「生の音楽が恋しくてたまらない」ノラ・ジョーンズ初のライブ・アルバムを紐解く
Rolling Stone Japan / 2021年5月1日 10時0分
ノラ・ジョーンズがデビュー・アルバム『ノラ・ジョーンズ』(原題:Come Away with Me)発表20周年を目前に控えたタイミングで、ライブ・アルバム『ティル・ウィー・ミート・アゲイン ~ベスト・ライブ・ヒット』をリリースした。これまでライブDVDのリリースはあったが、頑なにライブ音源のリリースを拒んできたノラの初のライブ・アルバムを紐解く。
【動画を見る】ノラとドン・ウォズ(ブルーノート・レコード社長)による対談映像
ノラ・ジョーンズは正真正銘のライブ・ミュージシャンだ。2002年のデビューからこれまでずっとステージに立ち続けてきた。観客の前で演奏して歌うこと。それを一義として活動を続けてきた。ミュージシャンとは元来そういうものであるという考えを当たり前に持っているし、何より彼女自身、ライブが好きで好きでしょうがないのだ。
例えばデビュー・アルバムが爆発的なヒットとなって自身を取り巻く環境が大きく変化したとき(ノラはそれを「クレイジーな状況」と呼んでいた)、彼女はとにかく気の合うミュージシャン仲間たちとあちこちツアーして回ることでストレスフルな状態に陥ることを回避した。例えば「ノラ・ジョーンズ」としての大きなツアーがひとつ終わって一段落すると、いつも彼女は休養の時間をとるでもなく、遊びの延長で友達と組んだバンド(リトル・ウィリーズだったり、エル・マッドモーだったり、プスンブーツだったり)でバーやライブハウスでの演奏を楽しんでいた。そこに「仕事」という概念はなく、純粋に演奏を楽しみたいから、演奏するのが何より好きだから、彼女はそうして休むことなくライブを続けてきたのだ。
ライブを続けることで、彼女は演奏者として、シンガーとして、成長してきた。デビュー当時から動向を追ってきたひとなら、2000年代と2010年代で彼女のライブパフォーマンスのクオリティ、向き合い方、密度がずいぶん変化したことをわかっているだろう(現に2017年の日本公演は、2002年や2005年のそれとは密度のまったく異なるものだった)。もちろんハンサム・バンド時代の和気藹々とした雰囲気も、あれはあれでよかったし、自分も好きだった。が、『ザ・フォール』のツアーでの新バンドを経て、『デイ・ブレイクス』以降のツアーでブライアン・ブレイド(Dr)やクリストファー・トーマス(Ba)やピート・レム(Key)といった腕利きがほぼ固定化されると、彼女のライブ表現はグッと濃いものになり、太い芯の通ったものになった。とりわけ歌唱表現がディープになった。2017年4月の日本公演の段階でそうした印象を受けたひとも多かったに違いないが、その少しあとから2019年までのライブテイクが収録された『ティル・ウィー・ミート・アゲイン』を聴けば、ノラ・ジョーンズがいかに深い歌唱、いかにソウルフルな歌唱をするシンガーへと進化したかが如実にわかるはずだ。未だ初期のイメージにとらわれたままのひとがこのライブ盤を聴いたら、ちょっと驚いてしまうかもしれない。
「また会える日まで」というタイトルの真意
「2002年のデビューからこれまでずっとステージに立ち続けてきた」と冒頭に書いたが、しかし2020年からノラは1度もステージに立てないでいた。COVID-19のパンデミック。「それならば」と彼女は2020年3月以降、自宅からの弾き語り配信を頻繁にするようになった。人々が隔離生活を強いられるようになっても、音楽で繋がっていたかったのだ。
「自分がやっていることなんて、ちっぽけで無意味じゃないかと思うときもあった。でも気づいたの。私は毎朝音楽をかけているけど、それだけでずいぶん気持ちが落ち着くものだって。もし音楽がなかったら、この隔離生活を乗り切ることはできなかったと思う」
『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』のリリース後にそう話していたノラだったが、その思いは過ぎ行く時間のなかでより強くなっていったのだろう。今回のライブ・アルバムのリリースにあたって、彼女はこうコメントしている。
