スタッフを電話で呼びつける姿はまるで“上司”…超高級シニアマンションで幅を利かせる理事会メンバーらが自画自賛する“施設への貢献度”
集英社オンライン / 2024年10月21日 8時0分
〈経済力だけじゃダメ!“老舗超高級老人ホーム”スタッフが断言する、住人となる者に必要な「最低条件」とは?〉から続く
高齢者向けマンションの草分けと言われるグループが手掛ける熱海市の超高級老人ホーム「熱海レジデンス」(仮名)。眼下に相模湾を臨む眺望が人気の同施設は、分譲型のシニアマンションだ。住人らは「メンバー様」と呼ばれ、管理組合の理事会はあらゆる形で施設運営に関与しているという。自らの働きを誇らしげに語る理事会メンバー達が、最もアピールしたい“功績”とは…
『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
“メンバー様”の代表、理事会役員たち
「こちらへどうぞ。錚々(そうそう)たるメンバー様に集まっていただきましたので」
杉山氏(仮名、同施設を運営する会社の営業部次長)はそう言って、居住者インタビューを行うための応接室に案内してくれた。
錚々たるメンバー様とは、どういう意味なのかと思ったが、きっと輝かしい経歴を持った居住者たちが集まっているという意味だろうと、勝手に想像を膨らませていた。
インタビューでは居住者の本音などを可能な限り聞き出したいと思い、スタッフには席を外してもらうよう頼んだ。そうして行われたのが、徳川さん(仮名)を始めとして集まってもらった“メンバー様”たちへのインタビューだ。
テーブルの向かいには、徳川さんご夫婦に酒井栄太さん(仮名)ご夫婦。石川康弘さん(仮名)と、井伊佳代さん(仮名)の6名。
全員、この施設に住んで5年から7年になるという。
徳川さんは管理組合の前理事長だ。徳川さんの妻は現在の副理事長で、以前はメンバー会の会長を務めていた。メンバー会とは、この施設で行う各種イベントなどメンバーの交流会を主催する居住者の会だ。
管理組合は、一般的なマンションの管理組合と変わらない。区分所有者、つまり部屋の持ち主が管理組合に加入することが区分所有法で義務付けられているのだ。酒井さんも過去に管理組合の副理事長を務めたことがあり、石川さんは現在の監事だ。そして井伊さんは、これまでメンバー会の役員を務め、現在はメンバー会の監査という立場だ。
つまり、ここに集まった全員は、管理組合における理事会や、メンバー会の役員経験者ということになる。
「女性軍は結構楽でしょ?」
この施設のいい点を私に説明するため、徳川さんは両脇に座る“女性軍”にそう話を振った。三人の女性は、全員首を縦に振り、「はい」と短く答えた。女性にとって、ここでの生活は何が楽なのだろうか。その理由について徳川さんはこう続ける。
「食事は出るわ、お風呂は洗わなくて済むわ。毎日温泉入って、掃除も希望すれば有料ですがやってくれる、と」
徳川さんは、異論はないねと言わんばかりに女性たちを一瞥(いちべつ)した。食事の用意や風呂掃除は女性の仕事だという前提の会話に少々ひっかかりを感じたが、当の女性たちは皆同意している様子だった。
今時の社会では、そうした発言をした途端に「考えが古い」と周囲からお𠮟りを受けてもおかしくない。だが、そんな徳川さんの発言を誰もが素直に受け止めている。
高齢者だけが集まった閉鎖的な住空間に根付く独特の世界―。
ここには、そんな特異な雰囲気が漂っていた。
事あるごとにスタッフに電話をかけ…
熱海レジデンスは全165戸、約180名の居住者がいる。平均年齢は82歳。先日まで101歳というご高齢の方もいたそうだが、既にグループの系列施設に転居したという。最も若い人は56歳だが、常にここに住んでいるわけではないそうだ。別荘のように利用する、いわゆる非常住者である。常住者の最少年齢は70歳くらいだという。
居住者は女性のほうが多く、その中でも独身者が多い。ある居住者は「やっぱり女性のほうが平均寿命が長いですからね。二人で入ってきても男のほうが先に死ぬんですよ」と話す。いずれも取材当時の数字だが、今もそれほど大きくは変わっていないだろう。
「共用部分の面積はね……」
細かく施設の説明をしてくれる徳川さんが、言葉に詰まった。共用部と居室の専有部がどのくらいの割合かを教えてくれようとしていたときだった。すると徳川さんはスマートフォンを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「調べたらまた教えてください」
