パリ五輪が迫るフランス政府が絶対に見せたくない“不都合な真実”…スラム化した郊外団地問題で育った監督が晒す「移民政策の成れの果て」
集英社オンライン / 2024年5月24日 11時0分
第33回夏季オリンピック大会が7月26日からパリで開催される。フランスでの開催は1992年のアルベールビル冬季大会以来32年ぶり、パリでの開催は1900年の第2回大会、1924年の第8回大会に続き100年ぶり3回目ということで、フランス国内ではこの大会を成功させるべく最大限の努力が払われているに違いない。
行政との衝突に追い込まれる移民たちを描いた『バティモン5 望まれざる者』
排除された者たちの隔離地帯としての郊外団地
オリンピック開催の盛り上がりに乗じて観光を盛り上げたいフランス政府が、世界に絶対に見せたくないであろう内政の問題点を真正面から捉えた傑作映画が生まれた。フランスの移民政策の歪みから生じる緊張と、行政との衝突に追い込まれる移民たちを描いた『バティモン5 望まれざる者』だ。――パリの“不都合な真実”を描いた本作を、パリを舞台にした過去の移民関連映画作品と併せて紹介する。
パリ中心部が富裕層の街なのに対して、郊外は労働者が住む町として発展し、戦後の住宅難を背景に大型団地がいくつも立てられた。――犯罪映画の名作『地下室のメロディー』(1963)の冒頭、5年の刑期を終えて出所したジャン・ギャバンはパリ北駅から小一時間する郊外の緑の多い街に、かつて買った家で待つ妻のもとへ帰る。だが、5年の間にすっかりさま変わりして団地だらけとなり、ポツンと残された自分の一軒家の場所がなかなかわらない。
どこか別の場所で優雅な老後を楽しむために、彼は最後の大博打に打って出る……。
1960年代半ば以降、フランス政府の持ち家奨励策もあって団地人気は急落、結果として旧植民地のアフリカ諸国からやってきた移民労働者たちがそうした団地に住み始める。フランス語で郊外を意味する“バンリュー”には、もともと「排除された者たちの地帯」という意味があるそうだが、やがて移民たちが暮らす郊外団地は貧困にあえぐ失業者の巣窟と化していき、移民たちへのさまざまな差別の横行や、それに対して反発する若者たちの暴動が起こり、スラム化した郊外団地は大きな国内問題となった。
『バティモン5 望まれざる者』の監督ラジ・リは、自身が移民の子としてパリ郊外の団地の5号棟(通称、バティモン5)で育ったそうだが、エレベーターは故障して使えず、漏水事故も多発して、狭い間取りに大勢の移民たちがひしめき合って暮らす住環境は最悪だったという。
そのためフランス政府はパリの恥部である郊外団地を取り壊しての都市再生事業を推し進めようとするのだが、政治家たちの思惑と、実際に郊外団地で暮らす貧しき移民たちの想いは乖離しており、強引な立ち退き強制は新たな暴動に直結しかねない。
映画で描かれる「対立」と未来へのかすかな「希望」(ネタバレ注意)
汚職を追及されていた前任者の急逝で臨時市長になった理想化肌の医者ピエールは、移民たちの生活改善のためと信じて老朽化した団地を立入禁止とし、団地を取り壊しての再開発を進めようとする。しかし、家財道具もろくに運び出せないまま、クリスマスに追い出される形となった移民、とくに若い世代の者たちは激怒する。
アフリカのマリにルーツを持つアビーは居住棟エリアの復興と治安改善を目指している行動派の若き女性だが、そのボーイフレンドのブラズは、怒りのあまり市長の自宅に押し入り、市長の幼い子らを人質にとり、「家に火をつけて路頭に迷わせてやる」と息巻く。
本作には、明確な悪役がいるわけでなく、誰もが自らの信じる正義のために行動しているにもかかわらず、ボタンのかけ違いから緊迫の度合いを増していく。
ラジ・リ監督は、前作『レ・ミゼラブル』(2019)でもバンリューの犯罪多発地帯を舞台に、そのエリアを取り締まる犯罪防止班と少年たちの対立を臨場感たっぷりに描き出し、カンヌ国際映画祭審査員賞など数々の賞を獲得した。本作のような問題はパリ郊外の多くの団地で実際に起こっている現実を白日の下に晒している。
