ラーメンより大切なもの…電気グルーヴ・石野卓球が語る「福寿」
集英社オンライン / 2022年6月16日 10時1分
2022年5月末、1951年の創業以来、71年の歴史に突如幕をおろした東京・笹塚の老舗ラーメン店「福寿」。18歳の頃から「福寿」に通い続けてきた常連の一人、電気グルーヴの石野卓球さんに福寿と店主の小林さんとの思い出を訊いた。
「頼むから金を払わせてくれ!」
――卓球さんがここ数年『福寿』に行っていて印象的だったことはありますか?
ここ何年かは小林さん(「福寿」の店主)との付き合いも長いし、手ぶらでいけないなって。いつも小林さんが店を閉めた後に、店内を掃除してるんですけど、その時に棒アイスを食べながらやってる印象があったんですよ。たぶん厨房が暑いからでしょうね。あの、小林さんがいうところの「原始炉」、原始的な炉がね(笑)
だから毎回、箱に入った棒アイスを手土産にして持っていってたんですけど、最後の方はもう、お金を取ってくれないんですよ。で、こっちも「頼むから金を払わせてくれ!」っていう。でも、「いいからいいから。払ったら怒るよ!」とまで言われて、そういうやり取りがあったもんだから、せめてアイスをっていうね。物々交換。ラーメンとアイスの。
――小林さんとはいつもどんな会話をされていたんですか?
瀧が、ある時、久しぶりに一緒に「福寿」に行った時に「お前が小林さんと話が合うのわかるわ」って言ってて。あの適当ぶりとはぐらかしぶり。「嘘」じゃなくて「ホラ」っていう。そんな話しかしてなくて。そこがいいですよね。でもあのやり取りがなくなっちゃうともう、ちょっと寂しいですよね。
ハードコアパンクのDJセットにまさかの来客!
一回ね、小林さんが俺のDJを聴いたことがあって。4年か、5年前かな。Idol Punchっていうハードコアのバンドがいるんですけど、結構ベテランのね。そこにリーダーのRaccoっていうのがいるんですけど、彼が色々お店とかやってて、そっちのつながりで小林さんと知り合いらしくて。で、Idol Punchが毎年、年末に下北沢の『SHELTER』でイベントやってて、そこで俺が対バンっていうかDJするんですけど、そこに一回、小林さんを連れてきたことがあったんだよね。
で、俺が年末にそこでやるDJセットっていうのはいつものセットと違うものなんですよ。ちょっとハードめのテクノとか、ハードコアパンクとかかけるんですけど、小林さんはその一回しか見たことないから、たぶん、理解するの難しいだろうなっていう(笑)。
「よかったよ!」とか言ってるけど、こっちも複雑な心境っていうか。逆の立場でいうと、小林さんのラーメンは食べたことないのに、小林さんの作ったカレーだけ食べて「最高!」って言ってるような(笑)。
それはよく憶えてますね、「福寿」以外で会ったのは後にも先にもあの時だけっていう。
――当時、ツイートされていた写真のちょっとよそ行きの小林さんに驚いたのを憶えています。
長靴を履いてない小林さんを初めて見た(笑)。
お店の小林さんはいつも半ズボンに長靴だった
――ここ最近でも卓球さんは「福寿」では基本的にはシンプルな「ラーメン」を食べていたんですか?
貧乏時代は給料が入ったら『上チャーシュー』あと『上五目』っていう風にしてたんですけど、たまに行くようになってからはバックトゥベーシックじゃないけど、やっぱり『ラーメン』に戻るんですよ。でも、たまに行くと小林さんが気を遣って麺を大盛りにするんですよ。
あと、『上チャーシュー』みたいなトッピング、玉子とか。ありがたいんだけど、俺は本来の「福寿」が食べたいのに、カスタマイズされた『卓球スペシャル』みたいなの出してくれることが多くて、何回かそれが続いたんで、言ったんですよ。「小林さん、本当にありがたいんだけど、普通のが食べたい」て(笑)
そういうやり取りもあったりして。その後は普通の『ラーメン』を出してくれるようになったんですけど。
一番シンプルな「ラーメン」はこんな感じ
「福寿」のない笹塚は自分が知ってる笹塚とはもう違う街
――閉店にあたって「福寿」ロスみたいなものはありますか?
