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ジャズの伝統を継ぎつつ「今の音楽」を作る ジュリアス・ロドリゲスが語る新世代の感性

Rolling Stone Japan / 2024年8月12日 17時45分

Photo by atibaphoto

ジュリアス・ロドリゲス(Julius Rodriguez)を初めて観たのは2020年のブルーノート東京。カッサ・オーバーオールの来日公演に同行していた彼は当時21歳ながら、ピアニストとしてハイレベルな演奏を聴かせるだけでなく、ライブの途中でカッサに替わりドラムまで演奏していた。しかも、その時点で配信されていたハービー・ハンコック「Buttefly」のカバーを聴いてみたら、作編曲や演奏だけでなくポストプロダクションまで行き届いた、聴いたことのないような再解釈だった。おまけにその頃、エイサップ・ロッキーのツアーに起用され、オニキス・コレクティヴにも参加するという万能ぶり。新たな才能の登場に胸が躍った。


カッサのバンドで、ピアノを演奏するジュリアス

その後、ヴァ―ヴと契約し、2022年にデビュー・アルバム『Let Sound Tell All』を発表。僕がブルーノート東京で目撃した、ハイレベルなピアノとドラムの両方が収められているだけでなく、サマラ・ジョイ、ギブトン・ジェリン、モーガン・ジェリンとった若手の注目株が名を連ね、その中にジョン・バティステの片腕でもあるドラマーのジョー・セイラーや、シンガーソングライターのニック・ハキムまで参加し、これまでに聴いたことのない「ジャズ」が鳴っていた。

最近ではミシェル・ンデゲオチェロにも起用されるなど、各所で名前を見かけるようになったジュリアスが、最新アルバム『Evergreen』を発表した。前作ではアコースティックかつトラディショナルなジャズをベースにしていたが、新作ではキーボードやポストプロダクションも多用し、前作とは異なるエレクトリックなサウンドが軸になっている。そして、ここでは鍵盤とドラムだけでなく、ギターやエレクトリックベース、さらにはドラムプログラムも行なっている。多くの曲でLAの奇才ギタリスト、ネイト・マ―セローとの共同作業を行なっており、制作のプロセスも明らかに変化している。

25歳となったジュリアスは、自身の音楽を確立するための刺激的な試行錯誤をしながらも、同時に伝統的なジャズのカルチャーを重視する姿勢も崩してはいない。今回、話を聞いてみて、やはりジュリアスはこれまでにいなかった新しいタイプのジャズミュージシャンだと感じた。


今年7月、「Tiny Desk Concert」に出演


―10代の時にはどんな音楽を聴いてました?

ジュリアス:ちょうどジャズ以外の音楽を聴き始めた頃。ジェイムス・ブレイク、ドレイク、チャンス・ザ・ラッパー、リアン・ラ・ハヴァス、カマシ・ワシントン、オスカー・ピーターソン、アート・ブレイキーとか。

―あなたの音楽からはゴスペルの要素もかなり聴こえます。教会で育ちましたか?

ジュリアス:ああ、もちろん。父が助祭、母も教会の管財人だったので、生まれた時から毎週、日曜は教会に通ったし演奏もした。キーボードやオルガン、時にはドラムも。トラディショナルからコンテンポラリーまであらゆるゴスペル、言うなら、アフリカンアメリカ系ブラック・チャーチ・ミュージックだね。

―その頃からピアノとドラムの両方を演奏していたんですね。ジャズにのめり込んだきっかけは?

ジュリアス:聴き始めたのは6〜7歳の頃。学校に音楽教育にとても熱心な先生がいたおかげで、デューク・エリントンを知ったんだ。父親がジャズが好きだったので、帰宅後に「学校でデューク・エリントンを教わったよ」と言ったら、CDを取り出してきてコルトレーン、モンク、ルイ・アームストロングを教えてくれた。インターネット世代の子供ならそうするように、そこからは自分で調べて行ったんだ。


Photo by atibaphoto

―インターネットで探し始めた頃、特に夢中になったジャズ・ミュージシャンは誰でしたか?

