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「日本柔道は男性偏重、フランスは…」溝口紀子が語る、日本が混合団体でフランスに勝てない理由

REAL SPORTS / 2021年10月14日 12時0分

真の柔道大国は日本かフランスか――。東京五輪で9つの金メダルを獲得した日本はなぜ男女混合団体ではフランスに完敗を喫したのか? 日本女子柔道界のパイオニアであり、フランスのナショナルコーチを務めた経験も持つスポーツ社会学者の溝口紀子が、日仏の現状とパリ五輪に向けた両国の強化の課題を語る。

(インタビュー・構成=布施鋼治)

日本の混合団体に「団結力がない」理由

──個人戦では男女合わせて史上最多となる9つの金メダルをとった日本チームですが、男女混合団体ではドイツとの初戦から大苦戦。結局、決勝でフランスに敗れました。この結果をどのように受け止めていますか。

溝口:日本チームの敗因は、団結力のなさですね。

──男子チームと女子チームはそれぞれ団結力がありそうに見えましたが、混合になると話が違っていた?

溝口:全然なかったですね。そもそも日本は男女一緒に合宿をしないじゃないですか。この形式の試合は2017年以降、世界選手権では開催されているけど、日本でこの形式の団体戦を開催する大会はない。 

──言われてみると、この試合形式の開催は国際大会だけですね。 

溝口:オリンピックで混合団体が正式種目になったというのに付け焼き刃のチームでは通用しない。普段から一緒に練習したり、コーチの人事交換などチームワークを磨いていい関係性を築き上げる必要がある。そうしないと、混合の競り合いには勝てないんです。

──フランスの強さが突出していた理由は?

溝口:爆発的な力を出していましたね。ああいう化学反応を起こしたきっかけは個人戦で(100kg超級の)テディ・リネール選手が金メダルを逃したことが大きい。リネール選手はフランスの正真正銘の国民的英雄。そんな人に手ぶら(金メダル0個)で帰国させるわけにはいかない。2012年ロンドン五輪・水泳メドレーリレーの北島康介選手のような状況でした。それで、いつも以上の一体感が生まれたんだと思います。ただ、リネール選手も個人戦から団体戦のときのような気迫を出していればよかったのにとは思いましたね。

──混合団体になってから気持ちの出し方が明らかに変わりましたよね。 

溝口:混合団体におけるリネール選手は、いつもの“俺様”の一人称単数(Je)ではなく、一人称複数(Nous)“みんなで、頑張ろう”のスタンスだった。また決勝で芳田司選手のほうが実力的には強いのにサラレオニー・シシケ選手に負けてしまった。あのへんが団体戦のわからないところですね。日本とフランスの差は、モチベーションの差だとも思いました。

「まだまだ日本の柔道は男性偏重」ジェンダーギャップから変革を!

──ドイツ戦で個人戦では金を取っている大野将平選手と阿部詩選手が立て続けに負けたことにショックを受けた人も多かったですね。

溝口:混合団体での大野選手は全然でしたよね。個人戦が終わって、ホッとしていたのかもしれない。結局、日本チームは全員“個人商店”なのだと思います。そのへんのメンタリティは今後の混合団体に影響を与えていくんじゃないですかね。そういう問題を解消するためにも、今後日本国内でも混合団体を積極的にやっていくべきだと思います。国体やインターハイでもこの試合形式を取り入れたほうがいい。まだまだ日本の柔道は男性偏重なんですよね。

──偏重!

溝口:全然偏重ですよ。混合団体に見られるジェンダーギャップから変えていかないといけない。日本の柔道は小学生までは男女一緒にやっているけど、中学生からは安全面を理由に男女別々になる。混合団体の試合形式がオリンピックのジェンダー平等の基本になるならば、もっと推進すべきですよ。柔道は競技人口が減っている競技なわけですし。

──2013年の指導者のパワハラ騒動以降、問題は解決したように見えましたが、実際にはまだまだ残っているわけですね。

溝口:そうですね。あのときは女子から声を挙げたけど、男子のほうはもっとひどくて声すら挙げられなかった。結局、女性のほうからの「柔道界も変わろうよ」という発信がスポーツ界の暴力根絶のムーブメントのさきがけとなり、今回、暴力的指導がなくてもこれだけメダルを取れることを証明した。あの騒動をきっかけに、みんなのフィロソフィ(哲学)やイデオロギー(観念形態)を変えたわけです。

──柔道やレスリングはその最たるものですが、メダルの数で評価が決まるという成果主義で成り立っています。

溝口:結局、柔道のような伝統のある競技は結果を出さないと変えられない。今回は男子のほうがメダル獲得数は多かったけれど、実は2000年以降はメダルの数でいうと女子のほうが圧倒的に多い。全柔連(全日本柔道連盟)自体、ジェンダー平等という視野から見れば、まだまだ道半ば。組織の中にも、どんどん女性を入れていかなければいけないと思います。

「もう一度金を目指す」というモチベーション維持が大変

──東京五輪が1年延期される形で実施されたことで、次のパリ五輪まであと3年しかありません。代表を決めるということを考えると、準備期間は実質あと2年となります。

溝口:時間はないですね。パリ五輪も、ほぼこのチームメンバーでいくんじゃないですか。

──78kg級で優勝した浜田尚里選手は男女合わせて最年長(大会時30歳)でしたが、まだ頑張れますか?

