年収1000万の裏には毎月残業100時間越え?「時間外労働の上限規制」で工事現場に欠かせないセコカンの未来は…【建設業の2024年問題】
集英社オンライン / 2024年3月25日 8時0分
〈「トラガールとは呼ばれたくない」 両親から「せめて高校は出てほしい」と言われても諦めず、大型トラックドライバーになる夢を叶えたZ世代ギャルドライバー〉から続く
2023年度の建設投資額は、約70兆3200億円。これだけ大規模な市場をもつ建設業の「2024年問題」が社会に与える影響は見過ごせない。本記事では建設業の中でも花形職種であり、あらゆる工事に欠かせない存在である施工管理(技士)が、4月1日からの働き方改革関連法案での上限規制でどんな影響を受けるのかを考察する。
残業月100時間超え
施工管理(セコカン)の過酷な実情
施工管理技士(以下、施行管理)は工事全体を管理する、現場監督とも呼ばれる職業だ。建設工事を計画通りに進行するのが主な業務で、現場で働く職人への指示出し、資材の発注、工程のスケジュール管理などをおこなっている。
年収1000万円を超える高収入が実現可能といわれる一方、現在でも月100時間を超える残業が常態化している。土木・建設のコンサルティングを行っているクラフトバンク総研所長の髙木健次氏に、その現状と働き方改革が与える今後の影響を聞いた。
「施工管理はいわば段取りの専門家です。プロジェクト管理で使用する工程表は、駅建設のような大規模プロジェクトでは迷路のように複雑になります。資材の到着遅れや、雨で工事ができないなどの場合、すべての工程を調整するために、その都度関係各所に連絡しなければなりません。
また、現場の職人やクライアントと協力して業務を進めるため、高度なコミュニケーション能力と専門知識が要求されます。いまや建築業就業者の約2.5%が外国人。彼らは語学学校で日本語の勉強はしていますが、図面の内容を理解できない人も多い。それでも適切な指示を出さなければ、図面の読み間違えによって工事がやり直しになってしまいます」(髙木氏 以下同)
ちなみに約480万人ともいわれる建設業従事者のうち、施工管理者は約2〜3割を占め、人数比で見るとかなりの数だ。
「建設業というと大工など職人のイメージが強いですが、施工管理者たち抜きでは工事が成り立たない確立された職業なのです」
また、ネット上では「とにかく残業がきつい」といった声が多くみられる。働き方改革関連法で上限規制が適用になる前、現時点での労働時間はどれくらいなのだろうか?
「厚生労働省の調査でも建設業の中でもっとも残業時間が長いとされている施工管理は、月に100時間以上の残業も珍しくありません。職人が定時で帰宅した後に、資材の発注・書類作成・スケジュール調整などの作業を行い、その間も携帯電話は絶えず鳴り続けているような状態です」
繁忙期と閑散期の差が大きく、忙しいときには8時から17時までの勤務後そのまま夜勤に入り、翌日の昼まで勤務して帰宅することもあるという。工期を守るために、週休二日を確保することがむずかしい時期もあるそうだ。
また、国や地方自治体が発注者の公共工事では比較的改善が進んでいる一方で、民間の工事では引き続き残業が多いなどの官民格差も指摘されている。
人材不足から若手が登板
極度のプレッシャーで「うつ」も
日本のあらゆる業界と同じく、建設業界でも労働者の高齢化と若手の人手不足が深刻な問題となっている。これらの影響で、経験の浅い若手の施行管理が責任者の役割を担うことも増えているという。
「近年、ベテランが引退したのちに責任者になった若手の施行管理がプレッシャーでうつ病になるケースが問題視されています。現場で職人さんに詰められて、一方では工期やコストに追われる。組織の中間管理職のような仕事を、まだ経験の少ない20代の若手が担当することで、心を病んでしまうのです。若手の育成もうまくいかないですし、悪循環になってしまっています」
ちなみに建築現場のイメージとして、「職人さんに厳しく叱られる」といったイメージもあるが、令和のいま、昭和な感覚はまだ残っているのだろうか?
