ALS患者の決断「心の準備できていない」 いったん望んだ安楽死を撤回、生き抜く選択 安楽死「拡大」の国カナダ(3)
産経ニュース / 2025年2月4日 8時0分
「死はすぐそこまで迫っていた。それでも彼は生きたかったのだと思います」
カナダ最大の都市、東部トロントの郊外に住むスティーブ・パーカー(64)は、2019年4月に61歳で亡くなった兄、ピーターに思いをはせる。全身の筋肉が徐々に動かなくなるALS(筋萎縮性側索硬化症)が進み、一時は安楽死を決意したが、揺れる心の中で懸命に生きる道を模索。手段を講ずることなく最後まで病と闘った。
スポーツやキャンプ、人と接することが好きだった。手先の器用さを生かし、大工として働いていたが、16年10月、異変が現れた。右手の握力が弱くなり、たびたび仕事道具を落とす。原因がはっきりしないまま時が過ぎ、約1年後、専門医にALSと告げられた。
症状の進行を遅らせる薬はあるが、根治療法は開発されていない。「兄をはじめ、家族全員、診断を受け入れることは難しかった。ただ、彼のためにできる限りのことはしたいと…」。スティーブは、2人に残された日々にしっかりと向き合うことを誓った。
「最後まで自身で決められる選択肢を」
病は容赦なく進行していく。18年夏頃、ピーターは一人で歩けなくなり、24時間ケアが受けられる施設に移った。
その直前、家族旅行に出かけた。アウトドアが好きな兄に雄大な自然を見せようと、スティーブが用意したのはヘリコプターでの遊覧飛行。そびえる山々の稜線(りょうせん)、眼下に望む川の流れは、つかの間現実を忘れさせてくれる。ピーターと過ごした最も幸せな時間だった。
一方、スティーブはその頃、40年来のピーターのかかりつけ医に、安楽死について相談した。
「できないことが増えるからこそ、最後まで自分自身で決めることができる選択肢があることを兄に示したかった」
無理強いはしない。けれどピーターは、あらゆる治療を尽くした上での最終手段として、「安楽死を望む」といったんは伝えた。
しかし、準備が整い、必要書類を携えたかかりつけ医が施設を訪れた19年3月、ピーターは、意思疎通のために使ってきた文字盤を通して、改めて素直な心情を吐露した。
《気持ちは変わるかもしれないけど、今はまだ心の準備ができていない》
《安楽死はしない》
最後まで生き抜くことを決めたピーター。振り返ると、この時点で余命は1カ月ほどしか残されていなかったが、その間、スティーブは温かいまなざしで緩和ケアに寄り添った。
「自分の意見や感情を共有するのが得意ではなかった兄が、はっきりと意志を示した。残された時間を、少しでも充実したものにしたかったのではないか」。当時の胸中を推し量る。
生き抜く先の「尊厳」を選ぶ
カナダの制度でも、安楽死を申請した後、取り下げることはもちろん可能だ。23年は申請者の2・5%、496人が取り下げを選んだ。
ピーターは闘病中、食事を飲み込むことが難しくなっても胃瘻(いろう)を造設せず、人工呼吸器もつけなかった。病気と、余命とさえも対峙(たいじ)し、堂々と尊厳ある最期を迎えた。スティーブはそんな兄の選択を尊重し、誇りに思う。
他方、安楽死は精神的な救いの手だてだとも感じる。
「選択肢はあっても、別に使わなくてもいい。安楽死するかしないか、決めるのは本人だ。ただ、死への最後の扉の前に立つからこそ、必要なものだと思います」
=敬称略(小川恵理子 池田祥子)
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