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松田聖子の声が大衆をとらえてやまない“特徴的な歌唱法”とは…「瞳はダイアモンド」のアレンジに隠された斬新な手法

集英社オンライン / 2025年1月13日 12時0分

1980年代を代表するスーパーアイドル、松田聖子。中森明菜の「陰」と比較して語られることの多い、彼女の「陽」で明るい声の魅力とはいったいどこにあるのか。音楽プロデューサーの武部聡志氏は、いまだ愛され続ける彼女の楽曲「瞳はダイアモンド」「瑠璃色の地球」から、その秘密を分析する。

【画像】松田聖子の“しゃくり”がもっとも顕著な楽曲

 

著書『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回の1回目〉

松田聖子の“特徴的な歌唱法”はなぜ魅力的なのか

聖子さんは、自分の明るい声がいちばん明るく聴こえる歌い方を、みずから意識的にしていたと思います。彼女の歌唱法のなかでも、とくに特徴的なのは語尾の音をひっくりかえす技法、いわゆる〝しゃくり〟です。



彼女以前の女性ボーカルのなかにも、同様のしゃくりを用いていた人はいるかもしれません。キャンディーズの「年下の男の子」(75年)にも、それはところどころで使われています。女性ボーカルがギリギリの高音を歌うときの、音がひっくりかえりそうになる魅力というのは、もちろん70年代以前の曲にもありました。

でも聖子さんは、そのしゃくりを〝聖子節〟として積極的に活用しました。彼女の歌真似をする人は、みんな必ずしゃくりを用いますよね。

彼女のしゃくりがもっとも顕著なのは「瞳はダイアモンド」です。

ユーミンが呉田軽穂の名義で作曲した曲ですが、聖子さんに提供した数々の曲のなかで、ユーミン自身がいちばん気に入っているのがこの曲だと聞きました。聖子さん側のオーダーとは関係なく、自分の書きたいように書いた曲で、分数コードを多用したシティ・ポップ調のバラード曲に仕上がっています。

アレンジを手がけているのは松任谷正隆さん。Aメロの後半に当たるフレーズを頭で使っているのが斬新です。普通はそんな使い方はしませんから。

聖子さんの歌は音程が少しシャープ気味です。ところどころ実際の音符より高めの音程で歌っています。だから余計に明るく聴こえるのかもしれません。

サビの部分に注目してください。

〈瞳はダイアモンド〉と歌う、〈瞳は〉の語尾の音がひっくりかえりますよね。サビのメロディーは三度くりかえされますが、最後の三回目では〈Ah 泣かないで MEMORIES/私はもっと 強いはずよ〉の〈Ah〉〈私〉〈強い〉もひっくりかえります。

同じくユーミンがこの前年に作曲したバラード曲「赤いスイートピー」と比べると、その違いは明らかです。「赤いスイートピー」の聖子さんは、しゃくりを用いることなく、かなりまっすぐに歌っています。

一方、「瞳はダイアモンド」ではサビの部分にしゃくりを用いることで、タイトルでもある〈瞳はダイアモンド〉のワードが強調され、より印象深く聴こえます。

80年代のアイドルは多忙なスケジュールを縫うようにしてレコーディングをしていました。一時間の空きができると、スタジオに来て、パッと歌入れをして、次の仕事に移動するんです。当然、何テイクも収録することはできません。

そのような厳しい条件のもとで、これだけクオリティーの高いパフォーマンスを残せるのだから、聖子さんの歌唱力がいかに高かったかがわかります。

「瑠璃色の地球」に備わる、高い表現力と説得力

聖子さんの歌唱力は、音程のよさに支えられたものではありません。むしろ音程に限っていえば、「瞳はダイアモンド」に残されたテイクも、それほど正確なものではありません。

でもそれを補って余りあるほど、聖子さんの歌唱には豊かな表情があります。歌詞に書かれた情景や心情を聴く人に喚起するような、高い表現力と説得力が彼女の歌には兼ねそなわっています。