「荒っぽい人が多いというのは事実ですが、誤解してほしくないのは、現場で職人が怒鳴るのは、命がかかわっているからです。落ちた物が人に当たれば、致命的な事故につながる可能性がありますし、ヘルメットを着用せずに現場に入った人に対しては、安全のために厳しく指導するのは当然。
また、建築現場は騒音が多いため、声がかき消されないように大声を出すことは必要なことです」
有資格者は年収1000万円も可能で、
転職市場でも引く手数多だが…
これまでみてきたとおり業務面では過酷なものの、その分給料は高い。平均年収でも約445万円と日本全体の平均年収(414万円 ※2023年度doda)よりもやや高く、更に大手ゼネコンでは1000万円を超える人もいるという。
「施工管理の年収は、夜間や休日の手当、とくに残業手当が大きく寄与しています。また、一定規模以上の現場には施工管理の資格保有者を配置するという法律(監理技術者)があるため、転職市場では資格保有者が極めて優遇されます。年功序列の意識も薄く、若くても技術があれば稼げますし、年齢が上がっても給与も下がりにくい傾向があります。
資格の難易度は高い分、年収1000万円越えも可能な世界ですよ。ただし…」これまでは時間外労働の手当により高収入を確保できていたが、2024年から実施される残業規制で年収が下がる可能性があるというのだ。
さらに、4月1日以降に懸念されているのが正確な残業時間の申請ができない状況、つまり隠れ残業の横行だ。
だが髙木氏は、「時間外労働の規制によって一時的に隠れ残業を行なう企業が増えるが、徐々に効率化を推進する企業によって淘汰される」と語る。
「時間外労働の上限規制により、建設業界でも厚生労働省の調査には出てこない形で残業を強いる企業が出現する可能性があります。たとえば、会社用ではなく私用のパソコンで作業をさせるといったカタチで。
以前と同じ労働量でも、残業代がもらえないケースも考えられます。ただ、有資格者の施工管理の需要は高いため、そのような企業からはすぐに離れていくでしょう。
また、施工管理が不在となると、有資格者を法令上配置しなくてはいけない工事ができなくなるため、大型の発注を受けられなくなってしまうのです。つまり中小企業では施工管理の退職が倒産に繋がります」
懸念される中小企業の倒産
工事一件の請負金額が4000万円以上の建設工事では、施工管理の有資格者の配置が必須となっている。大企業は関連会社などから人材を派遣することで対処できるが、中小企業にとっては容易なことではない。
このように、時間外労働の上限規制が建設業界に与えるインパクトは大きい。
「いっぽうで、時間外労働の規制に対応しながら業務の効率化を進めた企業に人が集まるため、業界全体で徐々に業務環境が改善していくと考えられます」
髙木氏が指摘するように、業界全体では効率化により状況を改善する取り組みが進んでいる。最近では、建築機械の遠隔操作によって現場間の移動を排除する試みや、事務作業のアウトソーシングなどの対策を推進する企業が増えているのだ。
過酷な残業が常態化していた施工管理だが、今後はワークライフバランスが充実した働き方を実現する動きが強まりそうだ。
AIの出現により、ホワイトカラーのデスクワークがAIに取って代わられると囁かれる昨今では、建築業の価値が相対的に見直されている。今年1月の能登半島地震の際に報道された、緊急復旧のために不眠不休で働く姿からは、建築業、並びに施工管理という職業が果たす社会的意義の高さも感じられた。
2024年に施行される時間外労働の上限規制によって、施工管理の仕事がどのように変革していくか、今後も注視していきたい。
文・取材/福永太郎
取材協力/髙木健次 クラフトバンク総研(企業内研究所)所長 /認定事業再生士(CTP)
写真/shutterstock
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