「私たちは生(ナマ)の音楽が恋しくてたまらない。ファンやバンドと交流することが」「2019年のライブを聴いていて、すごく気分がよくなった。それで”あの頃の自分”を集めてアルバムを出そうと思ったの。もしかすると、それを聴いたひとが私と同じようにいい気分になってくれるかもしれないから」
Photo by David Barnum
これまでライブ・アルバムというものをリリースしてこなかったノラ・ジョーンズだが、このような思いから今こうして出すことにした。ツアーができないなら、せめてライブ・アルバムを聴いて”いい気分”になってもらいたい。いつかまた、私とあなたが会場で会えるその日まで。必ずまた会うために。ティル・ウィー・ミート・アゲイン。そういうことだ。
キャリア初となるライブ・アルバム『ティル・ウィー・ミート・アゲイン』は、2017年以降のワールド・ツアーで演奏されたもののなかから14曲(国内盤はボーナストラック含めた15曲)を収録。そのうち5曲は2019年12月のブラジルはリオ・デジャネイロ公演のものだ。セレクトはノラ自身によるもので、1stアルバム『ノラ・ジョーンズ』から3曲、2ndアルバム『フィールズ・ライク・ホーム』から2曲、5thアルバム『リトル・ブロークン・ハーツ』から1曲、6thアルバム『デイ・ブレイクス』から2曲、ミニ・アルバム『ビギン・アゲイン』から3曲が選ばれている。また、2019年に連続でデジタル・リリースしたシングルのうちの2曲――「アイル・ビー・ゴーン」(メイヴィス・ステイプルズとの共演曲だが、ライブではノラのソロ歌唱にブライアン・ブレイドとジェシー・マーフィーがコーラスをつけている)と「フォーリング」(リオ・デジャネイロのシンガー・ソングライター、ホドリゴ・アマランチとのデュエット曲だが、ライブではノラが独唱。アコースティック・ギターでジェシー・ハリスが迎えられている)も収録。3rdアルバム『ノット・トゥ・レイト』と4thアルバム『ザ・フォール』からは選ばれてないとはいえ、「ドント・ノー・ホワイ」や「サンライズ」のような初期のヒット曲も入っているので、「ベスト・ライブ・ヒット」という国内盤の副題も決して大袈裟というわけではないだろう。
ノラをサポートするのは、ドラムがお馴染みのブライアン・ブレイド。ベースは6曲がクリストファー・トーマスで、7曲がジェシー・マーフィー。オルガン入りの5曲はピート・レムが弾いている。そのバンド・グルーヴの凄さとアレンジの妙にも唸らされるし、先に述べたようにノラの歌唱の深化にも震えるものがある。「イット・ワズ・ユー」や「アイル・ビー・ゴーン」はソウルフルに、「ジャスト・ア・リトル・ビット」は抑制して歌い、そのように曲ごとに多様な表現を見せている。ブライアン・ブレイドとジェシー・マーフィーとノラの演奏が凄まじいほどのテンションで合わさり、緊迫感を伴って展開する長尺の「フリップサイド」などは鳥肌ものだ。
また、これがアルバム初収録となるカバーも1曲収録。90年代のグランジ・ムーヴメントを牽引したサウンドガーデンの名曲「ブラック・ホール・サン」だ。同バンドのシンガー/ギタリスト、クリス・コーネルが2017年5月17日に他界し、ノラは翌週のライブでこの曲を歌って以来、度々取り上げてきた。実に思いのこもった弾き語りである。加えて記しておくと、国内盤ボーナス・トラックの「サンライズ」は2017年4月17日の大阪城ホール公演からのもの。観客の手拍子の入れ方がいかにも日本的だが、またこんなふうにノラのライブをナマで味わいたいという気持ちが募る。このライブ作品を繰り返し聴き、いつかその日が来るのを信じて辛抱強く待つとしよう。
ノラ・ジョーンズ
『ティル・ウィー・ミート・アゲイン ~ベスト・ライブ・ヒット』
発売中
※初回プレス分のみシリアルナンバー入り応募抽選用紙封入
視聴・購入:https://jazz.lnk.to/NorahJones_IWYPR
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