附属池田小事件で娘を殺された母の「語り」を、殺人事件の受刑者はどう読んだか? 「殺した側」が反芻している被害者遺族の言葉…
集英社オンライン / 2024年8月16日 17時0分
〈殺人は償えるのか? 懲役刑はあくまで国家からの罰であって被害者への「償い」ではない…殺人事件の加害者と被害者にとっての謝罪〉から続く
2001年に大阪で起きた、8人の子どもたちが殺された附属池田小事件。遺族の本郷由美子さんが前を向くまでの「語り」を、別の殺人事件で服役する受刑者が読んだ。被害者にとって、決して終わらない被害とは。
『贖罪 殺人は償えるのか』から一部を抜粋・再構成し紹介する。
池田小殺傷事件とグリーフケア
私は、一人の犯罪被害者遺族の「語り」(「ハルメク」2017年5月号に掲載)を水原(仮名 殺人事件で長期服役中の受刑囚)に送ったことがある。
2001年に大阪教育大学附属池田小学校で起きた、宅間守─2004年に死刑執行─により8人の子どもたちが殺害されるという事件が起きた。その8人の子どものうちの1人、本郷優希ちゃんの母親・本郷由美子の、事件から15年以上が経過した時点での「語り」だ。
現在、本郷は精神対話士という、悩みなどを抱えた人との〝対話〟を通じて援助をおこなう専門職についている。
1993年に医師らが設立した一般財団法人メンタルケア協会の民間資格を取り、犯罪に遭った人だけでなく、病、事故、災害被害者、アディクションに苦しむ人、老い……さまざまな困難を抱えて生きる人々と対話をする仕事だ。その中には「加害者」といわれる側の人も含まれている。
記事から引用したい。
本郷由美子(以下、本郷) 生きる基盤を喪失して、事件後は見ているものの色も感じなくなったし、人の声もはっきり聞こえない。匂いも味もしない。ものを触っても、熱い冷たい、硬い軟らかいという感覚すらなくなって、自分はもう精神的に死んでいるんだと思いました。
今思えば、これ以上刺激を与えたら壊れてしまうから、何も感じないようにしようという体の自己防衛本能だったのでしょうね。このまま消えてなくなりたいと願ったけれど、死ぬことも何もできませんでした。
質問者 生きる力を喪失した本郷さんが、それでも生きていこうという気持ちになったのは、ある事実を知ったときでした。
本郷 娘は心臓を刺され、即死だったと警察から聞かされていました。でも事件からしばらくして、教室で刺された娘が、致命傷を負いながらも廊下まで逃げ出て、校舎の出口に向かって懸命に歩いていたことがわかったんです。私は娘が力尽きた現場に行き、廊下に点々と続く血の痕をたどりました。私の足で68歩分。
娘はどんな気持ちだったのか、私は少しでも感じたくて、毎日毎日その廊下を歩きました。最初は「お母さん、助けて」と言っている娘の苦しそうな顔しか浮かんできませんでした。でも痛みに寄り添っていくうちに、本当に最期の瞬間まで一生懸命生きようとした娘の笑顔が浮かんできたんです。
ああ、人が生き抜く力はこんなに強いんだって、娘が命がけで教えてくれた。だから私は、ここで止まってはいけない、ちゃんと歩いて行こうと思いました。だけど、あまりにもつらいことだから、「神様、私はこの68歩分をしっかりと生きます。もし願いをかなえてもらえるなら、69歩目を娘と一緒に歩かせてください」と誓ったんです。
質問者 深い悲しみを抱えながらも、歩き出そうと思い始めた本郷さんを支えたのは、黙ってそばにいてくれた人たちでした。
本郷 もう逃げることはできない、ちゃんと真剣に生きようと思ったとき、たくさんの人たちの存在を感じたんです。事件後すぐ駆けつけて共に涙を流してくれた犯罪被害者家族の方たち、ただそばにいてくれた友人たち、下の娘の幼稚園の送り迎えや日常をサポートしてくれた近所の人たち、学校の先生方や保護者の方々……。苦しいときに、静かに寄り添ってくれた人たちの存在が何よりも支えとなり、私は一人じゃないんだと感じることができました。
質問者 自分も誰かの支えになりたいと思うようになった本郷さんは、事件から4年後、対話を通じて傷ついた人をケアする精神対話士の資格を取得しました。さらに11年から3年間、上智大学グリーフケア研究所で学び、グリーフケアの専門資格も取得。これまで娘を事故で亡くした人や病院で終末期医療を受けている人などの元に出向き、ケアを行ってきました。
