「すべて計画通りに進んだ」J1連覇の神戸・吉田孝行監督が示した日本サッカー界へのアンチテーゼ
REAL SPORTS / 2024年12月24日 2時30分
史上6チーム目となるJ1リーグ連覇を成し遂げたヴィッセル神戸。リーグ戦と天皇杯、AFCチャンピオンズリーグエリートが重なった終盤の過密日程を勝ち抜いた背景には、吉田孝行監督が三度目の登板を果たした2022年6月以降の大きなスタイルの変化があった。かつて「バルサ化」を標榜した神戸・三木谷浩史会長も認めた神戸の縦に速いサッカー、ハイインテンシティーの真髄とは? 吉田監督が祝勝会後の取材で熱く語った揺るぎない信念と戦術論に迫った。
(文=藤江直人、写真=森田直樹/アフロスポーツ)
過密日程を駆け抜けたJ1連覇「すべて計画通り」
焦りのような思いには一度も駆られなかった。ヴィッセル神戸の吉田孝行監督はむしろ自信に満ちあふれたまま、史上6チーム目のJ1リーグ連覇の快挙を天皇杯との二冠獲得で達成した。
たとえば夏の中断期間明け初戦の8月7日。川崎フロンターレに0-3と完敗を喫し、順位を1つ下げて5位に後退し、首位を快走していたFC町田ゼルビアとの勝ち点差が今シーズンで最大タイの8ポイントに開いたときの心境を、吉田監督は意外な言葉とともに振り返っている。
「夏場以降で首位との勝ち点差が10ポイント以内ならば、絶対に優勝できると思っていた」
川崎戦以降の4試合で3勝1分けをマークして3位に浮上。町田に代わって首位に立つサンフレッチェ広島との勝ち点差を3ポイント差に詰めた9月には、リーグ戦に天皇杯、秋春制で行われるAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)が加わる過密日程の先をこうにらんでいた。
「9月からの連戦を乗り切っていけば優勝できる、という考えが頭のなかにあった」
実際に9月の代表ウイーク明けの約3カ月間で、実に18試合が組まれた連戦を神戸は13勝3分け2敗でクリア。その間に5大会ぶり2度目の天皇杯制覇を達成し、ACLEのリーグステージ東地区では12チーム中で3位と、ノックアウトステージ進出へ王手をかけて来年の戦いを迎える。
そして11月に入って首位に立ったリーグ戦では、直後の2試合を引き分けて足踏みを余儀なくされたものの、ホームのノエビアスタジアム神戸に湘南ベルマーレを迎えた今月8日の最終節で3-0と圧勝。2位の広島に勝ち点4ポイント差、3位の町田には6差をつけて美酒に酔った。
特に終盤戦で見せつけた、黄金時代を迎えた感のある強さを指揮官はこう振り返る。
「天皇杯もACLEもリーグ戦も、すべて自分の計画通りというか思い通りに進んだ」
「一度もぶれなかった」連覇達成を導いた吉田監督の“基準”
絶対的な自信をひもといていけば、J1残留争いを強いられた2022シーズンの後半戦から標榜してきた、インテンシティーの高いサッカーに行き着く。FW大迫勇也の復調に伴い、ボールを奪えばまず前線へロングボールを供給するスタイルに転換した神戸は、最終的には13位で残留した。
迎えた昨シーズン。吉田監督は開幕前のキャンプからハイインテンシティーに磨きをかけた。ケガや夫人の出産立ち会いなどで出遅れた元スペイン代表の司令塔アンドレス・イニエスタが、チーム内に居場所がなくなったと痛感し、昨夏に退団しても指揮官は考え方を絶対に変えなかった。
リーグ戦初優勝を果たした昨年11月。イニエスタ退団を問う質問に吉田監督はこう答えた。
「僕自身、前線からのプレッシングがもともと好きだったし、そこに関しては選手たちも同じ意見だった。アンドレス(・イニエスタ)に限らず、試合出場を望んで新しい場所を求める選手は大勢いる。そのなかでお互いにプロとして、自分は試合に勝つための決断をくだした」
今シーズンも突き詰めるスタイルはまったく変わらない。連覇達成後に指揮官はこう語った。
「周りから何を言われようと、この2年半、僕たちの基準で絶対にJリーグを変えてやるという思いでずっと戦ってきた。今シーズンは(宮代)大聖や(広瀬)陸斗が入って、やりたいサッカーのオプションがさらに増えたけど、目指していくサッカーの基準は僕のなかで一度もぶれなかった。クラブが何を言おうと、僕は僕のサッカーで勝つ。実際に勝っているし、これが正解だと思う」
