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自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」

集英社オンライン / 2023年7月12日 10時1分

2023年6月30日に防衛大学校の等松春夫教授が衝撃的な告発を発表した。防大、防衛省の構造に警笛を鳴らすこの論考を有識者たちはどのように読んだのだろうか。防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校講師を歴任した大木毅氏が綴る。

何のために命を懸けるのか――等松論考の指し示すこと

寒心に堪えない【1】

「集英社オンライン」で公開された等松春夫防衛大学校教授のインタビューと論考に接しての率直な読後感だ。



防大では、「咎人」、すなわち、他の配置でパワハラや服務違反をしでかした幹部自衛官が一種の左遷先として教官に送り込まれ、その任を果たし得ない場合が少なくない。そればかりか、彼らはしばしば陰謀論に染まり、「商業右翼」を招いて学生に講演させるなど、不適切な行動に出る。

こうした事例は、防大のみならず、陸上自衛隊の教育訓練研究本部、海上自衛隊・航空自衛隊の幹部学校など、旧軍でいえば陸軍大学校・海軍大学校に相当する高級将校養成機関にもみられた。

しかし、防大を牛耳る、事なかれ主義の事務当局【2】は、こうした事態を解消しようとはせず、問題の隠蔽に走り、陋習(ろうしゅう)【3】の維持をはかった。かような当局の姿勢をみた学生の多くは、おのずと上位者への忖度に汲々【4】とし、「フォロワーシップ」という名の付和雷同【5】に唯々諾々(いいだくだく)【6】と従うようになる。

かかる頽廃は、コロナ禍対策における拱手傍観(きょうしゅぼうかん)【7】、賭博、教官と学生が関与した保険金詐取、自殺未遂、脱走といった不祥事をもたらした。その結果、志と批判的精神をなお堅持している優秀な学生ほど、防大の現状に絶望し、多くは退校の道を選ぶ。

まことに荒涼たるありさまであり、将来の幹部自衛官を育成する機関としては、即刻対策を講じるべき惨状だといえる。等松教授が職を賭して、告発に踏み切ったゆえんであろう。

しかしながら、SNS等のネットの反応をみると(管見のかぎり、それ以外のメディアでは報じられていない)、等松論考は、そのインパクトにふさわしいだけの反応を得ていないように思われる。

右派は、黙殺するか、けしからぬ自衛隊批判と、等松教授を誹謗中傷した。左派は、かくのごとき教育を受けた幹部が軍事力を動かすなどもってのほかだと批判する。それ自体はもっともなことであるが、なかには立ち止まってゼロベースで考え直すべきだとし(自衛隊に武器を持たせない、防衛行動を許さないということだろうか)、さらには現政権の防衛力整備方針への反対につなげる向きもあった。

国家の機能は一瞬たりとも機能不全におちいることを許されないが、防衛はとりわけその性質が強いという。その、ごく当たり前の前提から考えれば、ためにする空論といわざるを得ない。あるいは、自衛隊廃止や防衛力整備の中止をあからさまに唱えることは、昨今の世論に鑑みて、政治的に得策ではないがゆえの苦肉の言説であろうか。

自衛隊という世界有数の戦力を有する組織が抱える病い

だが、等松論考には、そうした皮相で党派的な反応でかたづけるには深刻に過ぎる事態が指摘されている。それは、単に倫理・教育上の問題であるのみならず、防衛力の減衰に直結しかねない重大事なのだ。

防衛大学校走水海上訓練場@横須賀

さらに、そこで暴露された、さまざまな問題は、病気にたとえるならば「症状」であり、その「病根」は、自衛隊という世界有数の戦力を有する組織が、しかし、軍隊ではないという、矛盾した存在であることではないかと、筆者は憂慮する。

むろん、防大の綱紀粛正(こうきしゅくせい)【8】、制服ならびにシヴィリアンの教官(各省庁が防大を島流しの場にしていることも放置できまい)人事の制度改革は、可及的速やかに実行されるべき対策であるけれども、それらは、いわば「対症療法」であろう。「病根」を抜本的に断たなければ、いずれまた「症状」は別のかたちで出てくるはずだ。

将来の自衛隊幹部を育成する教育機関、すなわち、組織がその機能を発揮するための、死活的な重要性を持つ部署に、なぜ不適切な分子が配置され、敢えていうなら防衛力の毀損につながるような悪影響をおよぼすことが許されているのか。

諸外国の士官学校に相当する存在である防大が、官僚主義的に運営され、規律厳正とはいいがたい状態におちいっているのは、何ゆえなのか。

防大、また、多くの高級幹部養成機関の指導者たちが、ショーヴィニズム【9】、もしくはアナクロニズム【10】を剥き出しにした人士を招いて、彼ら彼女らの講演を幹部自衛官に聴かせるのは、いかなる理由からなのか。

このような現象が生じる根源には、自衛隊に、その存在意義の規定、直截にいえば、戦う目的が明示されていないことがあると思われる。今さら指摘するのも馬鹿馬鹿しいが、自衛隊は、民主主義を奉じる日本国民の自由と繁栄に対する脅威を抑止し、不幸にも有事に突入した場合には、それらを武力を以て守ることを任務とする「軍隊」であろう。自衛官は入隊にあたり「服務の宣誓」を行う。その核心は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える」点にある。

しかるに、日本国憲法が戦争の放棄と軍隊の非保有を定めているとの大前提のもと、自衛隊が存在する目的は曖昧なままとされ、自衛官が有事において命懸けで任務を遂行する理由づけ、動機づけも、形式的・表層的にしか与えられなかった。

とはいえ、おのが存在意義を確信できず、目的もあきらかにされないまま、命を的に懸けることなどできるものではない。何らかの規範が必要である。

防大の現状改善は喫緊の急務だが、問題の根源は…

この欠落を埋めるために、多くの幹部自衛官が頼ったのは、直接の先輩であった旧陸海軍の価値観、つまり戦前の国防観ではなかったか。なるほど、帝国海軍直系と自認し、公言する海上自衛隊を除けば、陸上・航空自衛隊は旧軍とは断絶しているとの建前を取っている。

しかし、実際には、旧陸海軍のあり方が模範とされ、もてはやされている例が少なくないのは一目瞭然であろう。かような軍隊規範の代替行為が、未来の将軍提督に対し、日本神話にもとづく国防意識の涵養(かんよう)が説かれるなどというグロテスクな事態を招いているのではあるまいか。

そう考えると、等松論考が剔抉(てっけつ)【11】したのは、憲法と自衛隊をめぐる深刻な問題であったと思われるが、その議論にはいっそうの紙幅を要することでもあり、ここでは、自衛隊の存在意義の観点から、今回暴露された諸問題への対応に行論【12】を絞ることにしよう。

繰り返しになるが、防大、また諸幹部学校などの現状改善は、もとより喫緊の急務である。しかし、自衛隊の存在意義とそれに基づく規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できまい。それなくしては、等松論考に述べられたような事態が、時と場所、かたちを変えて、再発することになろう。

幸いにして、自衛隊は存続期間において旧軍を超え、しかも、その間、殺すことも殺されることもなしに、日本の安全保障を安泰たらしめてきた、輝かしい歴史を有する。「戦わずして戦いを防いできた」ことこそ、「民主主義国家の軍隊」の真骨頂である。一部の幹部自衛官がいう、自虐史観へのアンチテーゼによる動機づけなど必要はあるまい。

民主主義国家の自由と繁栄を守る崇高な任務についているとの誇りを強調し、より適切な自衛官の防衛意識をつちかうための規範を打ち立てることは、けっして困難ではないはずだ。悪弊を根本的に除去するには、そこに手をつけなければならないのではなかろうか。

最後に、航空自衛隊歌「蒼空遠く」(海老根達 作詞)の一節を引用しておこう。

「むなしかる栄枯の夢は さめて我等に惑いなし」

自衛隊が自浄作用を発揮し、一日も早く惑いなき正道に戻ることを期待する。


以下は、編集部による補註

【1】恐れや不安を抑えきれず、心配でならない、の意。
【2】等松論考で示された、総務部(事務官/防衛省から出向してくる行政官僚)を中心としたとした防大を運営する官僚グループ。ここには副校長や学校長といった指導部も含まれる。

【3】卑しい悪習。
【4】小事にとらわれ、あくせくすること。
【5】自分の考えをもたず、周囲の雰囲気に流されること。
【6】人のいいなりになり、おもねるさまをいう。
【7】手をこまねいて、ただ眺めている様子。
【8】国を治める上でのさまざまな規律を引き締めて不正を厳しく取り締まること。
【9】排外的で極端な自国民優越主義。
【10】時代錯誤の意。
【11】えぐり出すの意。
【12】論を進めていくこと。

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