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「いま樹海にいて、死のうとしているんだ」自殺を図ろうとしたひきこもり男性に起きた奇跡…うつ病、ギャンブル借金、絶望の人生から這い上がった48歳「今が一番楽しいっすよ」と言えるワケ

集英社オンライン / 2024年9月7日 11時0分

「学校に行ったら殺される」壮絶ないじめの恐怖でひきこもりに…実母と義父の虐待から、高校生でギャンブル依存症になった男性(48)の地獄の日々〉から続く

小学2年生のときからいじめられ中学で不登校になった48歳男性。家にも居場所がなく高校生のころからパチンコ屋に入り浸った。大学を出てシステムエンジニアになったが、ブラックな職場で睡眠障害になってしまう。うつ病と診断され家にひきこもった。2年後に再就職したが、母親の再婚相手に家を追い出され、うつ病が再発。ギャンブルで借金を抱えた男性が向かったのは――。(前後編の後編)

【画像】楽しそうに笑うなおさん(48)

ギリギリ間一髪での生還

「もう消えてしまいたい」と富士の樹海で自殺をしようとした、なおさん(48)。森の奥のほうまで進んで焼酎を飲み始めると、持っていたガラケーが鳴った。「こんな樹海でも電波が入るんだ」と思いながら出ると、母親だった。

何年も連絡していなかった母親からの突然の電話に驚きながら、なおさんは自分の状況を説明する。

「いま樹海にいて、死のうとしているんだ」

母親はビックリして言葉を失った後、泣きながらこう訴えた。

「やめなさい! 借金も私がなんとかするから、とりあえず樹海から出なさい」

なおさんは母親の再婚相手と折り合いが悪く、家を追い出された経験がある。すぐには戻る決心ができなかったが、考えているうちに「もう一回チャンスがあるなら、試してみようかな」という気持ちになり、夜が明けるのを待つことにした。

「寝ようと思ったけど、寒すぎて眠れないんすよ。11月半ばで雪は降ってなかったけど、本当に凍死するんじゃないかと思ったくらい寒くて。明るくなってから動いたけど、どうやってここまで来たのかわからない。3時間くらい樹海をさまよっていたら河口湖か何かが見えたんですよ。運よく。で、そっちに向かって歩いたら道路に出て、バス停があったんです」

人生を変えた自助グループとの出会い

実家に戻ると間もなく東日本大震災が起こった。なおさんは気持ちがさらに落ち込んでしまい、夏になっても、自室にひきこもってほとんど寝たきりのような生活を送っていた。それが生真面目な義理の父親の目にはダラダラしているように見えたのだろうか。ある日、こう怒鳴られた。

「お前、病気を治す気はないだろう。もう出ていけ!」

その言葉が引き金で、なおさんは2度目の自殺未遂をする。持っていた大量の睡眠薬を一気に飲んだのだが、気付いたら病院のベッドに寝かされていた。

「絶望しかないっすよね。だって、うつ病は治ってないから働けないじゃないですか。それなのに、また出ていけと言われて……。ホームレスになるくらいなら、死んだほうがいいかなって。それでも結局死ねずに、家に帰されたんです。

そのときですよ。やっぱり、なんか打開策見つけなきゃいけないと思って。自室でネットサーフィンしていたら、たまたま、うつ病の自助グループっていうのを見つけたんです」

どんなところかよくわからないまま、「家からも近いし、とりあえず行ってみるか」と思ったことが、人生を変えるきっかけになる。

自助グループで出会った人の中には、うつ病が原因で離婚したり裁判をしている人もいて、話を聞いているうちに、なおさんは自分よりキツイ状態の人がたくさんいることに気がついた。

「世界が変わりました。自分はまだ恵まれているなと思えたし、何でも話せる仲間ができたのは大きな一歩でしたね。それまでは、それこそ樹海をさまよっていたときと同じで、ずっと独りで真っ暗闇の中にいたけど、なんかフッと光が見えて、進むべき道が見えてきたみたいな。ホント、そんな感じでした」

双極性障害という言葉を知ったのも自助グループのおかげだ。主治医にギャンブルにのめり込んだ話をして「自分は双極性障害ではないか」と言ったら、まもなく診断が下りた。

46歳で社会復帰をする

数か月後に、気の合う仲間で「東京うつ病友の会」という自助グループを作った。その1年後の2013年には実家を出て、再び1人暮らしを始める。相談に行った行政の窓口で、「家を出なかったら、一生そのまま終わっちゃいますよ」と言われて決意したのだ。

「やっぱり、自助会を立ち上げたのはでかかったですよ。友だちも増えたし、いろんな情報が入ってくるじゃないですか。それで作業所の存在を知って、作業所へ行きながら、ホームページの制作も請け負い始めたんです」

