, JPMJGX23B0),旭硝子財団の援助により行われました。本研究成果は、2024年9月2日発行の国際生命系総合誌「elife」に掲載されました。


※研究グループ
明治大学農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
明治大学研究・知財戦略機構客員研究員、同法人PD(2023年研究当時)/  
日本学術振興会特別研究員-PD 
仮屋園 遼(かりやぞの りょう)


1.背景                                  
ラン藻は光合成を行うバクテリアで、光合成も呼吸もできない暗嫌気条件では嫌気発酵によって生命活動に必要なエネルギーを獲得し、有機酸や水素を生産します。ラン藻は複数の嫌気発酵経路を持っており、主に水素、ジカルボン酸、乳酸、酢酸を生産します。

複数の嫌気発酵経路のバランスは転写によって制御されており、遺伝子工学により特定の発酵経路を抑制、または増強させることができます。これを利用して本研究グループはこれまでにジカルボン酸の増産を達成していました(注6)。

一方で、ラン藻の嫌気発酵遺伝子の転写制御のメカニズムについてはわかっていませんでした。本研究ではまず、暗嫌気条件下で嫌気発酵遺伝子がどのように転写されるかを経時的なトランスクリプトーム解析で調べました。すると、水素生産遺伝子(hoxオペロン)は”一時的な発現上昇”という特徴的な発現パターンを示しました。

そこで、hoxオペロンの転写制御因子として知られているグローバル転写因子cyAbrB2およびRNAポリメラーゼのシグマサブユニットSigEに着目し、トランスクリプトーム解析および局在解析を行いました。

2.研究手法と成果                             
まず本研究グループは光合成を行う条件(明好気条件)と、暗嫌気条件下においてから1,2,4時間後のシネコシスティスをサンプリングし、トランスクリプトーム解析を行いました。シネコシスティスのもつ約3000の遺伝子のうち、約500個の遺伝子が嫌気条件下で発現上昇しますが、それらの中でも発現上昇の時間変化パターンに種類があることがわかりました。例えばジカルボン酸生産経路の鍵酵素であるリンゴ酸脱水素酵素遺伝子(mdh)は、暗嫌気条件下におくと4時間後まで発現上昇を続けます。一方、暗嫌気条件下1時間後に一過的に発現上昇しその後減少する少数(28個)の遺伝子群があり、その中に水素生産遺伝子(hoxオペロン)が含まれていました(図1)。
次に本研究グループは、暗嫌気条件下で一過的に発現上昇する遺伝子群の制御メカニズムの解明を試みました。hoxオペロンの転写を制御する因子として、グローバル転写因子cyAbrB2およびRNAポリメラーゼのサブユニットであるシグマ因子SigEが知られていました。cyAbrB2の破壊株およびSigEの破壊株を用いたトランスクリプトーム解析により、この二つの因子がhoxオペロンだけでなく、他の一過的に発現上昇する遺伝子群の制御もしていることがわかりました。
そこでcyAbrB2およびSigEが一過的発現上昇する遺伝子を制御するメカニズムを明らかにするため、クロマチン免疫沈降法を用いてcyAbrB2とSigEのゲノム上の局在解析を明好気条件下と暗嫌気条件下で行いました。明好気条件下のcyAbrB2はGC含量の低い領域に幅広く局在し、ゲノム全体の15%を占めることがわかりました(図2A)。また、cyAbrB2破壊株のトランスクリプトーム解析を行い、cyAbrB2の局在パターンと比較したところ、cyAbrB2が結合する領域の遺伝子はcyAbrB2に転写抑制される傾向がありました(図2B)。シグマ因子SigEとの局在解析と比較すると、cyAbrB2の結合する領域ではSigEの結合が排除されていることも明らかになりました。
また、一過的に発現上昇する遺伝子群のほとんどはcyAbrB2結合量域とオーバーラップしていました(図2C)。cyAbrB2はhoxオペロンのプロモータ領域にも結合している一方、SigEの結合は明好気条件下ではあまり見られませんでした。

暗嫌気条件下に移行しても局在のおおまかな傾向は変わりませんでしたが、局在する領域と局在しない領域の差が少なくなっていました。hoxオペロンにおいても暗嫌気条件では結合の特異性が低下しており、SigEの結合が見られるようになりました(図2D)。

本研究グループが明らかにしたcyAbrB2の性質は、核様体結合タンパク質と呼ばれるタイプの転写因子に類似していました。一般的に核様体結合タンパク質には、DNAの高次構造を調節する機能があることが報告されています。そこでcyAbrB2についてもそのような機能があるか調べるため、hoxオペロン領域のDNA高次構造を3C法(注7)により解析しました。まず野生型でhoxオペロン領域のDNA高次構造を調べると、暗嫌気条件下で変化することがわかりました。cyAbrB2破壊株でもDNA高次構造の変化は見られましたが、野生型とは異なるパターンの変化が見られました。
これらの結果から、暗嫌気条件下で一過的な発現上昇する遺伝子群について、下記の制御メカニズムが示唆されました(図3A) 。
1)cyAbrB2がラン藻の核様体タンパク質として働き、好気条件では結合する遺伝子からシグマ因子を排除して転写を抑制する
2)暗嫌気条件下ではcyAbrB2の結合の特異性が低下し、プロモータ領域にシグマ因子(主にSigE)を含むRNAポリメラーゼが結合、この際DNA高次構造の変化も伴う


