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半分は国に把握されていない“軽度知的障害者”の人口と時々みられる特徴「忘れ物が多い」「キレやすい」「手先が不器用」…

集英社オンライン / 2023年9月6日 10時1分

知的障害のある人は、厚生労働省が把握する人数より倍以上も多いと推計される。それは境界知能や軽度知的障害だと、学校の先生や親でも気づかないケースが多々あるからだ。なぜそのような事態が起きるのか。『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』 (SB新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

厚労省が把握する知的障害者は少ない?

知的障害は、児童相談所や病院などで知能検査を受けることでわかります。ただし、目立った困りごとがなければ、そもそもそういった機関に相談にも行きませんからますます気づかれないままです。

知能指数は基本的に正規分布(平均値の度数を中心に、正負の度数が同程度に広がる分布)に沿っていますので、統計的には、日本の人口の約2%(約250万人)の人がIQ70未満に該当し、知的障害の可能性があることになります(2023年時点の日本の人口は1億2477万人)。



しかし、厚生労働省が把握している知的障害者は1%未満です(2016年の厚生労働省の調査では、総人口1000人当たりの知的障害者は9人)。2000年代までさかのぼると0・5%もいませんでした。

つまり、知的障害のある人は、厚生労働省が把握する人数より倍以上も多いと推計されます。では、なぜ調査で把握された人数のほうが少ないのかというと、楽観的な見方をすれば、社会の中でうまく生活できていて、診断を受ける必要がないのかもしれません。しかし悲観的に見れば、障害があって困っていても気づかれずに支援の枠から外れてしまっている可能性もあるのです。

なお、厚生労働省が把握している知的障害者というのは、療育手帳所持者の推計値です。この手帳は、自治体によって「愛の手帳」(東京都・横浜市)、「愛護手帳」(青森県・名古屋市)など呼び名が違う場合があります。

療育手帳を取得するメリットは、各種福祉サービスを受けられる、障害の証明(「障害者割引」を受けられる)、「障害者求人」への応募が可能になることなどが挙げられます。この療育手帳を取得する必要がないということは、福祉サービスを必要としていないとも受け止められてしまうこともあります。しかし、困っていないから療育手帳がいらない、というのならばまだいいのですが、本人も周囲も困りごとの原因が、知的障害にあることに気づいていない場合があります。

「私はどうして勉強ができないんだろう?」

「どうして仕事がうまくいかないんだろう?」

などと困っていたとしても、それだけで知能検査を受けに行く人など、ほとんどいないのが現状です。

医療少年院で知った少年たちの課題

児童精神科医である私も、かつては知的障害の子どもの存在に気づいていない時期がありました。

私はもともと、公立の精神科病院で働いていて、発達外来、児童思春期外来などが専門で、患者さんのほとんどが発達障害の子どもたちでした。ずっと自閉スペクトラム症やADHD(注意欠如・多動症)の子どもたちを診ていたわけです。ですから、「困っている子ども」というと、主に「発達障害」のイメージでした。

その後、医療少年院で働くことになったのですが、そこで問題になっていたのは多くが知的障害でした。軽度知的障害や、境界知能をもった発達障害の少年たちが数多くいたのです。

では、なぜ病院では知的障害の子にはあまり出会わなかったかというと、子どもの障害が知的な面だけだと、医学的治療はあまり関係しないからです。

知的障害というと特別支援教育や福祉サービスは必要ですが、それだけでは医療機関にかかる必要性はあまりありません。自傷他害等が激しい強度行動障害の方々の投薬調整や、診断書の更新以外は、軽度知的障害の方々(知的障害の約85%)と精神科医療とは、ほとんど関わることがなかったのです。一方、発達障害だと、診断や通院による継続的な治療の必要があったりして、医療との関わりが深くなります。

公立の精神科病院から医療少年院に移ってみて、そこに軽度知的障害の少年たちが数多くいる現状に遭遇し、病院とは違う問題があることを知りました。

知能の問題がきっかけで勉強についていけず怠学し、結果、非行につながり犯罪の加害者になっている少年たちがいる現状を初めて知ったのです。

病院ではあまり見ることのなかった知的障害の子どもたちの課題を、医療少年院で初めて認識しました。知的機能のハンディが、子どもの生きづらさや困難を語る上で避けて通れない問題だと気づいたのです。

境界知能、軽度知的障害が見過ごされる理由

境界知能や軽度知的障害だと、学校の先生や親でも気づかないケースが多々あります。統計上は、境界知能は人口の14%、35人学級であればクラスに5人くらいはいる計算です。困っている子どもの人数は想像以上に多いにもかかわらず、です。

家庭では、わが子とはいえ、特に家庭で親御さんが気づくのはなかなか難しいことです。自分の子ばかり見ていると比較対象がなく、どうしてもわが子を基準に考えてしまいがちです。きょうだいができてから気づく場合もありますが、1人目だとなかなかわからないかもしれません。また、3歳児健診や5歳児健診で、わが子の遅れを訴えても「経過観察」とされるケースもあります。

集団の中の一人として子どもを見ている学校のベテランの先生であれば、知的障害に気づくこともありますが、境界知能となると概して難しく「この子はなんかほかの子と違うな」という違和感を覚えながらも、特別な支援にまではつながらないケースもあります。

