1996年に野茂英雄が指摘した日米の野球の違いと、メジャーを目指す人たちへのメッセージ 「明日の大リーガーたちへ」
集英社オンライン / 2024年4月8日 8時0分
〈イチローにプロ初本塁打を献上した野茂英雄が渡米後、「イチローと再び対戦してみたいですか?」の問いに返した言葉とは?〉から続く
大谷翔平、山本由伸が今シーズンからプレーすることとなったLAドジャース。ドジャースといえば日本人メジャーリーガーの先駆者、野茂英雄氏が活躍した球団だ。伝説のノーヒットノーランを含む2年目の1996年シーズン全登板成績も収録した書籍『ドジャー・ブルーの風』がこの度復刊。野茂英雄が日本人の後輩に送った言葉を一部抜粋・再構成しお届けする。
明日の大リーガーたちへ
メジャーを目指すピッチャーに覚えておいてほしいことがあります。
よくアメリカのストライク・ゾーンは〝外角に甘く、内角に辛い〞と言われますが、たとえそうであっても「ピッチャー有利」と単純に言い切ることはできません。メジャーのバッターは思い切って踏み込んでくるし、そうなればアウトコースのボールだって簡単に届いてしまう。「外角にさえ投げておけば安心」なんて、無責任に言うことはできません。
そうでなくても、メジャーのバッターはフルスイングしてきますからね。甘いボールはまず見逃さないし、高めの失投は誰でもオーバー・フェンスする力を持っています。
だから僕も、日本でやっていた時のように高めのストレートで勝負する機会は、メジャーに来てグーンと減りました。ピッチング・コーチも、その点だけは口を酸っぱくして注意します。何度も痛い目に遭ったので、その必要性はよく理解しているつもりです。
それと、これも第1章で述べましたが、ファースト・ストライクの取り方には細心の注意が必要です。それがたとえ初球であろうとも、ノー・スリーからの球であろうとも、メジャーのバッターは思い切って狙ってきます。
特にノー・スリーの場合、日本なんかだと「1球待て」のサインが出たりするチームもあるようですが、こっちではそんなことはありません。フォアボールを選ぶことよりも、打って塁に出る、それこそがベースボールの原点だと思っているのです。ノー・スリーから打ってでて、凡打に終わったからといって、日本のように怒られることもありません。
そういった野球に対する日米の考え方の違いは、サインひとつとってもわかります。
日本に比べてアメリカのサインが単純だということは、よく指摘されることですが、要するにアメリカでは、プレーが始まったら選手に任せるという意識が強いんです。
ピッチャーはキャッチャーとのコミュニケーションの中で、思いっきりボールを投げる。
バッターは、そんなボールをただ思い切り打つ。
1球ごとにベンチを振り返ったり、三塁コーチのシグナルを確認したりという日本的な野球は、アメリカには存在しないんです。これはもちろん、善し悪しの問題ではありません。ただの習慣の違いです。文化の差です。
たしかに、日本の中でもチームによって色合いはそれぞれ違うでしょう。実際、僕がいた頃の近鉄と西武では、全然野球が違いました。
近鉄は、ブライアントや石井(浩郎)さん(現巨人)のバッティングに象徴されるように、思い切りのいい〝いてまえ野球〞。相手ピッチャーのクセなんか気にしない野球でした。
いっぽうの西武は、ベンチや三塁コーチの指示どおりにキチッとゲームをすすめる〝緻密な野球〞。僕が投げている時なんかも、クセを見抜いて「ストレートだ!」「フォークだ!」と、チーム一丸となってバッターに指示を送っていました。
もっとも清原さんなんかは「オレはピッチャーのクセを見ようとすると打てなくなるから、見ないようにしている。ただ来た球を打つ、というほうが結果がいいんだ」と言ってましたけど……。
話を元に戻しますが、とにかく日米の野球には違いがあるということです。アメリカの野球は単純かもしれませんが、豪快です。サインやクセを盗むといった嫌らしさはありませんが、その分、個々のバッターの能力によって打ち負かそうと挑んできます。
個人的な趣味から言えば、アメリカの野球のほうが僕の性には合っていますが、これからメジャーに挑戦しようとする若い人たちには、日米の野球の違いや自分との相性なんかも知ったうえで、チャレンジしてほしいと思います。
ウィニング・ショット
それともうひとつ、メジャーを目指すピッチャーに覚えておいてほしいこと。
それは、ウィニング・ショットを持ってほしいということです。メジャーのピッチャーはみんな、それぞれにウィニング・ショットを持っています。そして、そのボールがあるからこそ幾多のピンチを凌ぎ、第一線で活躍しているのです。