施設の責任者へ正確な割合を問い合わせてくれたのだ。上司が部下に「正確な数字をすぐに調べて報告しなさい」と命令するような姿と重なった。その施設の責任者によれば、共用部分の面積は37%。残りは居住者の占有部分だそうだ。
各居室に緊急コールや人の動きがないと反応するチェックセンサーなどが完備されているのは、どの施設も同じだ。ハードの面では、これまで取材してきた高級老人ホームとさほど変わりはない。
こうして一通り施設の概要は理解できた。すると再び徳川さんが、室内の温度を調整しに来てほしいとスタッフに電話をかけ始めたのだ。万全の環境で取材に臨もうという意気込みか、それとも単に面倒な高齢者なのか。
スタッフから、要求の多い居住者だと思われていないかと心配にもなった。
入居を即決「決め手は“景色”」
「我々はオーストラリアに住んでましてね。そろそろ歳もとったし、肉も食い飽きたから、お茶漬けでも食べたいなと」
そう入居のきっかけを話すのは酒井さんだ。今回、ご夫婦で取材に応じてくれた。もともと、技術職として海外生活が長かったそうだ。
「向こうに住んでいるときに、次に住む場所を探してましてね。10カ所くらい見たなあ。兵庫のほうから栃木のほうまで、ずうっと見て。年に2回くらい日本に帰ってきてたので、2、3カ所ずつ見るような感じで。それで、ここを見学したら、海の景色が気に入って。それに温泉も。その2つを見て、ここに決めた感じですね」
そこへ仕切り役を買って出てくれている徳川さんが「オージービーフは間違いだったか」と言葉を挟み、笑いを取っていた。オーストラリアに絡めたジョークのようだ。ただ、どの点が笑いどころなのかはよくわからなかった。
続いて発言したのは石川さんだ。入居のきっかけについてこう話す。
「私の場合はね、たまたま伊豆に別荘があって。自宅が神奈川の藤沢なんですが、行き来するのに時間がかかるので近くがいいね、と。それに、もともと私、熱海の出身なんでね」
そこに再び徳川さんがこう補足する。
「この方の、おじいさんが熱海で旅館を経営していてね」
すると石川さんは照れくさそうに、「もう、ずうっと昔の話ですから」と遮(さえぎ)り、こう続けた。
「ここは比較的、他のシニアマンションに比べて少しスペースが広いんですね」
再び徳川さんが言う。
「大きい所で110数平米という部屋があるけど、だいたい80平米後半くらいです」
徳川さんの妻も、「夫婦で暮らすのには十分な広さですよね」と同調した。
パンフレットには、1LKの3タイプが掲載されていた。どの部屋にも、10平米以上のバルコニーが付いている。
今度は、一番端に座っている井伊さんが話す。
「私もたまたま……というか、自分の母親を看(み)ていまして。母親を子供たちが面倒見なくちゃいけないじゃないですか。そういうのを見て、ああ、自分はそういう風にはなりたくないなと思って。それで夫と住居を探していたら、たまたまこちらに来て、12階からの借景がすっごいよくて。わぁ、もうここがいいと決めたんです」
彼女の夫は今日、仕事のために出席できなかったという。徳川さんによれば、井伊さんのご主人は霞が関の元官僚だ。夫が転勤族のため、フィリピンや北海道などでも暮らしたことがあるという。
石川さんを除いては、景色を見た瞬間に購入を“即決”したのだった。
用意した資料で“功績”を猛アピール
徳川さんを中心にした連携プレーで発言する全員を見ていると、理事会メンバーたちの団結力の強さのようなものを感じた。次第に彼らが忠義を尽くす“徳川家臣団”のようにも見えてきたのだ。
一旦話をまとめるかのように、徳川さんがこう話す。
「ここは面白いですよ。理数科系の人が二人、僕は文科系で。井伊さんもどちらかというと理数科系か。それが一緒に理事会をやって。僕は金融機関の出身だけども、金融機関ってテリトリーが決まってるじゃないですか。ここはいろんな人がいて、英知ってほどじゃないけど、まあ、知恵を出し合っていろんなことをやってきました」
そう言ってA4用紙で3枚の資料を私に差し出してきた。実は徳川さんたちが、今日最も私に伝えたいことがあるというのだ。それが、この紙に記してあるという。
やってきたこと
駐車場問題
WEB systemの構築
カーペットの張替え
(生活)満足度調査の実施
管理費・修繕積立金の適正化
災害対策
補助電源の強化(災害時に補助電源に切り替えられるよう)
土石流対策と温泉の供給
コロナ対策
エレベーター更新
温泉供給の安定化
管理会社に「おんぶに抱っこ」では何もはかどらない。Ex.災害対策 etc.