ただし、本作では決定的な対立による悲劇的結末を描く代わりに、アビーが新たな市長に選ばれてこれから何かが変わっていくのではないか、というかすかな希望を感じさせて幕を閉じる。本作が、オリンピックを控えるフランスが隠しておきたい自らの恥部を描いていながら、日本公開に際して在日フランス大使館が後援に名を連ねているのも、おそらくは監督のそうしたスタンスゆえのことだろう。
これまで製作されてきたパリの移民政策を背景とした作品
フランスの移民政策があってこそ生まれた作品として、『憎しみ(La Haine)』(1995)、『パリ20区、僕たちのクラス』(2008)、『最強のふたり』(2012)といった作品を挙げることができる。
マチュー・カソヴィッツ監督、主演のヴァンサン・カッセルの出世作となった『憎しみ La Haine』は、バンリューに暮らすアラブ系、黒人、そしてユダヤ人の不良仲間たちの警察との対立、そして死と隣り合わせの青春を描いて日本でも評判になった作品だ。
一方、『パリ20区、僕たちのクラス』はパリ20区にある公立学校でフランス語を教える教師フランソワと、フランス語が母国語ではなく、個々に問題を抱えている移民の生徒たちとの交流、対立、成長を描いたドキュメンタリー・タッチの作品。そして『最強のふたり』は事故で半身不随となったパリの白人大富豪と、その介護人に採用されたスラム街出身の移民の黒人青年(実話ではアルジェリア出身)との、世代や人種を超えた友情の物語。
それぞれの作品はみなジャンルが違うし、同列に論じられることはないが、唯一、“移民映画”と捉えたときにその共通点が見えてくる。つまり、それぞれの物語の背景として、フランス政府による移民受け入れ政策があって初めて生まれ得る物語である点だ。
言葉の上でのハンディがある移民一世たち、パリで生まれ育ったフランス人であるにもかかわらず、その出自からさまざまな差別に直面する移民二世たち。移民たちと共生できる社会の成熟に心を砕く人たちがいる一方で、自分たちが仕事を奪われたのは移民たちのせいだと思い込む者たち。
そこにさまざまなドラマが生まれるのはある意味当然で、それはフランスだけでなく他のヨーロッパ諸国にしても同じだ。昨年公開されたサム・メンデス監督による英国映画『エンパイア・オブ・ライト』(2022)なども、背景としての英国の移民政策があって初めて成立する物語だと言えそうだ。
日本における“移民排除”政策を描いた映画
では、足元の日本の移民政策を背景として描かれた映画はどうか。――スリランカ人女性ウィシュマさんが名古屋の入管施設内で死亡した問題を持ち出すまでもなく、日本では“性悪説”をベースとした入管による難民受け入れ拒否政策が今もまかり通っている。
『東京クルド』(2021)はトルコ国籍のクルド難民の二人の青年を追ったドキュメンタリー、そして『マイスモールランド』(2022)はやはり日本に暮らすクルド人の女子中学生を主人公とした劇映画だ。どちらも主人公たちの親や叔父などが入管施設に収容されてしまったことから起こる困難を描いていて、難民認定率がわずか1%に満たないという日本政府の政策の問題点を浮き彫りにしている。
日系ブラジル移民については、1989年の入管法改正で就労のための受け入れを開始したものの、彼らの場合も日本で生まれ育った子供たちには国籍がブラジルであるために義務教育すら保障されず、就職も難しく犯罪に走りやすいといった問題がある。『孤独なツバメたち』(2011)はそんな日系ブラジル人たちの二年半を追ったドキュメンタリーだ。
これらの作品群は、移民を受け入れているフランスや英国の抱える問題とはまた違った問題を考えるきっかけとなるだろう。
文/谷川建司
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