別に特別な球種である必要はありません。カーブでもスライダーでも、あるいはストレートだってかまわない。要は、ここ一番という時に、自分が自信を持って投げ込めるボール、それがひとつあればいいんです。
僕の場合だったら、やっぱりフォークでしょうか。
今までにも再三述べているとおり、あくまでもストレートあってのフォークなのですが、このボールがあったおかげで、僕は昨シーズン、幸いにも奪三振王を取ることができました。別に意識して三振ばかり狙っていたわけではないのですが、ここぞという場面では自分を楽にすることができる。僕にとっては、そういうボールなんです。
しかし、このウィニング・ショットというのは、人から教わってどうこうなるものではありません。自分で工夫し、繰り返し練習してマスターするものです。
「昨シーズン、近鉄からヤクルトに行って活躍した吉井のフォークは、野茂が伝授したものだ」─そう思い込んでいる人が多いようですが、伝授なんてとんでもない話です。本来、変化球というものは教わったとおりにやって、すぐ投げられるような簡単なものではないんです。
肩やヒジや手首の強さ、手のひらの大きさや指の長さに個人差があるわけですから、人と同じように投げて同じように変化するわけではない。僕が吉井さんに言ったのは、ごくごく基本的なことだけで、それを自分のモノにしたのはあくまでも吉井さん自身なんです。
だから、若い人たちにも自分で工夫して、何度も試行錯誤を繰り返しながら、自分だけのウィニング・ショットを開発してほしいと思います。
僕も今のフォークボールを自分のモノにするまでに、1年の歳月を必要としました。
社会人の時には、それこそ1日に何十球もフォークばかりを練習していました。そうしてマスターしたボールだからこそ、今、自信を持って投げられるのだし、打ち取った時の喜びも大きいのだと思います。
狙ったとおりに三振を取れた時の喜び、それは何物にも代えられないものがあります。
これまた、僕の好きなモノのたとえで恐縮ですが、思いどおりにファミコンを攻略した時のようなものと言ったらわかってもらえるでしょうか?
ピッチャーの中には「見逃しのほうが気持ちいい」「いや、空振りのほうがスカッとする」と、三振の種類にまでこだわる人がいるようですが、僕にはそういうこだわりはありません。ひとつはひとつ。見逃しであれ空振りであれ、三振に変わりはないですからね。
とにかく、自分が絶対的に自信を持っている武器で、相手バッターをねじ伏せていく。この快感を何度となく味わえるよう、自らのボールを磨いてほしいと思います。
ロジャー・クレメンスの風格
最後に、僕が最近気にかけていることというか、興味を持っているテーマについて書きたいと思います。はたしてそれが、これからメジャーを目指す人たちの参考になるかどうかはわかりませんが……。
僕が最近興味を持っていること。それは、ピッチャーが醸しだす「風格」のことです。
かつて、マウンドに立つロジャー・クレメンス(現トロント・ブルージェイズ)の、えも言われぬ「風格」について述べたことがあると思います。彼は、マウンド上で特別なパフォーマンスをするわけでもないのに、いつも堂々としていて、つい見とれてしまうような独特の雰囲気を持ったピッチャー。僕の憧れの選手と言っても過言ではありません。
その彼が、どうしてあそこまでの「風格」をたたえているのか、僕は時々考えるんです。
これはマダックスやランディ・ジョンソン(マリナーズ)にも言えることですが、メジャー・リーグの中でも不思議なオーラを発するピッチャーが何人かいます。
いったい何なんでしょうか、あの周囲を圧倒する「風格」の正体は……。
もちろん、答えがそんな簡単に見つけられるはずはありません。また、僕がクレメンスやマダックスのようになりたいと思っても、どうやったらなれるのか見当もつきません。
ただ僕は、心の中でおぼろげながら、こう思っています。ピッチャーとは本来、そういうものなのではないかと。いや、そうあるべきなのではないかと。
グラウンドの一番高いところに立って、観客の視線と期待を一身に浴び、その中で相手打線に戦いを挑んでいく孤高の存在。打たれれば、ただひとりグラウンドを去っていかなければならない代わりに、抑えた時にはチームメートからの信頼と尊敬と、観客からの賞賛を独り占めできる存在。それがピッチャーというものなんだと思います。
そしてクレメンスやマダックスやジョンソンは、そういったプレッシャーの中で常に素晴らしい仕事をすることでエースと呼ばれ、見るものの期待に応え続けることで主役としての「風格」を備えていったのだと。
モノクロ写真/書籍 『ドジャー・ブルーの風』より
写真/shutterstock
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