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「失われた光、彷徨える肉体」綾野 剛(俳優)×豊川悦司(俳優)×新庄 耕(原作者)『地面師たち』

集英社オンライン / 2024年8月30日 18時0分

世界独占配信中のNetflixシリーズ「地面師たち」。

【関連書籍】『地面師たち』

映像化困難といわれたクライム・サスペンスの主演を見事に演じきった俳優のお二人と、原作を手掛けた新庄耕さんとの対話が実現しました。

世界独占配信中のNetflixシリーズ「地面師たち」。映像化困難といわれたクライム・サスペンスの主演を見事に演じきった俳優のお二人と、原作を手掛けた新庄耕さんとの対話が実現しました。

原作者も唸(うな)った、映像の迫力や俳優陣の怪演ぶりとは? それぞれの役の難しさや見どころについても、じっくり語っていただきました。

構成/安里和哲 撮影/山本佳代子 ヘアメイク/石邑麻由 (綾野)、山崎聡 (sylph) (豊川) スタイリスト/佐々木悠介 (綾野)、 富田彩人 (WhiteCo) (豊川)

リアリティとケレン味の絶妙なバランス

――『地面師たち』は、実際に起こった巨額の地面師詐欺をテーマにしたエンターテインメント作品です。詐欺の首謀者で冷酷無比なハリソン山中を豊川悦司さんが、ハリソンの右腕である辻本拓海を綾野剛さんが演じられました。原作者の新庄さんは、本作をどうご覧になりましたか。

新庄 率直に言って心が震えました。全七話で六時間ほどあると思うんですが、一本の映画を観るような感じで一気に観てしまった。ほんの数日前に試写を観させていただいたんですが、いまだに余韻に浸っています。

綾野 新庄先生にそうおっしゃっていただけて嬉(うれ)しいです。

新庄 私はもともと純文学畑から出てきた作家でして。『狭小邸宅』という作品で「すばる文学賞」を受賞させていただいたのが二〇一二年。しかしその後は超低空飛行を続けていて、「この先どうしようかな」というタイミングで「小説すばる」の編集者から地面師事件をテーマにして勝負しないかと提案されました。自分にとって初めてのエンタメ作品で、これでダメだったらもう筆を折る覚悟で書いた作品だったので、今回の映像化には感慨深いものがあります。

綾野 純文学を書いてこられたからこそ、エンタメであっても、内包された繊細さや鋭利さがにじみ出ているんですね。

豊川 同感です。原作も読ませていただいて面白いストーリーだなと思いましたし、それをドラマシリーズとして再構築した大根(仁)監督のシナリオも見事だった。撮影に入る前からワクワクしていましたよ。

綾野 大根監督の脚本は、原作が持っているエンジンを搭載したうえで、映像作品としてさらに加速させるための細やかなエピソードや仕掛けが満載でした。

新庄 そうですね。私自身、大根さんの脚本から学ぶところは非常に多かったです。地面師詐欺って画(え)的には非常に地味なんです。契約のシーンはテーブルを囲んで座っているだけですし、作戦会議中もテーブルの資料を見ながら喋(しゃべ)るだけだから。でも大根さんのシナリオは映像的に見栄えする展開が追加されていて、それがことごとくハマっていました。

綾野 いわゆるテーブルトーク芝居はこれまでやり尽くされ、今も尚使われている手法、ジャンルなので新鮮味を出すのが非常に難しいのですが、Netflixシリーズ「地面師たち」は、このジャンルをアップデートさせられたと思います。
 

新庄 私は東宝のスタジオに作られた、地面師チームのアジト「ハリソンルーム」での撮影を拝見したんですが、土地の情報を集める図面師・竹下役の北村一輝さんが「ルイ・ヴィトン!」と叫んでいるシーンは震えあがりましたよ(笑)。まったく脈絡のない叫びが恐ろしかった。

綾野 精神的に追い詰められた竹下が、ハリソンに詰め寄る場面でしたね。『地面師たち』は欲望に溺れて人が歪(ゆが)んでいくさまを見事に捉えていますが、それを象徴するシーンの一つでした。

新庄 原作にはハリソンルームってなかったのですが、あのアジトが描かれることで映像にケレン味が加わって見応えがありました。
 

綾野 今作はまさに総合芸術でした。ハリソンルームに限っていうと、毎シーン必ず照明の光量や色味を変えていますし、カメラのレンズの選択もバリエーションがありました。こだわり抜いたスタッフワークに魅せられました。

豊川 本作はリアリティももちろんすごいですが、リアルを追求するだけじゃなくて、絶妙なバランスでケレン味をちりばめている。その遊びがボディブローのように効いて、作品に迫力をもたらしたんじゃないかな。でもこの作品の最大の肝はやはり、お話が面白いことです。だからキャストもスタッフも、この物語をどうイジろうが、つまらないものには絶対なりえないという確信を持って、いろいろな工夫に挑戦できたんじゃないでしょうか。

編集に切り取られても揺るがない演技

――はじめてのエンタメ小説である『地面師たち』はテーマや物語もそうですが、キャラクター造形も非常に明快で入り込みやすいです。そのあたり、新庄さんは執筆時にどの程度意識されたんでしょうか。

新庄 執筆前の打ち合わせで編集者からは「『オーシャンズ11』みたいな感じですかね」というアイデアが上がったんですが、個人的にそれは腑(ふ)に落ちなかった。たしかにプロの犯罪集団だし、一人ひとり特技に根ざしたキャラを設定する方法もありましたが、そっちよりも人間ドラマを僕は描いてみたかった。そこで主人公である拓海は、根っからの悪党ではなく、光の世界から闇に堕(お)ちていくことにしました。そのほうが読者も感情移入しやすいですしね。

綾野 拓海の闇への導入は、演じるうえでも意識しました。拓海を演じるにあたって、一番重要だったのは「心の経年変化」を体現することです。これは原作から読み取ったことですが、人が生きながらにして滅びるというのは、どういうことなのか。その滅びの過程を、心の経年変化で表したかった。演じているとき、役者は編集でどこを切り取られるのかわからないわけですが、今回はどこを切り取られても、拓海の心の経年変化だけは絶対に表現できるように。それを常に念頭において演じていました。

新庄 拓海の心の経年変化は、見た目の変化でも表していましたよね。
 

綾野 はい。家族と幸せに暮らしていたときの柔らかな身なりから、すべてを奪われて髪の毛も伸ばし放題になる。そこから地面師になると感情がなくなり白髪が増えている。メガネも重要なアイテムでした。レンズというフィルターを通すことで、世界を見たいように見ることができる。言い換えれば裸眼で現実を見ることができないギリギリの境地に拓海がいることを、メガネでも表現しました。

豊川 拓海は非常に難しい役だったと思います。でも現場での綾野君は役と向き合って、一つ一つのネジを締めていくように細かく細かく調整し、役をものにしていました。他の作品でも共演してきましたが、綾野君はいつもとことん自分を痛めつけている。結果を出すためには、ここまでしなければいけないんだということを体を張って見せてくれる稀有(けう)な存在です。長生きしてほしいんですけどね。
 

綾野 ありがとうございます。

豊川 ここまで痛めつけているのを見ると心配になりますよ(笑)。

新庄 豊川さんとしては、拓海という役の難しさってどのような点から感じるんですか。

豊川 拓海は自分をおとしいれた悪への復讐を半ば無意識に行っているわけですが、綾野君が演じるとその復讐劇がマスターベーションに終わらず、しっかり観客が共感できるものになるんです。

復讐ってとても個人的なものじゃないですか。自分の苦しみは誰にも理解してもらえない。だったら自分の手で仕返しする。リベンジとはそういう極めて利己的な行動なわけです。だけど、エンターテインメントにおける復讐者は、その利己的な動機を、観客にシンパシーを抱かせながら実行しなくてはならない。その共感の余地をどうやって作っていくかは役者の力量にかかっている。綾野君はそういう微妙なバランスで成り立つ役を的確に演じられる数少ない役者なんですよ。

圧倒的な孤独と空虚

――豊川さん演じるハリソン山中の静かな狂気は圧倒的でした。原作のハリソンは決定的なバイオレンスには手を染めないジェントルな印象もあったので、ドラマ版の上品でありながら、ときに野蛮に振る舞う姿には驚きました。

新庄 ハリソンは拓海の師匠であり、パートナーであり、最後は敵対する大きな存在です。拓海の前に立ちはだかる親玉を魅力的にすれば、自然と拓海もかっこよく見える。そういった意図でハリソンを造形しました。原作では暴力性を全面に出すと、むしろ小物臭くなるかなと思い、彼の超然とした生命への態度を強調したんです。この世界を諦めていて、自分の人生や命すらどうでもいいという達観した姿勢ですね。だけどドラマ版はその諦念と暴力性をしっかり両立させていました。豊川さんがどのような準備をしてハリソンを演じたのか気になります。

豊川 どうなんでしょうね。もちろん役を理解しようと努めましたが、同時に自分の中で「ハリソン山中」のイメージを決めつけないことも意識していました。決めてしまうと、自分の中にあるものでしか演じられなくなるんですよ。

新庄 イメージが固まると、そこからはみ出すことは難しくなる。演技の幅が狭まると。

豊川 はい。さっき綾野君も言ってましたが、自分だけでなく衣装さんやメイクさん、持道具さんと共に、《顔のない男=ハリソン》を肉付けしていきました。あとは共演者の方々の芝居に影響されながらですね。「チーム地面師」の5人は互いに奉仕していました。物騒な事件の犯人だけど、その実、仲は良いといいますか。

綾野 仕事が終わるたびに毎回打ち上げしてますしね。

新庄 たしかに原作でも食事シーンは重要なパートでした。単純に、飯食ってるとイヤな人同士でもなんとなく仲良くなれるだろうと。それで食事シーンを積極的に取り入れました。

綾野 ハリソンルームを作ったことで、情感が削がれ、そういう人間臭い部分は、むしろ騙される側が担っていました。撮影中にハリソンルームで出前を食べてるシーンがあってもいいのかなって話は一度出たんですけど。

豊川 テーブルは資料でいっぱいだし、画的にもあまりハマらないなと。
 

新庄 あの部屋でピザやら寿司やら食べてても違和感しかないですしね(笑)。でもたしかにハリソンが食事をするシーンを描かないのは、映像としては良い選択だったと思います。劇中でハリソンはウイスキー以外、口にしなかったんじゃないかな。

綾野 ハリソンは“彷徨う肉体”なのだと思います。彼には感情とか欲求といった機能がなくて、それは圧倒的渇望と言っていい。手塚治虫さんの『どろろ』で、百鬼丸が魔像に奪われた体の部位を探して旅するように、ハリソンは自分の内面の空白を見つめている。その、彷徨い続けるハリソンの圧倒的な空虚と孤独は「サイコパス」という概念や形容で簡単に括られるものじゃない。だから「食」という根源的な欲を満たすシーンを省くのは効果的でした。

――この魅力的なキャラクターとストーリーを一作で終わらせるのは惜しいと思ってしまいます。『地面師たち』は続編の『地面師たち ファイナル・ベッツ』や、スピンオフ作品もあるので、映像でもシリーズ化してほしいなと。

綾野 僕もこれから続編を読むのが楽しみです。いつかまた拓海を生きられたら幸いです。

豊川 続編の映像化はちょっとまだ想像もつかないですけど、新庄先生の書かれた新作はすごく楽しみだな。

新庄 今度は「200億円詐欺」なんですよ。

豊川 100億の倍か、すごいな(笑)。

新庄 チャンスがあれば、ぜひまた映像では思いっきりやっていただきたいです。

綾野 ありがとうございます。

「小説すばる」2024年9月号転載

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