溝口:いけるんじゃないですか。彼女が得意な寝技は将棋みたいなところがあって、フィジカルよりも戦略が生きる。寝技中心に試合を組み立てれば、浜田選手はまだまだいける。あとはケガなど、自分との闘いになってくるでしょう。そういう部分を払拭できたら、パリでもメダル獲得は確実なんじゃないですかね。寝技はいきなり力が落ちるものではないですから。

── 一度覚えたらなかなか忘れないという意味では自転車の乗り方と重なり合う。

溝口:そうですね。私自身、一回2秒で絞め落とす技術を身につけたら、ずっと2秒で落とせる。ある意味、体力は関係ない。そう言い切ってしまうと語弊があるかもしれないけど、浜田選手は大器晩成型です。ただ、オリンピックの金メダリストになれば、周りの環境がガラリと変わりますからね。 

──オリンピックで金メダリストということになれば露出度からして違ってくるので、周囲の見方は根本的に変わってきますよね。

溝口:だから「もう一度金を目指す」というモチベーションの維持のほうが大変なんじゃないかと危惧する部分はあります。たぶんパリ五輪に向けて、ルールや潮流はそれほど変わらない。今回の東京五輪では寝技がクローズアップされていたけど、パリ五輪でも立ってよしなんかは当たり前で「立ってよし寝技はよりよし」というタイプが活躍するんじゃないですか。

谷亮子とフランスの英雄の共通点 チーム・リネールが抱えるリスク

──今後のリネール選手の去就は? 今回の東京五輪が最後になる?

溝口:いやいや、全然やる気満々ですよ(笑)。閉会式はフランスにもライブ中継されていたけれど、彼が一番盛り上げていました。パリ五輪に向け、すでに準備に入っているかもしれません。

──「混合団体優勝で有終の美を飾る」というわけではなかったんですね。

溝口:リネール選手は東京五輪前にケガをしてしまった。しかもフランスで放送されたドキュメンタリー番組でそのことを明らかにしている。だから周囲からも「今回は厳しい」という声があった。本人も「パリで有終の美を」と考えているんじゃないですかね。地元開催になりますから。 

──地元開催で金メダルを獲得して、競技生活を終えることができたら最高でしょうね。

溝口:正直、東京五輪までフランスのチームは分断していました。そういうチームの中でリネール選手の敗北はいいカンフル剤になったんですよ。チームが一つにまとまる契機となり、パリ五輪につながった。 

──東京五輪前、フランスチームは日本で練習を公開しましたけど、その中に肝心要のリネール選手はいなかったと聞きました。それまでは彼だけ特別だったということですか? 

溝口:そうです。彼だけはコーチも違うし、日本入りもずっと後だった。 

──リネール選手だけが特別扱いということですか? 

溝口:日本でいうと、谷亮子さんの現役時代と重なり合う。チーム亮子とその他大勢。現役時代の私は後者に属していたけど、もちろん彼女だけでその他大勢よりスポンサーをたくさん持ってくる。いまのフランス同様、2つ連盟があるような感じでしたね。自分が選手のときには若かったせいか、その体制に疑問もありましたけど、いまのリネール選手はまさに同じ状況ですよ。 

──谷亮子さんとリネール選手が同列だったとは! 

溝口:混合団体では優勝しましたが、いまのフランスが磐石かといえばそれほどしっかりしているわけではない。チーム・リネールというもう1つの連盟がリスク要因であることは間違いないですよ。パリ五輪に向けて、先の混合団体のときのように分断ではなく、連帯でやれるのか。そこがいまのフランスが抱える最大の課題だと思います。 

──背中合わせといえる分断と連携がパリ五輪を解読するキーワードになりますかね。 

溝口:その通りですね。コロナの時代だったからこそ、分断と連携がハッキリと見えた。東京五輪で連携できるきっかけをどれだけ見い出せたか。そういう部分が各国の柔道の未来につながっていくんじゃないですかね。 

──日本だと、混合団体がそれに当てはまりそうですね。 

溝口:決勝でフランスに負けたことで「残念でした」「でも、準優勝だったからいいじゃない」と楽観視するのではなく、分断されている部分──いわゆるジェンダー格差ですね。そこのバイアス(偏り)をきちんと論じていかないといけない。

 例えば、柔道の場合、強化委員長の顔ぶれはずっと男性なんですよ。そこを思い切ってテコ入れするとか。日本では、まだ女性の監督が出ていない。そこも不思議なところです。金メダルの数だけではなくレガシー(遺産)が何になるのか。今後はしっかりとその部分も考えていかなければいけなくなると思います。

<了>






PROFILE
溝口紀子(みぞぐち・のりこ)
1971年7月23日生まれ、静岡県出身。スポーツ社会学者(学術博士)。埼玉大学フェロー。1992年、女子柔道が初めて正式種目となったバルセロナ五輪・女子52kg級で銀メダルを獲得。2002年から2004年にかけて日本人女性として初めてフランスのナショナルコーチを務めた。現在は日本女子体育大学体育学部スポーツ科学学科教授として活動する傍ら、全日本柔道連盟評議員や一般社団法人袋井市スポーツ協会会長も務めている。

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