作業所は正式には就労継続支援事業所といい、障害や難病の人が利用できる障害福祉サービスの1つでA型とB型がある。A型は事業所と雇用契約を結び、最低賃金が保障される。B型は勤務時間や日数は柔軟に調整できるが、袋詰めや清掃など単純作業が多く、工賃と呼ばれる賃金を時間給にすると200円あまり。なおさんが通ったのはB型だ。

「規則正しい生活に戻らないと、社会復帰はできないよなと思ったので、5、6年通いました。正直、工賃はどうでもよくて、ちゃんと朝から行って、日中過ごす場所があるってことがすごく大事だなと。作業所だったら勤怠が緩いから、遅刻ばかりだった自分でも大丈夫なんじゃないのって」

ずっと苦しんでいる睡眠障害を改善するため、薬に頼るだけでなく自助会などで勧められた方法を片っ端から試した。その中で特に効果があったのは、ぬるめのお湯に長時間入ることと、牛乳を飲むことだったという。

ひきこもりの当事者会などにも参加するようになり、2019年には精神疾患、不登校などにより、生きづらさを抱えた人向けの交流情報サイト「生きづらさJAPAN」をひきこもり経験者で元SEの友人と2人で立ち上げた。

イベントなどを本格的に開催しようとした矢先、コロナ禍になり活動は大幅に縮小。一方でリモート勤務が進んだことで、思いがけないチャンスが訪れる。

「リモート勤務だったら、フルタイムでできるんじゃないかと思って、B型を辞めてA型の作業所に移ったんです。そこでフルタイムで働けたので、フリーランスのSEでもう一回勝負してみようと思って探したら、月60万円でシステムのプログラミングの仕事が取れたんですよ。ブランクはあったけど、『生きづらさJAPAN』のサイトを一から作った実績もあったし。で、46歳で社会復帰できたんです」

あきらめなかったことが道を開く

なおさんと同じように、なんらかの理由で追い詰められ、その後何年もひきこもったまま抜け出せない人は大勢いる。

それなのに、なおさんはどうして社会復帰できたのか。ひきこもったままの人と何が違うのか。そう聞くとなおさんはしばらく考えて、こう答えた。

「“頑張る種”があったから、頑張れたんですかね。過酷だったけどキラキラしていたITの世界に戻りたいとか、趣味のポーカーも働けなくなってやめちゃったけど、大会にもう一度出て勝ちたいとか。

幼少期にいじめられたことはすごくツラかったけど、それを働けない言い訳にしなかったこともある。あとは、あきらめなかったことが大きいかな。ひきこもりの人の中には、自分は働けないって最初からあきらめちゃってる人もけっこういると正直、感じます。

でも、俺はこのままじゃダメだという危機感は常に感じてましたもん。やっぱ、普通に働いているほうが絶対いい。堂々と生きていられるから。だけど、それを当事者会とかで言うと大反発食らうから、伝え方が難しいけど」

また、自助グループの仲間の存在も大きかったそうだ。なおさんが仲よくなった人たちは、「絶対に社会復帰しよう、そのために知恵を出し合おう」という雰囲気で、みんなで励まし合えた。実は、その仲間の中には6年間付き合った恋人もいた。社会復帰に向けてお互いに頑張るうちに忙しくなって別れてしまったが、「彼女のおかげで自分も頑張れた部分もあったので」感謝しているという。

晴れて社会復帰したとはいえ、病気を抱えたまま仕事をするのは、簡単ではない。なおさんの場合、双極性障害で気分の上がり下がりがあり、対人トラブルを起こしやすい。

それに加え、リモート勤務ではコミュニケーションもチャットを使うので、ニュアンスがうまく伝わらずに行き違いが多発したそうだ。ブランクを埋め合わせるのも大変で、「めっちゃキツイっすよ」とこぼすが、表情は明るい。

「今が一番楽しいっすよ」

今年3月、なおさんは相続終活専門士の資格を取った。義理の父親ががんになり、相続や老後のことを考えたのがきっかけだ。

「コロナ禍があって、たまたまITの仕事に戻れたけど、どんどん新しい技術も入ってくるし、体力的にもキツイので60歳までやれるとは思えない。だから、ITの仕事ができなくなっても、別のことをできる体制にしておきたかったんですよ。

相続の仕事は人の役にも立てるし、自分の老後の勉強もできる。なんか、終わりよければすべてよし、じゃないけど、最後ぐらいはちゃんと綺麗に締めたいよね。

俺、運は間違いなく強いっすよね。幼少期は恵まれなかったけど、そこで人生終わるかと思ったら、たまたま首の皮一枚でつながったみたいな、ずっと、そんな感じだったし。親にはほめられた記憶がないけど、友だちの出会いには恵まれて、『頑張って生きてきたね』とか、すっごいほめてもらえるし。プライベートはホント楽しい。今が一番楽しいっすよ」

取材・文/萩原絹代 

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