ジュリアス:ライブを見た後とか、人から名前を聞いた後に検索することが多かった。チック・コリアにハマった時期があって、そこからスタンリー・クラーク、ジョージ・デューク……アート・ブレイキーにもかなりハマり、ありとあらゆる動画を見たんじゃないかな。ロイ・ヘインズ、アート・テイタム、エロル・ガーナーとかも。

―特にリサーチしたピアニストがいたら教えてください。

ジュリアス:最初に自分1人で採譜したピアニストはデューク・エリントンだった。でもさっきも言ったように、チック・コリアにハマった時期があって、その時かなり採譜したよ。ビバップのボキャブラリー研究のために採譜したのは、バド・パウェルやソニー・クラーク。マッコイ・タイナー、トミー・フラナガン、そして当然ながらハービー・ハンコック。


Photo by atibaphoto

―あなたはあらゆる時代のピアノのスタイルを消化したうえで、その曲に必要な演奏をその都度、的確に選びながら、独自の音楽を奏でているように思えます。そんなあなたの考え方に影響を与えたミュージシャンはいますか?

ジュリアス:セロニアス・モンク、スティーヴィー・ワンダー、ミシェル・ンデゲオチェロ、タイラー・ザ・クリエイター、エイミー・ワインハウスが僕のBIG 5だ。

―ミシェル・ンデゲオチェロのどんな部分があなたに影響を与えたんでしょうか?

ジュリアス:彼女の音楽はとにかくユニークで異次元のもの。音楽に尽くすために別の惑星からやってきた人という感じがする。どんな時も、目の前にある作品にとってベストと思えることをやる。それが彼女の信条だということが、90年代から今に至るまで、彼女のインタビューでの発言を聞くとわかるよ。サイドマンとして、一歩下がってベースを弾くのが大好きで、スポットライトを求めているわけじゃない。同時に、彼女のアルバムは一枚として同じものはなくて、毎回違う自分を作り出している。それでいて、ジャンルや編成やフォーマットが変わろうと、聴けばすぐに「これはミシェルだ」とわかるスタイルやサウンドがある。そんな点にミュージシャンとして、すごく影響を受けたよ。


ジュリアスが参加したミシェル・ンデゲオチェロの楽曲「Virgo」

―タイラー・ザ・クリエイターは?

ジュリアス:タイラーはどんな時も堂々と自分らしさを貫きながら、アーティストとしての進化を遂げてきた点に、すごくインスピレーションを受けるんだ。当然ラップや歌もやるけど、彼は音楽だけじゃないトータルなアーティストだ。やりたいと思うことがあれば、それを実現するクリエイティブな方法を見つける。自分のTV番組を持って、毎週新しいことにチャレンジする。パンケーキも焼けば、スケートパークもデザインするし、家具も作る。彼のアパレルラインはストリートの人間とカルチャーそのものに大きな影響を与えたよ。実際、Golf Wang以上に僕らの世代にとって大切なものはないくらいさ。そうやってクリエイティブなアイデンティティを守りながら、時代の中、カルチャーの中に確固たる地位を築く姿を見るのは、大きな励みだね。

―では、特にリサーチしたドラマーがいたら教えてください。

ジュリアス:アート・ブレイキー、ロイ・ヘインズ、レニー・ホワイト、マックス・ローチ。もう少し経ってからだとジェフ・テイン・ワッツ、クリス・デイヴ、ケンドリック・スコット、マーカス・ギルモアなど。アル・グリーンとやってたアル・ジャクソン、当然ながらバーナード・パーディの影響も大きかった。大メジャーじゃないけどオシー・ジョンソン。ケニー・ワシントンには感謝してる。重要なメンターだ。あとビル・スチュワート……。


ドラムを叩くジュリアス(2018年)

―ピアノとドラムの両方を得意としているあなたのスタイルは作曲にどんな影響を与えていますか?

