フィンランドの防衛技術が日本の領土を守る!? 75年ぶりに国防武官が在日大使館に着任。防衛軍制服組トップと国防相が立て続けに訪日する異例の事態も…
集英社オンライン / 2023年9月6日 17時1分
ウクライナ侵略によってロシアの脅威が高まる中、フィンランドでは、特に外交・安全保障関係者の間で日本への関心が急速に高まりつつあるという。日本とフィンランドの間で、安全保障の文脈で連携を深める絶好の機会が訪れているというが、いったい何が起きているのか。『フィンランドの覚悟』(扶桑社新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
防衛首脳による相互訪問
日本とフィンランドの間では近年、防衛首脳による相互訪問が、頻繁に実施されている。これは、両国の安全保障協力が着実に深化していることを示している。
2018年5月には、小野寺五典防衛大臣がフィンランドを訪問し、大統領公邸においてニーニスト大統領を表敬した。その後、ユッシ・ニーニスト国防相と会談し、ロシア情勢などについて意見が交わされた。
この訪問から短期間に、10月には河野克俊統合幕僚長がフィンランドを訪問し、2019年2月にはニーニスト国防相が日本を訪問した。
統合幕僚長によるフィンランド公式訪問は、2000年7月以来、18年ぶりであった。河野統合幕僚長はロシア訪問後にフィンランドを訪れ、ニーニスト大統領とニーニスト国防相を表敬したほか、ヤルモ・リンドベリ国防軍司令官と会談した。加えて、フィンランド海軍部隊やフィンランド海軍アカデミーを訪問した。
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2019年2月の訪日では、ニーニスト国防相は岩屋毅防衛大臣と会談し、日フィンランド防衛協力・交流に関する覚書への署名が行われた。フィンランドにとって、同種の覚書への署名は10か国目であるが、アジア国家との間では初めてであった。
翻って日本にとってフィンランドは、普遍的価値を共有する戦略的パートナーであり、防衛協力を進展させることは自然の流れといえよう。
軍制服組トップと国防相が立て続けに同じ国を訪問するのは異例
2020年8月には、河野太郎防衛大臣とカイッコネン国防相が、日フィンランド防衛相テレビ会談を実施した。
「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の維持、強化に向けて、防衛協力、交流を強力に推進していくことで一致した。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの最中にもかかわらず会談が実施されたことからは、防衛協力進展のモメンタムを維持しようという両国の意志が見て取れる。
パンデミックの鎮静化に伴って、防衛首脳による訪問が再び活性化した。
2022年9月には、フィンランド軍制服組トップであるティモ・キヴィネン国防軍司令官(陸軍大将)が、山崎幸二統合幕僚長の招待により日本を公式訪問した。キヴィネン司令官はウクライナ侵略について、ロシアの戦略的なミスであるという認識を示し、結果としてフィンランドがNATOに加盟することになったと語った。
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10月には、カイッコネン国防相が訪日して浜田靖一防衛大臣と会談し、ロシアのウクライナ侵略などによって国際社会が厳しい安全保障環境に直面する今こそ、日本やフィンランドをはじめとする国際社会の結束が重要であることを確認した。軍制服組トップと国防相が立て続けに同じ国を訪問するのは異例であり、フィンランドの積極姿勢が際立つ形となった。
なお、訪日後にカイッコネン国防相は、育児休暇を取得すると表明した。マリン内閣の男性閣僚としては、初めての取得例となった。
2023年5月には、小野田紀美防衛大臣政務官がフィンランドを訪問、カイッコネン国防相、プルッキネン国防次官と会談した。
また、ハイブリッド脅威に対抗するため、専門知識とトレーニングを提供することを目的に設立された欧州ハイブリッド脅威対策センター(Hybrid CoE)や、フィンランドの代表的な防衛産業であるパトリア社を訪問している。
パトリア社は、航空宇宙、安全保障分野に強みを持つ老舗メーカーで2021年に創立100周年を迎えた。株式については、フィンランド政府が50.1%、ノルウェーの大手防衛企業が49.9%をそれぞれ保有している。