三木谷会長も納得。タイトルを決定づけた2つのゴールに見る強さ
ここで気になるのが「クラブが何を言おうと」の部分となる。神戸の三木谷浩史会長はイニエスタをはじめ大物外国人選手を次々と獲得し、一時は神戸が目指す路線として「バルサ化」を掲げた。
一方で吉田監督がこの2年半にわたって標榜してきた、インテンシティーの高いサッカーは、手数をかけない縦に速い攻撃一つを取っても「バルサ化」とは対極に位置する。三木谷会長から直々に、あるいは神戸のフロント幹部を介して何らかの介入があったともうかがわせる。
その三木谷会長は昨年の初優勝後に、吉田監督も同席した会見でこう語って同意を求めた。
「ヨーロッパを含めて、サッカーのスタイルというものはいろいろと進化してきている。ある意味でスタイルとは所属している選手で変わってくるものだと思っているし、そのなかでいろいろな意見をぶつけ合って生まれたのがいまのスタイル、ということでいいですよね」
そして連覇を見届けた湘南戦後には、ご満悦の表情を浮かべながらこう語った。
「地力がつきつつあるのかな、と。現代サッカーではインテンシティーがかなり重要になってきているなかで、スタイルというものがだんだんと確立されてきました。いいんじゃないでしょうか」
三木谷会長にいま現在のスタイルを認めさせたといっていい。実際に天皇杯決勝とJ1最終節で、同会長の眼前で中盤を省略したサッカーで貴重なゴールを奪ったのだから無理もない。
起点はいずれも守護神・前川黛也が放ったロングキック。ガンバ大阪との天皇杯決勝は、FW佐々木大樹が相手と競り合ったこぼれ球を大迫が左へ展開。抜け出したMF武藤嘉紀が放ったシュートのこぼれ球を、ゴール前へ詰めたFW宮代が押し込んだ64分の一撃が決勝点になった。 湘南戦では1-0で迎えた43分に、今度は大迫が相手DFと競り合って頭でボールを左前方へ流す。以心伝心で走り込んでいた佐々木が、飛び出してきた相手キーパーの眼前で右側へパス。これが武藤への絶好のアシストとなって、自力で優勝を決められる神戸に決定的な追加点が生まれた。
3度目の登板で示した日本サッカー界へのアンチテーゼ
空中戦に強く、キープ力にも長ける大迫を標的にロングボールを放つ戦法は、昨シーズンから「戦術・大迫」と揶揄されてきた。吉田監督が「周りから何を言われようと」と言及した理由でもあるが、ボールを回せる自信もありながら、それでも縦に速い攻撃を追い求める理由をこう語る。
「相手を後ろ向きの守備にさせれば、自分たちのストロングポイントが一番出るという意味で、常に狙っている形ではある。正直に言えば、日本のサッカーはスピードやテンポが遅かった。ここ数年、ようやくテンポが上がってきたなかで、僕たちがリーグ戦で優勝した昨シーズンをきっかけにして、どこのチームもインテンシティーの高さが大事だと気づいたと思っている」
ハイインテンシティーは、いま現在のヨーロッパの主流でもある。過去に2度、神戸の監督を務めるもともに解任された吉田監督が、3度目の登板を果たしたのが2022年6月。その後もチームは上向かず、このままでは降格する、という危機感を募らせたなかで覚悟を決めた。
ならば、選手たちは180度変わったスタイルをどのように受け止めているのか。ドイツで7年半にわたってプレーし、2019年夏に神戸へ加入した元日本代表のDF酒井高徳は「連覇した以上は、偶然とは言わせない」と、自信と吉田監督への信頼感を込めながらこう語っている。
「僕たちのサッカーがどのように言われているのかはちょっとわからないけど、他のチームがやっている、いわゆる『いい』と言われているサッカーを、みんながやらなきゃいけないというルールがあるわけじゃないのに、なぜそれをやれと言われるのかなと思う。押しつけのようなサッカーがあるとするのならば、それこそが日本サッカー界の最大の弱点じゃないかなと僕は思う」
今シーズンの副キャプテンを務めた酒井は、リーグ戦連覇を天皇杯との二冠で達成した今シーズンの軌跡が、ポゼッションが重宝される日本サッカー界へのアンチテーゼだと力を込めた。
「もちろんその(ポゼッション)サッカーを否定しているわけでも、僕たちのサッカーを肯定しているわけでもない。僕たちはとにかく勝つ確率を上げるために何をしなきゃいけないのか、というテーマを突き詰めてサッカーをしてきた。タカさん(吉田監督)をもち上げるわけじゃないけど、連覇したのはタカさんが日々チームの成長を考えてきた努力の賜物だと思う」