ジュリアス:作曲に限らず、全体的な意味でも、楽器への理解があると、その楽器がどう機能するか、楽器を演奏する人間がどう考えるか、スタンダードな語彙が理解できると思う。ピアニスト兼ドラマーの立場から言うと、ドラムソロの最中、どこにビートが来るのかがわからなくなって見失う人間が多いんだけど、ドラマー共有のフレーズや語彙に耳を傾ければ、ただ「1-2-3-4」とカウントするだけでなく、フレーズそのものが聞こえてくる。頭の中で規則正しく配置しようとすると、音楽が表現しようとしていることを見逃すことになる。楽器の音楽性を理解すれば、その楽器が本来あるべき姿に忠実に従えるので、ちょっぴりだけ音楽的にコネクトできるんだ。楽器への知識があることで、楽器が通常どう演奏されるかをわかった上で、それに合うパートを書いたり、指示が出せるんだよ。

―特定の楽器にフォーカスするのではなく、そうやってバランスを持つことは、自分にとって大事だと言えそうですか?

ジュリアス:僕は自分が一つの楽器だけに特化した器楽奏者だと思ったことはない。一つのジャンルに特化した器楽奏者ではないのと同様に。でも、一つの楽器を極めることに人生を捧げる人には、それ以上を望むのは難しいことだから。僕はそこに関しては、何も言える立場じゃない。

参加ミュージシャンの人選と作曲は結びついている

―前作『Let Sound Tell All』の音楽コンセプトを教えてください。

ジュリアス:元々は「ライブでやってる曲がこれだけあるんだから、これを記録に残さなきゃ」という話になって……でも僕が完璧主義者なので、どれだけレコーディングをしても毎回どこかうまくいかなかったり、何かが足りなかったり「もっと上手くできるはずだ」と思ってスタジオをブッキングし直して、またセッションする…そんなことを続けていた。そしたら、いろいろ状況が変わって「これまでみたいにはレコーディングは続けられない」ってことになって。

結局、わずかばかりのテープだけが手元に残り、作るならこれで何かを作らなきゃならなくなった。だっていつまたスタジオに戻れるかわからないわけだから。そこで視点を変えて「これはスタジオにミュージシャンと集まって作った完璧なレコーディングではないかもしれないが、どうすれば独自の体験に作り替えられるだろうか?」と考えるようになった。僕はスタジオ録音技術のファンなので、それを自分の音楽に取り入れる方法を学ぶことに専念し、コンピューターで時間をかけて、さまざまなエフェクトを試したんだ。

―へぇ。

ジュリアス:当時のプロデューサーだったDrew of the Drewと全曲聴き直し「ライブでは再現できない、レコードのリスナーにしか体験できないものに拡張するにはどうすればいいか?」と考えたんだ。たとえば、劇場に行って演劇を観るのは、舞台上の役者たちと同じ空気を味わう特別な体験だ。同じ演劇を映画化してもその部分は再現できない。でも映画なら、演劇にはないさまざまなSFXを使える。劇場でサメが出てきて人を食うことはないけど、映画でなら可能だ。SFXはストーリーを語り、アートを極めてくれる。音楽でも同じことをすればいいと思うんだ。特にハーモニー的にも音楽的にもハイレベルな即興音楽でなら、そういったエフェクトやテクノロジーにも匹敵できるからね。



―その時の状況に対応しようとしたことであなたのスタイルが出来上がったと。映画的という意味では、「Two Way Street」のライブ動画は映像的にもダイナミックで面白かったです。では、方向性が決まった時点で映像と音楽はセットにするつもりだったんすか?

ジュリアス:ああ、それってすごく大事な点なのに、ジャズというカルチャーの中で見過ごされがちだと思うんだ。なのであえて意識したよ。本物の演奏をすることは大事さ。でも今の時代のアーティストであるためには、耳で聞こえる音楽だけでなく、ビジュアルを含めてもっと包括的にならないと。今、一番支持を得られるのは、明確なビジュアルとスタイルがあるアーティストだ。そっちの方が音楽を上回ってしまってはならないけど、ストーリーを伝えるのには役に立つんだよね。



―アルバムでは4人のドラマー、ジョー・セイラー、ブライアン・リッチバーグJr、JKキム、そしてあなたが叩いています。自分でも演奏するあなたが、どのようにドラマーを使い分けているのか聞かせてください。

ジュリアス:曲が何を求めるか、その曲によって決めているよ。どのドラマーもそれぞれの個性があって、曲にもたらす強みがある。それがあるから、僕は彼らを選ぶんだ。「君のこういうところが好きだ」って感じだね。『Evergreen』では2人のドラマーを同時に使ったりもしてる。これはドラムに限らず全ての楽器に当てはまるんだけど、そのアイディアの元はスティーリー・ダンなんだ。スティーリー・ダンはバンドだったけど、基本はドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの2人だけ。ところがスタジオには大勢のミュージシャンが呼ばれ、曲ごとに違うリズムセクションが試されている。そのミュージシャンごとの個性あるサウンドを求め、それを録音し、その中から曲に一番合うものを選んで使ったんだ。彼らが作り出したこのモデルはポピュラー音楽の世界で採用されるようになっていった。僕はジャズや即興音楽でも、もっとそうすべきだと思うんだ。それぞれの音楽アイデンティティには、異なる色合いがあるわけだから。

―つまり、人選=キュレーションと作曲は強く結びついている?

ジュリアス:ああ、どんなグルーヴやスタイルでプレイするかだけでなく、その人が自分にしかない何かを曲に加えることで、曲の一部を変えるようなインスピレーションになることもある。トランペット奏者のギブトン・ジェリンとはいつもそうだよ。たまたま彼の吹いた音が間違ってたり、リズムが違ってた時に、逆に僕は「そっちもいいな」って思って、曲自体を変えてしまったこともある。

―前作では敢えて「20世紀のジャズ」のスタイルを演奏しているのかなと思ったのですが、そこにはどんな意図がありましたか?

ジュリアス:曲やアレンジの多くが、トラディショナルなジャズクラブで演奏する中から生まれたものだったことが、その原因なのじゃないかな。当時、僕らが演奏してたのはSmalls、Birdland、 Zinc Bar、Smoke Jazz Clubといった、20世紀ジャズの精神を留めているスペースだった。そんな中で演奏することが、曲や演奏スタイルに影響を与え、アルバムにも表れたということじゃないかな。


今年2月、Smallsにジュリアスのカルテットが出演

―Smallsでのジャムセッションには子供の頃からよく参加したんですよね?

ジュリアス:美しい経験だったよ。それ以前にもジャムセッションには参加していたけど、僕が生まれ育ったWhite Plains(ニューヨーク州)のローカルなジャムセッションよりはレベルが高かった。Smallsはジャムセッションのメッカだ。ヴィレッジ・ヴァンガードやブルーノートに出演したアーティストたちが、ライブの後にやって来る。興が乗れば、ステージに上がって演奏に参加する。子供の頃から聴いて育った、いつか会いたいと願っていたアーティストがみんなそこにいたんだ。ロイ・ハーグローヴはいつもSmallsのジャムセッションに参加してたよ。有名だろうと無名だろうと関係ない。バンドスタンドはバンドスタンド。誰でもそこに座れて、誰もが音楽を奏でられる真剣勝負の場。見ているだけでも、参加しても、本当に美しかったよ。Smallsでなければ、絶対に会うことがなかったアーティストに多く会えたんだ。

最新アルバム『Evergreen』の音楽的挑戦

―新作『Evergreen』のコンセプトを教えてください。

ジュリアス:自分にとって楽しいと感じる音楽スタイルをさらに広げようとしたアルバムだよ。いわば僕の音楽を作り上げるDNAというか。なぜ『Evergreen』なのか? とよく尋ねられるんだけど、意味はあるんだ。”常緑樹(evergreen)”は年中、どんな季節でも葉が枯れることなく緑色でいる。僕の音楽もそうであってほしい。どんな楽器を演奏しようと、どんなスタイルで演奏しようと、僕であることには変わらない、それが僕のメッセージを伝える手段であり、アイデンティティなんだとね。



―あなたの作曲の手法について聞かせてください。

ジュリアス:何か思いついたら……あるセクション、ある1フレーズだけってこともあるけど、それを携帯のボイスメモに録音する。それを300回くらいやったら1個ずつ聞き返す。そして「これはいいな」「心にひっかるな」「完成できるかも」と思えるものを探していく。そして曲として60%くらい出来上がったら、バンドに聞かせ、アドバイスをもらい、ジャムセッションで演奏していく。「これは新曲だよ」とギグで試してオーディエンスの反応を見ることもある。即興で演奏する中で「このメロディを、あの別の曲に入れたらいいかもしれない」と思いついたりもする。そんな風にいろんなことをやっているうちに、曲が曲を完成させてくれる。それが一つのやり方。

当然、他のやり方もあって、自分1人ですべての楽器を演奏してデモを作ったら、しばらく放っておいて、誰かに何かを加えてもらって曲になることもある。実際、『Evergreen』のネイト・マーセローと作った曲はそのやり方だった。フィーチャーされているのは1曲だけだけど、作曲ではネイトは何曲にも関わっているよ。ただ、2人である程度まで作ったけど、その先どうすればいいか、どう終わらせればいいかわからなかった。その場合は、あとはミュージシャンたちに即興で加えてもらったり、一緒にいろいろ試すうちに、曲が出来上がっていって、完成したんだ。

―前作では基本的に、あなたは一曲の中でひとつの楽器だけを演奏していました。『Evergreen』では一曲の中でのいくつもの楽器を担当しています。どのようなプロセスで制作したんですか?

ジュリアス:プロデューサーのティム・アンダーソンが持ってるノースハリウッドの小さなスタジオで、一つずつ楽器を演奏して、それを重ねていった。誰かにパートを演奏してもらいたいと思えば、連絡して演奏してもらい、自分で弾いたパートと入れ替えたりもした。でも「Many Times」「Fummis Groove」「Run To It」など何曲かは、ミュージシャンたちのいるNYのスタジオにフルバンドを入れて録音したんだ。何曲かはNYで録音して、LAでオーバーダブを録ったし、LAで終えた後にNYに持っていって必要な部分を加えた曲もあった。アルバムを通じて、LAとNY行ったり来たりの作業だったね。


Photo by atibaphoto

―先ほども言ってましたが「Around The World」ではドラマーが2人併用されています。他の曲ではドラムとプログラミングが併用されていたりもしますよね。『Evergreen』のリズム面でのこだわりについて聞かせてください。

ジュリアス:あくまでも曲に必要なリズムは何か、を考えた結果なんだ。曲によっては「これは絶対ドラムマシンだ」と思えた。たとえば「Mission Statement」はドラムマシンのリズムパターンが軸の曲だった。その周りにアコースティック・ピアノ、サックスとかを加えるうちに「もう少し人間らしさのあるリズムにするには?」と考え、ルーク(・タイタス)に入ってもらった。

「Around The World」ではブライアンの生み出すヴァイブ感と、ルークの生み出すヴァイブ感のどちらを使うべきかが、決められなかった。レコーディングでは、レコーディングでしか作り出せない体験を可能にするスタジオ技術があるわけだから、実験して、どうなるか見てみようとレイヤリング技法を使ってみたんだ。それによって曲が今の形になった。もしそうしなければ、全く違う曲になっていただろうね。

―決めきれないから重ねてみたら良かったと。

ジュリアス:「Love Everlasting」はバンド・セッションが始まる曲の真ん中あたりまで、アコースティックドラムは入っていなかった。「どうすればもう少しだけドライブ感を加えられるかな」と思って、後からパーカッション的な音を入れてみたんだ。そんな風にどれも曲ごとに、その曲が必要としているもの、曲を完成させる上で必要なことをしただけなんだ。




―『Evergreen』は多重録音で緻密に作られている曲が多い一方で、やはり即興演奏の比率も高いです。あなたの音楽における作曲と即興演奏の関係について聞かせてください。

ジュリアス:「優れた即興奏者の演奏は作曲された曲のように聴こえ、優れた作曲家の曲は即興的に聴こえるように書けている」って言葉がある。いつもそれが僕のゴールなんだ。即興で弾くピアノソロの所々に、シンセサイザーやオルガンを加えて強化できれは、それが理想なんだ。(即興で弾いた)ピアノソロの部分はすでに「書けている」ってこと。自分が即興演奏で目指したいと思うことをさらに押し進められるように、そこに別の要素を加えて、ピアノソロを「書く」ってこともやっているよ。

―ところで、前作の「Blues At The Barn」ではイントロは音の悪い録音で、そこから一気に鮮明な音に切り変わるアイデアが面白かったです。新作の「Around The World」でもサックスとトランペットを左右に振り分けていたり。面白いアイディアが各所にあります。こういった録音やミックスにおける工夫もあなたの作曲の一部になっているのではないでしょうか?

ジュリアス:もちろん。昔ながらの「4人、5人のミュージシャンがスタジオに入って録るだけ」じゃつまらないよね? その体験をより高めるために何ができるだろう?と考えているから。例えば、映画ならカメラが一つの部屋の一箇所だけをずっと映してるなんてことはない。カメラは動いて色々な場所を映せるからね。すると見る側も目を上に、下にと向け、一緒になってそこにいる感覚になる。僕はそういうことを音楽でやりたいんだよ。

―2020年にリリースした「Butterfly」のカバーも面白いサウンドでした。ものすごい低音がいきなり入ってきたり……あの頃からすでにミックスやポストプロダクションに関心があったんですよね?

ジュリアス:あれはSmallsでトリオでやってる時に、僕が「あの曲をやろう。ただし元々のファンク・グルーヴではなくて、スウィングするジャズスタイルでやってみよう」と言ってやり始めたんだ。ところがソロ・セクションになったら、突然、フリーなアバンギャルド風に形が変わっていった。後で録音を聴き返したらいい感じだったけど「ライブの一部」という風にしか聞こえないので、シンセのパートを加え、サブドロップやシンセパッド、ピアノのディストーションやディレイといったエフェクトによって、聴覚的イメージを膨らませ、即興性を衰退させたんだ。さっきも話したように、即興演奏後に計画を立てることで、その演奏が最初から計画されていたように聴こえさせたってこと。プロセスはなんであれ、他には経験できないユニークな体験を作り出したいんだ。

ライブの場でそれをやろうとしても無理だ。なぜならエンジニアには、僕が次に何を演奏するか予測できないからだ。でもこのやり方なら、スタジオの中でやっているのに、ただレコーディングをしているだけでは得られない(ライブ会場の)場の雰囲気や空気がそこに生まれるんだよ。



―あなたは新しい音楽を自由に作っている一方で、さっきのSmallsでのジャムセッションの話のような、ジャズのトラディショナルな部分、ジャズのコミュニティとの繋がりにも意識的なように思えます。あなたのような新しい音楽を作っているアーティストにとって、ジャズはどんなインスピレーショになるのか、ジャズはどうあなたのクリエイティブに役に立つと思いますか?

ジュリアス:ジャズは、コミュニティにとってのインスピレーションになりうると思うよ。しかも、他にはない形でね。新しい世代として登場し、今や絶大な人気を博しているジャズ・アクトたち、例えばカマシ・ワシントンやテラス・マーティン、ロバート・グラスパーらのライブに行って、音楽に惹かれて集まる人々を見ていると、彼らには共通の考え方や視点があるんだなと思わされる。人はそれぞれに違う意見を持っていたとしても、少なくとも音楽においては意見が一致している。音楽は健全なんだ。コミュニティにとっても役にたつ形で、音楽というカルチャーは人々を結びつける。今、世界は分断を引き起こすことだらけだ。そんな中で人々に希望を与え、彼らの人間性を守ることは、アーティストの義務だ。誠実な音楽は聴けばわかるし、人の心に触れるもの。ジャズが多くのファンを持ち続ける理由もそこだと僕は思う。そしてこれからも、心からの誠実な音楽として、互いに頼り合い、人がより良い人であり続けるためになるんだと思うよ。



ジュリアス・ロドリゲス
『Evergreen』
発売中
再生・購入:https://Julius-Rodriguez.lnk.to/Evergreen

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