――やってきたこと
A4用紙には、そんなタイトルが印字されていた。理事会がこのシルバーマンションを、どう変えてきたかという“実績”が、箇条書きで列挙されている。
例えば、〈駐車場問題、防犯カメラ、WEB Systemの構築、カーペットの張替え、(生活)満足度調査の実施、管理費・修繕積立金の適正化、災害対策、コロナ対策、温泉供給の安定化〉などである。その紙を読み上げながら徳川さんが言う。
「今一番私が言いたいのは、世の中で修繕積立金が足んないとかってマスコミが騒いでるじゃないですか。私は5年間理事長をやったんです。そこで、管理費と修繕積立費のバランスを石川さんが計算してくれて解決しました。石川さんは数字が得意ですからね。次回2028年の大規模修繕には、ほぼ費用が積みあがっちゃうんです」
「修繕費問題だけじゃない!」あらゆる成果を熱弁
確かに、昨今の日本のマンションでは、老朽化に伴う修繕積立金の不足が深刻な問題になっている。建物の経年劣化が進むにつれ、修繕作業の種類や規模が増加し、当初設定された修繕積立金が現在の建築コストや修繕ニーズに追いついていないことなどが要因だ。
住民の中には追加の負担が困難なケースもあり、特に高齢者が多いマンションでは積立金の増額が難しい状況が社会問題と化している。
この熱海レジデンスも、そうした問題に直面していた。
石川さんは、JTBのコンピュータ関連会社の元社長だという。その彼が得意の計算力を生かし、修繕積立費不足の解決に尽力したそうだ。
「ですから、foreseeable future(予見できる未来)というか、見渡す限りの修繕費には困らない」
と徳川さんは大きく胸を張る。そして一同は、“御意”とばかりに頷いている。そんな彼らの理事会が“やってきたこと”は、これだけではないとして、徳川さんはこう続けた。
「ここは駐車場に停められる台数が限られていまして、いつも満車状態でした。この駐車場問題なんてのは、コレは有料化したんで空いてきたと。それから防犯カメラの設置も、酒井さんと石川さんでやってくれて。それからウエッブシステム。ウエッブでもって、あの議案書だとか手紙だとかを片付けちゃう」
ただ、徳川さんの「ウエッブ」という発音のせいか、目新しさは感じなかった。館内での諸連絡を円滑に行うため、Googleドライブを使ったシステムを駆使しているそうだ。
「中での連絡もそれで済んじゃう。議案書の作成もそれで上書きしちゃう。ここは建ってから31年ですけど、わりあい綺麗でしょ?カーペットも全部張り替えましたね。後は満足度調査もやりました。コレなんかは、皆さんのアレ(協力の下)ですけど」
徳川さんの話によれば、グループが展開する10棟の施設のうち、この「熱海レジデンス」が最もステータスが高いと言われているそうだ。それだけに施設をよりよくするため、理事会メンバーはあらゆる問題解決に乗り出してきたとアピールしたのだった。
文/甚野博則
写真/PhotoAC
〈「何様?」超高級シニアマンション理事会がコロナ禍で独自ルール強要、新規入居可否に口出しも…その強すぎる“使命感”「管理会社におんぶに抱っこじゃ始まらない」〉へ続く
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