メンタル牽引したベテラン勢の信念。「戦えない選手は置いていく」
インテンシティーは、特に日本のサッカー界ではプレーの「強さ」や「激しさ」を意味する言葉として浸透してきた。ただ、定義そのものは明確化されているわけではなく、フィジカル面に加えてメンタル面の強さや、ある意味では戦術面のソリッドさも含む場合もある。
そして、メンタル面で神戸を引っ張ってきたのが、30歳を超えるベテラン選手たちだった。その一人である32歳の武藤は、後半アディショナルタイムに起死回生の同点ゴールを決めて、自力優勝の可能性を最終節へつなぎとめた11月30日の柏レイソル戦後に喜びよりも苦言を呈した。
「何度も言ってきたはずなのに、やはり甘さが出ていた。一番大事な試合で、正直、試合にうまく入り切れていない選手がいたし、準備ができてなかった選手、地に足がついていない選手もいた。僕たちは決して仲よしでやっているわけじゃない。一人ひとりがもっと責任をもたなきゃいけないし、全員が責任をもつ連鎖が最後の最後に優勝につながる。厳しい言い方になるかもしれないけど、戦えない選手はもう置いていく、といった気持ちでいかなきゃいけない」
今シーズンのMVPを受賞した武藤が心を鬼にするのは、柏戦後が初めてではない。ヨーロッパでプレーした約6年間をへて、2021年夏に加入した神戸で何度もカミナリを落としてきた。
「最初のころは『こいつ、何を言っているんだ』と思われるくらいに厳しかったと思う。でも、それだけプレッシャーをかけてでも、下の選手たちを成長させようと思ってきた。彼らも僕たちを信じて、ついてきてくれたおかげでいまの強いヴィッセル神戸が生まれた。僕自身も大迫選手、酒井選手、山口(蛍)選手があれだけサッカーに真剣に取り組み、すべてを捧げている姿勢を見て、もっともっとやらなきゃいけないと思ってきた。チームメイトに恵まれたと思っている」
さらなるインテンシティを求め「Jリーグを引っ張る存在に」
1990年度生まれの大迫と酒井、キャプテンのMF山口蛍に2歳年下の武藤。ヨーロッパの厳しい戦いを知るベテラン勢が常に高みを目指す貪欲な背中が、若手や中堅の選手たちにポジティブなメッセージを与えていると目を細める吉田監督は、戦術面に関してこう語っている。
「みなさんには同じように見えるかもしれないけど、攻撃の崩し方にしても相手によって全然違う。シンプルなようですごく奥深いサッカーというか、実は僕、めちゃくちゃ細かいんですよ」
戦術が個を生かすという大前提のもと、ハイプレスの方法やミドルゾーンと自陣での守り方などを試合ごとに細かく分析。そのうえで選手たちに提示するパターンは1試合で30にも及ぶという。
「たとえば相手が途中でやり方を変えてきても、僕のひと言だけで同じ映像がパッと選手たちの頭に浮かぶ状態を追求してきたというか、攻撃面も守備面も言語化できているのが大きい。だからこそ他のチームよりも安定感があるし、それが強さにつながっているのかなと思う」
こう語った吉田監督は、神戸のハイインテンシティー化はまだまだ道の途中だと力を込める。
「プレミアリーグやブンデスリーガなどは正直、いまの神戸が高校生に見えるくらいのレベル。それほどフィジカルが強くてうまい、怪物のような選手たちがものすごく速いゲームを展開する。そこを目指していかないと、日本のサッカーの成長もない。Jリーグのインテンシティーも高くなってきたなかで、僕たちがさらに引っ張る存在になる。これは僕の個人的な意見だけど、若い選手たちが5大リーグ以外のヨーロッパへ中途半端に移籍するよりは、Jリーグでヴィッセル神戸と競争して成長したほうがいい。ウチ以外にもいいチームがたくさんあるので」
優勝決定後に神戸市内のホテルで行われた、祝勝会後に応じた囲み取材で珍しくまくし立てた吉田監督は「長く、熱く語ってしまいました。普段はいっさい話さないんですけど」と苦笑した。自信を膨らませる47歳の指揮官の視線は来シーズンの戦いへ、そのなかでも2007-09シーズンの鹿島アントラーズ以来のリーグ3連覇と、三木谷会長が悲願に掲げるアジア制覇へ向けられている。
<了>
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