うーん。これから出てくるんだと思うんですけど、自分が上京してきて最初に住んだのが笹塚で、笹塚を離れてずいぶん経つんですけど、たまに笹塚に行くと最近発展してて、自分が知ってた笹塚っていうのはどんどんなくなってて、でも唯一福寿だけが変わらなかった。俺が静岡から上京してきた時と寸分変わらない風景がなくなるっていうのは、なんだろうな、自分の青春時代の景色が確実に一個なくなったっていう感じ。
これからたぶん笹塚にぶらっと行くことがあったとしても、「福寿」がない笹塚っていうのは自分が知ってた笹塚とはもう違っちゃうんだろうなっていう感じはしますね。でも、しょうがないですけどね。もう小林さん大変そうだったし。
「自分の青春時代の景色が確実に一個なくなったって感じ」
――年齢について小林さんはいつも『28歳だ』と言い張っていましたが、やはり高齢ですものね。小林さんに改めてお伝えしたいことはありますか?
もう「お疲れ様でした」ですよね。俺も長く通った方だと思うんですけど、それ以上にお店の歴史ってあるじゃないですか。それを考えたら、とてつもない数のラーメンを作ってきたわけでしょう。「もういいでしょ」っていうさ(笑)。
「お疲れ様でした!」っていうか、逆に「よくこんなに続けましたよね」って感じですよね。
――強いていうなら卓球さんは「福寿」のラーメンのどこが好きだったでしょうか。
俺にとってラーメンの基準になってるんで、ロックでいうチャック・ベリーっていうか(笑)。その後に色々ビートルズとか、ローリング・ストーンズとか出てきたけども、やっぱり俺のルーツはここだなっていう。チャック・ベリーのダックウォークはもう生では見れない、それはそれで寂しいけどしょうがないかなっていうね。
でもチャック・ベリーの穴は埋められないし、生涯で間違いなく一番食べたラーメンだから。これから新しくどこかのラーメン屋さんにハマっても、「福寿」で食べたラーメンの数を超えることはないと思うんですよ。超えたとしたら成人病で死んでると思うんで(笑)。俺にとって、あのどんぶりの「日本一」っていう言葉はあながち嘘でもないんですよ。
あの「日本一」のどんぶりとか欲しかったんですけどね。あとレンゲとか。レンゲなんか最初なかったくせに、きゃりーちゃん(きゃりーぱみゅぱみゅ)が取材かなんかで来た時に「レンゲないんですか?」って言って、それで作ったっていう(笑)。
「最後に福寿の話ができてよかったです」
――若い女性に特に優しいのもまた小林さんらしいですよね。卓球さんは最近ではどういう時に食べに行かれてたんですか?
あの味が無性に食べたくなる時もあるんだけど、「小林さんどうしてるかな」っていうのもあって(笑)。様子を見に行くっていう。瀧とか、マネージャーとかと車乗ってる時に「福寿」の話になって、話をしてると食べたくなってくるんですよね。
「じゃあ、今から行ってみよう」っていうのもよくあったし、「今日は火曜日だから休みか、じゃあ明日行ってみよう」とか。で、行くと閉まってたりするんだけど。「福寿」と三軒茶屋の「レコードショップFUJIYAMA」は俺の中でけっこう近いものがあって。気まぐれな営業時間も含めてね。
――卓球さんから「福寿」の話を伺えて本当に嬉しかったです。
瀧と一緒に『福寿』に行って取材を受けたりしたことはあったんですけど、閉まるにあたってこうやって話ができてよかったです。
――ありがとうございました!
「福寿」と店主・小林さんへの愛に溢れた石野さんのお話を聞き終えた帰り、無性にあのラーメンが食べたくなった。
閉店について小林さんにLINEでたずねた時、私は「また福寿のラーメンが食べたかったです!」とすごく野暮なことを言ってしまった。するとしばらくして小林さんから「実は僕も食べたいんです」という返事が来た。その優しく柔らかな返事に救われるとともに、いかにも小林さんらしいギャグで、つくづく最高だなと思った。
そう、店主の小林さんだってまた食べたい気持ちはやまやまなのだ。石野さんが言っていたとおり、これまでに何度もあのラーメンを食べられただけでじゅうぶん幸せだったと思うことにした私は、「憧れの石野さんに会えました!」と小林さんに早くLINEで報告したくてたまらなくなった。
#1 「外食は福寿しかなかった」電気グルーヴ・石野卓球が惜しむ老舗ラーメン店の閉店はこちらから
取材・文・撮影/スズキナオ インタビュー撮影/高木陽春
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