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孫を失った女性「助けてやりたかった…。今でも会いたい」 淡路島では追悼の合唱

産経ニュース / 2025年1月17日 9時34分

北淡震災公園の追悼行事で黙禱をする参加者たち=17日午前5時47分、兵庫県淡路市の北淡震災公園(南雲都撮影)

阪神大震災の発生から30年となる17日、淡路島の北淡震災記念公園(兵庫県淡路市小倉)で追悼式典が行われ、約250人が参加して犠牲者の冥福を祈った。島内の犠牲者数に加え、島にゆかりのある1人を加えた63個の竹灯籠を人工池に浮かべ、午前5時46分に黙禱(もくとう)。住民らでつくる「フェニックス合唱団」が「アメイジング・グレイス」を合唱した後、遺族らが慰霊碑に花を供えていった。

淡路市富島の伝法クニ子さん(78)は、近所に住んでいた長女の夫、松下章さん=当時(22)、孫の良太ちゃん=同(2)=と健太ちゃん=同11カ月=の3人を失った。

伝法さんは「生きていれば、孫たちはもう子供も生まれて幸せに暮らしていたんだと思う。30年はあっという間。助けてやりたかった…。今でも会いたい」と語る。

この日、自身も花を手向けた公園内の慰霊碑に刻まれた孫たちの名前をなでることで「元気をもらう」と語る伝法さん。約9年前には夫・良一さんも、74歳で孫たちのいる場所へと旅立った。現在は、夜空の星に孫や夫らの姿を思い浮かべながら「みんな元気で、天国から見てくれているかな」と語りかけるという。

小学校教諭の池田あゆみさん(36)=淡路市久留麻=は、小2の長男(8)と幼稚園の長女(5)の2人を連れて参加した。

「震災の発生から30年という節目なので」と初めて追悼式典に足を運んだ池田さん。30年前は大阪市内に住んでおり、家の中のタンスが揺れて皿が割れるといった記憶が今も残る。災害時に命を守ることの重要性を挙げながら「子供たちにも、この祭典を続けている人たちの思いを知ってほしい」と語った。

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