騙されアイドルだった中野たむが、がけっぷちで掴んだスターダム王者。「バレエで挫折して、ミュージカルもダメで、アイドルもダメで、騙されて騙されて、やっとプロレスに出会えた…」
集英社オンライン / 2023年5月23日 17時1分
2023年4月、国内最大の女子プロレス団体「スターダム」で中野たむ選手が看板ベルトを奪取し、トップの座に上りつめた。中野が王者になるまでの過程は波乱万丈の道のりだった。(前後編の前編)
テーマパークのダンサー志望がアイドルに
「宇宙一カワイイアイドルレスラー」を自称し、デビュー当時は「プロレスを舐めんな!」と非難され、賛否を巻き起こしながらマット界を盛り上げている彼女は、元地下アイドルという異色の経歴を持つ。
そのアイドル時代のトラブルだらけの顛末は、『ザ・ノンフィクション』でも特集され、ドキュメンタリー好き芸人の東野幸治が「今年一番面白かった」と絶賛したこともある。
数々の苦労を経てきた中野が、これまでの道のりを赤裸々に語る。
――今日は中野選手がどんな道のりを経て、プロレス界のスーパースターになったのかをお聞きしたいと思います。
中野(以下同) スーパースターなんて、そんな(笑)。よろしくお願いします。
――中野さんはもともと、演劇系の専門学校を出て、ミュージカルダンサーの仕事をしていたんですよね?
はい。でも、当時の給料って自分でチケットを売って得るチケットバックだけで、めちゃくちゃ生活が厳しかったんです。朝6時から9時までセブン-イレブンでレジを打って、10時から17時まで百貨店でバイトして、18時から22時まで稽古して、みたいな。
――バイトしてる時間の方が長いですね。
そうですね(笑)。ただ、周りのみんなもそういうところから上のステージに行こうと頑張っていて、私も当時はテーマパークのダンサーを目指していました。しっかりお給料がもらえて安定した生活が保証されますから。それでディズニーランドやサンリオピューロランドのオーディションを受けたんですけど、ものすごく狭き門で、全部落ちてしまって。そういう中で、アイドルグループのメンバーにならないかっていう誘いを受けたんです。
――それが『ザ・ノンフィクション』でも特集されたアイドルグループ「カタモミ女子」ですね。運営はアダルトビデオを制作しているソフト・オン・デマンド(SOD)だったそうですが、警戒しなかったんですか?
私、騙されやすいんですよ(笑)。キャッチに声をかけられて、すぐ化粧品とか買っちゃうタイプ。そのときも、「SODだけどこれからアイドル事業に力を入れていくし、めっちゃお金があるから大丈夫」って言われて。実際に、AKB48の『ポニーテールとシュシュ』と同じグアムで撮ったPVを見せられて、「これはスターになるチャンスだ!」と思ってしまったんです。
ギリギリだった地下アイドル時代
――ただ、まったく人気が出なかった。
はい。カタモミ女子は肩もみ店での接客でファンを付けつつ、ライブをするっていう店舗型アイドルだったんですけど、ライブをやってもメンバーの数とお客さんの数が同じ「合コン状態」だったりして。逆に、肩もみの方はすごく流行って、毎日12時の開店から22時まで出勤していました。
――それは労働基準法的にどうなんですかね(笑)。店ではどんなことをしてたんですか?
店の2階には畳が敷かれていて、仕切りで居酒屋の半個室みたいにできるんです。そこで1対1で接客するんですけど、肩もみなんてほとんどしないんですよ。お客さんは女の子と話したくて来てるから、手を握ってずっとお話するだけ、とか(笑)。
――中野さんはカタモミ女子のリーダーを務めていましたが、結局売れないままグループを卒業することになり、一緒に辞めたメンバーと一緒に新しいアイドルグループ「info.m@te」(インフォメイト)を結成しますね。
はい。インフォメイトは完全セルフプロデュースでした。本当にお金がなかったから、原宿で5000円で買ったワンピースをリメイクしたものを着て、チラシのデザインは私がやって、CDのパッケージや歌詞カードもプリンターでコピーしたものをハサミで切って作っていて。
――セルフプロデュースというよりは、DIYアイドルでは?