75年ぶりに在日大使館に国防武官着任
このように、近年、日本とフィンランドの防衛関係は急速に深化しているが、こうした流れを受けて、2020年に東京のフィンランド大使館に国防武官が着任した。日本に専任の武官が着任するのは、なんと75年ぶりのことだった。
フィンランド国防軍から派遣されたのが、陸軍所属のキンモ・タルヴァイネン大佐であった。
タルヴァイネン大佐とは、筆者も個人的な親交がある。筆者との会話の中で、大佐は日露戦争の英雄である東郷平八郎元帥に対して度々敬意を表するなど、日本に対して強い関心を持ってくれている。フィンランド軍は素晴らしい人物を日本に派遣してくれたというのが、筆者の率直な感想である。
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タルヴァイネン大佐が日本文化についても興味があるということで、筆者が茶道を稽古していると伝えると、以前からぜひ一度は体験してみたかったという話が、会食中に飛び出したことがあった。
そこで筆者から、自分自身の師匠である町田宗隆先生(裏千家業躰)にお願いをし、京都花園でお茶を一服召し上がってもらった。
町田先生は、フィンランド渡航時に現地で求めた道具で、茶室をしつらえてくださった。和の空間に、フィンランドのテイストが添えられ、客人を迎える準備が整った。タルヴァイネン大佐は、編笠のような道具についてカレリア地方のものではないだろうかという見立てを披露するなど、町田先生のしつらえをきっかけにして、話にどんどん花が咲いた。
フィンランドの軍人は、日本有数の茶人からフィンランドに対して示された敬愛の念をしっかりと受け止め、お互いの心が通い合った。日本のもてなしの心は、世界に通用するものであり、日本人が誇るべきものであることを改めて感じさせられた茶席だった。
フィンランド、スウェーデンがNATO加盟申請前から、日本は防衛駐在官を派遣
一方で、日本からフィンランドへの派遣は、どうなっているのだろうか。ヘルシンキに日本の陸軍武官が初めて派遣されたのは、1934年4月だった。海軍武官ではなく陸軍武官がまず派遣されたのは、フィンランドがソ連と陸上で国境を接していることを念頭に置いてのことだっただろう。
第一次世界大戦後には、ポーランド、ハンガリー、ラトビア、ルーマニア、そしてフィンランドといった国々に、まるでソ連を取り囲むかのように、駐在武官が配置されていった。仮想敵国であるソ連の周辺国において、情報収集にあたらせることが目的だった。派遣に際しては、情報収集という目的にかんがみ、語学能力も重視された。
フィンランドに派遣された海軍武官については、1941年まではロシア語修習者、それ以降はドイツ語修習者が派遣されている。ただしフィンランド人は、ドイツ語には応じるが、ロシア語は理解できても使わなかったという。フィンランドにおけるソ連への冷たい視線を物語るエピソードといえよう。
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現在では、在フィンランド日本国大使館に、防衛駐在官が配置されている。筆者の在外研究中は、陸上自衛隊から、鈴木2等陸佐が派遣されており、筆者もフィンランドで多くのことを教えてもらった。
北欧諸国への派遣状況を比較してみると、スウェーデンには1等陸佐が1名派遣されているが、ノルウェーとデンマークには実員は配置されていない。
日本としては、北欧諸国との防衛関係では、スウェーデンそしてフィンランドとの関係を重視しているということだ。NATOへの加盟を申請する前から、両国に防衛駐在官が派遣されていたのは、ロシアを念頭に置いてのことにほかならない。
なお、フィンランドの防衛駐在官は、エストニアも兼轄しており、駐エストニア大使の国防軍司令官への表敬に同席するなどしている。
日本との防衛交流と防衛協力
現場での交流としては、2018年8月には、練習艦「かしま」と護衛艦「まきなみ」が、ヘルシンキ港カタヤノッカ埠頭に寄港した。
海上自衛隊練習艦隊による遠洋練習航海の一環であり、同港に立ち寄るのは5年ぶりであった。イギリスのポーツマスへの寄港までの間に、フィンランド海軍との間で、親善訓練(PASSEX)が実施された。
加えて、マンネルヘイム元帥の墓への献花を通じて、フィンランドの英雄に敬意が表された。
ヘルシンキのヒエタニエミ無名戦士墓地の奥に、マンネルヘイムは眠っている。そして彼を取り囲むように、祖国のために一命を捧げたかつての部下たちの墓石が並んでいる。