3.今後の期待                               
本研究はラン藻の嫌気発酵経路の調節を担う転写調節のメカニズムの一端を解明しました。これは嫌気発酵によるラン藻の物質生産を行うにあたり、基礎となる重要な知見です。
さらに本研究は、これまでグローバル転写因子として知られていたcyAbrB2がラン藻の核様体結合タンパク質であることを示しました。さらにラン藻においてDNAの高次構造が転写に与える影響を示唆しました。
核様体結合タンパク質およびDNAの高次構造は様々なバクテリアにおいて、多様な働きをしており、ラン藻DNAの高次構造についても今後活発な研究分野となることが期待されます。
cyAbrB2がDNAに対してどのように働きかけ、高次構造を作るかについては本研究では明らかにできていませんので、今後生化学的解析が待たれます。また、DNAの高次構造についても限られた領域のみの解析でしたが、全ゲノムについての解析を行うことで、より興味深い結果が期待されます(図3B)。
DNAの高次構造は遺伝子の発現量やゲノムの安定性に関与する可能性があります。そのため、ラン藻DNAの高次構造の理解は、遺伝子組換えラン藻に安定的に物質生産させる上でも重要です。

4.論文情報                                 
<タイトル>
CyAbrB2 is a nucleoid-associated protein in Synechocystis controlling hydrogenase expression during fermentation(発酵条件下で水素発酵遺伝子を制御するcyAbrB2はシネコシスティスの核様体結合タンパクである)

<著者名>
Ryo Kariyazono, Takashi Osanai

<雑誌>
elife

<DOI>
https://doi.org/10.7554/eLife.94245

5.補足説明                                
(注1)DNA高次構造
DNAは細胞内に折りたたまれて存在する。例えば大腸菌では長径2µmの細胞に全長約1.5cmのDNAがコンパクトに折りたたまれて格納されている。このDNAの折りたたまれ方、すなわちDNAの高次構造は生体内でダイナミックに変化し、転写や複製など様々な生命活動に関与する。ラン藻にも同様のことが起きていると推測できるが、研究は進んでいない。
(注2)グローバル転写因子
多数かつ幅広い種類の遺伝子を制御する転写因子。
(注3)核様体結合タンパク質
真正細菌が持つ小分子量のタンパク質で、DNAに結合し折りたたむ性質を持つ。DNAへの結合や折りたたみを介して転写制御や複製などに関わる。機能上は真核生物におけるヒストンに類似する。
(注4)トランスクリプトーム解析
対象の細胞の転写産物を全て配列解読する技術。転写産物の種類だけでなく、定量も可能。
(注5)ゲノム局在解析
着目するタンパク質がゲノム上のどこに結合するか特定する技術。本研究ではクロマチン免疫沈降という方法を使用している。
参考:~ラン藻の転写調節を担うシグマ因子とプロモータの関係の解明~ ラン藻の糖分解とバイオプラスチック生産に関与するシグマ因子のゲノム上の結合箇所を特定 明治大学農学研究科小山内崇准教授の研究グループ(2022年2月02日 明治大学)https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003dto8l.html
(注6)参考:ジカルボン酸生産のプレスリリース
~二酸化炭素から発酵でつくるプラスチック原料~ 明治大学農学部環境バイオテクノロジー研究室が、ラン藻のジカルボン酸生産の世界最高レベルを達成しました(2021年3月18日 明治大学)
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003akjuu.html
(注7) 3C法
DNAは鎖状で、隣の配列は近傍に存在するが、DNAの折りたたみ構造により、隣ではない、一次配列上遠くにある配列と近接することがある。3C法ではDNAの折りたたみ構造を架橋により固定し、制限酵素で切断後、空間的な近傍同士をライゲーションさせる。これにより、空間的に近接した領域とその隣接度合いを測る手法である。

[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/142/119558-142-1bb6b3883f9024823175bb00823b1678-850x717.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1. 暗嫌気条件下で発現上昇する遺伝子は、複数の発現パターンに分類できる。(A)タイムコーストランスクリプトームのサンプリング模式図 (B) 暗嫌気条件下で発現上昇する遺伝子の時間ごとの発現変動 (C)一過的発現上昇を示す水素発酵遺伝子と、継続的に発現上昇するリンゴ酸脱水素酵素

[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/142/119558-142-5d6d58fce096b29b873a50f3d7d53171-780x1080.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2. (A)cyAbrB2の結合パターンの概観図 (B)cyAbrB2が結合する遺伝子はcyAbrB2に抑制される (C)一過的発現遺伝子領域のcyAbrB2結合 (D)水素発酵遺伝子プロモータでのcyAbrB2とSigEの結合ダイナミクス

[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/142/119558-142-cd93051112fe8b8db4003ee0751ff7e9-850x536.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3.(A)今回の研究で分かったことのモデル図と、(B)本研究から予測されるDNA構造によるゲノム全域の転写制御



※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字を使用できないため、
正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、
明治大学HPのプレスリリース(https://www.meiji.ac.jp/koho/press/press2024.html)をご参照ください。

企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください