1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 音楽

『SCIENCE FICTION』とは、宇多田ヒカルそのものだ──デビュー25周年ツアーをつやちゃんが総括

Rolling Stone Japan / 2024年9月5日 17時0分

宇多田ヒカル(Photo by TEPPEI KISHIDA)

宇多田ヒカルの6年ぶりとなるツアー『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024』の最終公演が、9月1日に神奈川・Kアリーナ横浜で開催された。当日の模様を、文筆家・ライターのつやちゃんがレポート。

【写真ギャラリー】『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024』ライブ写真(全31点)

現在と過去、時空を超えて接続するマジック

台風が接近し雨が降ったりやんだりを繰り返す中、Kアリーナ横浜周辺は、肌にまとわりつくような蒸し暑さと異様な熱気でごった返していた。横浜市が進めているみなとみらい21地区のまちづくり計画によって、このエリアは先進的なコンセプトの施設が次々と完成しつつある。そう考えると、初のベストアルバム『SCIENCE FICTION』をリリースし、”SCIENCE FICTION TOUR 2024”と銘打ったライブツアーのファイナルとしてはふさわしい場所なのかもしれない。

隅々まで涼しく冷えきった会場に入ると、舞台からはインダストリアルな効果音が流れており、ぐっと引き込まれる。そうしていると場内が暗転し、音と光の演出とともにバンドメンバーと宇多田ヒカルが姿を現した。1曲目は「time well tell」からスタート、まずはサウンドに驚く。予想以上にロウがしっかりと出ており、ダイナミック。『SCIENCE FICTION』でトライされていたようなミックスの方向性が、生で再現されている感じだろうか。”低音が効いている”というよりも、”重低音が放たれている”という形容の方が近いかもしれない。だが、ハードで冷たい感じはしない。メンバーの関係性がそのまま反映されたようなラフな響きで、シンガーとしての圧倒的な歌唱力も自然体なニュアンスで届けられているよう。冒頭から「Letters」「Wait & See ~リスク~」「In My Room」と披露される中、ますますその印象は強まっていった。続くMCでは「夕方というか夜というか……黄昏時、色んなもののあいだ」と実に宇多田らしい表現をしたうえで、「みんな、やっと会えたね。今日はゆっくりしてって」と呼びかけた。会場の空気が一気にほぐれていくのが分かる。

と同時に、驚いた人も多かったのではないか。そもそも今回のツアーは”SCIENCE FICTION”というタイトルが掲げられ、ビジュアルイメージもフューチャリスティックに仕立てられていた。「Electricity」では「美しい鉱物や夕焼け/噂の緑を観に来ました/あなたはどの銀河系出身ですか?」と歌い、宇宙から地球へとやってきた視点を綴っていたのも記憶に新しい。そういった背景もあり、ライブ自体ももっとSF感のあるものになっているだろうと勝手に思い込んでいたのだ。だが、ステージセットこそSF風に組まれていたものの、パフォーマンスは明らかにアットホームで優しい雰囲気。観ていると、そのギャップに驚きつつ自然と頬が緩んでしまう。


Photo by TEPPEI KISHIDA

演奏に引っ張られるように、ボーカルの声量もますます強まっていく。勢いよく吹き出すスモークと赤い光によるまばゆいステージの中、「光 (Re-Recording)」ではエモーショナルな声を聴かせ、その後「For You」「DISTANCE (m-flo remix)」というメドレーでは一気にダンサブルなムードを演出。ここでm-flo remixを繋げるセンスには痺れた。最近の世の中がまた当時のムードに回帰しているからなのか、このメドレーは序盤のハイライトになり得るグルーヴを生んでいたように思う。だからこそ次に来る曲は「traveling」で間違いないし、現在と過去を、時空を超えて接続するマジックが生まれていた。


Photo by TEPPEI KISHIDA

ダンス・ヴァイブスでヒートアップしたのち、白いジャケットを脱ぎ「First Love」へ。「激しい曲が続いたから静かな曲をやるね」と言いながらさらっと大ヒット曲を歌うところにも、飾らない自然体な雰囲気が表れている。このあたりになると、観客側も宇多田ヒカルが発する柔和な空気を受け取り、ライブの楽しみ方をだいぶつかんできたよう。この場は、決してかしこまったり肩肘張ったりする場ではなく、それぞれがそれぞれのまま存在する、セーフティなスペースであること。「Beautiful World」「COLORS」といったナンバーでは後半の衣装を予告するような選曲を繋げつつ、「ぼくはくま」では途中自らキーボードを弾き”くまポーズ”もしっかり披露。「Keep Tryin」「Kiss & Cry」と続き、「誰かの願いが叶うころ」ではドラムを中心に鋭いバンドアレンジで前半を締めくくった。


Photo by TEPPEI KISHIDA



「自らをさらけ出す」宇多田とファンの信頼関係

後半、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEのレインボーカラーのドレスを纏い登場すると歓声があがった。なるほど、なぜレインボーなのか、なぜ境界を規定しないような流動的なフォルムなのか、ここまでの流れで腑に落ちた。演奏も歌も含め一貫して柔らかな場づくりになっており、演者と観客の間に流れる無言の空気の中でそれが成立している――。これだけの巨大なキャパシティで! なんて稀有な空間だろうか。


Photo by TEPPEI KISHIDA

「BADモード」や「あなた」はじめ近作の曲へスイッチしたのちも、基本的なスタイルは変わらない。緻密に構成されているがオーガニック、という最近のサウンドがそれぞれの楽器によってラフに実現されている。随所でアレンジを加えつつもバランスが崩れないのはさすがだ。もっとも、スタジオライブ「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」をはじめ、近年宇多田ヒカルの演奏を司ってきたヘンリー・バウアーズ=ブロードベント(Key, Gt, Perc)や、前回ツアーにも参加していたベン・パーカー(Gt)らがしっかりとサウンドを統率しているからこそ。その中にあって、特に新メンバーとなるHinako Omori(Key)の鍵盤がユニークで没入感たっぷりの演奏を見せていたのが非常に印象的だった。

ここで、宇多田ヒカルは次のように語っていた。少し長いが、重要なMCなので引用しよう。

「生きていると、望んだものが必ずしも自分にとっていいことだとは限らないし、望まなかったことがすごく自分を成長させてくれたり。何かを失ったりしても……失ったってことは与えられてたんだなって気づかされたり、失ったものはずっと心の一部になるって知ったり。与えられなかったものも自分をすごく豊かにしてくれたなってこともわかったし、与えることも喜びとか満たされる気持ちもわかったし。すごく私はいい25年だったなと思うから、みんなもそうだといいなと思うし、これからの25年もいい時間になるといいなと思う」

MCを聴きライブを観ていて感じたのは、やはりこの日のパフォーマンスが、観客との信頼関係の上に成り立っていたということ。『BADモード』がそうだったように、宇多田ヒカルはライブにおいても”宇多田ヒカルらしさ”そのままをさらけ出しはじめている。だからこそ、この日のパフォーマンスも終始ナチュラルで今までにない優しい表情を見せており、それは信頼し合う関係でなければ成立し得ないものだと思うのだ。


Photo by TEPPEI KISHIDA

そもそも、ベストアルバムに『SCIENCE FICTION』というタイトルを与えたことについて、「自分が体験した出来事と感情を、一度解体してから再構築して作品にするっていうプロセスを、それをしない人にどうしたら説明できるだろうってずっとモヤモヤしていました」というところから「じゃあ自分で『SCIENCE FICTION』って言っちゃえばいいじゃん!」(『SFマガジン』2024年6月号)と語っていた通り、宇多田ヒカルの創作活動は以前からずっとSCIENCE FICTIONそのものであった。世界観を構築しコンセプチュアルなイメージを作り上げなくとも、宇多田ヒカルが自らをそのままさらけ出すことで成立する”SCIENCE FICTION”なるもの。同時にそれは、物事を一方向に規定しないということでもある。フィクションとノンフィクションの境界線がなくなり、あらゆる人にとってあらゆる捉え方ができるようになること――宇多田ヒカルの音楽は、歌詞は、いつの時代もそのように作られていたはずだ。だからこそ、あらゆるマイノリティも包括し、それぞれが「私のこと」として受け止められる音楽になっているのではないか。

「何色でもない花」「One Last Kiss」「君に夢中」とA.G.クックのプロデュース曲が続くラストスパートで、その想いはますます強まった。シンセベースのぞくぞくする低音と粒立った音色が身体を揺らし、ボーカルは懐の深い伸びやかな声を聴かせる。それは、オペラグラスで観客の顔を確認しようとしたり、「みんなと待ち合わせ成功」と言ってみたり、どこまでもお茶目で、その場にいるオーディエンスを信頼していないと出ないであろう声だった。アンコールではラフなスタイルで現れ、「Electricity」「Stay Gold」、そして黄色いソファに座ったパフォーマンスで「Automatic」を熱唱。終演に向かうにつれて、ますます楽しそうに歌う姿が目に焼きついて離れない。特に「Electricity」ではアオイヤマダと高村月のユニット・アオイツキがダンサーとして出演し、サックス奏者のMELRAWも登場。実に賑やかで、祝祭的な空気だった。


Photo by TEPPEI KISHIDA

ライブを経て改めて分かったこと――SCIENCE FICTIONとは、宇多田ヒカルそのものだ。デビューから25年でたどり着いた地点、それはファンとの信頼関係なのかもしれない。宇多田ヒカルは、「音楽は言語のようなもの」と述べてきた。社会的前提を共有し、境界を作らず、あらゆる人に開かれ、ゆえに多くの解釈を生むような音楽=言語を多く生み出してきた活動。ファンは、その一つひとつを受け止め、それぞれがそれぞれの思うままに解釈してきた。”ファンダム”の名のもとでアーティストとファンの関係性が大きく変化している昨今、”SCIENCE FICTION TOUR 2024”は、そういった点においても一つの回答を提示しているように思えてならない。果たして、これを尊いと言わずして何と言えばよいのだろう。

「HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024」after movie




【HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 Set List】
1.time will tell
2.Letters
3.Wait & See 〜リスク〜
4.In My Room
5.光 (Re-Recording)
6.For You ~ DISTANCE (m-flo remix) *メドレー
7.traveling (Re-Recording)
8.First Love
9.Beautiful World
10.COLORS
11.ぼくはくま
12.Keep Tryin'
13.Kiss & Cry
14.誰かの願いが叶うころ
15.BADモード
16.あなた
17.花束を君に
18.何色でもない花
19.One Last Kiss
20.君に夢中
21.Electricity  *アンコール
22.Stay Gold *アンコール 最終公演のみ
23.Automatic  *アンコール


映像商品『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024』
2024年12月11日発売

【完全生産限定盤】
2BD+2CD 19,800円(税込)
【通常盤】
BD 7,150円(税込) 

<収録内容>
HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 本編映像 
HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 ツアードキュメント映像 *完全盤のみ
「Automatic」から「何色でもない花」まで全MV40曲映像 *完全盤のみ
ライブ音源CD2枚組 *完全盤のみ

予約:https://erj.lnk.to/uDIMHZ

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください