「いつかインラインスピードスケートも五輪種目に」「遠征費100万円は自費」親子で日本記録を持つスケート界の姫・高萩嬉らが語る父と五輪への思い
集英社オンライン / 2024年8月27日 11時30分
〈「飲酒喫煙よりも悪質」「辞退するべき」日本代表選手が“フワちゃん越え”のやらかし口撃か…パリ五輪でアスリートへの誹謗中傷が世界中で問題に〉から続く
多くのドラマを生んだパリ五輪が、8月11日に幕を閉じた。早くも2028年ロサンゼルス大会へと関心が移るなか、将来の五輪種目の採用を期待されているインラインスピードスケートに情熱を傾ける24歳の高萩嬉ら(たかはぎ・うらら)選手に話を聞いた。
【画像】新卒2年目の社会人でもある高萩さんは競技中と普段のギャップも魅力
元選手の父による英才教育「歩き始めるのと同時にスケートも」
同競技は縦一列にウィール(車輪)のついた専用シューズで走り、タイムやポイントを競うスポーツ。最高時速はなんと60キロ近くにものぼり、200メートルでの最速を競う「トラック」、一般公道も使用され、ポイント制の種目もある「ロードサーキット」、42.195キロを走る「マラソン」など、さまざまな種目が存在している。
一方、競技人口の少なさなどから国内にプロリーグは存在せず、娯楽やアクティビティとしての知名度に比べ、スポーツ競技としてはまだ発展途上にあるといってもいい。五輪種目への採用も、これまで幾度となく逃してきた。
これまで競技の五輪種目化の夢に挑んできたのが、全日本選手権11連覇という偉業を成し遂げたほか、数々の日本記録を保持する高萩の父でインラインスケート界のレジェンド・高萩昌利氏だ。
彼は五輪選手になることを夢見ながら、長女である高萩が生まれた2000年に現役を引退し、以降は東京都ローラースポーツ連盟理事長やクラブチーム・ブリザードクラブの監督を務めるなど指導者として活動している。
そして現在、悲願の五輪出場という夢は娘に引き継がれている。父でありコーチである昌利氏から熱血指導を受けてきた彼女は、学生時代に数々の記録を残し、現在もインラインスピードスケートの歴史上唯一の社会人選手として活躍している。
──幼い頃からインラインスピードスケート選手として活躍されている高萩選手ですが、スケートを始めたきっかけは?
高萩嬉ら(以下、同) 父がもともと、オリンピックにすごく憧れがあって、私と妹にスケートを始めさせたんです。2歳の頃、歩き始めるのと同時にスケートも始めて、キッズ用のスケートシューズも合わないほど幼かったので、父が普通の靴にローラーを4つ付けた手作りのものを履いていました。家でも練習でも一緒ですし、小さい頃はすごく厳しくて、泣きながらやっていましたね。
スポンサーがつかず遠征費約100万も自費
──全日本選手権小学生の部で優勝されていたり、その指導の成果は幼少期から出ていたと思います。大人になってからも厳しい練習は続いたのでしょうか。
インラインスケートの中でも私が主戦としているマラソン種目は42キロなので、練習だと50キロとか走ります。試合の公式リンクは屋外が多いので、今みたいな暑さでも練習は屋外ですね。
あと、韓国に合宿に行ったりするんですけど、そのときの練習はもう……。山の中を25キロランニングとか、毎日毎日、朝と昼の2部練習が1週間毎日あってすっごいキツかったです!
今年の8月も20日まで台湾で1週間合宿をしましたが、尋常じゃない暑さで本当に大変でした。大学時代も、なるべく脚を鍛えるために往復40キロを自転車で通学していて。
それも父が選んだすごくタイヤの小さい折りたたみの自転車に乗っていました。毎日のように使うからすぐボロボロになって4年間で3台くらいは買い替えて、台風の日以外は毎日、暑い日も寒い日も自転車で通っていました。
──学生時代のメディア出演では実力以外に「かわいい」と容姿も注目されましたが、率直にどのような思いでしょうか。
えぇ……(笑)。本当に、スケート界自体が注目されないので、最初はすごく戸惑いましたが、競技を知ってもらうきっかけになればうれしいです。
本当に競技自体を知らない人が多くて、なんらかの形でスピードスケートを知ってもらう機会すらなかったので。全然そんな“美女”って感じじゃなくて、大学時代も練習で“汗だく”って感じでしたし。ファッションとか美容もまったく……そもそも興味もなくて、4年間ジャージで、本当にスケートだけやってきました。
──現在は働きながらスケートをされていますが、これはインラインスケート界では前例のない挑戦だそうですね。
日本だと社会人になってからもスケートを続けている選手は、過去も含めて女子だと私しかいません。やっぱり、マイナー競技でお金が稼げるスポーツではないので……。みんな大学卒業を機に完全にやめてしまいますし、私もスケートでの収入はゼロです。まだ社会人になって1年あまりですが、しっかり競技と向き合って前例を作りたいと思いつつも、前例がないので誰も教えてくれないという葛藤もあります。
──まさにパイオニアといえますね。具体的にマイナースポーツゆえの苦労には何がありますか?
スポンサーが付くかどうかはオリンピックの種目かどうかで全然違います。このスケートシューズも自費なのですが、足のサイズを細かく測って作るので1足20万円するんです。ローラーだけでも7万円するんですが、これは1試合で壊れることもあります。
今年の台湾合宿も自費でしたし、8月29日から大会出場で3週間イタリアに行く予定ですが、合計100万円くらいかかる遠征費はすべて自費です……。
五輪が叶わずとも「父への思い」を糧に
──そんな苦労が……。そうなるとロサンゼルス大会で正式種目に採用されるかどうかは死活問題ですね。
ロス大会の種目が開催の2年か1年半ぐらい前に正式決定するんですが、採用されたら本当にうれしいです。今、年齢的には選手として1番いい時期なので。
実は、前回の東京大会でも正式種目として候補に挙がったときも、採用されるんじゃないかっていわれていたんですよ。発表の直前まで、連盟の人もみんなスケートが遂に五輪競技になると思っていて。
新競技になる種目が発表されたときはスケボーの堀米(雄斗)くんと一緒にいたんですけど、蓋を開けたらスケボーで「えっ!?」みたいな感じでした(笑)。ずっと同じ“新競技候補”だったスカッシュ(ロス大会で正式種目に)とかフリークライミングも、五輪種目になって選手もますます活躍していますし、うらやましく思ってます。
──オリンピック出場は、まずは正式種目に採用されることが大前提となる途方もない夢を追いかけてるんですね。
いつかインラインスピードスケートもオリンピック種目になってほしいですが、採用されるかどうかは選手の立場でもわかりません。私たちも候補に入ったことをニュースで知るくらいで、採用に向けてできることもなく、連盟がどう動いているかに懸かっています。
あと、日本ではまだ競技人口が約100人しかいないマイナースポーツなので、仮に種目に採用されても、メダルを獲れるほどの実力に達していないんですね。
(国際大会出場の指標となる)ワールドポイントが低くて日本人選手が出られないこともあり得るので、今はまず、父をはじめとした指導者がオリンピック種目になったときに日本人選手が順位に絡むような“強い選手”を育成するっていうのが第一段階だと思っています。
── 一部では五輪種目の採用は厳しいのではないかという悲観的な見方もありますが、それでも競技に向き合っているのはどのような思いからでしょうか。
選手としては、オリンピックがなくても世界大会やワールドゲームズなど国際大会があります。あとは、コロナ禍で大学1年のとき以来は海外の大会に行けず、全然やりきれていないので今も続けています。大学4年間で “完全燃焼”していたら、たぶん続けていなかったと思います。
もちろん、父への思いもあります。私も妹も「お父さんが出られなかったぶん、オリンピックに出られたらいいね」という話はずっとしていて、そうした父への思いで今日まで続けてきた部分はあるので。選手としてというより、私個人としては父のために頑張っている面が強いです!
取材・文/集英社オンライン編集部 撮影/井上たろう
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