2019年からは教職課程に「特別支援教育」に関する科目が必修化されました。

ただし、授業で知的障害の概要を教わっても、現実に境界知能や軽度知的障害の子どもに接する機会があるとは限りません。そういう子どもたちが、実際にどのような言動をとるのか、それがどういう症状の表れなのか、というところまでは具体的に学べる機会がなかなかないのです。ですから、境界知能や軽度知的障害の子どもがクラスにいたとしても、先生方が見過ごしてしまうこともあるでしょう。

それは学校の先生に限らず、私たち医師にも言えることです。医学部では知的障害の定義的なことについては学びますが、実際に境界知能や軽度知的障害の子どもを前にしても、実際に接したことがなければわかりません。そういった子どもたちは見た目ではほとんど区別がつきませんし、普段の生活の様子もほとんど健常児と変わらない子もいます。

子どもを理解することから始める

では、そういうお子さんたちを見過ごさないためには、どうしたらいいのでしょうか?それには、まずは目の前の子どもの状況を正しく理解することから始めるしかありません。

境界知能や軽度知的障害の子どもたちの困りごとは、勉強が苦手という学習面だけにとどまりません。普段の生活の中で、いろいろと困っているサインがあるはずです。例えば、

•友達との会話についていけない
•相手の気持ちが想像できずにトラブルになる
•感情をコントロールするのが苦手。キレやすい
•約束を忘れてしまう。忘れ物が多い
•先生の話を聞けない
•手先を上手に動かせない
•体をうまく動かせない
……

そんなサインを観察し、困っている状況やその背景をひとつずつ理解していくことです。

そのためには、常に子どもの目線に落として、何に困っているのかを見ることです。子ども目線に立って、困っていることを考えると、必要な支援が見えてきます。

もうひとつ大事なのは、子どもの話をしっかり聞くことです。子ども相手に限らず、人は、聞いているようでいて相手の話を聞き流してしまうものです。特に子ども相手ですと、説明がつたなかったり要領を得なかったりして、「それって、こういうこと?」などとつい口をはさんでしまいがちです。

さらに「あなたにも問題があるんじゃないの?」などと否定する発言をしてしまったら、子どもは心を固く閉ざしてしまいます。子どもにしてみれば、親や先生からの意見が欲しいわけではなく、ただ話を聞いて、自分のことを受け入れてもらいたい一心なのです。ですから、子どもの目を見て、しっかり相づちを打ちながら、話に耳を傾けることが大切です。

その際に、子どもが「お母さん、どうしたらいい?」「先生、どう思いますか?」などと意見を求めてきたら、初めて助言を与えてあげればいいと思います。

知的障害と診断されても変わる可能性

医師の中には「知的障害のIQは一生変わらない」と言われる方々もおられますが、私は、それには疑問をもっています。知能検査で知的障害域のIQと出ても、数値は変わる可能性はあります。逆に一生変わらないことを証明するほうが困難ではないでしょうか。

近年、IQは思春期になってからも変化するという報告も出てきています。

2011年、英国ロンドン大学の研究チームが、12~16歳の思春期世代の被験者33人を対象にIQテストを行ったところ、4年後のテストでは20ポイント上昇した人がいることを確認しました(ただし、同じくらい下がった人もいたそうです)。

これだけで結論づけることはできませんが、それでも、そもそも子どもの脳、特に小さな頃の脳がどう変化するかは、未知な部分が大いにあります。

私は認知機能の弱い少年や子どもたちと多く関わってきて、トレーニング次第で大きく伸びる少年や子どもたちも少なからずいることを目の当たりにしてきました。

境界知能や軽度知的障害だとされても、要素的な認知機能(例えば注意力など)に関しては改善していく可能性はあります。程度に差はあれ、それが結果的にIQの変化にもつながらないと誰が証明できるでしょうか。

もしも子どもの可能性を「少しでも伸ばしてあげたい」と思っているのなら、今できることを前向きに取り組んでいく価値は十分にあると信じています。

文/宮口幸治

『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』 (SB新書)

宮口 幸治

2023/8/5

990円

208ページ

ISBN:

978-4815609931

日本人の7人に1人! 「普通」でも「知的障害」でもないはざまの子どもたち

【内容】
境界知能の子どもたちは、一見すると普通の子に見えます。
もしも、みなさんの知り合いに境界知能のお子さんがおられたとしても、まず気づかないと思います。その子に道で出会ったら、あいさつを交わして会話も成り立って、困っている子には見えないはずです。あるいは、わが子が境界知能の場合でも、客観的には普通の子に見えるのではないでしょうか。
「普通」の子に見えるのに、「普通」ができない――これは、境界知能の子だけではなく、軽度知的障害の子にも当てはまる場合があります。知的障害でも「軽度」というところがポイントで、一見すると普通の子に見えて、見過ごされてしまうケースがあるのです。本書では、「境界知能の子どもたち」と銘打っていますが、その内容は軽度知的障害の子にも当てはまる部分は大いにあります。

・授業についていけない
・友達とうまくつき合えない
・感情コントロールが下手
……そんな困りごとがあれば、子ども本人のやる気や性格のせいだと片づけるのは早計かもしれません。
この本を手に取った方は、境界知能の子どもの親御さんや、クラスに「気になる子ども」のいる学校の先生、あるいは福祉や心理など特別支援教育の関係者の方が多いかと思います。
親や教師、周囲にいる大人は、その子のしんどさ、そしてしんどさの背景にある認知機能の問題に気づいてあげてほしいのです。
(「はじめに」より)

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