本郷 大きな喪失の後、「時間が止まってしまった」と多くの方がおっしゃいます。現実の時の流れと、自分の中の時の流れとの差が開けば開くほど、孤独に陥ってしまう。私はその止まっている時間に身と心を置き、対話をすることを心掛けています。私自身、苦しみを一人ではどうすることもできず、誰かに話しては納得することを繰り返してきました。だから相手に寄り添い、話を聞くことが大事な支援になると信じているんです。
この「語り」を「殺した側」はどう読んだのか
水原はこの被害者遺族の「語り」を読み、どう感じたのだろうか。遺族は、取り返しがつかない喪失やグリーフ(悲嘆)を抱えてしまった後の人生を歩む。歩み方は人それぞれだろうが、水原ら「殺した側」はそういったことを想像することがあるのだろうか。
あるいは、想像させるような矯正プログラムはどれほど用意されているのだろうか。一方で本郷含めて一部の被害者遺族の中では、被害から一定の時間を経過した後、「グリーフケア」を積極的に学ぶ人たちが目につくようになってきた。
しばらくすると、記事を読んだ水原からこんな手紙が届いた。
「68歩」。自分はまず致命傷を負いながら懸命に生きようとする優希ちゃんの姿を思いました。68歩、距離にして30数メートルほどでしょうか。優希ちゃんは「お母さん、助けて」と痛みに耐えながら必死に歩を進めたのだと思います。
どれほど怖かったか、どれほど痛かったか、優希ちゃんの苦しみ、本郷さんの喪失感を思うと言葉もありません。
自分は同じことをしたのです。
見知らぬ人から突然、激しい暴行を受け、命の尽きるまでの間、何を思っていたでしょうか。どれほど怖かったか。どれほど生きたかったか。それらを思いますが、最後にはいつも、こうして自分がのうのうと生きているという事実だけが残るのです。
午前中の作業を終え、食堂で昼食をとっていますと、NHKのニュースが背中に聞こえてきます。
「○○で男性が刺されて死亡した」「○○で女性の遺体が見つかった」
そんなニュースが毎日聞こえてきます。毎日、毎日、人が殺されています。本当に毎日です。それら被害者のそのときの思いや痛みなどを思いますが、反射的に自分のしたことを思います。そしてやはり最後には自分がこうして生きているという事実だけが重く突きつけられるのです。
さまざまな被害者遺族の言葉
某日。水原は拙著の『少年犯罪被害者遺族』(中公新書ラクレ、2006年)、『殺された側の論理』『アフター・ザ・クライム―犯罪被害者遺族が語る「事件後」のリアル』(講談社、2011年)、『「少年A」被害者遺族の慟哭』(小学館新書、2015年)から、自分を「罰している」と受け取った言葉を抜き出して書き送ってきた。
どの本にも、「仕事をすること、生きることがどうでもよくなる。加害者が憎くて殺してやりたいという殺意を押し殺して生活をすることで精一杯になる」という旨の遺族の言葉が出てくるが、その言葉を水原は毎日、反芻しているという。
ご遺族の言葉でとくに考えさせられた箇所についてですが、まず、武るり子さん(『少年犯罪被害者遺族』から)の、「私は一生憎むことを大事にしたい。そういう気持ちを失いたくないし、私は加害者に癒やされたくない」、それから、宮田幸久さん(同書)の「私は彼らの人生に関心などまったくありません。
(中略)更生しないことにもちろん怒ります、更生したとしても新たな怒りが湧く、これが当事者なのですよ」、村井玲子さん(同書)の「あなたは事件後、私たちがどのような生活をしているかわかりますか?これからあなたはどう生きていこうと思いますか?これから息子(拙著では実名。以下同〕や私たちに何をしてくれますか?私たちの生活を想像したことはありますか?私は母親としてあなたたちを一生赦すことはできません。
(中略)私は毎日、息子のことを忘れることはありません。息子と共に日々を送っています。辛い毎日です。でも、生きていかなければならないのです」です。
『アフター・ザ・クライム』からは、渡邉美保さん(被害者)の妹さんの「大勢の人から愛されて育ったから、人を恨んで生きた事がない。正直憎しみ方が分からない」、同書の渡邉保さん(被害者の父親)の(娘が殺害されたことが死につながったと考えられる妻の言葉に対して)「俺を責めるのか、それはないだろう……。そう一瞬思いましたが、それは女房の本心ではなかったと思います。
(中略)薬の影響もあり、周囲にあたるようになっていましたから。
誰かを責めなければ、気持ちが収まらなかったということもあるかもしれません」などのお言葉から事件後の家族間について考えさせられています。
補足をすると、渡邉さんの妻、つまり被害者の渡邉美保さんの母親は事件後、著しく精神を病み、電車にはねられて死亡したのだ。自殺なのか事故なのか、はっきりしたことは判明しなかったが、加害者が母親までも「殺した」ことは間違いないといえるだろう。
同書の上原和男さん(被害者の父親)の「ぼくは妻に怒るんですよ、泣いて娘(被害者・拙著では実名)がふたり帰ってくるんやったらなんぼでも泣いたらって。泣いたって帰ってけえへんやろ、と。それは1時間も2時間も仏壇の前で泣かれてみ、聞いているほうも苦しいんやから」。
『殺された側の論理』に書かれてある青木和代さんの、「どんなにむごい状況で息子(拙著では実名。以下同)が死んでいったのかを調書を読んで知り、写真を見たりして泣きました。
(中略)ショックで(調書を)読むことができませんでしたが、1字見ては泣き、1字見ては泣き、気が狂いそうになりながら読みました」「どんなに生きたかったか、どんなに悔しかったか、生きることができなかった、息子の命の重みを考えてほしいです。一生戻ってこない息子の命の重みを考えてほしいです。(中略)理不尽に命を奪われた息子の無念を真剣に考えてください」です。
君が犯した罪は万死に値します
水原はこう続けて書いていた。
『「少年A」被害者遺族の慟哭』のユウカさん(拙著でも仮名・被害者の母親)の、「調書の中にタケシ(拙著でも仮名)の暴行された全裸の写真もありました。(中略)余りにもむごい姿でした。私は胸が苦しくなりました。とても辛くて、涙が止まりませんでした。(中略)とくに集中的に殴られた部分は、皮膚が赤黒く変色していました。打たれていない場所などありません。言葉では言い表せないぐらい本当にむごい姿でした。想像以上のむごい、ひどい姿でした」。
同書の、市原千代子さんの「それは土下座を含めて、自分を納得させたいだけの行為で、被害者や被害者遺族の気持ちは何も考えていない。ひとりよがりの謝罪です。そうすることで、彼は謝罪が終わったものと思い込んでいるのです」「赦すか、赦さないかという、二者択一ではありません。そういう複雑な私の思いを、うまく言葉にして伝えることができない、というもどかしさもあります」。
小木法子さん(同書)の「加害者に対する憎しみはいまでもあります。憎しみだけでは前に進めないけれど、赦すこともありえません。憎しみ100パーセント、赦さないも100パーセントの気持ちです。加害者は賠償金を支払うことで、罪を償おうとしていることは理解しようと思っています。理解していくしかない。でも、その〝理解〟は〝赦す〟とは違うんです。この感情を言葉にするのは難しいのですが」。
これらのご遺族の方々の言葉をノートに書き写し、読み返しますが、その言葉は重く、上に挙げたものだけでなく、すべてが自分のしたことの意味を考えさせられます。
『殺された側の論理』に記録されている本村洋さんの「毎日思い出し、そして己の犯した罪の大きさを悟る努力をしなければならない」「君が犯した罪は万死に値します。いかなる判決が下されようとも、このことだけは忘れないで欲しい」という言葉も脳裏に去来します。
本村洋の闘いについては、ジャーナリスト・門田隆将のノンフィクション作品『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日』(新潮社、2008年)に詳しく書かれている。
いわずもがな、1999年に山口県光市で起きた18歳の少年が3人家族の妻と幼い娘を殺害した事件である。私も上記の『殺された側の論理』にルポをおさめ、『罪と罰』(本村洋・宮崎哲弥との共著、イースト・プレス、2009年)では本村と対話もしている。
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