確かに(笑)。でも、私も抱え込みすぎるタイプなので、ワンマンライブの日の朝まで家でCDを作ってて、「もうできない……」って糸が切れちゃったんです。それで1年も経たないうちに解散してしまいました。
騙されて、騙されて、辿り着いたのが「プロレス」
――そしていよいよ、プロレス界へ。
はい。また騙されて(笑)。アクトレスガールズという団体の代表の方から、「1回、練習見に来たらどうや?」と誘われて。軽い気持ちで道場に行ったら、その場で「この子、今日から練習生やから! みんなよろしく!」って紹介されたんですよ。それでマット運動みたいなことをやってみたら、先輩たちが「すごーい! たむちゃん、絶対いけるよ!」ってめちゃくちゃ褒めてくれて。
――それ、大学のサークルとか高額なジムの勧誘と同じですよ(笑)。
そうなんですか(笑)。その2か月後にデビュー戦を行ったんですけど、直前に首の怪我をしてしまって、試合中はマジで死ぬかと思いました。
――試合前に首のヘルニアが発症してしまい、医者から「一生付き合わなければいけないかもしれない」と言われたとか。
はい。当時は電車が揺れるだけでもすごく痛くて、肩から指先までずっとしびれてる状態でした。ただ、プロレスラーになってから一度長期欠場して、だいぶ良くなったんですよ。今でもジャーマンを受けたりすると、ビリっとくるけど、ぜんぜん気にしてませんね(笑)。
――どうしてそんな大怪我をしてまでプロレスラーになろうと思えたんですか?
引くに引けなかったんですよね。私は子供の頃からやっていたバレエで挫折して、ミュージカルもダメで、アイドルもダメで、やっとプロレスに出会えた……。だからこれが最後の砦だったんです。それにプロレスって、アイドルと一緒だなって思ったんですよ。
――どういうことですか?
アイドルって、めちゃくちゃ過酷なんです。厳しいレッスンを経て、ステージの上で命を燃やしてパフォーマンスする。そしてその姿に元気をもらったファンの人に支えてもらう。それってプロレスと同じだなって思ったんです。私たちもマットの上で命を削って、ファンの人に支えてもらってますから。ただ、痛いか痛くないかの違いはありますけど(笑)。
プロレスラーこそアイドルの究極系
――個人的な印象論なんですが、男子プロレスに比べて、女子プロレスはあまり怪我をアピールしない風潮がある気がします。たとえば蝶野正洋さんの首とか、武藤敬司さんの膝の怪我が、男子プロレスでは試合の流れやその後のストーリーにつながってきますが、中野さんは首のことを言ったりしないですよね?
そうですね。「首はみんな悪いから、私が言ってもなぁ」って感じですけど(笑)。ただ、怪我のアピールに関して男子と女子で違いがあるとしたら、そこが女子プロレスらしいところかもしれません。女子プロレスって、男子より感情が見えやすいと思うんです。
だから怪我で駆け引きするよりは、真正面から殴り合って、命を削り合っていく。そしてお互いのイデオロギーを証明していく。そういうところが、私が女子プロレスを好きな理由です。
――なるほど。その後アクトレスガールズを辞め、スターダムに移籍してから、すぐに「ミスiD」のオーディションを受けますね。動機はなんですか?
アイドル時代は、自分はミスiDっぽくないと思ってたから、応募する気にもならなかったんです。だけど、プロレスを始めてから、自分というものが確立されてきたような気がして。
――あまたいるアイドルのひとりではなく、プロレスラーでアイドルという唯一無二の人になれた、ということですか?
あ、はい。誰かにそう言ってもらいたかったって感じですかね(笑)。ただ私は、プロレスラーこそアイドルの究極系だと思ってるんですよ。
さっきも言ったように、アイドルとは命を燃やす姿を人に見せる職業だけど、プロレスラーも命を燃やす様をリングの上で見せてますから。というか、こっちはマジで命かけてやってっから!みたいな(笑)。
中野たむ選手の宇宙一カワイイアザーカット
取材・文/西中賢治 撮影/武田敏将
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