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ヘルシンキ市中心部のエスプラナーデ公園では、練習艦隊音楽隊による演奏が披露され、フィンランドの一般市民との交流が図られた。太鼓や空手といった日本文化も紹介された。
三等海尉に任官して間もない初級幹部にとっては、慣海性を涵養する世界一周の船路の合間で、国際交流を図る貴重なタイミングとなっただろう。
相互理解を図る防衛交流に加えて、より実質的な意味合いを持つ防衛協力の進展も図られている。フィンランドは汎用品・汎用技術の分野で強みを有しており、防衛装備についての協力は自然な流れといえよう。
防衛省はフィンランドの「緑の悪魔」導入を決定
防衛省は、陸上自衛隊が導入する次期装輪装甲車(人員輸送型)に、AMVを選定したと2022年12月に発表した。選定されたAMVは、“Armored Modular Vehicle”(装甲モジュラー車輛)の略称であり、96式装輪装甲車の後継車両である。
フィンランドの総合防衛企業パトリア社製であるが、国内防衛生産、技術基盤への裨益にかんがみ、日本企業受注によるライセンス生産が追求されることとなっている。
パトリア社はこれまで、技術移転に積極的な姿勢を示している。日本で製造されたAMVの海外移転という可能性も、一部では取り沙汰されている。
防衛省は、装輪装甲車の開発に際して、防御力を重視していた。だが、96式装輪装甲車の開発中止を受けて、次期装輪装甲車の導入計画がスタートした。
競合相手は、三菱重工業によって試作された機動装甲車だったが、基本性能と経費の観点から、AMVに軍配が上がった。航空新聞社の報道によれば、基本性能の評価の違いは、防御力と乗員の生存性についての評価の差によって生じたのではないかと推測されるという。
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AMVはその高い防御性から、「緑の悪魔(Green Devil)」とも呼ばれている。これまでにアフガニスタンなどで実戦投入されているが、対戦車火器や地雷による攻撃にもかかわらず、軽微な損害で任務を継続し、イスラム原理主義武装勢力から、「緑の悪魔」と恐れられたという。
用途としては、戦闘部隊や戦闘支援部隊などに装備し、敵の脅威下における戦場機動、人員輸送などに使用するとともに、国際平和協力活動における車列警護などが想定されている。
AMVの導入を受けて、2022年12月には藤村和広駐フィンランド大使が、2023年5月には小野田紀美防衛大臣政務官が、相次いで同社を訪問している。
同社は2021年にパトリア・ジャパンを設立し、日本及びアジア市場への進出の足掛かりを築こうとしているが、陸上自衛隊から契約を受注し、早速結果を出した格好となった。
陸上自衛隊は、次期装輪装甲車を航空自衛隊のC‐2輸送機で空輸することも想定している。
より核心的な用途としては、島嶼防衛が挙げられる。南西諸島での有事においてAMVが活用されれば、フィンランドの防衛技術によって日本の領土が防衛されたということになるかもしれない。
文/村上政俊 写真/shutterstock
『フィンランドの覚悟』(扶桑社新書)
村上 政俊
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2023/9/1
¥968
224ページ
978-4594094263
世界幸福度ランキング6年連続1位!
教育・福祉・働き方先進国で平和な中立国……
であるはずのフィンランドに
なぜ、徴兵制があるのか?
◎18歳以上の男子に兵役、女性の兵役もOK
◎総人口の16%が予備役
◎国民の82%が「自国が攻撃されたら祖国防衛に参加」と回答
◎憲法で全ての国民に「国防の義務」を規定
◎スウェーデンとロシア帝国による統治
◎フィンランドの英雄は日露戦争へ従軍
◎第二次世界大戦ではソ連と戦い敗戦国に
◎1300キロの陸上国境を接するロシアの脅威
◎ロシアを仮想敵国とした安保体制を整備
◎NATOにスピード加盟できた外交力
◎原発推進でロシアのエネルギー依存回避
◎世界一進んでいる核廃棄物最終処分場の建設
日本では報じられないフィンランドのもう一つの顔!
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