その歌唱力が存分に発揮された曲のひとつが「瑠璃色の地球」でしょう。

「瑠璃色の地球」は彼女が結婚と出産を経て、一時活動を休止していた時期にリリースされたアルバム『SUPREME』(86年)の収録曲です。このアルバムで僕は「瑠璃色の地球」をはじめ、5曲のアレンジを手がけました。

「瑠璃色の地球」を作曲した平井夏美さんというのは、CBS・ソニー(当時)のディレクターでもあった川原伸司さんの変名です。彼は同じ平井夏美の名義で、井上陽水さんの「少年時代」(90年)も作曲しています(井上との共作)。

作詞はもちろん松本隆さんです。松本さんはこの曲の歌詞に、母親になった聖子さんへの特別な思いを託したのだと思います。等身大のラブソングだけではない、より大きな愛を歌えるボーカリストになってほしい、と。

聖子さんも、きっとその意をくんだのでしょう。それまでとは明らかに異なる、聴く人を包みこむような歌い方をしています。『SUPREME』の曲すべてがそうですが、なかでも「瑠璃色の地球」は、その表現力や説得力において他のバラードとは一線を画す曲です。

歌詞の情景や心情を歌うというより、ほとんど祈りのような歌ですよね。キー設定は一連のヒット・シングルより低く、それもあって、彼女の声のふくよかさがしっかりと感じられます。

声を張らずに歌えるキーなので、落ち着きや力強さが顕著です。そして大サビの歌詞〈ひとつしかない/私たちの星を守りたい〉のメッセージが、強い説得力とともに届きます。

僕はアレンジャーとしてまだ駆けだしのころでしたから、彼女の歌を生かすこと以上に、歌詞の世界をサウンド化することに強い意識を向けていたかもしれません。

〈朝陽が水平線から/光の矢を放ち〉というサビの、夜明けの光が差しこむイメージを、どうすれば音像としてかたちにできるのかに集中していました。転調するところからマーチングのようなスネアドラムが加わるのは、朝陽が差すイメージからです。

現在のレコーディングのスタイルと違い、当時はオケができあがったあとに歌入れをしていたので、聖子さんの歌を聴いてアレンジしたわけではありません。でも歌入れが終わったあと、彼女の歌を聴いたときに、曲と歌詞の世界が見事に表現されていて感嘆しました。

その曲が伝えたいことを、ちゃんと表現できるかどうか。それが歌い手にとっては、もっとも大事なことです。情景や心情、メッセージといったものを、歌声によってきちんと表現できる人。それこそが優れた歌い手ですし、聖子さんは間違いなくそのなかのひとりだと思います。

名曲として語り継がれる曲には、優れた歌詞やメロディー、アレンジだけでなく、説得力のある歌唱が必要なんですよね。「瑠璃色の地球」を聴くたびに、いつもそう感じます。


取材・構成/門間雄介 撮影/石垣星児

ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち

武部聡志 門間雄介(取材・構成)
ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち
2024/11/15
1,155円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4087213409

日本で1番多くの歌い手と共演した音楽家が語る
かつてない“究極のボーカル論”――。

真の「優れた歌い手」は何が凄いのか?
音程やリズムが正確な「うまい歌い手」であっても、それだけでは時代も世代も超えて人々の心を揺さぶる「優れた歌い手」ではない。
彼らはテクニックではなく、もっと大切なものを音楽に宿しているのだ――。
1970年代から音楽界の第一線でアレンジャー・プロデューサーとして活躍し、日本で一番多くの歌い手と共演した著者が、松任谷由実や吉田拓郎、松田聖子、中森明菜、斉藤由貴、玉置浩二、MISIA、一青窈など、優れた歌い手たちの魅力の本質を解き明かす。

【目次】
はじめに
第一章 松任谷由実
第二章 吉田拓郎
第三章 時代を変えたパイオニア
第四章 80年代アイドル
第五章 男性ボーカル
第六章 女性ボーカル
第七章 歌い手を生かすプロデュース術
第八章 未来を託したいアーティスト
おわりに
歌い手年表と武部聡志の仕事歴

「ハナミズキ」は反戦歌…それを国民的ヒットに導いた武部聡志の「個性を一発で伝える」プロデュース法とは〉へ続く

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